死を裂くデスサイス 4
「……まぁ、互いの目的を果たすための一時的な協力だけど、今はお前に刃を貸すよ。よろしくな」
死神はホルダーからナイフを抜き取ると、切っ先を摘んで悠に柄を向けた。
刃を貸すという言葉は、剣を預けるという行為と同じ意味を持つ。
死神は、言葉通り、悠のことを一時的だとはいえ仲間だと認めたのだ。
その言葉の裏になにがあろうとも。
「あぁ。よろしく頼むよ、死神さん」
悠は死神に手を差し出し握手を求めた。
しかし死神はその握手には応じず、拳を握ったまま突き出した。
死神は握手がお嫌いらしい。
やれやれ、と表情に笑みを作り、察した悠は自分も拳を突き出し、こつんと軽くぶつけ合わせた。
反発の印か、それとも互いの意思をぶつけ合せることが出来たか。
真意は測りかねるものの彼女の心は決して悪い物ではないと、そう信じていた。
これで協力関係を結べた、と内心喜んだ悠は次なる一手に出るため、自分だけに有利な取引だと思わせないために、死神の目的を聞くことにした。
取引は、相手に魅力的に映るように心がけなければならない。
「それで、死神さんが俺に求めることはなんだ?俺ばっかり要求を聞いてもらうのは死神さんにとって旨みがない」
「ギブアンドテイクがわかってるじゃないか。とはいっても、僕の目的は元の世界に戻ることとーーこの先、聞きたいか?」
「そんな台詞が出るってことは、死神さんはそのことを話すべきと思ってないのか?」
「漫画的に言うと、ここから物事をどうにかしていくのはお前の仕事だ。ただ迷い込んだだけの僕の仕事じゃなく、僕の物語はこの世界で展開するべきものじゃない。僕の目的を知れば、お前はお前のやるべきことをもう一つ増やしてしまう」
「……なんでそんなメタ的な視点で物事を見てんだ?」
「癖なんだよ。僕の悪癖の一つ。漫画脳だ」
「なんというか、コミカルな死神様だな」
「悪かったな。で、聞くのか?聞かないのか?」
途端話を切り、真剣にものを尋ねてきた死神。
だが、彼女がなんと言おうと悠の心は決まっていた。
「聞かせてくれ。君の話を」
「……もの好きな奴だな。僕のことなんか知っても何にもならないだろうに」
「初めてなんだよ」
「……なにが?」
「仲間って存在が。俺はこれまでずっと一人で戦ってきたから、共に肩を並べてって経験が初めてなんだよ。だから、初めて出来た仲間のことは知っておきたいんだ」
「……ふーん、まぁよくわからないけど、お前の意思は伝わった。話すよ」
死神は小さく息をつくと、再び噴水に腰を下ろして落ち着いた体勢をとった。
その隣をぽんぽんと叩き、悠にも着席を促す。
席と呼ぶには些か無装飾すぎるが、彼女の隣はどんな舞台の特等席よりも高等で、上等なようにも感じられた。
表情に乏しく、気難しそうな少女の隣に座れることを光栄に思い、ありがたく座った。
彼女の体温が空気を通じて感じられる。冷たい雰囲気に反した、人間らしい温かみ。
死神はその人らしい感覚をしばらく楽しんだ後、ゆっくり口を開いた。
「この背中のやつ、なんだと思う?」
悠は、先程からずっと気にかけていた、死神が背負う巨大な棺桶を注視した。
それを棺だと答えるのは簡単だが、少女がいうそれは外見的なものではなく、概念的かつ本質的なものなのだろう。
しかしそれが何かは分からず、首をひねるばかりで答えらしい答えを導き出すことが出来なかった。
俯き、答えが返ってくることはないだろうと判断した死神は棺桶を地面に横たえ、その上にまた腰を落ち着け悠の正面に座った。
「……こいつは僕の親友。僕の初めての仲間だ。助平で頭の悪いやつだったけど、僕のために全力を尽くしてくれた」
「棺桶の中に人ってことは」
「そう。この中には死体が入ってる。後は、わかるな?」
「……死神さんはこの中の人を生き返らせようとしてるのか」
「それが僕の目的。そのために、仲間を置いて一人で放浪の旅に出てた。幻滅したか?こんな浅ましい奴で」
幻滅はしなかった。
幻滅こそしなかったが、その目からは彼女のその禁忌をも犯そうという覚悟と、その奥に根付く悍ましい狂気を感じた。
死神を一目見たとき、悠は彼女の瞳をどこかで見たことがある、と一瞬錯覚した。
心にも留めず、頭にも浮かべないくらいの些事だが、その正体が今ようやくわかった。
それはまぎれもない狂気。悠がよく見る瞳だったのである。
お前は狂っている。
そう告げるのは簡単だったが、この世の中は簡単なことをやすやすと実行に移して良いほど甘いものではないらしい。
それに、狂気が含まれた願いだとしても、そこからくる真意は紛れない善意なのだから。
失われた筈の命をもう一度取り戻そうという行為は誰もが考えたことがあるだろう。
彼女はそれを妄言と切り捨てず、ただ行動に移しているだけなのだ。
少なくとも、命の是非を問う資格など、悠にはなかった。
だから悠は余計な口を挟まず、ただ彼女の言葉を否定しなかった。
「いや、幻滅なんてしないよ。というか、驚いた。人を生き返らせることなんて出来るのか?」
その無難な返事を聞けた死神は心底安心したようで、気の緩みが顔に現れていた。
「……まぁ、できるみたいだ。僕がいた所では変な能力を持ってるやつが沢山いたからな」
「それは日本のでの話か?」
「いいや、僕が飛ばされた別の世界。……めちゃくちゃなところだったよ」
「ここも十分滅茶苦茶だとは思うけど……。それじゃあ、死神さんも何か特殊な能力持ってるのか?」
「まぁ持ってるけど……封印した」
「え、なんで?」
「一つ目は使うのはあんまり気分がよくないから。もう一つは――」
――その瞬間死神は言葉を切り、迅雷の速さで悠からナイフを奪い取ると、悠が言葉を発する前に、行動に気がつく前には既に首筋に刃を突きつけていた。
「っ――」
「能力に頼る必要がないからだな」
それはまさに神速。
機械の支援がないとはいえ、それなりに高速戦闘で目を慣らしているはずの悠が反応すら出来ずにいた。
嫌な汗が頬を伝う。
「……た、確かに……これだけならいらないな、能力」
「理解が早くて助かる」
死神は拘束を解き、慣れた手つきでナイフをホルダーに戻し、また元の位置に座った。
しばし瞬きすら忘れていた悠は、しぱしぱと面食らったように瞬きを繰り返した。
そんな悠を見て、死神は小さく頬を緩めた。
「なんだよそんな顔して。言っとくけど、これくらい出来ないと多分ここで生きていくのは辛いぞ?」
「……そうだよなぁ」
「というか、そんなザマでどうやってあいつらに勝とうとしてたんだよ。お前の世界のやつらは、お前を送り出せるほど弱いやつばっかかのかよ」
「確かに今の俺は子供に負けるくらい弱いけど、俺がさっき言ってた探し物さえ見つければ……」
「あぁ、それがさっき言ってたやつか。どうでもよすぎて忘れてた」
「自由すぎるだろ……」
「放浪してる時点で気づけよ。まぁそれは冗談として、一応覚えてるから探してといてやるよ。どこ住んでるか教えろ」
「ありがとう。案内するよ」
話が纏まると死神は棺桶を背負って立ち上がった。
彼女を一目見た時も思ったことだったが、お世辞にも発達していきっているとは言い切れないその幼さを残す体躯のどこにそのような力があるのか疑問だった。
しかし当の本人はさも当たり前かのような顔で歩くものだから、聞くに聞けなかったのであった。
まぁ、どうでもいいか――。
悠はそんな矮小な疑問を投げ捨てると、何素知らぬ顔で死神を案内した。
よく考えると、リィンだって同じようなことは出来るのだから。
悠は今更ながら気がついた。
この世界の常識は全て当たり前に行われていることで、それに順応出来ない自分こそが異端なのだと。
この世界の住民が驚くほど強いのではなく、自分が驚くほど弱いのだ。
世界の理の蚊帳の外にいる存在。それが悠だった。
少しでも早くこの世界に順応しないと、と焦りばかりが募っていく。
そんな様子を側から見ていた死神は苦言を呈する。
「おい、何焦ってんだよ」
「え、そんな風に見えた?」
「顔に出てんだよ顔に。なんかあったのか」
「いやまぁ……なんでもないよ」
「嘘つくなって。……どうせ暇だし、案内ついでに話してみろよ。酒の肴くらいにはなる」
「えっ、死神さんってお酒飲める年なの?」
「……例えに決まってんだろ馬鹿」
死神は冗談の通じない、鈍い悠の足をげしげし蹴った。
存外痛い。
しかしそれで気が紛れた悠は、あははと小さく笑って話す決意を決めた。
「早く強くなりたいなぁって、それだけ思ってた」
「焦る理由でもあんのかよ」
「一応。俺がこの世界にいれる時間はあと丁度一年しかないからな。期限内に魔物達を駆逐しきれないと、俺たちの世界は多分終わる」
「侵略されるのか」
「多分だけど。今は向こうの世界で俺の協力者がクラックの発生を止めてくれてるけど、それが一年しか保たないらしくてな。理由はわからないけど」
「一年か。一年で強くなろうと思ったら相当苦労が必要だな。しかも、一年後に敵を倒すんじゃない。一年以内に、だ。ちょっと厳しいぞ。焦る気持ちがちょっと分かった」
「分かってくれると嬉しいよ。でも、だからこそどうすればいいかわからないんだ」
「……ま、お前の探し物を見つける他ないな。手っ取り早く力を得るにはそれしかない。……そうだ、お前は誰かに戦いを師事してるのか?この世界の騎士団の協力してるか?」
「あぁ、それは勿論。一応騎士団に入ることも出来た」
「へぇ、入れたのか。割と入団テストが厳しいって聞くけど」
「ちょっとしたコネが出来てな。入団には困らなかった。……入団だけはな」
妙に引っかかる言い方をする悠に、死神は疑問を抱いた。
それもそのはず、悠は今日起きた出来事を思い返すと、とても入団出来たことを誇る気分にはなれなかったのだ。
なので、つい含みのある口調となってしまう。
「まぁ騎士団の中に潜り込めたのは好都合だ。その調子だと、真っ当な訓練は受けさせてもらえてるんだろ?経過はどうだ」
「話にならない。自分の弱さが思い知らされるよ」
「ま……そんなことだろうとは思ったよ」
死神はため息をつき、遠い目で、半ば見透かしていたような言葉遣いで話した。
「……なんなら、僕が教えてやろうか。暇だし」
ぽつりと呟いたその提案を、悠は最初聞き逃し、きょとんと目を丸くした。
何故ならそれは、これまでのやりとりで最も言いそうになかった言葉だったからである。
「な、なんだよ。悪いかよ」
「いや……死神さんがそんな提案してくれるとは思ってなかったから」
「時間がないんだろ。さっきのお前の言い方だと誰かに教えてもらってる風だけど、とても時間が足りる雰囲気じゃない。正直武器の扱いだけならここにいる誰よりも上手な自信がある。まぁ余計なお世話ってならいいけどな」
「いや、いや、是非頼みたい。俺に剣を教えてくれてる人と死神さん、二人から学びたい。頼んでいいか?」
「別に。あんなやつらがいたんじゃおちおちこの世界で僕の探し物も出来ない。それに、意図的に元の世界に戻る……というか、次元を越える術を見つけなくちゃいけないしな」
「確かに。そうか、帰る方法も考えておかなきゃいけないのか」
「そんな無策でこの世界まで来たのかよ」
「考えるのは別の人担当なんだよ」
そう言われれば何も考えず、沈希に頼りっきりでこの世界に飛んで来たことはあまりに無謀とも言えた。
バツが悪くなった悠は死神から視線を逸らして夜の街に視界を移した。
同時に辺りの景色を伺い、そろそろ自宅に到着する頃だと推測した。自分の記憶が間違っていなければ。
少々不安な面持ちで内心ヒヤヒヤして歩いていたものの、ちょっと歩くとすぐに見慣れた風景が瞳の中に飛び込んでくる。
そして、そこには貸家の前で一人突っ立っているリィンの姿もあった。




