死を裂くデスサイス 3
悠の瞳になにを見たのか少女は折れたようで、先ほどまでよりも軟化した声色で悠と接した。
頭をかき、またため息をつく。
「で、僕に出来ることってなんだよ。言っておくけど僕はお前のいた世界の住人でも、この世界の住人でもない。別の世界にいたところを、吸い込まれてこの世界に飛ばされてきただけのただの旅人だ」
「……並行世界?異世界?は多数存在するのか」
「そうみたいだな」
少女は相変わらずの気だるそうな口調と態度で噴水に腰を下ろし、ぶっきらぼうな顔で頬杖をついた。
ーーそれから二人はしばらく黙りこみ、暗闇に紛れる静寂に身をやつした。
薄気味悪かった暗がりも不思議となんともなく、逆にその静けさが心地よかった。
「……それで、君はなんで君はそんな変な格好をしてるんだ?趣味か?」
「ふん、特殊な事情だよ。正直僕だってセンスがいいとは思ってない」
「……口悪いけど、君、本当に女の子か?」
「どうだろうな。そんなこと、僕ですらもう忘れた」
そう言いつつも、少女の胸元を見ると、その膨らみかられっきとした女だということが見てとれる。
「君はこの世界でなにをしてたんだ?」
「元の世界に帰る術を探してる。向こうには仲間を残してーーいや、話すべきじゃないか」
途中まで言いかけたのでわかってしまったが、隣の少女にはなにやらやるべきことがあるらしい。
悠が感じた、強い意志の正体はこのことなのだろう。
今度は少女が、悠に目的を聞く。
「お前こそこんな世界でなにしてんだよ。七十億の命ってなんだ」
「それが俺の本題だ。実は俺の世界は今この世界の魔物達に侵略されそうになってる。君が吸い込まれたクラックが大量に発生したんだ。奴らは俺たちを捕獲し、ていのいい奴隷として扱ってる。俺はそれを止めるために、クラックに飛び込んでこの世界に来たんだ」
「ふーん……」
少女は聞いておきながら、心底興味なさそうに呟いた。
まるで男を見ているようである。
そこからどう話を続けようか迷った悠だったが、少女は再び興味が薄そうに悠に話しかけた。
「で、世界を代表してこの世界まではるばる来たお前の持ってる能力はなんなんだよ。魔法か?それとも妖術か?」
「それ、それだよ。俺は魔法も妖術もなにも使えない、ただの一般人だけど、俺の言ってる探し物さえ見つければ今すぐにでも魔物たちを駆逐出来る……はずだ。俺が異世界の人間だと知ってる人は数少ない。かといってそれを話すわけにもいかない。協力してくれないか。勿論、君の探し物も手伝う」
少女は頬杖をついたまま、視線を明後日の方向へ向けて、苛立ち混じりに指で8ビートを刻んでいた。
一見耳を貸していないようにすら見えるが、この短い交流の中で、彼女はこれでも聞いているのだとわかっていたがゆえに口を挟まない。
案の定少女は時を待って、気怠げに口を開く。
「……無能力かよ。まぁ、いいけど。どっちにしろ魔王軍は邪魔だし、倒してくれるならありがたい。それに、この世界の魔法のことも気になる。……協力してやるよ」
「本当か?ありがとう!」
悠は協力を取り付けたとわかった瞬間飛び上がり、少女の手を取って握手しつつ乱暴に振り回した。
「痛い痛い痛い!やめろ馬鹿!ちょっとは気を使え!」
「とと、ごめんごめん」
悠は少女の手を離し、気恥ずかしそうに頬をかいた。
「……で、まだ名前すら聞いてねーぞ」
「あぁ、そうだったな。俺は斎賀悠。よろしくね。君は?」
名前を聞かれた少女は一時動きを止め、なにか逡巡した様子だったが、すぐにまた動きを再開した。
「……サクラカエデ。出身は日本で、別の世界に飛ばされてたのを更に飛ばされてここに来た」
「別の異世界から?」
「まぁ……」
「本当にいくつも世界があるんだな。先生に報告しとかないと。ともあれ、よろしくなカエ――」
ーー悠が彼女の名を呼ぼうとした瞬間、少女は神をも恐れないような鬼の形相で悠の口を抑え、発言を制止した。
それまで虚ろだった瞳には狂気、殺気、悲嘆。
少なくともポジティブとはいえない、ネガを全て混ぜたような不思議な目をして悠を睨んでいた。
「……僕をその名で呼ぶな……!僕を、サクラとも呼ぶな……。いいか、今の僕にその名を名乗る権利はない。……わかったな?」
これまでも相当な剣幕を見せていた少女だったが、それを更に超えてした少女に圧倒されてしまい、子鹿の震えのように力なく首を幾度も縦に振った。
そんな悠を見たからか少女は正気を取り戻し、申し訳なさそうな声と表情ののちに手を離した。
「……いや、悪い。悪癖なんだ。忘れてくれ」
少女はこれまでのドスの効いた言葉遣いとは一転、一気にしおらしくなってきゅう、と小さくなった。
「わ、わかった。名前で呼ぶのは控えよう。じゃあ、なんて呼べばいい?」
これまで大胆不敵だった者が途端に影を見せるのは忍びなく、言葉を詰まらせながらも別の方向へ意識を逸らさせた。
「……気を遣わせて悪い」
それはかくして成功したようで、少女は頬を紅潮させて笑みを浮かべた。
笑えばこんなに可愛いのに、とずっと見せているぶっきらぼうを勿体無く思う。
「……今の僕に名前はない。……行く先々で不幸を、知る人々に災厄をもたらす罪深い僕は、死神とでも呼べ。僕にそれで十分だ」
「死神?可愛くない名前だな」
「可愛さなんていらねーよ。そもそも僕はーーと、ここまでは言わなくていいな」
少女改め死神は歯切れが悪く物事を一から十まで語らないものの、言葉の取捨選択は決して間違っていなかった。
「……わからない方がいい。知らない方がいい。僕が何者なんてことは」
死神はそう小さくつぶやく。
悠はおろか、自分の心の中にすら届かないような、そんな消え入りそうな小さな声で。
彼女は直感的に理解していた。
この世界で立てるべきなのは自分ではなく、自分の物語ではなく、目の前の彼なのだろうと。
だから少女は多くを語らず、自身を死神などと称して、自分を偽った。
死神は自分の心中を切り替えると、平常時の何事も見下すような、冷めた目を作って悠の肩を叩いた。




