死を裂くデスサイス 2
ーーが、悠の足は歩くことをせず、意識は瞳に。先ほどまで気配すら感じなかった裏通りにいつの間にやら現れていた、おかしな出で立ちの少女に奪われていた。
いつの間に、と驚いたのもつかの間、悠はその少女の服装にさらに驚くことになる。
およそ普通の少女が背負えるはずのない、身の丈を超える棺桶を背負い目には片眼鏡、右手には手錠を嵌めており、逆側の手にはボロボロの指ぬきグローブ。
高貴な家の者であることを示す片眼鏡と、罪人である証の手錠。
相反する二つの要素が入り混じり、更に棺桶などという死を示すミスマッチが合わさって彼女の混沌感を高めている。
一見乞食かなにかと見紛うような風貌をしているが、その目は虚ろながらもはっきりとした強い意志が灯っているようにも思え、そのような者が道を外れたわけではないのだろうと推測づけた。
そして、その瞳はどこかで見たことがあるような、何かに重なるような面影を見出すことができた。
……怪しさ全開で、正直関わりたくはなかったが、そのような者だからこそ知っていることがあるかもしれない、と悠は勇気を振り絞って声をかけてみることにした。
「あの……すみません」
話しかけられた少女は、始めは面食らった顔をしたものの、すぐに元の冷たい瞳へ戻ると、帽子を深く被って悠を無視した。
「ま、待ってくれ。聞きたいことがあるんだ。探し物をしてて……」
察しが悪く、尚も話しかけてくる悠に観念したのか、少女はため息をついて悠の呼びかけに応じることにしたようで、踵を反転させて向かい合った。
「……なに?」
小柄な見た目に反して、ドスの効いた声色。
並々ならぬ迫力に一瞬気圧されたが、悠は自分の目的を達成するために喉を絞った。
「こんなの見たことないかな?こんな、金属の塊」
悠は、メモリデバイスに映し出されたインパクションとグリムフィストをスケッチした紙を少女に見せつけ、知っているか否かを問うた。
流石にメモリデバイスを見せるわけにはいかない。
「……知らねーよ。僕が知ってることなんてなにもない。こっちが探し物を聞きたいくらいだ。とっとと消えろ」
「そ、そう。ありがとう、悪かった」
ドスが効いている上に、口調も乱暴だった。
なにからなにまでミスマッチな少女は悠を鋭く一瞥すると、また棺桶を背負って闇の中の道をふらふら歩いていった。
「……なんつーか、怖い子だったな。絶対カタギじゃないだろアレ」
圧倒され、そう小さな声でぽつりと呟いた。
少女に対して失礼極まりない発言だが、態度の悪さと整合を取ってイーブンだと自分に言い聞かせた。
ここは悠にとって得体の知れない異境である。
得体の知れない者がいても不思議ではない。
今のことは忘れて次に取り掛かってみよう。
ーーそう決意したとき、不意にメモリデバイスが振動し、そこから今まで沈黙を貫いていたつきこの声が耳に届いた。
『悠さん、悠さん、今の人を追ってください!』
「なんでだ?ぶっちゃけもう関わりたくないんだけど」
『今の人、日本語を話してました!翻訳機を通さず、悠さんにわかる言葉で話してたんですよ!』
「日本語……だと?」
『はい!日本語です!日本語ということは、私たちと同じ世界の出身者!事情を知っている人がいると心強いでしょう。デッドノートの捜索に協力してもらいましょう!』
つきこの言うことは最もだった。
沈希の言によると、魔物達が時空を超えて現れ、拉致が発生したのはここ半年のことだそうである。
それ以前から拉致はあったようだが、自分と同じくらいかそれより下にしか見えない少女がずっと昔に拉致され、これまで生きながらえてきたとは考えづらい。
ここ半年の間に拉致されたのだとすると、デッドノートのことは知っているだろうと推論立てた。
事情を知る者が一人でもいると心強い。
悠はさらなる協力者を得るために、更なる勇気を出して少女に再び声をかけた。
「ちょ、ちょっと待って!君は日本から来たのか⁉︎この世界とは違う場所から来たんだろ⁉︎」
「……だったら?」
少女は心底嫌そうな顔と声色をして振り返った。
しかし、先ほどよりも苛烈さは控えられており、面倒臭さのみを漂わせているに抑えられていた。
「さっきちょっと驚いてたのは、俺が日本語を話したからだろ?俺のことは知ってるか?」
「……はぁ?知ってるわけねーだろ。自意識過剰かよ」
「さっきからなんでそんなに辛辣なんだ?まぁそれはそれとして。それじゃあデッドノートは?ドミネーターは?」
「……知らない。なんの話かさっぱりだよ。……というか、お前のいた世界と僕のいた世界は一緒なのか?」
「どういうことだ?」
「……知らないのかよ。お前はどうにかして別の世界からこの世界に来たんだろうけど、お前の住んでる世界とこの世界だけしか存在しないってわけじゃないんだよ。多元宇宙論だ。同じ日本でも、僕が住んでた日本とお前が住んでた日本は違う。……あの世界もな。この世界は……というより宇宙はマルチバースなんだよ。……なんで僕の方が詳しいんだよ」
「君が住んでた日本と俺が住んでた日本は違う……のか。そうか」
「もう行くぞ。僕は暇じゃないんだ。……早く、探さないと」
話すべきことはなにもないと悟った少女は背を向け、またどこかへ行こうとしたが、悠は咄嗟に彼女の手を取って捕まえた。
「……なんだよ。まだなんか用か?」
「もっと詳しく聞きかせてくれ。君の知っていることを全部教えてくれ。俺にはやるべきことがあるんだ。七十億の命がかかってる、大切な」
少女は悠の手を力任せに振りほどくと、その大きな濁った目で悠の目を見つめた。
悠は真剣だった。
直感が告げていた。目の前の少女は自分とも違う、この世界の住民とも違う、極めて異質な者だと。
そして感じていた。彼女を知ることは、真実へ近づくことなのだろうと。
「……僕に出来ることがあるっていうのか?この僕に」
少女は出来ることがある、とそう感じた瞬間、瞳に色を取り戻した。
その輝きは一瞬だったが、押すなら今しかない、と悠は畳み掛ける。
「あぁ。頼む。力を貸してくれ」
やがて、しばらく黙り込んでいた少女だったが、小さくため息をついた。
「……どうにも弱いな」




