訓練のスタート 2
「ははは、物分かりのいい奴は好きだぜ。さて、無駄話もそこそこにしておいて、早速訓練に……」
「ちょっと待ってくれ。俺はまだあんたの名前を知らない。とりあえずそれを教えてからにしてくれないか?」
「俺はガルダだ。ただのガルダ。それだけで覚えていてくれればいい」
「苗字か名前かどっちなんだそれは……」
「まぁ、んな細かいこと気にすんなよ。よろしくな、悠」
「……ああよろしく。ガルダ兵長殿。ご鞭撻のほど、頼みます」
掴み所のないガルダに辟易したが、悠はひとまず挨拶だけはしておいた。
「おうよ。それじゃあ……悠。悠だな。早速訓練に入るぞ」
「あいさ。体がボロボロになるまでやってやるよ」
「いい心意気だな。じゃあまずは剣だ。剣の重さに慣れろ」
ガルダは悠に、これを使えと諸刃の両手剣を差し出した。
「これは騎士団の正式採用型の剣だ。まずこれを使えることが兵士としての最低条件だ。とりあえず振ってみろ」
悠は剣の柄を握った。
よく手に馴染む、一目見ただけで使い込まれていると理解できる代物だった。
しかし、流石は騎士団の正式採用武器。
騎士団の面々の筋力に合わせた重さをしているこの剣の重量は凄まじく、悠は持ち上げることすら困難という有様だった。
「……だめだ。使うどころか持つことすら難しい」
「おいおい、今年で十七なんだろ?それくらい持ち上げてくれよ」
「ぐぎぎ……言ったろ……!人種が……違うんだよ!」
「人種でこんなに力の差が出るもんなのか?」
「魔力の有無とか……あるだろ!……ぶはぁ、やっぱダメだ。俺はこことは空気も飯も、文化も風習も何もかも違う国から来たんだ。力のつき方も違っていても不思議じゃないだろ?」
むしろ、わざわざ別次元から来たというのに、空気も食事も文化も風習も同じだとしたならば拍子抜けすると同時に気味が悪いというものだった。
「まぁそりゃそうだわな。つーか、お前の国はどれくらい遠いんだ」
「それこそ……この星の反対側くらい?」
「もしかしてお前さん、地球の裏にあるという影の国から来たのか?」
「影の国?なんじゃそりゃ」
「知らねーのか?影の国っつーのは、世界の果てを乗り越えてさらに到達した、いわばこの地面の下にあるって言われてる国だよ。学問を修める奴らのだいたいの命題なんだよ。海の果てにはお前さんの生まれた黄金の国やらがあるのか、はたまた果てには何もなく、死が蠢く影の国があるのかってな」
「あれか?地球の裏やら地面の下やらとか聞いてる限り、この国では地面が平らだと考えられてんのか?」
「半分正解だ。黄金の国があるあると考える奴は地球は一周してると考え、逆に影の国があると考える奴は地球は平らだと主張する。ちなみに、お前さんはどっち派だ?」
悠はその返事に困り、眉を曲げた。
この世界の物理法則等々が元の世界と同じならば、間違いなくこの星の形は球形である。
天高く舞い上がり、宇宙に到達できる程の技術をもってして観測した結果から、この星は球形であると断言するのは簡単だが、安直に答えを出すのは危険なことだと歴史が語っている。
みだりに学説を乱すことはある意味混沌を生む行為であり、それまでの常識を全てひっくり返すことになる。
前提を根底から覆そうと頑なに主張を続けたガリレオ・ガリレイなどが代表に挙げられるだろう。
さらに、どちらの派閥だと主張して面倒ごとを引き起こすというのも好ましくなかった。
ここはひとつ、芝居を打って様子を見ることに決めた。
「まぁ、あんまり興味なかったからどっち派ってわけでもないな」
「なんか今、一瞬の間に色々考えなかったか?」
「気のせいだよ。些細なことだ」
「いーや、考えてたな。安心しろ。どっちか選んだところで別に争いなんざ起きやしねーよ」
「み、見透かされてたか」
「おいおい、俺は仮にも人の上に立つ立場なんだぜ?目下の者の考えてることがわからないようじゃなぁ」
「熟練ってことか」
「勿論さ。……ま、剣の腕もそんじょそこらの奴らには負けないけどな」
ガルダは自らも木剣をとると、切っ先を悠に向けて軽く振り、かかって来いと挑発した。
「率直に言うが、俺は割とお前さんのことを気に入ってる。ということで、俺の持てる技術を余すところなくお前さんに授けてやる。しばらくマンツーマンで指導だ」
「気にいる要素あるか?」
「目だ。お前さんは不思議な目をしてる。アルトの奴は気に入らないみたいだが、俺はその瞳が気に入ってる。気づいてるか?お前さんのその目は、ただ平和な国で暮らしてただけじゃないって俺にひしひしと語りかけてきてる」
「んな馬鹿な」
「いいや、俺には分かる。その目は絶望を背負った奴にしか出来ない目だ。狂気を垣間見つつ、深い悲哀に包まれた目。ただ、ある程度時間が経ってだいぶ緩和されたみたいだな。違うか?」
「……狂気やら悲哀やらはよくわからないけど、確かに、色々あってから半年は経ったよ。考える時間は十分にあった。だからどうだって話だけどな」
悠は語調をぼかしつつもしかしながら、核心を突くような物言いでガルダに語った。
真の核心は、悠の中で話すに値しない見苦しいもの。
自分の過去や苦しみを分かつことなどしたことがないし、これからもすることはない。
これが悠のボーダーラインだった。
「なーんか引っかかる言い方だな。……まぁいい。ほら、かかってこい。細かいことなんざ全部忘れてな本気は出さねぇから安心しろ」
「そうだな。そっちの方が割と、性にあってる!」
悠は霧がかった思考を全て晴らすため、胸を借りるため、小細工抜きでガルダへと向かっていった。
しかしながら悠の戦闘スタイルは、デッドノートの機動力をフルに利用した、無理に隙を潰す突撃性能の高い戦い方である。
生身では推進力などは一切なく、これまで巧みに隠してきた隙をモロに見せつけることになっているのだ。
便利な道具を一切持っていない悠は当然その隙を突かれ、気がついた頃には首筋に木剣を突きつけられていた。
「隙だらけだ。お前さんには筋力がない。だというのに、力に任せた戦い方をするからそうなる。お前さんの国じゃそれで通用したのかもしれないが、この国ではそうはいかないぜ」
「……そんなこったろうとは思ってた。こりゃ多分、卑怯な手を使わないなら、俺が百人いてもあんたには勝てないな」
「ま、正攻法じゃなかった時の結果がさっきのあれだから一概には言えんが、これから先、ああいう戦いを続けていくならば、必ず相手に名前が知れ渡ることになるだろう。不思議な糸を使って敵を殺す奴がいるってな。そうしたら相手がすることといえばなんだ?勿論対策だ。対策されちまえば、お前さんは今の通りの実力しか発揮出来ない。策ってのは、一つ目が失敗した後の二重目三重目を張り巡らせておかないと意味がねぇ。だから、あの道具の対策がされても、あの道具を失っても戦えるための術を今からお前さんに叩き込む」
ガルダは悠の首根っこをひっ掴み、強制的に立たせると再び剣を構えさせた。
その瞳は先ほどまでの温和な雰囲気は消え去っており、歴戦の戦士という面構え、風貌、風格へとその全てを昇華させていた。
本当に今まで話していた者と同一人物なのか?という疑問すらも抱く。
悠は頬に伝う汗を拭うと、気丈に剣を構え直した。
「いいね、俺の日和った考えを叩き直してくれ。戦場で一番不要なのは協調性のない奴と弱い奴……だよな?両方に該当する俺は一刻も早く邪魔者にならないレベルまで引き上げなきゃならない。ご教授願う」
「そこまでは言ってないけどな。それでも強くなってほしいことには変わりはない。教えてほしいなら、体に叩き込んでやるよ」




