訓練のスタート 3
その姿はまるで教官と生徒だった。
悠にとって、本当に久しぶりの『先生らしい本当の先生』である。
悠は沈希のことを『先生』と呼ぶが、その実態は教師や医者などとはかけ離れたものなのだ。
誰かが彼女の立ち位置を説明しようとするとなると、呼び名は人によって著しく変化することとなるだろう。
ある者は彼女を救世主と呼び、またある者は彼女を悪魔と呼ぶ。
そのうち悠は彼女を先生と呼んでいるだけで、悠と沈希の関係は教師と生徒のそれではない。
ゆえに、高校を辞めた悠が誰かに教えを請うというのは本当に久しぶりのことだったのだ。
毎日誰かに教えられている同じ年の者と比べると、どれほどその機会に恵まれていないか。
ガルダという者の存在は、悠が先生と呼ぶ者より遥かに教師に近かった。
悠は柄を強く握ると、先ほどの宣言通り胸を借りる為、今度は少しずつ間合いを詰めて一撃を狙い澄ます。
しかし、それが無駄なことはリィンとの一戦で既に明らかになっていることだった。
いくら隙を消そうと奮闘しても悠がした『瞬き』の隙を突いて、ガルダは一瞬のうちに悠へ接近し、腹部に強烈な一閃をお見舞いした。
「がっ……」
「魔王軍の魔物共の動きはもっと速いぞ。そんなにちんたらしてたら一瞬で間合いを詰められちまう。今みたいにな。もっと言うと、奴らの殆どは魔法を使うことが出来る。俺の動きに飛び道具があると考えて動け。頭で考えて出来ないなら体に染み込ませろ。奴らの動きは単純だ。俺たちのように前線で戦う兵には高い思考能力はない。パターンを覚えて戦うんだ」
多大な情報を一気に詰め込まれたが、不思議とその全てを自然に理解することが出来た。
ガルダの示唆する動きは非常に単純明快、これだけの言葉を重ねておきながら彼が伝えたいことは「体で覚えろ」ということだけなのだ。
その単純な事実に、魔物の動きや魔法の存在を装飾して上乗せし、的確に伝えたいことを伝えてくる。
悠は今確信した。
恐らく、彼はアルト率いる隊属と比べても遜色ない相当な猛者なのだろう。
魔法の有無くらいで、アルトやリィンとの戦力としての大差を感じないほどの強さだと思えた。
それほどの強さを誇っていながら序列が一番下の兵属の隊長に甘んじているのは、恐らく一番人が多く、誰もがの登竜門である兵属の者をたちをしかるべき正しい教えで導くためという理由なのだろうと悠は推測した。
そして、恐らく先ほど戦ったときも、本気を出せばピアノ線すら振りほどけたのではないだろうか。
「……っとに嫌になる。魔力の有無だけじゃなくここまで差がつくのかよ」
「血の差だな。お前さんの当面の課題はその差をどうやって埋めるかというところだな。もちろん、あの変な糸のやつは使わずにな」
「うへぇ、きっついな」
「……とはいえ、魔物相手に真っ向から立ち向かわせるというのも難しいってことも今分かった。これからお前さんに合った戦闘スタイルを模索する。反撃しないから、全力でかかってこい」
悠はその発言を受けて少し困った。
実のところ、悠は既に生身での戦闘スタイルを確立している。
得物はインパクションから擬似生成するナイフ、グリムフィストから撃ち出すシャープレイの弾丸。
それらを用いて敵を牽制しつつ迅速にデッドノートを装着するというのが身体に染み付いた習慣なのだが、今の状況は悠に「これまでで得たものを全て投げ捨てて一からやり直せ」と述べている。
人間の脳は十歳を過ぎた時点で柔軟さを失い、新たな概念の習得を困難とする。
最適解を持っていた者に、それ以上の答えわ望むということがどれほどのことか想像に難くない。
「どうした?早くこないか」
いつまでもかかってこない悠にいい加減痺れを切らしたのか、ガルダは催促した。
「考える暇はない、か」
悠は小さく溜息をつくと、手に持った重い剣をその場に放り捨て、代わりに近くに立てかけられていた短剣を手に持ち、逆手に持ってナイフの代わりにした。
頭で考えて動けないならば本能と直感でどうにかするしかあるまい。
要するに、ヤケクソである。
悠は勘に任せて、動物的にナイフを構え一直線に駆けた。
動きの精度よりも速度に重点を置き、攻撃一辺倒の策略に出る。
「おっ、やっとやる気になったか。嬉しいぜ!」
宣言通りガルダは悠の猛攻に対して自衛するのみで、反撃を試みない。
ガルダの動きは鮮やか、得物が小型化したことによって速度が上がった悠の攻撃をものともしない。
「さっきよかマシになったが、大当たりを狙いすぎだ。ナイフでの攻撃は大穴を狙うより、小さく傷をつけていくか、素早く一撃で決めるかのどちらかで戦え。剣のように致命傷を与えようとするな」
武器を変えても、死にものぐるいになっても攻撃をかすらせることすら難しい。
加えて、当のガルダは余裕綽々。
大柄な肉体に似合わない繊細な動きで悠の刃を悉く躱す。
「当たらん……っ!」
「なんでお前のナイフをこうも簡単に避けられるか教えてやろうか?」
ガルダは悠の動きを見切り、腕を掴んで行動を制止。
どれだけ力を込めようとも丸太のように太い腕の前には自分は赤子同然だった。
「くっ……」
「動きが連続しすぎだ。それに、視線で狙いが丸わかりだぞ」
そこを指摘されては悠はどうしようもなく、ただ反省するのみだった。
自分の動きはあまりに素人臭い。
「あと、射程が短いからってナイフを必死に相手に当てようとしすぎだ。無駄に腕を伸ばすから今みたいに掴まれちまう」
「……返す言葉もない」
「まぁ、初めてならこんなもんさ」
ガルダは拘束を振り解くと、悠から距離をとって手のひらを見せ更なる動きを制止した。
模索するべき道が見つかった、ととるか、それとも底が知れた、と考えるべきか。
どちらにしてもあまり気分が良くはなかった。
「だいたい分かった。お前さんは剣を使うよりナイフを使う方が合ってる。癖かは知らんが、動きがやたら大きくなるところだけは頂けないがな」
「素直に見込みがないって言ってくれ」
「いや、そういうわけでもないぜ?お前さん、武器を振るときに躊躇わなかったな?」
「……それがどうか?」
「どうかするさ。お前さんの剣には明確な殺意が乗ってる。そもそも見込みがない素人なら、人を殺せる道具を持った時点で尻込みするだろうさ。だがお前さんはどうだ?剣を手にかかってこいと言われたならば言われた通り剣を振り、もう一度来いと言われたならば相手を殺せる確率を引き寄せるために新しい武器すら手にできる。ただの素人じゃねぇよ」
「……買い被りだよ」
悠は手の内のナイフをその場に捨て、肩を竦めた。
そこまで褒められる謂れはない、とため息をつく。
「そうでもねぇさ。俺が保証する。さ、少し休憩だ。無理に動いても得られるものは少ない。ゆっくりやればいいさ」
「ゆっくり、か」
あまりゆっくりはしていられないのだが、と心の中で小さな焦りを見せた。
沈希の開発した誘導装置、及び遮断装置がいつまで保つかわからない以上、できるだけ早く事を済ませなければいけないのだ。
もどかしさが悠をじわじわと切迫する。
とっととグリムフィストとインパクションだけでも見つけて、魔物達の親玉を始末してしまいたいところだった。
「焦ってんのか?なにを焦る必要がある。お前一人が焦って強くなっても、今すぐあいつらを駆逐出来るわけじゃないんだ。俺たちの戦力をもってしても奴らを倒しきれず、増殖を許しているのが現状だ。現実だ。戦力になりたいなら、今は耐え時なんだよ」
「それはそうだけど……」
自分にあるはずのものがない。
誰もがが備えているものが自分には備わっていない。
まさに、アルトの言った最弱に相応しいともいえる。
悠は劣等感と惨めな感情を胸に抱いて、再びナイフを手に取った。




