訓練のスタート1
一度リィンと別れを告げた悠が案内された場所は、格式高い広間とは打って変わって無骨な印象を受ける訓練所だった。
先ほどまであれほどの野次馬が押し寄せて来ていたにもかかわらず、もうそこで平常時のように訓練を再開している者たちを見て悠は感服した。
「どうだ、お前さんの国と比べて俺たちの兵の練度は。言っておくが、そんじょそこらの国とは比べものにならないと自負してるぜ」
「あぁ、確かに――強いよ、この軍隊は。統率力があって、誰もがに向上心がある。倒すべき敵、守るべきものがはっきりしているからこうなるのかな」
「その言い方だと、お前さんの国は倒すべき敵がはっきりしてないように聞こえるな」
「実際そうだよ。世界を牛耳る大悪党、なんてのがいるわけでもないし」
以前はヴァン率いるドミネーターがいたが、あれは例外なのであええ話から省いた。
しかもあれは戦争などではなく、一方的な蹂躙に対する抵抗活動でしかなかった。
先の大戦で業を背負ったのは沈希と悠のみ。
「平和なのか?」
「平和っちゃ平和だけど、誰が敵か分からないからいつも恐々としてる」
「ふぅん、変に敵がいないってのも困りものだな。ま、俺たちの敵ははっきりしてて、しかも明確な悪だ。なんたって奴らの目的はすべての命の掌握だ。さしずめ」
「世界征服か」
「そうだな、それだ。魔王軍に所属する者たちだけが富、利益を独占し、それ以外の者たちを踏みにじって甘いところだけ吸って後は廃棄。そんな世界を実現するために魔王軍は俺たちと戦ってるんだとよ。馬鹿馬鹿しい」
「……あぁ、馬鹿馬鹿しくて涙が出るよ」
その瞬時、脳裏に浮かんだのはヴァンのことだった。
自分のことを唯一の理解者と呼んだ彼が、なんのために世界征服などを企てたのか。
その真意は彼を一番理解していた悠ですら未だに理解出来ていない。
彼の語る悪とはなにか、自分が持っていた正義とはなにか。
哲学に通ずることを頭の隅にずっとチラつかせていたが、今の悠に理解出来るのは、今回の敵は自分が戦っていた相手よりずっと浅い次元の者たちだ、ということだった。
「……それでいて、浅ましいな。悪ってのは、いついかなる時代、どこの国でも同じように汚らしい」
「おおう、なかなか言うじゃねぇか。お前さん、年はいくつだ?」
「今年で十七だ」
「その口ぶりは戦争を知ってる奴のそれだ。戦争のない国で過ごしたやつとは思えねぇな。お前さん、なにと戦ってたんだ?」
「……さぁ、俺にもよくわからないんだ」
「なるほど、そうかいそうかい。今ので大体わかったよ。話したくないなら、話せないなら、答えを探している途中なら、今はなにも聞くまい。お前さんはまだ、前の戦いの最中にいるんだな」
「……さぁ、どうだか」
いまいち自分がなにを考えているか測りかねている悠は、具体的に返事をせず言葉を濁して曖昧に返した。
そんなこんなで話をしているうちにいつの間にか訓練所に到着しており、辺りで兵達が一様に訓練に励んでいた。
「まぁ、考えて考えて、答えが出ないときは体を動かすしかあるまいよ。自分を鍛えつつ考えてみろってこった」
「そう……だな。とりあえず第一目標は、リィンの顔に泥を塗らないよう実力をつけていくことだ。……いや、塗っちまった泥を払拭するために、か?」
「確かに、結果的に団長代理の顔に泥は塗っちまったな。団長代理は気にしてなさそうだったけど……というか、代理が卑怯結構の戦い方を勧めたんだろ?」
「そういう言い方も出来なくはないな」
「あのお姫様は面子もなにも気にしてないからなぁ。顔に泥を塗っただのなんだの気にしてるのは俺やお前さん、それにアルトとか周りの奴ばっかなんだよなぁ。懐がでかいっつーか、ただ無頓着なだけか。お前さんはどっちだと思う?」
「……懐がでかいんじゃないか?そうでなけりゃ、魔王軍なんて厄介な連中と戦争の最中に旅人だなんて怪しい身分の俺を拾ってくれたりしないんじゃないか?」
「馬鹿だから拾ってくれたとは考えないのか?」
「あの子が馬鹿だったらこの世界の全員が馬鹿になるんじゃないか?俺はあの子がそれくらい聡明に感じた」
「……あぁ、そうか。代理は隠してんのか。いや、確かにあの子は賢い子だ。そのことに間違いはねーよ」
「なにか隠さなかったか?今」
「いいや、別に?賢い子だから団長もあの子を代理に置いたんだろうしな。技量も十分高いし、変におかしいところもやい。この騎士団の中では最もまともで、最も適任なのがあの子ってこったな」
少し釈然としなかったが、兵長の言うことももっともだった。
彼女のあの立ち振る舞いは上に立つ者としての気品が自然に備わっており、リーダー然とした態度が驚くほど似合っていた。
仲間への信頼、仲間から受ける信頼は共に高く、たかだか代理とは思えないほどのリーダーシップを発揮している。
集団的な組織において半ばで頭が変わるというのはあまり好ましくないのだが、それを感じさせないほどの統率力をこの騎士団は誇っていた。
真に聡いものでなければ人の上に立つことなど叶わないだろう。つまりそれはリィンの性格や考え方が完成されているということに他ならない。
完璧なリーダーというものは嫌われるのだが、生憎彼女とて完璧ではないということは前もってわかっていた。
彼女が悪い意味で完璧だったならば、周囲の者たちはリィンを信用することをしなかっただろう。
悠が見た彼女を取り巻く者たちは、リィンを尊敬しつつもどこか身近に感じているような、親近感を持ったような態度で彼女と接していたのだ。
リーダーとして完璧な者は下の者を完璧に統制し、自身の完璧な理論のもとで効率良く、そして遥か高みへ下の者を引き連れるのだが、彼女はそれをせず、あくまで一騎士として、一兵士として彼らと付き合っている。
リーダーとして褒められたものではないが、それはきっと人を導く上で、完璧な理論よりもなによりも大切なことなのだろう。
そのことをわかっていた悠は、兵長の言うことに小さく頷いた。




