騎士団のイグザム 4
「……分かった。それじゃあ、そうなるよう配属しておくから。兵長、頼みます」
「おうよ。悠っつったか?坊主。アルトの奴はああ言ってたが、別に隊への配属を選んでも誰も文句は言わないと思うぜ?まぁ、実力が伴ってないってのは俺も賛成だが。自由行動が許されてるんだろ?それじゃあ明日から俺たちとトレーニングの日々だな」
「……よろしく頼むよ。ただ、俺はこの国の生まれじゃなくて、兵長さんたちのように頑丈に出来てない。その辺の配慮だけは」
「そうかそうか、どうりで。この近くの国の生まれはみんな坊主以上の力が当たり前だからな。お前さん、この国というかこの近辺の出身ですらないな?どこから来た?」
悠は出身地を聞かれて一瞬固まってしまったが、この世界が中世に似ているということを考え、その辺りの時代背景と考察を交えて一つの答えを導き出した。
「えーと、東だ。海を越えたはるか東方の国。この国じゃ名前を聞かないし、俺の国でもこの国の名前も誰も知らないくらいの東方。さしずめ黄金の国といったところかな」
「黄金の国!噂は聞いたことがある。なんでも、建物全てが金で出来てるほど金の採掘量が多いらしいな。おーいみんな、そんな遠路遥々からお越しくださった旅人様の入団だ!仲良くやっていこうぜ!」
兵長の宣言と共に、兵属と思われる者たちから雄叫びのような歓声が湧き上がった。
地面に倒れている悠を兵長は手を差し出して立たせ、そのまま握手を交わした。
「俺みたいな未熟者を歓迎してくれて助かるよ」
「俺たちは来る者拒まず、だ。共に戦う者、強くなりたい者、大歓迎だ。お前さんの目は語ってるよ。その目は本気で強くなりたい者の目だ。それなら入団を拒む理由もあるまい」
「……ありがとう。この国は優しい奴が多い。リィンも、アンタも、家の管理人も」
「はっはっは、まぁあの調子じゃ強くなるには相当時間がかかると思うが、楽しくやろうや。よろしくな」
「あぁ。よろしく頼む」
悠と兵長はもう一度熱い握手を交わして離し、続けてリィンが悠に話しかけた。
「お疲れ様。……アルトのことは気にしないで。彼が私の言ってた、格式を重んじる人。アルトは良い家柄の出身で、人一倍規律や格調に敏感なの。彼はそのことを誰にも話してない、私と一部の人だけが知ってることだから、秘密にしておいてね。彼は家柄を隠して一から叩き上げて今の地位を確立したの。だから私の権限を使って、しかも自分の実力ではなく道具を使って勝ち進んだ悠君のことが気に入らないんだと思う」
「……はっ、嫌われたもんだな。この騎士団の中にどれくらいそちら派の奴がいることやら」
「今嘘を言ってもなんの慰めにならないから言うけど、上に行けば行くほどそういう気質の人は多くなるわ。序列が上がるということは、それだけ騎士に近づくということ。魔法も戦闘技術もそれに連なる気品も心構えも、全てが変わってくるの」
「……それじゃ、俺がデッドノートを取り戻しても名誉挽回にはならないんじゃないか?」
「かもしれない。でも、悠君だってそのデッドノートを使うに際して、何かしらの覚悟を持って戦ってるんでしょう。なら、その覚悟を彼らに伝えればいい。人の覚悟を嘲笑うほど、彼らだって性根は腐っていない」
「戦う覚悟……」
「あるでしょ?なんと言ったって遠路はるばる、世界を超えてやってきたんだから」
リィンの言葉を聞いて悠の頭に浮かんだのは、一年前のあの日の光景だった。
自分を見下ろし、修羅の形相の暗い双眸から覗く闇の視線。
鬼をも殺さんとするようなその瞳は、殺人鬼にも似た狂気を垣間見る。
その者は知る人ぞ知る、決して表舞台に躍り出ることはなく悪となんら大差もない科学者。
あらゆる技術、科学力を遥かに凌駕する者、藍野沈希だと知ったのはかなり後になってからだった。
そして次に思い浮かんだのは、その時彼女が自分に投げかけた言葉。
その言葉は今でも悠の中で鮮烈に、あるいは呪いのように熾烈に残り続けていた。
悠はそのことを思い出すと言葉を失い、自分の瞼に軽く触れた。
これは悠の癖ともいえるものだった。
「……悠君?急に黙り込んでどうしたの?」
悠は自分がぼうっとしていたことに気がつき、慌てて「なんでもないよ」と取り繕った。
なんでもないことはないだろう、とリィンは悠を訝しんだが、秘密くらい誰にだってあるものだ、と敢えて追及することはした。
そう、彼女自身にだって。
「悠君がそう言うならそうなんでしょう。それじゃあ、はいこれ」
リィンはその流れを打ち切ると、悠に小さなプレートを差し出した。
「これは?」
「さっき話してた序列を示すプレート。時計の蓋につけておいて。騎士団所属という身分が君の助けになるはずよ」
「……わかった。ありがとう」
悠には騎士団所属、という言葉が先ほどの何倍も重く感じられた。
名を背負う覚悟。彼らはすべからくその責務を負っているのだ。
それを自分が汚すわけにはいかない。
悠の中で新たな決意が固まる。
「いい顔してる。そういう引き締まった顔、好きよ」
「や、やめてくれよ。勘違いするだろ。俺は女の子に耐性がないんだよ」
「面白いこと聞いた。弄りがいがありそうね」
「悪魔かお前は」
「せめて小悪魔にしてほしい。悪魔とか魔物は私たちの敵だしね」
リィンは自分の髪を撫でるが、その仕草からは色気の一つも感じられない。
小悪魔ですらなかったようだった。
そのことを伝えてよいのか迷っていたところ、助け舟かのようにどこかで悠を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい新入り、こっちこい!さっそく訓練始めんぞ!」
「わかった、すぐ行く!」
いきなりか、と多少辟易し首をもたげたが、仮にも上官の命令には従わないといけない、とすぐに返事をした。
「それじゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。帰った、管理人さんの美味しいご飯が待ってるから」
「それは楽しみだ」
悠はリィンを一瞥すると、声の方へと誘われて行く。
しかし声こそすれどそれが誰かはわからず、視線をふらつかせて辺りを彷徨った。
そして程なくして視線の先に手を振る兵長を認め、そこへ駆けた。
「よう、来たな。それじゃあ行くぜ」
「無茶はやめてくれよ?」
「安心しろ。団長代理の客人を無下には扱わないさ。そうでなくても、強さを求めてここに来たやつを使い潰すような真似はさせないって」
「いや、甘っちょろいやつで悪いな」
「結構結構。人には向き不向きがあるんだ。俺たちのように力が強くなくても、お前にだってそれに代わるなにかがあるはずだ。無理をせず、自分の能力に見合った成長を目指せばいい」
「その言葉だけで救われるよ」
へらりと笑った悠は兵長の肩に抱かれ、まるで子供のような扱いを受けて人混みの中へと消えていった。
これからどんな訓練が待ち受けているのか、楽しみでもあり不安でもあった。




