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騎士団のイグザム 3

「入隊希望よ。私の推薦だから、面接と筆記とその他の適性試験を全部免除で。特別入隊試験をやるから、みんなを集めて」



「わかりました、団長代理」



 受付嬢はその発言を受けると手のひらに魔法を顕現させ、そこに向けて話しかけ始める。



『えー、ご連絡です。お手数ですが訓練所に集合願います。ただいまより特別試験を行いますので、担当の方は戦闘の準備もお願いします』



 その声は本部、訓練所中に響き渡った。



「……これも魔法か?」



「彼女の魔法は他系統に属する、声を拡散できる魔法よ。そういえば他系統についての説明を忘れてた。これはたまに発現する系統だけど、他系統の中で似たような魔法があったり、それが戦闘能力が低かったり、日常生活で役に立ちそうなものだったり、騎士になるには強度の低い魔法だったりするものが分類されるの」



「そうなのか。もし俺が魔法に目覚めるなら、他系統の方が特別感が出て嬉しいな」



「どうせなら名前付き、と言えばいいのに」



 と、そんな雑談を交わしていた中、それに受付嬢が割って入る。



「終わりました。それじゃあ、簡単な手続きを行います。これに名前と住所と、指印をお願いします」



 それを聞いて悠はギクリとした。



 この国の口語は翻訳機でどうにかなるが、文字を書くとなるとどうにもならない。



 リィンの方をちらりと見ると、彼女もそれを察したようで、無言でこくりと頷いた。



「彼はこの国の人じゃないの。言葉は話せるけど文字は書けないから、私が書いていいかしら」



「うーん、まぁ団長代理ですし、いいですよ。指印だけ本人がお願いしますね」



 悠は面倒なことにならずにほっとし、胸を撫で下ろした。



 さらさらと名前と住所を書いたリィンの後で書類に指印を押し、手続きを完了した。



「こんな簡単なのでいいのか?」



「団長代理の権限ですしね。本来ならもっと手続きがいるんですけど、大丈夫なんです。それじゃあ、これをどうぞ」



 受付嬢は悠にチェーンのついた懐中時計を差し出した。



「これは?」



「騎士団所属の証です。身分を証明するときにそれを使ってください。蓋の裏はまだ触らないでくださいね。試験後、名前と序列、順位を発行したものを挟んでもらいますので」



 よく見ると蓋の裏にはピンがあった。



「わかりました」



 それだけ言うと、懐中時計をポケットの中にしまい、次の説明を待った。



 しかし説明はそれで終わりだったようで、その場を後にしたリィンを追った。少し拍子抜けする。



「次は試験か?」



「そう。集まり次第すぐ始めるから、覚悟しておいて。それと、戦う時は敷地内全域使っていいから」



 悠はそこでしめた、と思った。



 真っ向勝負なら勝ち目は薄いが、ワイヤーを利用したアクションならまだ希望がある。



 悠は頭の中で動きの最適解を弾き出すべく思考を開始する。



 仮想敵はドミネーターの改造人間隊。彼らの逸脱した身体能力を前に、生身で戦いに臨んだ時を思い出す。



 膂力で上回る相手に、接近戦を持ち込むのはご法度である。



 生じた隙の間を縫って瞬時に懐へ潜り込まれ、押し合いになっても確実に負ける。



 ならばやることは翻弄のみ。



 些か消極的かつ卑怯な戦い方だが、勝つためにはこれしかあるまい。



「……一つ聞いとくけど、勝ちゃあいいんだよな?」



「?まぁ、勝てばいいけど」



「相当汚くなるかもしれないけど、見逃してくれよ」



「私は気にしない。でも、誇りを重んじる人たちからの反発はあるかもしれないから、それだけは気をつけて。私は悠君の味方だから、気に病む必要はないよ」



「ありがとう。助かるよ」



 悠は礼の言葉を口にした。



 その小さな心遣いが驚くほど身に染みる。



 この前までタッグを組んでいた女は気遣いの『き』の言葉すらないような、人の皮を被った悪魔だったからである。



 以前人の心はないのか、と尋ねたところ「人の心だなんて時代や状況次第で簡単に覆るものを持っていたところでどうにもならないさ。柔軟な思考を持ちたまえよ」などと屁理屈を捏ねられたことを思い出してげんなりした。



 そんなことを考えつつ歩いていると、やがて拓けた空間に入る。



 そこには今までどこに居たのかというほどの、格式が高そうな者や無骨な兵たちが大量にてんやわんやしていた。



「特別入隊が珍しいからってみんな集まったみたいね。邪魔なら頭くらい蹴り飛ばしてもいいよ」



「いやそれはまずいだろ……」



「野次馬する方が悪いのよ」



 リィンは小さくため息をつくと、その場ですっと手を挙げた。



「これから特別試験を行うわ。はい、始め」



「もうかよ!」



「すぐ始めるって言ったでしょ。……ほら、後ろ」



 悠はリィンの指差す先を慌てて見ると、そこには既に一人の男が待機していた。



「ほらバルー!騎士団の門番の役目をちゃんと果たせよ!」



 周囲の兵達がバルーという男に野次を飛ばす。



 門番と呼ばれた理由は、彼を倒さなければ入団は叶わないという意味からだろう。



 悠は姿勢を低く落とし、バルーを強く見据えた。



「行くぞ坊や。俺は確かに序列最下位だが、強さまで最下位ってわけじゃないんだぜ!」



 バルーは意気揚々と啖呵を切ると木剣を手に、一足飛びで悠まで接近した。



 ――速い。



 思考が加速する。これを避けなければこの世界での生活は終わる。



 リィンを見ても思ったが、この世界の人間のこの卓越したフィジカルはどこから生まれるのだろうか。



 抜刀術のような構えで横薙ぐ剣を悠は斜めに体を放り出すことで回避、続けて剣に向けてアンカーを射出した。



 まずは剣を奪い取るところから――と考えたのだが、なんとバルーは握力だけでそれを阻止した。



「不思議もの使うじゃねーか!でもな、そんなオモチャじゃ俺の剣は奪えねーよ!」



「なんつー力だよ……っ!」



 リィンは昨日、自分のこの力はトップクラスの力だから気にする必要はないと言っていたが、一般兵ですらこの力を持っていることを考えると、考えを改めなければならなかった。



 これは本格的に搦め手以外で勝機はない。



「おらおらっ!」



 バルーはワイヤーを掴み、反対に悠を引き寄せる。



 悠は下半身に全力を込め、引きずられることに必死に抵抗した。接近戦を挑まれれば勝ち目はない。



 と、その必死さを見て気が変わったのか、バルーはワイヤーを引っ張ることをやめ、逆に悠に向けて全力でダッシュ。



 途端に力が抜けた悠はバランスを崩し、前のめりに倒れこみそうになった――ところを、バルーの鋭い蹴りが腹に食い込む。



「がっ……!」



 悠はその衝撃を受け、軽いボールを蹴ったかのような勢いと速度で吹き飛び、壁に激突した。



 背後にあった土嚢にもその衝撃はおよび、もくもくと土煙が立ち込める。



「あーあ、ダメですぜあれは。全然応えねぇの。情けねぇ。団長代理、なんであんなのを特別扱いするんです?」



「……勝負ありね」



「でしょう?はいはい、今回の入団者はなしだ。解散解散」



「曲がりなりにも戦闘のプロなら、最後まで油断しないこと」



「……はい?」



 バルーはリィンに言われて土煙の中にいる悠の姿を目視しようとしたが、煙は未だ晴れず何も見えない。



 わざわざ土嚢がある方に飛ばしたのは完全にパフォーマンスだったが、それが裏目に出た。



 ――その瞬間、土煙を裂いて中からアンカーが射出された。



「なに⁉︎」



「情けないだと?確かに俺は弱いけど、それでも自分の『国』で、恐怖から背を向けずに、逃げずに一人戦ってきたってプライドがあるんだよ。俺の一番嫌いな言葉を吐きやがって。……まだ勝負は……終わってねぇだろ!」



 バルーのその、挑発的な態度が悠の心に火をつけた。



 こうなったら、いけるところまでとことん勝ち進んでやる。



 油断していたバルーの体にワイヤーが巻きつけられる。



 戦意を喪失していなかった悠は、先ほどの失敗を生かすため、相手に対応されないうちにもう一つのワイヤーを天井に射出しアンカーで天井下地まで登った。



 そしてむき出しになっている天井下地と、重りとなるバルー、これから飛び降りる悠とで擬似的なつるべを作ることに成功した。



「油断してくれて助かったよ!」



 悠はそこから一気に飛び降り、その反動でバルーの体が吊るしあげられる。



「うっおおおおおおおお⁉︎」



 そして仕上げに、地面に位置が変動しないよう射出装置を固定し、処置を終える。



 しかしまだ戦闘は終わっていない。



 悠はその辺に落ちてあった野球ボール大の石を拾うと、肩をぐるんぐるん回して投擲の準備をした。



「投げるぞ」



「ちょ、ちょっと待て!この状態の俺をそれでじわじわいたぶるのかよ!ここまで飛んでキック一撃でKOとか、魔法とかで一思いにやってくれよ!」



「悪いな、俺は魔法を使えないし、そこまで飛べるような筋力もない。本当に申し訳ないけど、このまま戦闘不能になるまでダメージを与えさせてくれ」



「……!ま、参った。降参だ」



「そこまで。斎賀悠君の勝ち」



 その宣言を聞いた瞬間、ワイヤーの拘束を解除してやる。



 とりあえず一回戦を勝ち抜いた悠を見て、周囲の野次馬達は大いに盛り上がった。



 歓声がうるさい。



「次」



 リィンはすぐさま次の戦闘へステージを移行させた。



 と、その時、すぐ隣にいた屈強な男が悠の肩を小突いた。



「おいおい、やるじゃねぇか坊主。力では完全に負けてたけどな」



「卑怯と言うか?」



「卑怯結構!卑怯な手を使って仲間を守れるならどんどんやってくれってんだ。少なくとも俺はそう思ってる」



「そう言ってくれると助かる」



「おうよ。だから――」



 ――その瞬間、男の口角がにやりと上がる。

「恨むなよ」



 男は拳を大きく振りかぶり、悠の肩を掴んで全力のテレフォンパンチを繰り出した。



 拘束され、避けることも出来ず、悠はそれを顔面にモロに受ける。



「ぐあっ……!そ、そういうことかよ……!」

「油断してくれて助かったぜ、坊主」



 ここで襲ってくるということは、彼が兵属のトップなのだろう。



 とりあえず入団が確定したのだから、負けてもいい。



 負けてもいい。



 負けてもいいが、ここで負けるのは悔しかった。



 悠の瞳に決意の火が灯る。



「おっ、まだやる気か。結構好きだぜ?そういうの。でも、本当にそういうのがやりたいならもっと実力をつけてから来るべきだったな!」



 男は手を休めることなく悠の体のあちこちを殴打する。



 まるで丸太で殴られたかのようなとんでもない衝撃に気を失いかけるが、舐められたまま終わっては気が治らない。



 悠は薄れゆく意識の中、男の額に向けてアンカーを射出した。



「いてっ!」



 アンカーの先端が額へ当たり、運よく拘束から逃れることができた悠はすぐさまピアノ線を引っ張り出し、男の首へ巻きつけた。



「……動くな……!首落ちるぞ……っ!」



「……あぁん?……おお、なんか見えない糸があるじゃねーか。でも、こんなので首落とせんのか?」



「リィン、昨日俺がこれで魔物の首落とすの見たよな」



「……そこで私を使う?まぁ、いいけど。落としたわ。体重をかけたら、それこそ刃物で切ったみたいにばっさりと」



 その言葉を聞いた男は、両手を挙げて降参の意図を示した。



 悠がピアノ線を巻き取ると、首筋に一閃、血が滲んでいた。



「それじゃ、次」



 リィンの無慈悲にも聞こえる、次の戦いの号令を聞いた悠は即座に構えをとった。



 と、次の瞬間、悠の目の前に炎が飛来した。

「魔法か……っ!」



 悠はその攻撃をワイヤーを使って緊急回避し、なんとか避けた。



 しかし無理な体勢での回避だったため、満足に受け身すら取れずに壁に激突する。



「つつっ……」



 だが、ぼさっとしていると第二撃が飛んでくるため、すぐに体勢を立て直し、ギャラリーの中に紛れ込んだ。



「逃げ回ってばかりか!その変なのがなかったらただの非力なガキじゃないか!同じく騎士を目指す者として恥ずかしくないのか⁉︎」



 その声明を聞いている限り、彼はリィンの言う格式を気にする者なのだろう。



 しかしこちらとて手段は選んでいられないのだ。



 彼らに着せられた、情けないという汚名を晴らすために卑怯という悪名を背負ってでもそちらは払拭したかった。



 あの時ただ一人戦った、過去の自分に背を向けないために。



「おーいみんな、逃げるなら逃げろよ。巻き込まれても知らないから……な!」



 そう宣言した男は高々と天に向け剣を構え、先端に魔力を集中させていく。



 その様子を見た観客たちはその場から一目散に逃走を開始した。



 つまりこれは、悠だけを目標した攻撃ではなく、無差別に周囲に被害を与えるような代物なのだろう。



 それを受けて悠は、魔法を解放されないうちにことを済ませる、と男の脇をすり抜けてさらに奥に向けてワイヤーを射出。



 壁にアンカーが刺さるのを確認した後、間も無くそれを巻き取ってワイヤーの巻き取りの速度を利用した、体重の乗った蹴りを放った。



 ――しかし。



 その渾身の一撃は、魔法を纏った男の剣によって完全に防がれていた。



「やっぱ直接的な攻撃力はゼロだな、お前。まだ訓練生の方がマシってくらいだ」



「くっ……」



「魔法は使えない。筋力も子供並み。技術もない。道具がないと何も出来ないとは、名実共に『最弱』だな。だが、情けないという汚名を晴らすためだけに無謀ともいえる戦いに挑んで来たことだけは褒めてやる。が、その結果お前についた称号は『最弱』と『卑怯者』だ。取捨選択を誤ったな、特別入団者殿」



 散々煽った後、男は悠の足を掴み思い切り地面へ悠を叩きつけた。



 悠の肺から苦しそうに空気が漏れる。



「かはっ……」



 そして悠が体勢を立て直す前に男は首筋に剣をつきつけ、悠を断頭台に突き出した。



「勝負ありだ」



「そこまで。アルト=キルト隊属長の勝利。これに従って悠君の配属は隊属か、もしくは本人の意向次第で兵属かの隊どちらかになる」



「団長代理、こいつは兵属にしておいた方がいいですよ。団長代理の連れてきた客人を悪く言うつもりはないですけど、こいつを隊属にしたところで実力に見合ってない。すぐに命を落とすだけです」



「……私からどうと言うつもりはないけど。悠君、どうする?別に兵属を選んでも隊属を選んでも君のやることは変わらない。私の秘書という名の自由行動が認められてる。身分を決めるのは悠君次第よ。どうする?」



 リィンの目からは慮る感情を読み取れたが、同時に目の前の男がどの地位に就こうが自分には関係ないという冷たいものも読み取れた。



 それに少なからず、実力に見合っていないという男の台詞には同意のようで、口にはしないものの冷静な彼女の目がそう悠に語りかけていた。



 情けないという汚名を晴らすためにここまで切った張ったを繰り返したわけだが、結局悠は自分で自分が情けなかった。



 それと時を同じくして、自分が今しがた得た地位に見合うだけの実力を渇望した。



 ならば答えは一つだった。



「……兵属だ。兵属の、一番下から始めさせてくれ。実力で誰よりも劣るというなら、そこが俺に一番似合ってる地位だ。そこから俺を鍛え直してくれ、頼む」

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