騎士団のイグザム 1
悠がこの世界に来てから一日経過した。
目を覚ましたのは小さな部屋。見慣れない天井に一瞬混乱しかけたものの、昨日の出来事を思い出してことなきことを得た。
微睡みの中、頭を掻きながらむくりと起き上がる。
欠伸を一つ、瞳をこすった。
「……そうだった……なぁ」
そう、ここは別世界。
悠が生きる世界とは違う、異世界である。
慣れたベッドとも見慣れた景色とも異なる場所だった。
その時、設定していたアラームがメモリデバイスから鳴り響く。
『おはようございます、悠さん。本日の体調はいかがですか?』
それと同時につきこのモーニングコール。
これだけはいつもと変わらず、不意に安心感を覚えた。
しかし、悠を取り巻く環境は変わらないがために小さくため息をついた。
「体調は良くても些か気分が……」
『あれあれ?どうしましたか?なにか不快なものでも見ましたか?』
「いや、自分がなにも出来ない現状に泣きそうになってた」
『それは仕方ありませんよ。デッドノートが早く見つかることを祈るばかりです』
「お前、人工知能なんだからどこにあるかとか探知出来ないのか?」
『出来たらとっくにしてますよ。いや、正確には元の世界なら出来るんですけどね?ここは電波もなにもありませんし、監視カメラとかもハッキン……んん、少し視界をお借りすることも出来ないので手の打ちようがないんですよ』
ハッキングだとか物騒なことを言いかけたつきこに不信感を抱くも、彼女の怪しさは以前からだ、と無理に納得して話を進める。
「グリムフィストとインパクションから信号とかだしとけばいいんじゃないのか?」
『その電波がキャッチされてしまったら、貴方の居場所が筒抜けになるんですけどね。それでもいいなら』
「……やっぱなしだ」
その一連の流れで目を覚ますことが出来た悠はベッドから降り、昨夜リィンに貰ったこの世界に合う服に着替え、欠伸を噛み締めつつ階下の貸家の共有スペースへ降りていく。
そこには既にリィンが待機しており、ぼうっとした表情で虚空を見つめていた。
「おはよう、リィン」
悠は昨日知り合った少女、何から何まで生きる術を教えてくれたリィンに朝の挨拶をした。
それに気がついたリィンは、なにやら小さな声で呟いた後で悠に挨拶を返した。
その表情は昨日から見ていた凛としたいつもの顔だった。
「おはよう。よく眠れた?」
「まぁ、それなりには。今日の予定はどんな感じだ?」
「そうね。予定といっても私は暇人だから……。……ああ、忘れてた。今日の予定、決めた。これから悠君も一応騎士団に入ることになるから、その手続きを。朝食べたら行く?」
「そうだな。頼む」
本日の予定もあっさり決まり、二人して管理人の出す食事を待った。
やがて屈強な体で大きな皿を運んできた管理人は机の上に豪快に皿を置き、料理を振る舞う。
「無理に全部は食わなくていいぜ。後の奴らの分を作るのも面倒だし余ったら食材ももったいねぇからな」
「あとって、ここって何人くらい住んでるんですか?」
「つっても数える程度しかいねーよ。それは自分の目で確かめなってな」
「まぁ、それもそうですね」
正直どんな住人がいるかくらい教えてもいい気がするが、管理人のちょっとした茶目っ気なのだろう。
悠は一度そのことを飲み込み、後の楽しみとしてとっておくことにした。
二人は時を同じくして食事を開始し、あっという間にそれを終えて自室へ戻る。
「おいおい、もう少しゆっくり食えよ」
「ごめんなさい、朝はあんまり食欲がないの」
「右に同じく」
早速リィンとの共通点を見つけることができた、と心の中で喜んだ。
そしてさっさと用意を済ませると、二人して管理人に挨拶を済ませ、騎士団の訓練所へと向かって行く。
「もっと食べなくてよかったの?」
「朝にたくさん食べる習慣はないんだ。それに、半年前までの不規則な生活が未だに抜けない」
「そんな変な生活してたの?」
「まぁな。俺の国じゃ戦えるやつは俺一人しかいないしな。それに備えてると自然に不規則になる」
「そういえば、それ疑問だったの。なんで悠君の国では、誰も戦う力を持ってないの?危なくないの?」
「危なくないんだな、それが。というか、危険なことにならないように国が必死になって牙を抜いてる。法律で武器の所持の禁止を徹底してるんだ」
「……誰もが剣を下げて歩いてる私たちの国では考えられない」
「でも、この国の人たちは突然剣を抜いて斬りかかったりしないだろ?街を歩いてみたら分かるよ。この街の治安はすこぶる良い。法という拘束で縛らなくても当たり前のように秩序を守ってる」
「そうでもないよ。この国にも当然裏はある」
その裏が何かは分からないが、しばらく待ってみて何も言わないことから、それは自分で知れということなのだろう。
もしくは、口にすることすら憚られるか。
そもそもなんでもかんでもやすやすと教えてもらえるはずもない。
悠は気の抜けた声で「へぇ」と返事し、その場を濁した。
そこからしばらく二人して黙り込んだ。
特に会話の必要を感じなかったからであるが、男としてそれはどうかと思い、何か話題を探す。
しかしやはり、談笑できる程の仲ではないので、疑問を解消するというQ&A方式に頼る他なかった。
そこから会話を弾ませていく。




