街へのファーストコンタクト 2
やがて、しばらく歩いた二人はなにやら物々しい戸の前に立った。
その先から騒々しい声が響いていることから、そこがおそらく騎士団の敷地内なのだろう。
その声は怒号というよりも鬨の声に似通っており、今は訓練の最中なのだということを伺い見ることが出来る。
「それじゃあ汚いところだけど入って。……それと、君が異世界から来たことは黙ってて」
「異世界人だなんて、混乱させるからか?」
「ううん、私はそうでもないけど、異世界人=魔王軍の手先という図式を持ってる人が結構いるの。下手をすると、混乱どころか疑ぐりあいの同士討ちが始まるでしょ。そういったことは事前に防いでおきたいの。もしバラすなら、みんなの多大な信用を得た後ね」
「ま……そうだよな。君らからすれば俺は異世界から来たとかいう意味不明な不審者だもんな」
「……もし君が敵の間者だったら、間違いなく私の首は飛ぶでしょうね。比喩表現じゃなく」
「……バレないよう善処するよ」
曲がりなりにも自分を信用してくれた恩人の首を飛ばさないように立ち回ろうと決めた瞬間だった。
リィンは門の前に立ちはだかる屈強な門番に近づくと、軽く談笑したのちに開門許可を貰い、悠と共に門をくぐりぬけた。
その際、門番の視線がやたらと自分に向いていることが気にになったが、それは門番ゆえの性なのだろうと視線の理由を深く考えずに思考を断ち切った。
門をくぐると、案の定そこは騎士たちが訓練に励んでいた。
騎士といえば、漫画かなにかの影響で華やかなイメージがあったが、現在戦時中ということを思い出してその考えを取り消す。
戦う相手がいるというのに、華やかなだけではいられないだろう。
しかし訓練をする彼らはからはどことなく気品が漂っており、気位だけの存在ではなく、強いだけの存在でもないということが分かる。
その両方を同時に兼ね備えてこそ騎士なのだろう。
「彼らが気になる?」
「ん?まぁ、俺の世界には……」
「世界?」
「……俺の国にはいない人種だからな。騎士というのは。俺もこれから騎士とやらになるのか?」
「いや、多分最初は一般兵からで、そこからは叩き上げになると思う。……私の国では誰でも魔力を体内に秘めてるって言ったでしょ?」
「あぁ、そう聞いたな」
「騎士というのは、戦技が卓越していて尚且つ魔法を高水準で習得出来ている者に与えられる称号なの。魔力があっても魔法が使えないと騎士にはなれない。まぁ、魔法を使えなくても騎士になってる人も中にはいるけど。それでもよっぽどじゃないと騎士の称号をもらえる事はないと思う。魔力のない君では、多分普通兵の中で最高クラスの称号を目指すことになると思う」
「……騎士なんてすごそうな地位をもらえるとは思ってなかったけどさ」
騎士という響きに少し憧れていた悠は、恐らくそれを貰うことが出来ないだろうということを知って少しがっかりした。
「腕っ節だけが強さじゃないから安心して。騎士になれなくてもやれることは沢山ある」
そんな様子を見たリィンは悠をさりげなくフォローする。
こういう気遣いが出来るから団長とやらは彼女を代理に任命したのではないか、と推測した。
やがて二人は拓けた広い間へ到着する。
その雰囲気から、そこがどういう場所なのかは瞬時に理解することが出来た。
「ここにある武器は好きに使っていいから、それで私に挑んできて。それで君の役割を判断する」
「……ついて早速試験か。お手柔らかに頼むよ」
いきなり振り分け試験というその唐突さに驚いたが、自分の身分を早く確立してしまいたかったのでかえってありがたい、と気合を入れる。
リィンは腰に携えた剣を壁に立てかけ、代わりに木刀を手にした。
同じように悠は木刀を手に取ると、振り回して使い心地を確認する。
基本武器を持つときはデッドノートのサポートがあったが故に重さを感じることは少なかったのだが、生身で振り回すには重さがないといまいち実感が足りない。
木刀の重さが自分に最適だと把握した悠はリィンの方を向き直る。
剣術の心得は授業の剣道くらいしかないが、それにしか頼ることが出来ない悠は中段の構えをとった。
すり足でじりじりとリィンに近づき、一本打てるタイミングと隙を狙うも、構えすら取っていないというのに彼女には隙がなく、なかなか踏み出すことが出来ない。
やがて剣の届く間合いへ入った頃、じっとしていても始まらないと考えた悠は、胴を打とうと一歩踏み込んだ。
――しかし、気がついた頃には既にリィンは悠の目の前で首筋に剣を突きつけ、尚且つ悠の剣は地面にはたき落とされていた。
「……隙だらけ。それに動きが遅い」
マジか、と悠は両手を挙げて降参という意思を示した。
リィンはそれに応じ、素直に剣を引く。
「……いや、こんなに動きが速いとは思わなかった」
「君の世界と私の世界の人ではそんなに身体能力に差があるの?」
「俺の世界ではそこまで速く動けるのは改造された人間だけだ。それか、なにか機械のサポートがあるか」
「自分で言うのもなんだけど、私は騎士団の中でも強い方に分類される。けど、私ほどとはいかなくても一般兵でももう少し動けると思う。つまり、君の役割は……」
「……一般兵以下の雑用、か?」
「……そういうことになる……かも。あ、安心して。私が訓練見るから、もっと強くなれるはず」
流石にここまで差があるとは思っていなかった悠は意気消沈とした。
なにが同盟だ。
このままでは、リィンや騎士団におんぶに抱っこになるではないか。
恐らくこのことをわかっていたというのに、同盟という対等な立場の契約を結んでくれたリィンの心遣いが今になって痛い。
「……もう少し強かったら、私のそばで一緒に戦ってもらおうと思ってたけど」
「……俺の仕事はなんだ?掃除でもすればいいか?」
「……とりあえず、しばらくは私のそばをついてきていて。そこで身の回りの世話をしてもらおうかな……」
つまり、戦力としての雇用ではなく雑用としての雇用である。
曲がりなりにも一度世界を救った立場の人間としては涙を禁じ得なかった。
「そうね。…….そうね、役職は『秘書』ということにしておくから、明日からスケジュールの管理とかお願いするね。……雑用よりはマシじゃない?」
「……それでいいです」
本当に扱いに困った様子がうかがえた悠は、これ以上迷惑をかけないために泣く泣くその立場に甘んじることとなった。
「大丈夫。これからよ、これから」
「早くクラックの発生源を止めないといけないのに……くそ」
事態は一刻を争うというのに、こんなところで悠長にしている自分が情けなかった。
「気持ちはわかるけど、慌てないで。そもそも、君が相当強い力を持っていたとしても一日や二日でパワーバランスを崩せるほど私たちは有利なわけじゃないの。ただ、魔王軍の戦力を、別世界から補充されるのは頂けないから早急に対応しようと思ってたのは事実だけど」
「俺の分まで……頼む」
「うん、任せて。一緒に頑張ろう」
リィンは落ち込む悠を激励する。
励まされた悠はいつまでも落ち込んでいられない、自分の出来ることをしようと切り替えた。
それにあたって、悠はこの世界の情報を仕入れておかなければならないと判断する。
「リィン、今から時間あるか?」
「私には時間しかないよ。見ての通り子供だから、そんなに重要な仕事は任されてないの。私の仕事は作戦の最終決定とか現場の指揮とか、大局的な仕事ね。だから平常時は特に仕事がないから、今日みたいにたまに外にふらっと出かけてパトロールしてるの」
「仮にも団長代理なのに、危なくないか?」
「大丈夫。私はそこらの魔物には負けないよ。だからこそ団長代理なわけだし」
そうだった。
日本のお偉方は基本頭脳派で武闘はからっきしだからと思い違いをしていた。
ここは異世界。根本的に感覚が違うのだ。
「それでどうしたの?」
「ああそうだった。用ってのは、魔法について詳しく教えてほしいってことだよ。もし戦うことになった時に相手のことを全く知らないってんじゃ話にならない」
「それもそうね。一応魔法はこの世界の基本だし、知っておいて損はないもの」
「それじゃあ……」
それじゃあ教えてくれ、と言いかけたが、その言葉はその場に響き渡る怒号によって遮られることとなった。
「団長代理!今度は都市の南側に魔王軍が……!」
今度は、という点に引っかかりを覚えたが、タイミング悪く敵襲だということだけは悠でも理解出来た。
「……また後でにしましょ。私についてきて。この『国』での戦いを見て、それで自分に出来ることを判断してちょうだい」
リィンは、あくまで冷静沈着といった、クールな雰囲気に凛とした空気を混ぜ、一気に緊張感が現れた。
コートを羽織ると、伝令の者に命令を下す。
「まず一番足の速い三番部隊を出撃させて。敵の数の方が多い場合は無理をせず、命優先で持久戦を、こちらが上回るなら後続が楽になれるよう積極的に攻めて。ただ、同じく死なないように。兵の代わりは沢山いるけど、その人個人の代わりはいないから」
「了解です!」
「後から続いて一番隊が出るわ。私が先頭に立つから、そこから続いて」
「はっ!伝えて来ます!」
迅速な対応でリィンは伝令に指示する。
指揮は苦手だと言っていたが、その姿を見る限り特別そういうわけでもなさそうだった。
「行きましょう。そして、絶対にそばを離れないで」
リィンは悠に手を差し伸べ、彼を戦いの最中へ誘う。
「……おう。戦いを見て、自分の程度を知るよ」
悠はリィンの手を取り、戦いの最中へと誘われる。
それは悠がこの世界に来て初めて経験する戦いだった。




