記憶七―渡された小袋、それは初めての報酬―
――ファングの街の協会、クエスト発注所。
「それではこちらが今回の全十五クエストの報酬となります。」
「ひい、ふう、みい……うん。確かに確認しました。」
アンナさんがそう言いながらギッシリと何かが入っている中袋、中に液体の様な物が入っている小瓶、数種類の野菜をテーブルの上に取り出した。
するとツァーイはその中袋の中身と小瓶と野菜の数を確認しながらポーチにそれらをしまい込んだ。
「ドロップアイテムの方はどうしましょうか。参考までに本日の買い取り価格は『ウルフの爪』が5C、『ウルフの肉』が20C、『ウルフの毛皮』が50Cとなっています。」
「うーん……それなら『ウルフの爪』だけ買い取りをお願いします。」
「了解しました。『ウルフの爪』は全部で62個ですので、3Sと10Cとなります。」
次にアンナさんと話していたツァーイがポーチからありったけの『ウルフの爪』を取り出してテーブルの上に置いた。
アンナさんがそれをあっと言う間に数え終わると『ウルフの爪』を引き取って、代わりに小袋をツァーイに渡した。
そんなツァーイとアンナさんのやり取りを僕はツァーイの隣で見続けていた。
九十九匹のファングを無事に討伐した僕達は少しばかりの休憩をとった後にファングの街の協会へと戻って来て、クエスト完了の報告をしていた。
昨日もツァーイが手早く終わらせていたのを見ているからこのやり取りを見るのは二度目だ。
まずクエスト完了の報告時に討伐した魔物のドロップアイテム数をアンナさんに見せる。
魔物は倒すと必ずドロップアイテムを『一つだけ』落とすので、ドロップアイテムの数を数える事で討伐数が分かるのだとか。
またアンナさんにはドロップアイテムの鮮度が分かるらしく魔物討伐後からどの位の時間が経過したかが分かるとの事で、これによって例えば今日倒したウルフのドロップアイテムを明日見せる事で討伐数の偽装を行う……と言ったズルはすぐに見破られる、とのこと。
そして魔物の討伐数を確認するとクエストの内容に応じた報酬を渡してくれる。
基本的には通貨での支払いがセオリーらしいけど、たまに武具や食材、薬などと言った現品払いのクエストもあるようだ。
この辺りはクエストを発注した依頼主によって異なっていて、例えば野菜が報酬に加えられているのは畑を耕している人や八百屋さん、武器が報酬に加えらているのは武器屋さんや鍛冶屋さんと言う事らしい。
最後に討伐した魔物のドロップアイテムを協会が別途買い取りをしてくれるが、これは冒険者の任意との事。
現に昨日の夕食に使用した『ウルフの肉』は協会に買い取って貰わなかったから食材に使えた訳だし、『ウルフの爪』も薬を調合する際の材料になり、『ウルフの毛皮』はその名の通り衣類や毛布などの作成に使用出来る。
因みにこれらの事はお昼休憩の際にツァーイが教えてくれた。
なので昨日よりは二人のやり取りも何となく理解は出来ていた。――のだけど、話の中に出て来るCやSに聞き覚えがなかった。
話の流れから恐らくこれらが通貨だとは何となく分かるんだけど、ギルド申請をした時にツァーイが支払っていた通貨はGって通貨だった気がする。
いや、CもSもGも全部聞き覚えがないんだけどね!
記憶喪失だからその辺も覚えてないんだけど、なんかこう、お金に関して見覚えも聞き覚えもないって記憶喪失になる前の自分はどう過ごしていたのかが気になるような、気にしちゃいけないような……
そんな事を考えながらツァーイとアンナさんのやり取りを見つつ、ツァーイが報酬の受け取りを済ませると僕達は協会の宿泊部屋へと向かった。
ちなみにツァーイが予め数日間の部屋取りをしていたので、この街にいる間は同じ部屋を使い続けるようだ。
何となく一日おきに部屋が変わったら協会の中で迷子になるかも……とか密かに心配をしていたけど、要らない心配だった。
――ファングの街の協会、宿泊部屋。
宿泊部屋へと帰還した僕はベッドに座り込んで、部屋の隅っこに取り付けられた窓から外の風景をボーっと見ていた。
僕達が街に戻って来てからすぐに夕暮れとなって、それから少し経った現在はすっかりと夜の暗闇に包まれていた。
その中で電灯の灯りや、燭台に灯った炎が街を微かに照らし出している様子に懐かしいとも、新鮮だとも、分からないグチャグチャした感情が渦巻いていた。
何故こんな事をしているかと言うと、やる事が無くて暇だから。
最初は部屋に戻って来て少し休憩したら夕飯の準備でもしようかなと思っていた。
けれど宿泊部屋に戻って来てすぐにツァーイにその話をしたら「それなら食事の準備は当番制にしようよ!」と言い出した。
そして食事当番に関する幾つかの約束が決まった。
一つ、『食事当番は一日毎に交代すること』。
二つ、『食事当番は朝食、昼食、夕食の全てを用意すること』。
三つ、『食事の費用や材料はリベルーチェで負担すること』。
とりあえず決まった約束はこの三つだ。
一つ目と二つ目に関してはそのまんまの意味で僕とツァーイで食事当番を一日おきに交代して、食事当番はその日の朝から夜までの三食を準備する……と言った内容。
三つめは食事に関する費用、つまり食材や食品の購入に関わるお金は全てリベルーチェ(僕達のギルド)が保有している共通の財布から出す事だ。
また今日のクエストで入手した『ウルフの肉』の様なドロップアイテム、クエストの報酬で貰った野菜、……と言ったようにギルドが保有している食材は自由にしようして良い事にした。
まぁリベルーチェが保有していると言っても、ドロップアイテムも報酬品もギルドのお金も普段は全部纏めてツァーイのポーチの中に入っているので使用するにはツァーイに一言断りを入れないといけないんだけど。
最もツァーイがリベルーチェのギルドリーダーなので当たり前と言えば当たり前だし、それについて異論がある訳でもない。
そんな訳でリベルーチェ内での食事当番に関してのルールが出来た訳だけど、ツァーイが「今日は朝食も昼食も私が作ったから、イラには明日お願いするね。」……と言ったので現在は暇を持て余している訳だ。
僕としてはツァーイに同行させてもらっている訳だから食事の準備をする位は毎日でも良かったんだけど、そう言ってもツァーイが当番制にしようと言って聞かなかったので当番制で行う事になった。
「イラ、ご飯が出来たよ!」
それからしばらくしてツァーイが呼んでいる声が聞こえたのでベッドを飛び出してテーブルの方へと移動する事にした。
夕飯のメニューは殆ど昨日と同じで新鮮な『ウルフの肉』をツァーイが魔法で出した炎で上手に焼き上げてくれていた。
一つだけ違ったのはクエストの報酬で貰った数種類の野菜を使ったサラダが追加されていた事だ。
このサラダがこれまたとってもサッパリとした味付けで、獣臭さの残っている『ウルフの肉』とはとても相性が良かった。
獣臭さと言う独特の風味を持つ『ウルフの肉』だが、サラダと交互に口に入れる事でその風味が浄化されるかの様に口の中がスッとしていくらでも食べ続ける事が出来た。
「ごちそうさまでした。お肉の焼き加減は絶妙だし、サラダもサッパリとした味付けで美味しかったよ。」
「えへへ、ありがとう。クエストの報酬で新鮮な野菜が結構貰えたのも嬉しいけど、何と言っても『ウルフの肉』の食べ合わせには『クリアソース』が良く合うんだよ。」
夕飯を食べ終えた僕は食事が美味しかった事を伝えるとツァーイは機嫌をよくしたのか、とても嬉しそうに微笑みながら(街の中だけど宿泊部屋の中ではフードも外しているし、ツァーイの様子は街の外にいる時に近かった)『クリアソース』……今回使用したドレッシングの説明をし始めた。
『ウルフの肉』に使っていた塩だれもそうだけど、ツァーイの解説っぷりからして調味料にはかなり詳しいのだと思う。
きっとポーチの中には他にも数多くの調味料(もしかしたら食材や調理器具なども)が入っているのだろう。
「――そう言えば明日の朝食だけど食堂で買って来れば良いんだよね?」
ツァーイのクリアソースに関する説明が一区切りついた所で気になっていた事を聞いてみた。
協会内にある施設の一つ、食堂。
ツァーイが昨夜の白米(今日の分は昨日の余り物)や今朝の朝食を食堂で買って来たと言っていたので、そういうものなのだと思ったから。
僕はまだ食堂(と言うか街中で)で買い物をした事はないけれど、食堂らしき場所の位置は宿泊部屋へ向かう途中にあったのを何度か見かけたので何となく覚えている。
「そうだよ。朝食代は寝る前にテーブルの上に置いておくから起きたらお願いね。それとさっき配分が終わったから、これも渡しておくね。今日のクエストの報酬。」
そう言ってツァーイがポーチから小袋を取り出して、テーブル越しにこちらへと差し出した。
「配分の方法は色々と考えたんだけれど今の所は私とイラがそれぞれ二割ずつね。それで残りの六割はリベルーチェとしての取り分で、旅に必要な物やギルドに必要だと思った物、宿泊費や食費とかもここから出すよ。その分個人の取り分が少な目にはなっちゃうけれど――」
「ま、待ってよ、ツァーイ!」
反射的にツァーイの説明を思わず遮ってしまった。
「え? やっぱり二割じゃ少なかったかな……? でも三割ずつにするとリベルーチェとしての取り分が四割だと食費とか薬草の補充とかを個人の負担にしないとカツカツになり――」
「そうじゃなくって、逆だよ! こんなには貰えないよ!」
テンパったように慌てた僕は小袋をツァーイの方へと押し返した。
日中のクエストは確かに大変だったし、クエストは冒険者への依頼だと理解している。
だから僕達のように複数人の冒険者が同じクエストを完了したのなら、報酬を分け合うのが普通だとも思う。
なにも僕だって個人で使えるお金が要らない訳じゃないし、お金は無いよりは有った方が良いに決まっている。
けれどそれは冒険者の実力や役割が拮抗して対等な関係を築いている場合に限るとも思う。
今日のクエストにしても九十九匹のウルフを討伐しきった時に疲労しきっていた僕に対して、ツァーイは息一つ乱してはいなかった。
冒険者情報的に言うなら僕はレベル13で、ツァーイはレベル46。
レベルが僕より高く、冒険者歴も僕より長いツァーイは当たり前だが剣術、魔法、知識、経験、その他諸々が僕より優れている。
正直に言おう、現状の僕がツァーイに勝っている点など一つもなかった。
そんな僕がツァーイと同じだけの報酬を貰って良い訳がないと思った。
元々記憶喪失の僕はツァーイに拾われていなかったら街の場所も分からず、冒険者になるという選択肢も知らないまま、どこか適当な場所で死んでいた可能性もある。
魔物の存在も知らないままウルフに不意打ちをされて死んだかも知れないし、食事や水を調達出来ずに餓死や脱水症状で死んでいたかも知れない。
少なくとも今の僕が飲食に困らず、暖かいベッドで眠れるのはツァーイが記憶喪失の僕を見捨てないで旅の同伴を許してくれたからだ。
もう一度言おう、僕がツァーイと同じだけの報酬を貰って良い訳がない。
僕としては衣食住に困らなければ問題はないと思っているので食費や宿泊費と言った諸々の出費を賄って貰えるならただ働きで構わないと思っている。
――数分後。
「――だからこんなには貰えないよ。」
「――だからこれはイラが稼いだお金だよ。」
報酬を受け取る訳にはいかない理由をツァーイに話したら何故だか彼女はご立腹の様子になってしまった。
そして僕が返そうとした小袋を再びこちらへと差し出し――もとい、押し出して来た。
それを僕が再度押し返そうとした。
結果として僕とツァーイはテーブルの上に置かれた小袋をお互いに相手の方へと押し合っている。
傍から見たらシュールだろうとも思える状況だが、当人達にとっては至って真面目なやり取りだ。
薄々感づいてはいたけれど、ツァーイって結構な頑固……と言うか一度決めたら曲げない一面があるよね。
料理当番の件にしても当番制にしよう、と言って聞かなかったし。
「ここまで言っても聞かないなんて、イラって結構頑固なんだね……」
とか考えていたらツァーイがそんな事を呟いた。
ああ、ツァーイから見たら僕も似たような感じなんだ。
そんなこんなで小袋の押し合い……もとい、配分に関する話し合い(?)はしばらく続いた。
最終的には結局僕が折れて二割分の報酬金が入っている小袋を受け取る事になってしまった。
どうやら討論でも僕はツァーイに勝てないようだ。
「これが……お金?」
観念したように小袋を受け取った僕は、気を取り直して小袋の中身を確認してみた。
小袋の中には沢山の銅貨と数枚の銀貨が入っていた。
「そうだよ。……って、お金の使い方も忘れているの!?」
「お金の概念は知っているけど、見覚えがないんだよね……この銅貨も銀貨も。」
そう言いながら小袋から銀貨を一枚取り出してクルクルと手の中で遊ばせる。
手の中で回転する銀貨を見つめ続けたが、見覚えはなかった。
記憶喪失なので当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが、お金なんて生活必需品に見覚えがないのはおかしいとも思った。
思えばスプーンやフォークと言った食器の使い方は覚えていたし、剣も最初から武器として理解していた。
それらの道具に関しては(記憶喪失後に)初めて見た時点でこれが何で、何の為に使う物なのかを理解出来ていた……つまり知識を覚えていた、と言う事になる。
そしてお金の使い方や概念も覚えている。
だと言うのに、肝心の通貨である銅貨や銀貨に見覚えがないのは自分でも強い違和感を感じる。
「それなら説明をしておくね。知らないままだと悪い人に騙されるかも知れないし。」
「うん、お願い。」
と言う事で結局ツァーイにこの世界での通貨を教えて貰う事になった。
「まずはこの銅貨がC。一応言っておくけれど一枚で1C、二枚で2Cだよ。」
ツァーイがポーチから中袋を取り出して、その中から銅貨を一枚テーブルの上に置いて説明をする。
「次にこの銀貨がS。これも数え方は同じで一枚なら1S、二枚なら2Sだよ。」
同じように中袋から取り出され、一枚の銀貨がテーブルの上に置かれた。
「そしてこの金貨がG。勿論一枚なら1G、二枚なら2G。」
更に中袋から一枚の金貨が取り出され、テーブルの上に置かれる。
この金貨は僕がツァーイから貰った小袋の中には入ってはいなかったが、リベルーチェを設立する際のアンナさんとのやり取りでツァーイが一度使用するのを見ていた。
最もその場面以外ではやはり見覚えがない。
「銅貨がCで、銀貨がSで、金貨がGだね。」
「覚えが速くて助かるよ。それでここからが重要なんだけれど、1Gは100S、1Sは100Cで代用が出来るの。」
そう言いながら中袋から更に一枚の金貨と沢山の銅貨と銀貨が取り出され、テーブルの上に並べられた。
気が付けばテーブルの上では最初に置かれた1Sの下に百枚の銅貨が、1Gの下にも百枚の銀貨が並べられていた。
そしてその隣には……
「つまり1Gは1万Cって事でもあるんだね。」
「そう言う事。本当に覚えが速くて助かるよ。」
新たに取り出された1Gの下に(流石に数えた訳ではないけれど)一万枚の銅貨が並べられていた。
そのままではテーブルの上に置き切れなかったので、銅貨の上に銅貨がズラッと山積みにされている。
馴染みのない通貨だけど、これだけ並べられていると壮観だった。
そして僕がC、S、Gと呼ばれたこの世界の通貨を理解すると、ツァーイはテーブルの上に並べてそれらを中袋の中にしまい込み、それをポーチへと二重にしまい込んだ。
それを見届けると、今度は僕が今日の稼ぎ分である小袋の中身をテーブルの上へと並べだしてみた。
「えっと……3Sと56Cか。」
そう、銀貨が三枚と銅貨が五十六枚。
これがツァーイ曰く本日の僕が稼いだお金の全てだった。
ちなみにこれは報酬の二割って話だったので、ツァーイの取り分やギルドとしての取り分と合わせると今日の累計報酬はこの五倍……17Sと80Cになる。
あんなに時間をかけて多くのウルフを討伐したのに累計でも1Gに届かないって、もしかしてギルド設立の費用って結構高かったのかな……
「ウルフは魔物の中でも最弱クラスだから、少し収入が低いんだよね。その代わりに初心者の冒険者でも倒しやすいし、ウルフの肉は腹持ちの良い食材になるから、安心・安全で稼げると思えば悪くはないんだけれど。」
そんな事を考えていると、思う所があるのかツァーイが説明をしてくれた。
「一応確認をしておきたいんだけど、これってどの程度の物なら買えるの?」
思えばこの部屋の宿泊費とギルドの設立費以外にツァーイが支払いをしている瞬間を見ていなかったので、この報酬金でどんな物を買えるのかが分からない。
そもそも食費や宿泊費はギルドとしての取り分である六割分の報酬金から支払う事になった。
けれどお金を受け取ってしまった以上はその使用価値を理解しておくべきだと思った。
「そうだね、3Sなら安物で良ければ色々と買う事は出来ると思うよ。とは言ってもどんな物でもピンからキリまで色々とあるからね。例えば武具にしても量産品は10Cとかで買えるけど、業物は100G以上する事もあるんだよ。武具に限らず食材や日常品、その他諸々が大体はそんな感じだよ。一部の嗜好品や高級品なんかは高値の物しかないけれど。」
「そうなんだ。そんなに金額に幅があるなら、しばらくは貯金をする事にしようかな。今すぐ必要な物も無い筈……」
そこまで言葉にして思い出した。
この宿泊部屋に一時間で衣類を洗う箱があったから忘れかけていたけれど、服とかズボンとかの衣類が一式しかない事を。
「――って服の予備がないままだった!」
どうやら僕が買うべき物が早速決まったようだ。




