↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人格喪失者、それは記憶喪失を望んだ者  作者: 明進
第四章 平穏な日常、それは変化する力と心
62/64

記憶五十九―恋バナ、それは期待と不安と肯定と否定と―

「だから私とイラはそんな関係じゃないって、何回言ったら分かるの!」


 私はそう言いながら用意されたビスケットを一枚手に取って口の中に放り込んだ。

 少し前にようやく満足をしたのか自らの惚気話を語るのを終えたフェアリだったが、「ツァーイとイラさんはどうなの?」と言う一言を皮切りに二人の関係性を言及するフェアリとそれを否定する私と言う構図が生まれてしまった。


「またまたぁ。そんな事言ってるけど、いつだったかイラさんとギューって抱き着いていたじゃない。」

「あ、あれはその……なんて言うか、成り行きみたいなもので……。」

「ふーん? 成り行きで好きでもない男性に抱き着いたりするものなの……?」

「むぅ…………。」

「初めて会った時からイラさんの事を凄く大切にしているよね? 今でも私やファクトよりも一緒にいる事が多いみたいだし。」


 「それを言うならフェアリとファクトだってそうでしょ。」とは思ったけれど、フェアリとファクトは恋人……と言うか婚約の約束をしている事さえ公言しているので言えなかった。

 そういった返しをすると逆説的にフェアリの言い分を肯定する事にもなってしまう側面もあるし。

 とは言え本心を包み隠さずに言ってしまえば、実際はフェアリの言う通りで……私はイラの事が好きだ。

 けれどそれを大人しくフェアリに言うつもりにはなれなかった。

 その理由は大きな物から小さな物まで幾つかあるけれど、特に大きな理由は二つ。

 一つはどうせ「イラが好き」と口にするのなら、やっぱりイラ本人に伝えたいから……と言う純粋な思い。

 もう一つは私がイラの事を好きだとフェアリが知ってしまった際に起こり得る問題を考えた際に、絶対に面倒な事になる……としか思えない危惧。

 恋愛小説好きを拗らせて恋愛脳になっているフェアリの事だ。

 きっと私が口を滑らせてしまえば私とイラをくっつけようとして、頼んでもいないようなお節介を色々と用意する事に違いない。

 それだけならまだ良い……いや、良くはないのだけれど、最悪なパターンはフェアリが意図的にせよ、偶発的にせよ、何かしてしまった結果として、私がイラの事を好きだという事がイラの耳に入ってしまう事だ。

 イラが私の事を恩人や仲間として好いていると言うのは分かっているけれど、恋愛的な意味でどう思われているのかは全くとして分からない。

 と言うかイラは私の事を恋愛対象や女性として見ていない節さえあるので、正直な話をすると知られてしまうのは怖くもある。

 それに私がお(・)願(・)い(・)をすれば、イラは、きっと自分の気持ちや先の事を考えずに頷いてしまうのでは……とも思えてしまう。

 私としてはイラと恋人関係になれたら嬉しいし、あまり想像が付かないけれど、将来彼と結ばれる事が出来たら、それはきっと幸せな事だとも思える……けれど、それは両想いだったらの話。

 もしイラが仲間意識や恩人としてならともかく、女性や恋人として私を見られないと言うのなら無理矢理付き合わせたくはないし、ちゃんと断って欲しいとも思う。

 それでも想いを告げない限り、彼が本心で私をどう想っているのか……なんて知る術はない。

 だから、きっといつかは自分の口から彼に面と向かって言わないといけない時が来るのだろう。

 そして私は、そのいつかをずっと先送りにし続けてしまっている。

 タイミングが上手く掴めないから……と言い訳をして、今の関係があまりにも心地良いからこそ、これ以上高望みをしたら今ある幸福が全て崩れ落ちてしまうのではないかと恐ろしくて、焦らなくてもイラが明日明後日にいなくなったりはしないからと自分を納得させようとして、その保証がどこにもない事を分かっている筈なのに、それでも言い出せずにいる。

 一度だけイラが眠っている時にその想いを口走ってしまった事はあるけれど、あれは無意識的なもので、聞かれていないので無効な訳で……。


「でもさ、本当の所早くしないと不味いんじゃないの?」


 私がしばらく思考の渦に囚われていると、フェアリが一口サイズのチョコレートを手に取ってこちらへと向けながらそう言った。


「……不味いって、何が?」


 その言葉に私は訳が分からないという様子で聞き返す。


「だって旅をしていた頃と違って、今はこの村で生活をしている訳でしょ?」

「うん。」

「ツァーイも、イラさんも、今の所はこの村から出て行く理由がない訳でしょ?」

「それは当たり前だよ。ここから出て行ったら、何の為に今までこの村を目指して旅をしていたのか分からなくなっちゃうじゃない。」

「あはは。だよね。……でも、それって、もう私達だけじゃないって事なんだよ。」

「……フェアリ、何の話をしようとしているの?」


 どこか回りくどい様子のフェアリの言葉に、私はやはり訳が分からないという様子で聞き返す。

 それに対してフェアリは手で遊ばせていたチョコレートを口の中へと運んでから話を再開した。


「ツァーイが知っているかは知らないけどさ、イラさんって村では結構人気者なんだよ。」

「それ位……知ってるよ。村の人達からしたら【強欲のアワー】の支配から救ってくれた英雄……って事で有名人になっているし、イラは人当たりが良いから……何と言うか、好かれやすい所があるし。」


 そう言ってからジュースの入ったコップへと手を伸ばし、掴んだそれを口にしながらフェアリの話に耳を傾ける。


「うんうん。私達みたいに世間から厄介者扱いにされている人達にも普通に接してくれるしね。……でもそういう事じゃなくてさ、イラさんやツァーイが気付いているかは知らないけれど、私が調査した所だとイラさんって村の女の子にもかなり好かれているみたいなんだよ。」

「っ……けほっ! けほっ!」


 フェアリが口にした言葉を聞いた途端に、飲んでいたジュースが喉に詰まってむせた。



「あれれー? その反応、やっぱりイラさんの事が気になるの?」


 先程まであくまでも否定の姿勢を貫こうとしていたツァーイが初めて示した反応が可愛らしくて、私は思わず意地の悪そうな口調で問いたださずにはいられなかった。


「べ、別にそんなんじゃ……。」

「でも実際の所さ、このまま放っておいたら、その内イラさんを他の誰かに盗られちゃうんじゃないの? イラさんの事を本気で好きになってもおかしくない女の人は何人かいる訳だし。」


 勿論今すぐそうなる……とは私も思っていない。

 フリーダ村には私達と年の近い人も一定数いて、その中には当然女性もいる。

 そして協会の受付をしているアンナさんを除いた村の女性は【強欲のアワー】に捕らえられていた事もあって、こう言ってはなんだけれど自分達と村を救ってくれた私達に強い感謝をしてくれている。

 そして実際に【強欲のアワー】を討ったイラさんの事を、まるで物語に登場する勇者や王子様のように思い、憧れている同世代の女の子と言うのはこれまた一定数いるものだった。

 ただツァーイには話さなかったけれど、彼女達は今日明日と言った今すぐのタイミングで打って出る事はないとも思う。

 理由としてはイラさんとツァーイが恋仲だと思われているから。

 繰り返しになるけれど、村人達からしたら【強欲のアワー】の討伐を果たした私達は英雄視されている。実際に討ったイラさんが特に強く憧れられてはいるけれど、ツァーイや私、ファクトもその対象には含まれていて、あの戦いから二月近くが経った今でもお礼を言われる事がある位だ。

 そんな私達ではあるけれど、いやそんな扱いをされている私達だからこそと言うべきなのか、私とファクトが婚約をしている恋人だと言う話は瞬く間に広がってしまった。

 その結果として、「イラさんとツァーイも、もしかしたら……。」「二人はお似合いだもんね。」みたいな憶測や噂話が同時に広がってしまった……みたいなのだ。

 いや、みたいというか実際に私も「イラさんとツァーイさんが付き合っているって本当なの……?」とかいう質問を村の女性から二回、男性から一回された事がある。

 その時は二人の今後の為にも適当に誤魔化しておいたけれど、誤魔化しておくにも限度はある。

 イラさんとツァーイが付き合っていないとか、実は恋仲ではなかった……という話が広まってしまえば、今はツァーイに遠慮して本気で動いていない女性がイラさんに言い寄ったり、その逆にツァーイに言い寄る男性が現れる可能性は否定出来ない……と言うよりもむしろ現れる方が当然だと思える。

 だから私としてはさっさとイラさんとツァーイにはくっ付いて欲しい。

 傍から見ていて二人が惹かれ合っているのは分かるし、どちらかが告白をすればもう片方が二つ返事で答えるのは目に見えている。

 何よりタイガの森で私とファクトを助けてくれて、仲間になってくれた二人には絶対に幸せになって欲しいと、純粋に思っている。

 まるでベタベタで王道な恋愛小説を読んでいるのに、結末だけを無駄に先延ばしにしようとする描写ばかりでモヤモヤするような気分だからとか、そういった理由では決してない。……そうと思ってないいない訳でもないのだけれど。


「と、盗られるって……別にイラは私の物って訳じゃないし、恋人でもないし……。そう言うのはイラが自分で決める事で、私が強制したりして良いものじゃないし……。」

「そんな事言ってると本当に盗られちゃうよ? イラさんって押しに弱そうだし、涙目で上目遣いとかされて告白されたりしたら、断りきれなくて気が付いたら誰かと付き合ってました……とかありそうだし。」


 私だってイラさんがツァーイ以外の女性に告白されたとして、簡単に頷くとは思っていないし、思いたくなかった。

 けれどイラさんは基本的に、誰にでも優しく接する。

 それこそ敵意や悪意といった悪感情を向けられない限りは、誰とでも仲良くなれる事だろう。

 だからこそツァーイが足踏みをし過ぎていると、イラさんを本気で好きだという女性が現れた時に相手に押し切られてついつい頷いてしまった……とかいう可能性を完全には否定出来ないのが怖くもある。


「そ、それは……。」

「それに分かっているでしょ? 最近は安全な小鬼(ゴブリン)狩りばかりしているけれど、冒険者って仕事をしている以上は絶対に同じ明日が迎えられる保証はないって。もし小鬼(ゴブリン)の討伐依頼が少なくなったら狩場を変える必要もあるし、雷毒の大蛇(カレントバジリスク)の時みたいにある日突然狂暴化した魔物が出現する可能性もある。この先【強欲のアワー】みたいな悪い人がこの村を襲いに来ないとも言い切れない。」


 それは冒険者として旅を続けていた時からずっとそうだった。

 一人で旅をしていた時は何度も危険な目にあったし、ここで死ぬのかなと思った事も一度や二度ではなかった。

 ファクトと出会って、イラさんやツァーイと出会って、そうして仲間が増えて危険性は減っても【強欲のアワー】との戦闘では誰が死んでいてもおかしくはなかったし、全滅しても不思議ではなかった程なのだから。

 だからこの先も寿命が尽きるまで、定められた終わりが訪れるまで、絶対に安全で幸福な日常が続く……などとは思えない。

 勿論そうなって欲しいとは思うし、皆で助け合って、支え合って、一緒にいられるようにしていくつもりではいるけれど、それでもある日突然誰かが死んだり、取り返しのつかない事が起きる可能性を否定しきることは出来ない。

 だって脅威や厄災というものは現実でも、物語の中でも、いつだって理不尽な程に唐突起き得るものなのだから。


「そうなった時に突然イラさんが死んだり、ツァーイが死んだりする事だってあるんだよ……! そうなってから伝えたい事を伝えずにいた事を後悔したりしても遅いんだよ……!」

「それは……そうだけど、でも……。」

「……もしツァーイがイラさんの事を好き……って言うのが私の勘違いでしかないのなら、余計なお世話なんだろうけどさ、そうじゃないなら伝えられる内に伝えた方が良いよ。」


 私はそう言いながら飴玉を一つ取って、口の中へと転がした。


「ねぇ、ツァーイ。本当にイラさんの事を何とも思ってないの?」


 言いたい事は全部伝えたし、ここから先はツァーイ次第だ。



 フェアリが言っている事は正論だ。

 いつかは冒険者を止めて、別の方法で生活を出来るようにしたいとは思っているが、その基盤を準備するのにまだまだ時間はかかる事だろう。

 第一具体的に何をすれば生活に困らない程度のお金を稼げるのか、私自身が何をしたいのかが定まっていないのだから、一年先、十年先がどうなっているかは分からないけれど、少なくとも明日明後日に冒険者を止めているような事はないと言い切れる。

 そして冒険者を続けると言う事は、自分や仲間の命を危険に晒して戦い続けると言う事になる。

 その行為を続ける以上は、いつ誰が死んだっておかしくはない。

 フェアリの言う通り、私やイラが死ぬ可能性だって十二分にある。

 だから本当なら早くイラにこの想いを告げた方が良いのだろう。

 いつか別れが訪れて、辛い思いをする事があったとしても、その時が訪れるまでに一つでも多くの思い出を作る為にも。


「何とも思ってない……訳ないよ。」


 気が付けばポツリと言葉が零れていた。

 イラが盗られる可能性を示されて、イラと突然別れてしまう事がいつだって起き得る事だと現実を突きつけられて、それで動揺をしていたというのもあるけれど……でもそんな事はずっと分かっていた事だ。

 何度も、何度も、そうなったらどうしようと不安に襲われて、考えて、その度に明確な答えを出せずに「誰と付き合うかはイラの自由だから」とか、「イラは私が守らないと」等と耳障りの良い言葉に落ち着こうとして、結末を先延ばしにし続けて来た。

 それは確かに本心の一部ではあったのかも知れない。けれど、本音でもなかった。

 だって私は……本当の事を包み隠さずに言ってしまえば「私がイラを好きなように、イラにも私の事を好きになってほしい」と思っているし、「イラは私が守るから、イラも私の事を守ってよ」と頼りたくなる時だってある。

 いつの日かイラが記憶を取り戻したら、彼を本当の居場所へと帰して上げないといけないと思っている。

 けれどそれを永遠のお別れになんてして欲しくないし、この先ずっと、ずっと、一緒にいて欲しいと思って、感じて、わがままでしかないけれど、そう言ってしまいたい。

 ……でもそれをイラに言う訳にはいかなかった。

 言ってしまったら、私に恩義を感じて尽くそうとしている彼の事だ。きっと自分の気持ちがどうあれ、それを隠して恩返しの為だと言ってそうしてくれてしまうだろうから。

 だから本当は誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。

 でもイラ本人に言う事が出来ない以上は私が頼れるのはフェアリとファクトの二人だけだ。村の人達も親切にしてくれるけれど、普通の悩みは別としても、こんな話を相談出来るような関係の人はいないから。

 もし仮に私がイラに告白をする前提と言うのなら、私は相談相手にファクトを選んだかも知れない。男の人はどういう風に告白をされたら嬉しいものなのかとか、そう言ったアドバイスを教えてもらえるかも知れないから。

 けれど今はそうじゃない。

 今の私に必要なのは話……いや、愚痴を親身になって聞いて、同意や肯定をして背中を押してくれる同姓の仲間だ。

 気付けば私は、先程までフェアリに知られたら面倒な事になる……と感じていたリスクよりも、全部話して楽になりたいという気持ちの方が強くなっていた。


「でも、イラは私の事を……その、女性とは見ていないみたいだし……告白したって恩返しの為だからとか思って頷いてくれるかも知れないけど……本当に私の事を好きになってくれないと意味がないって言うか、間違っているって言うか……。」


 少しだけ悩んだ末に私は抱えていた不安を吐露すると、フェアリが「ふふっ」っと笑った。


「……そんな風に笑うならやっぱり相談するのは止めようかな……。」

「あ、ごめん、ごめん。別に揶揄い半分とか、そういう訳じゃないんだよ。……ただ可笑しかったから。」

「……可笑しいって何が?」

「だってさ、ツァーイが鈍感なんだもん。イラさんがどういう人なのかは、ツァーイの方がよく知っている筈なのに、自分の事が関係した途端に見えてないって言うか、気付かないって言うか……。まぁ私達は人付き合いをした経験が少ないから、どうしたってそういう部分が欠如しているのかも知れないけれど。」


 そう言いながらも数秒程笑い続けたフェアリは、やがて満足したように笑うのを止めると再び口を開いた。


「……大丈夫だよ。恩返しをしたいって言うのはイラさんの本当の気持ちなのかも知れないけれど、それだけで関係を歪ませるような事をしたりする人じゃないでしょ。」

「それは……そうかもだけど……でも、そんなの……どうなるか分からないよ……。」

「確かに恩情で恋人ごっこに付き合わせたら……って考えるのが不安になるって言うのは分かるけど……。でもイラさんはちゃんとツァーイの事を女の子として見ていると思うから、そんな事にはならないと思うけど。……第一どうして女性として見られていない、なんて発想に辿り着いちゃったの?」

「それは、その……だから一度も女性扱いされた事ないからって言うか……。」

「具体的には?」

「…………綺麗……とか、可愛いとか……そういう事を言われた事がないの。」

「あー……。言われてみればイラさんがそういう言葉を口にしているのを聞いた事はないかもね……。でもそれだって、きっと照れてるとか、恥ずかしくて言わないだけとか、そんな感じだと思うけど……。」

「そういう素振りも見たり、感じた覚えもないし、イラはいつも思った事は言ってくれるから、言ってくれないって事はそういう事だよ……。」


 もし一度でもイラが私に対して女性として見ている素振りのある言葉を口にしてくれていたのなら、私はきっとこんな風に考え込んだり、不安に駆られたりするような事はなかったのかも知れない。

 けれどイラは一度だって「可愛い」「綺麗」というような女性を褒める言葉を口にする事はない。


『何があっても僕は君の味方だし――』

『僕はツァーイの力になりたいとは思っているから。』

『もしも君に何かあったら、もしも君がいなくなるような事があったら僕は耐えられないよ……。』

『でも僕にとって大切なのは僕の命じゃなくて、僕の命を拾い上げてくれた君だから。』

『ツァーイが必要としてくれる限りは、ずっと一緒にいるよ。』

『僕がツァーイをこれからもっと幸せにしてみせるから。』

『ツァーイにはずっと笑っていて欲しい、から。だから、来年も、再来年も、その次の年も、この先毎年ツァーイが去年よりも幸せだよって言えるようにする。……具体的に何をすれば良いのかは分からないけど、もうツァーイが寂しがったり、悲しんだりしないでいいようにするって約束する。』


 そう。

 ただの一度もイラは私の事を女性だと扱ってくれた事なんてない。

 ……だから、時折私がイラに口説かれたように感じてしまったのは全部ただの錯覚だ。

 面と向かって「好き」とか「愛している」と言われた訳ではないのに……私がイラの事を好きだから、大切だって思っているから、それっぽい事を言われると勝手に勘違いをしそうに……いや、勘違いをしたくなっているだけ。

 直接聞いた事なんてないけれど、イラはきっと仲間や恩人としての私に対して言っているだけで、女性としての私に言っているつもりなんてこれっぽちもないのだろう。

 出会ってからずっと一緒にいてくれるのも、心細い時に励ましてくれるのも、私を【蒼い疫病】ではなくツァーイとして見てくれるのも、旅が終わっても一緒にいてくれているのも、手を握ったり抱き着いたりする事を拒まないのも、全部イラが優しいから。

 決して恋愛感情や下心があって言っている訳ではないのだから、勘違いをしてはいけない。


「……だとしても、イラさんはツァーイの事をちゃんと女性として見ていると思うよ。」

「だからそんな素振りも言葉も今まで一度だって――」

「そんな事ないよ。」


 私の言葉をバッサリと遮って、フェアリが言葉を続ける。


「だってイラさんがツァーイを見る目は凄く優しいし、食事の時だってツァーイが当番の日が一番美味しそうに食べているし、ツァーイと話している時が一番笑顔で、悩んだり苦しんだりしているのだって全部ツァーイに関係している事。どこからどう見ても、イラさんはツァーイの事が大好きだって分かるよ。」

「それはイラが私の事を恩人だって思ってるからで……別に女性として見られてる訳じゃ……」

「そうかな? もしそうなら【強欲のアワー】がツァーイを攫おうとした時に、あんな風に滅茶苦茶怒ったりしなかったと思うよ。「お前なんかにツァーイを奪われてたまるかー」って言ってたし、優しいイラさんがあそこまで怒って、自分を見失う程に暴走してしまったのは、それだけツァーイの事が大切だって証拠なんじゃないかな。」

「そう……なのかな。」


 フェアリの言葉に少しだけ、もしかしたらそうなのかも……という期待を感じてしまう。

 けれどイラがそう思ってくれている、なんて確証には足りなくて、不安の全てを拭える訳はなかった。

 胸の奥がチクリと痛み続けて、切ない気持ちが湧き上がる。

 手が届きそうなのに届かなくって、イラが一緒にいてくれているだけで嬉しい筈なのに、最初に望んでしまったのはそれだけの筈だったのに、気が付けば彼の優しさに付け込むように欲張りになってしまった自分自身にほんの少しだけ後ろめたさを感じてしまう。


「……ねぇ、ツァーイは何をそんなに怖がっているの?」

「私が……怖がっている……?」

「そうだよ。普段のツァーイなら悩むような事があっても、結構バッサリと決めちゃうでしょ? なのにイラさんの事になると、さっきも言ったけどわざと気付かないフリをしているんじゃないかって位に鈍感だし、今だって何かに怯えているように問題を先延ばしにしようとするし、ドンドン悪い方へ、悪い方へって考えてるし……。」


 そう言われると、そうかも知れない。

 胸に手を当てて、目を瞑って、考えてみる。

 怖い事や不安になる事なんて沢山あるし、これまでにもあった。

 その中でも私が一番恐れている事は何なのだろうか。

 仲間を失う事? 自分が死んでしまう事? フリーダ村が消えてまた旅に出る事? 

 するとそれは思いの外、簡単に浮かび上がって来た。

 その恐怖はイラと出会った頃からずっと抱え続けて、一度は乗り越えられたと思っていた筈のものだった。

 イラに対して恋心を持ってしまったと自覚をした事によって、その恐怖は形を変えて再び浮き彫りになったのだろう。


「……そうだね、怖いよ。」


 私は瞳を開き、胸に当てた手を握りしめ、その恐怖を告白した。


「……もし、もしもだけど……イラにとって私は…………もう必要ないのかも……って思うと凄く怖い……。イラが――」


 けれど口にし始めた言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 まるで私の言葉を遮るかのように、何の前触れもなく、部屋の外から「ダッダッダ――」というような何か――いいや、誰かが走り出したような物音が鳴り響いた。

 その物音に驚いた私達は会話を切り上げて、目配せで合図をすると互いにコクリと頷いて勢いよく椅子から立ち上がり、押し開けるかのように部屋の扉を「バンッ!」と開けた。

 けれどそこには私達以外の人影はなかった。

 それでも確かに聞こえた物音は不信に思えて、私達は女子会を中断して家中の捜索を始める事にした。

 幸いな事に悪意を持つ誰かに荒らされたり、泥棒や犯罪者の侵入を許した形跡は見つからなかった。

 ただ一つ残っていた異変の痕跡は家の鍵が開いている事だったが、鍵穴を無理矢理開こうとしたような痕跡はなく、私達四人だけが持っている本物の鍵で開かれた事しか分からなかった。

 それから程なくして仕事(クエスト)へと向かっていたファクトが帰還し、彼の話から先程の物音がイラが走り出したものだと気付くのに時間はかからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。