記憶五―ツァーイの秘密一、それは触れてはいけない……―
その日の夜、僕達は協会の宿泊部屋にいた。
最初にこの部屋に入った時は協会の外観と比較して大分コンパクトなつくりになっている事に驚いた。
でもよくよく考えれば協会内には宿屋以外にも沢山の施設が入っているので、休息をとる為の必要最低限の部屋を用意する方が合理的なのかも知れない。
まず目に入るのは部屋の中にはベッド(ツァーイが二人用の部屋をとってくれたので一人用のベッドが二つある)やテーブル、イス等の生活に必要な物が設置されている事。
そして辺りを見渡すと個室の小さな浴場や衣類を洗う為の道具等も設置されていて見た目以上に身体を休める事が出来そうだった。
余談だけどこの衣類を洗う道具は箱型なんだけど、この箱の中に衣類を入れると何と一時間で完璧にピカピカに洗ってくれた上で乾かしてくれると言う優れものらしい(ツァーイが教えてくれた)。
僕の衣類は今の所は替えが無いのでどうしようかと思っていたけど、これなら入浴している間に衣類を洗う事で使いまわしが出来そうでホッとしている。
とは言えこの先の旅で協会を利用出来ない日もあるだろうし、出来るだけ早く衣類を調達しておいた方が良さそうだ。
そして今はツァーイと二人で【リベルーチェ】の設立祝いと、明日からの事を話ながら夕食を食べていた。
テーブルの上に並んでいる料理はファングの街に来るまでに倒したウルフからドロップした『ウルフの肉』(ウルフのドロップ品は『爪』『肉』『毛皮』の三種類で左から右の順でドロップがし辛くなるとツァーイが教えてくれた)をツァーイが炎の魔法で焼き上げて適当なサイズに切り分けたもの、夕食前にツァーイが食堂(協会内にある施設の一つ)から買って来た白米、ツァーイの旅道具から出て来た塩だれ、部屋の中に常備されている水が置かれている。
『ウルフの肉』は獣臭さが少し残っているけど白米や塩だれと合わせて食べる事で独特の風味が出ていてとても美味しい。
「――と言う訳で、明日から数日間の間はここでクエストを受けて次の街に向かう為の資金稼ぎをするよ。」
「うん。その辺りはツァーイの方が旅に慣れているだろうし、ツァーイの言う通りに頑張るよ。」
「ありがとうね、イラ。」
「それとさツァーイに聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
僕の質問にツァーイが肉と白米を口にしながらコクリと頷いた。
「街に着く少し前からフードを被っていたけど、結局あれって何だったの?」
「え?」
「いや、ツァーイが話を逸らそうとしていたから聞いちゃ駄目な事だとは思ったんだけど……街に着いてからのツァーイの様子にも違和感があったから心配になっちゃって。」
僕は言葉を選びながらツァーイに尋ねた。
街に着く少し前にツァーイがフードを被り始めた事。(ちなみに宿泊部屋に着くなりツァーイはフードを外したが、部屋の外に出る時はまたフードを被っていた。)
街に入った後や協会に着いた時にテキパキと用事を終わらせた事。
ギルドの設立を終えた後に急いで宿泊部屋に向かった事。
その後に食堂で買い物をした時は僕は部屋で待っているように言われたけどツァーイはすぐに戻って来た。
ツァーイとは出会ったばかりだけどファングの高原で出会ってから街に向かっている間と、街が見えて来た辺りからのツァーイの様子が少し違う気がする。
「――心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫だよ。」
僕の質問にツァーイは一瞬驚いた様な怯えた様な表情をしたが、微笑みながらそう返した。
けれどツァーイの笑い方はぎこちない。
高原で出会った時に見た彼女の笑みはもっと自然な感じがしていたのに街に入ってからのツァーイは明らかに表情が硬くなっていた。
だからこそ今の彼女が言葉通り大丈夫な訳がない――けれど。
「うん、分かったよ。ツァーイが話したくないならこれ以上は聞かないよ。」
そう言った僕も多分ぎこちない笑い方をしていたと思う。
この件に関してツァーイはきっと話をしたくないのだろう。
僕にとって彼女は居場所をつくってくれた恩人で、そんな彼女の力や助けになりたいけれど、今の僕はレベルも低いし、旅に関する知識もない、記憶がないから常識面にもかなり疎くなっていると思う。
右も左も分からずに何も持っていない僕が今すぐに彼女の力に慣れない事は分かってはいた筈なのに――いざこうしてその事実を突きつけられると凄く悲しくて、寂しくて、辛かった。
誤魔化すように顔をお皿の方に向けながらテーブルの上に残っているご飯を食べ進めた。
さっきまではあんなに美味しかった筈のウルフの肉が少しだけ味がしなくなった気がしたのはきっと気のせいじゃない。
「ごめんね、イラ……心配をしてくれてありがとう。でも私は本当に大丈夫だから。」
もう一度そう言ったツァーイの笑みはやっぱりぎこちなかった。
別に喧嘩をした訳でもないのに、これ以上話をするのが少しだけ気まずくて、他にも聞きたい事は沢山あった筈なのに、結局この日はツァーイと殆ど話が出来なかった。
そのまま食事や入浴、翌日の支度などを終えて僕達はそれぞれのベッドで横になった。
こうして記憶喪失で目覚めた初日は終わりを告げた。
――翌日。
「おはよう、ツァーイ。」
「おはよう、イラ。」
僕が目覚めた時には既にツァーイは起きていて、テーブルの上には食堂から購入して来た(と後でツァーイが言っていた)朝食が並べられていた。
僕が起きたのが特別遅いって訳ではない……筈だけど、ツァーイは一体どれだけ早い時間から準備をしていたんだろう。
「起こしてくれたら僕が行って来たのに。」
「それなら明日の朝食はイラに準備してもらおうかな。」
それから少しして僕達は朝食(甘い味付けの野菜スープと何かの肉が挟まっているハンバーガー、それと水)を食べながら適当に雑談をしていた。
昨日の事で少しだけ気まずいような気もしたけど、話してみたら案外楽だった。――けど、昨日の事をそのままにしておくのは何となく不味い気がした。
「――あのさ、ツァーイ……昨日はごめん。」
朝食を食べ終わった所を見計らってツァーイに昨日の件で謝る事にした。
別に喧嘩をしている訳ではないけれどちゃんと言わないといけないと思ったし、何より僕のせいでツァーイに迷惑をかけたくなかった。
「ううん、私こそちゃんと話せなくてごめんね。……本当の事を言うと色々あるんだ。けど、あまり話したい事でもないから……」
「うん。昨日も言ったけどツァーイが話したくないならこれ以上は聞かないよ。――でも何があっても僕は君の味方だし、いつかツァーイが話してくれたらその時は君の助けになるから。それまではこれからも勝手にツァーイの心配をするから。――だから、その……」
言葉が上手く纏まらない。
気にならない訳じゃないけれど、本当は今すぐツァーイの力や助けになりたいけれど、ツァーイは今すぐには話してくれないとも思うから。
自分の中で色んな思考や感情がグチャグチャになっていて、どれからどこから伝えれば良いのかが分からない。
纏まらない言葉を一つずつ吐き出すようにツァーイに伝えようとした。
「――ありがとう、イラ。」
すると突然ツァーイの声が聞こえた。
か細い声で、けれどハッキリと聞こえる音量で。
街に来てからのぎこちない笑い方ではなく、心の底から笑っているような可愛らしい微笑みで。――けれど何故か軽く涙目になっていた。
「ごめん、ツァーイ……気に障る事を言ったなら謝るよ。」
「イラ……? え? あれ? 私なんで泣いてるの……?」
涙目になったツァーイを見て反射的に謝罪の言葉が口から出た。
ツァーイが笑ってくれたのは嬉しいけれど、泣かせるつもりはなくて、だからどうすれば良いのか分からなかった。
そんな僕を見てツァーイは訳が分からない様子だったけど、不意に瞳に溜まっていた一滴の涙が頬を伝って零れ落ちた。
それでツァーイはようやく自分が泣いている事に気が付き、困惑していた。
「ごめんね。すぐに収まるから、少しだけ待っていて。」
涙声でそう言うとツァーイは僕に背中を向けて、顔を伏せながら右腕で涙を払う動作をし始めた。
何となく、本当に何となくだけど、ツァーイのその様子を見てはいけない気がして、僕もツァーイに背中を向けた。
何か声をかけた方が良い思ったけど、なんて声をかければ分からなくて、僕はただただ待つ事しか出来なかった。
それからしばらくしてツァーイの瞳は落ち着きを取り戻した。
「ごめんね、見苦しい所を見せちゃって……。」
「ううん。……それより大丈夫なの?」
「うん。もう大丈夫だよ。少し遅れちゃったけど、そろそろ行こうか。」
「うん。」
元気そうなツァーイの言葉にコクン、と頷いて僕達はクエストを受けに向かった。




