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人格喪失者、それは記憶喪失を望んだ者  作者: 明進
第四章 平穏な日常、それは変化する力と心
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記憶五十三―初めてのお祭り、それは年の終わり―

 イラが本人も気付かぬ内に【強欲のアワー】から風と闇の魔法適正を奪っていた事が判明してから十日後。あれからは特に異変や事件が起きる事もなく、フリーダ村のお屋敷に住んでいる俺達四人は平穏な暮らしを送っていた。

 時に協会で仕事(クエスト)を受注して魔物の討伐を行ったり、時にフリーダ村の人達の困っている事を解決したり、交流を重ねて親睦を深め、時に心身を休める為に休暇を一人で、或いは二人か四人で楽しんだりと旅をしていた頃と比べれば大分ノンビリとした生活を送っている。

 この十日間で変わってしまった事と言えば、イラが風と闇の魔法に慣れようとして時折魔法の練習を行っている事。それに加えてフェアリから二重魔法(ドゥブルマジック)の使い方を教わり始めた事位だ。

 正直な事を言えばフェアリの恋人である俺としては、全く思う所がないと言えば嘘になるかも知れない。それでもイラがフェアリに手を出したり、フェアリが俺を裏切るような事は絶対にないと思っているので、特に心配はしていなかった。そもそもの話として、二重魔法(ドゥブルマジック)の特訓に関してはツァーイも時折一緒に行っているようだしな。

 それにイラは俺が剣の素振りをし始めればいつの間にか隣で素振りをしていたり、二人で模擬戦を行う事もあれば、それ以外の時間は殆どツァーイと一緒に過ごしているようで、ツァーイがいない時はフリーダ村をぶらぶらと散歩しながら村の人達と交流をしているようだ。

 だからイラのそうした行いは自分の力を磨きたいという向上心から来ている訳で、心配しろと言う方が難しい。

 それとは別に【強欲のアワー】との戦いや村の復興作業が終わった事で、改めて始まった村での平穏な暮らしに俺達はすっかりと慣れつつあった。心に少しばかりの余裕が出来つつある程度には。

 その中での変化の一つが旅をしていた頃とは違い、一人一人の個室があるという事だ。お陰で休息や就寝の時には一人っきりで長時間を過ごす事も珍しくはなくなっていた。

 例えば俺は外で剣の素振りをしたり、イラと模擬戦を行ったり、フェアリと二人で過ごしたりする事もあれば、当然自室に一人で籠って考え事をしたり身体を休めたりする事もしている。

 数日前の夕食時にふとそうした話題が上がった時に聞いた限りでは、一人で自室にいる間の時間をフェアリは恋愛小説を読みふけったり、新しい魔法の想像(イメージ)を考えたりしているようだ。

 最もフェアリのそうした行いは、どうやら俺と出会う前からの趣味から来ているようで、俺と出会った後も、イラ達と出会った後も、旅の最中に度々そうしている様子を見かけたので予想はついていた。

 一方でツァーイも例の勇者の絵本を読み直したり、フェアリに押し付けられたらしい恋愛小説を少しずつ読み進めていたりと本を読んでいる時間があるようだ。それ以外では剣や盾の手入れをしたり、後はリベルーチェのリーダーとして必要な雑務を行っていたりすると言っていた。

 また俺自身は主だった事は前述の通りで、それ以外だとまず本は殆ど読まない。正確には読めない訳ではなく、嫌いな訳でもないが、少なくともフェアリが読んでいるような恋愛小説を読む気にはなれないというだけだが。

 魔法についてもフェアリ程熱心ではないもののたまに考える程度はしていて、後は武具の手入れなどだ。正直な所、冒険者としての行い以外に費やせる趣味や嗜好を見つけられていないからか、一人での時間を持て余してしまっている感は否めない。

 ともかくそうした会話の流れは、当然イラにも向けられた訳だ。

 だけどそこでイラが答えた事は、俺達全員がある程度把握している事のみだった。

 つまりツァーイと一緒にいたり、俺と剣の特訓をしたり、フェアリと魔法の特訓をしたり、フリーダ村でぶらぶらして買い物をしただの、誰かのお手伝いをしただの、お話をしただの。

 全く一人の時間が無いなんて事は無い筈だが、その時になって初めてイラが自室にいる状態と言うのを考えていなかった事に気付かされた。

 例えば朝は当番の有無に関わらず、朝食の準備中にふらっと現れている。日中は仕事(クエスト)を行っているから誰かしら一緒にいる様子だし、休暇の希望も自分から言っている所を見た事はない。

 それでもツァーイに言われて休暇を過ごしている日も何日かはあったし、そういった日は家に引き籠っているにせよ、フリーダ村のどこかしらに出かけるにせよ、ツァーイと一緒にいるって言っていた。たまにツァーイが忙しい時があれば、やっぱり俺かフェアリの傍にいる気がするし、たまに見かけない時は後で村のどこそこに行っていたと食事時等に話してくれるので村にいるのだろう。

 その時になって俺はふと思ってしまった。旅をしていた頃は常に四人で一緒に行動をしていたから気が付かなかったが、(もしかしてイラって寂しがりなのか……?)と。

 あくまでも俺の勝手な推測ではあったが、実際にイラが一人っきりで行動をしている瞬間を見かけた事もなければ、イラを探す時にあいつの自室に俺や他の誰かが向かう事も殆どなかった。

 傍から見ていればイラがツァーイの事を好いているのは分かる。それが恋慕の念や恋心から来ているものなのか、単に恩人や仲間としてなのか、それとも【強欲のアワー】との戦いの時にツァーイに手を上げてしまった事や、自らが【強欲のアワー】の力を宿してしまった事をまだ思い詰めているのか、そういった諸々の理由は別として。

 ともかくイラが出来るだけツァーイの傍にいたいと思って、そうしている事は不思議ではないとも思う。ツァーイもそれを迷惑だとは思っていないようだし、当人達の間で問題がないのなら別に横から騒ぎ立てるような事もないだろう。

 ただ、それにしても、イラが一人で過ごしている姿がこんなにも想像出来ないものだろうか? 流石に就寝時間は自室で身体を休めているだろうが、それ以外にあいつが一人で自室にいる姿が思い描けない。

 むしろ故意に一人になる事を避けているような気さえしてしまう。まるで一人きりになる事を恐れているかのような――


「……流石にそれは俺の考えすぎかな。」


 少なくとも俺達と行動をしている時のイラは、フェアリと並んで明るくて、騒がしい奴だ。それでいて半端者(ハーフ)である俺やフェアリ、とくに半魔人(ハーフヴァンディム)の不安定な魔物化さえも受け入れる大きな器量も持ち合わせている。

 今は【強欲のアワー】との戦いで怒りに駆られて自分を見失ってしまった出来事や、成り行きとは言え、その【強欲のアワー】から奪ってしまった『強欲の加護』と力、風と闇の二つの魔法。それらの行為や力に思い悩んで自分を責めている節もあるが、その痛みもいつかは乗り越えられる筈だと俺は思っている。

 だからこそイラが一人でいる姿が想像出来なくとも、あいつが孤独を恐れているだなんて思ってしまったのは、気の迷いでしかないと思ってしまった。

 これまでの旅――取り分けフェアリと出会う前の一人旅――で、何度も半端者(ハーフ)故に迫害を受け、長い間孤独を抱え込んでいた筈なのに、いや、強い孤独を覚えていたからこそ、俺はその考えを気の迷いだと切り捨ててしまったのだろう。

 いつもあれだけ明るく他人と接しているイラが、あの暗い感情を覚えてしまっている筈などないのだと。



「「うわぁ……!」」


 ファクトがそんな事を考えているとも露知らず、何とも気楽な様子を装っているイラはと言うと、その数時間後――お昼頃――に屋敷の外、つまりはフリーダ村に出ていた。

 傍から見ただけではあまり分からないかも知れないが、よく確認をして見れば今のイラは普段以上の厚着をしている事が分かる。屋敷の中で過ごしたり、身体を動かす魔物討伐などの仕事(クエスト)の最中では二枚着だが、今日は長時間の外出、それも比較的ノンビリとした行動を想定している事もあって三枚着をして来ていた。

 その中でも一番上に着込んでいる赤色のモコモコとした上着によって当面の寒さは凌げる事を確信したイラは、何とも上機嫌で歩きながら村の様子を眺めていた。

 そんなイラの隣にはスラっとした、それでいてしっかりと防寒具としての役目を果たしている水色の厚着を着込んでいるツァーイの姿もあった。

 本来のフリーダ村はと言うと、どちらかと言えば静かで平穏な村だ。

 けれど今日は村の様子が明らかに違う。活気に満ち溢れた一面を見せており、目の前に広がっている光景も普段とは少し違って見える。

 まず村中の建物という建物に様々な飾り立てがされている。飾りの種類は千差万別で、キラキラと光る星型のオブジェクトを幾つも取り付けた眩い建物もあれば、様々な光を放つガラス玉のような物を連結させて取り付けている建物もある。更にその隣の建物の上空はと言うと、風の魔法なのか、何かの魔道具なのか、或いは別の何かなのか、ともかく何かしらの力を使って雪玉をぷかぷかと浮かばせて規則正しく動かしていた。

 そうした煌びやかに装飾をされたお店は見ているだけでも普段より人の出入りが激しく、それ以外の建物――家や施設など――の前では普段は見かけない屋台のような小さな小売店が幾つも出店されていて、やはり人で賑わっている。

 何故今日は、このように普段とは比べられない程の活気が溢れているのか。それは今日という日がフリーダ村にとって特別な日だからだ。

 この世界(リーネド・ムンリ)は十三の月と三十の日、つまりは三百と九十の日から一年が成り立っている。しかし何故三百と九十の日が十三の月に割り振られたのかと聞かれても、そのルーツは遠い昔に失われてしまっていて、現在では様々な所説が成り立ってしまった。

 その為に人や地方によって聞いた話や信じている説が大きく違っている事も珍しくはなく、どの説が真実なのかは定かではないとされている。

 その中でも特に知名度の高い説の一つが、十三という数字は世界創世の時に顕現していたという十三柱の事を指しているのではないかというものがある。

 即ち天空神ユピル、戦術神ミネウ、武神マメス、家庭神ウェス、知神アウラ、結神ユノ、狩猟神ディア、商神メルリ、豊穣神ケレン、美神ウェヌ、愛神クド、時空神サケトゥス、自由神リベルスからなる十三の神である。

 そうした成り立ちからこの説が真実なのか、偽りなのかも分からなくなってしまったにも関わらず、十三の神の神位にあやかって、一の月をユピル、二の月をミネウ、三の月をマメス、と言ったように呼ぶ者も少なくはない。

 そして本日の日付は十三の月の三十日。所謂年末だ。

 十三の月は神位十三位である自由神リべルスにあやかっており、その終わりの日と一年の終わりの意を込めて、別名リべルスの末日とも言われる日でもある。

 このリべルスの末日、本来は前述通りの意味しか持っていないのだが、フリーダ村にとっては他にも重大な意味を持つ日でもあった。

 一つは半端者(ハーフ)や世間から疎まれた人であっても正しき存在であるのなら何人でも受け入れる自由の村として、自由神リべルスへの感謝を表す日。

 そしてもう一つは、このリべルスの末日こそが遠い昔にご先祖様達がフリーダ村を作り始めた日として村の歴史を表す書に書き残されていた事。

 これら二つの理由と、一年の終わりを惜しみながらも新たな年の来訪を心待ちにする。そういった理由から、フリーダ村では毎年リべルスの末日に村人が総出で最大級のお祭りを執り行う事になっているのだ。


「それにしても、フリーダ村ってこんなに人がいたんだね。」


 左から右から、前から後ろから、お店の中から外から、出店の内側から外側から、とあらゆる方向から流れたり、密集したりする村人達の様子に驚くイラ。


「そうだね。普段は村の中央に一斉に集まるなんて事はないだろうし――」


 それはツァーイも同様のようで、彼方此方をきょろきょろと見渡しては嬉しそうな笑みを浮かべていた。しかし気が付けば隣にいた筈のイラの姿が消えている事に気付く。


「――って、イラ!? ちょっと! こっち! こっち!」

「え? あっ、わっ……っとっとっと……。」


 ツァーイは咄嗟にイラの姿を探し、すぐに人混みに流されかけて反対側へと押されていたイラを見つける事が出来た。

 その呼びかけによってようやく自分が流されていた事に気付いたイラが、人混みを掻き分けながらツァーイの下へとすぐに戻って行く。


「もう……。気を付けてよね。」

「うん。ごめん……。それにしても本当に凄い人混みだよね。ただ歩いているだけであんな風になるなんて思ってなかったよ。」


 「はは……」と困ったような笑い声をあげるイラ。それに対してツァーイは「確かにね。」と同意をしながら、「うーん……。」と首を傾げて考え事をするかのような仕草をしながら、チラっと視線をどこか改めてイラへと向けながら言葉を続けた。


「また逸れそうになっても困るし……前みたいに手を繋いでも良いかな?」

「うん。」


 そうしてどちらからともなく、ゆっくりとお互いの手を握りしめた。

 旅をしていた頃は極力人前に出ないようにしていたツァーイが、少しでも厄介事を避ける為にという意味合いの延長線上で、万が一にも逸れないようにと街や村の中で手を繋ぐ事も珍しくはなかった。

 しかし自分達を受け入れ、自らの正体を隠す必要のないフリーダ村では、その必要もなく気が付けば手を握る事はなくなっていた。

 当初は警戒癖が簡単に抜けなかったツァーイ(ファクトやフェアリも)だったが、村人達との交流を重ねる内に少しずつ温和され、現在では旅をしていた頃に使っていたフードの付いたローブも仕事(クエスト)で村の外に出る時にしか着用していない程だ。

 ともあれ久々に握りしめた相手の手に強い温もりと安心感を感じながら、二人は村を歩き続けながら様々な出店を見て回った。

 出店の多くは食品を売っており、一本の串に焼いた肉や野菜を幾つも刺し嵌めたもの、フルーツの形を模った甘味、焼き魚を小さく千切って塩漬けにしたお菓子に色とりどりの素材を使ったサンドウィッチなど、様々な料理が取り揃っている。

 見ているだけでも楽しめるが、歩いているだけでも右往左往から、焼かれている肉や魚の香ばしい匂いや甘味の甘い匂いなどが無数にしてお腹が空いてしまう。


「これだけ色々売っていると何を買えば良いのか迷うなぁ。」

「どれも美味しそうだもんね。でも流石に全部は食べきれそうにないし、慎重に選ばないとね。」


 結局は多種多様な食品の中から特に気になったものを少しずつ買い食いしながら村の中を歩き回り、気になった出店を眺めたり、今ではすっかりと顔なじみになった村人達――出店を開いている人や同じようにお祭りを楽しんでいる人――との会話を楽しんだ。

 そうして幾つかの出店を見て回る中で、ツァーイはある出店に目を奪われた。


「あっ! ねぇ、見てよイラ! あそこに何か不思議なお店があるよ!」

「えっ? どこ?」


 手を繋いでいる方とは逆の手でツァーイが指差した方向に視線を投げてみたけど、どのお店も人だかりが凄くてどの出店の事を言っているのか分からない。


「ほら、あそこだよ! 白っぽい赤い屋根がついているお店の。」


 出店の特徴を言われてようやくツァーイがどのお店の事を言っていたのかが分かった。言われてみれば向こうの方から何か甘い匂いが漂っている気がする。


「えっと……あぁ、あのお店だね。行ってみようか?」

「うん!」


 そう言って早足に向かって行くツァーイの横顔は、本当に楽しそうな満面の笑みだった。

 ツァーイと手を繋いでいるイラは引っ張られるように進みながらも、穏やかな表情を浮かべている。

 人混みを掻き分けながら何とかそのお店の前へと顔を出したイラとツァーイの前に広がっていたのは、屋台の上に置かれた透明な筒状の魔道具だった。その周囲には幾つかの備品も置かれてはいるが、見ただけでは一体何のお店なのかを判断する事も出来ない。


「お! イラ坊と嬢ちゃんじゃねぇか。いっちょ前に手なんか繋いじゃって、相変わらず仲が良いなぁ。」


 二人が不思議そうにその魔道具を眺めていると、その様子に気付いた店主のおじいさんが声をかけてきた。


「こんにちは、ヴァン爺さん。」

「こ、これはこうしないとイラが人混みに流されちゃいそうになっちゃうからで……。」


 店主のおじいさん――ヴァン爺さんに返事をするイラと、どこか慌てた様子で言い訳をし始めるツァーイ。そんな二人の様子を見て「ガッハッハ」と笑うヴァン爺。 

 ヴァン爺はフリーダ村に三十年以上前から住んでいる創造人(クリエイター)であり、昔から事ある毎にガラクタから面白アイテムまで様々な魔道具を創っており、良くも悪くも村の中では一目置かれていた。

 フリーダ村の復興作業の最中にヴァン爺と知り合ったイラは、以来一人での時間が出来るとたまに会いに行ってはヴァン爺お手製の魔道具を見せて貰っていた。


「それで、ヴァン爺さんは何のお店を出してるの?」

「おうとも! よくぞ聞いてくれたな! こいつは今日の為にこの一年間必死に創っていた力作なんだが……まぁ、説明するよりは実際に使ってみた方が早えぇか。とにかく凄げぇから見て見ろよ。」


 そう言ってヴァン爺は筒状の魔道具に幾つかあるボタンの内一つを押した。すると筒状の魔道具の中身が回転をし始め、それを確認すると魔道具の隣に置いてある別の入れ物からやや長めの棒を一本取り出し、そのまま筒状の魔道具にゆっくりと挿入した。

 イラとツァーイは一体何が起こるんだろうと不思議そうに魔道具を見つめていたが、しばらくすると棒に何かが引っ付き始めた。

 やがて棒の周りに纏わり付き始めたそれは、手の平よりも大きなサイズのモコモコとした雲のような物体となっていた。


「ほらよ、嬢ちゃん。」

「あ、ありがとう。それで……これはどうしたら良いの?」


 差し出されたそれを反射的に受け取ってしまいながらも、ツァーイは好奇心を抑えられない様子で尋ねた。


「それはモコモ菓子(ガシ)って言ってな。儂が今のお前さん達よりもうんと小さかった頃に一度だけ食べた事のある菓子を再現してみたものだ。」

「へぇ……って、これ食べられるの!?」


 雲の様な見た目から食べ物とは思っていなかったツァーイが驚き、その反応に満足したヴァン爺が「ガッハッハ」と少しばかり笑い、笑い終わると同時に言葉を続けた。


「あぁ。自分で言うのもあれだがな、甘くて、フワフワして、美味しいぞ。騙されたと思ってまずは一口食べてみな。」

「それじゃあ、いただきます。」


 そう言ってツァーイはパクッとモコモコしているモコモ菓子を口に含んだ。モコモ菓子は、その見た目通りにあっさりと歯で噛み千切られた。


「……っ! 何これっ! 甘くて、フワフワしていて、凄く美味しい!」

「そうだろ。そうだろ。」


 十数秒ばかり租借していたそれを飲み込むと同時に、ツァーイが瞳を輝かせた様子で叫んだ。その様子にやはり満足したヴァン爺はニカッと今日一番の笑みを浮かべるのだった。

 一方でツァーイは、そんなヴァン爺の言葉にコクコクと数度頷きながら二口目を口に含み始めていた。

 長い間旅をしていたツァーイは望むと望まないとに関わらず、様々な食を体験していた。

 【蒼い疫病】の悪評のせいで行列の出来るようなお店や、フードを被ったまま入る事が出来ないような高級店などの一部のお店を利用する事は出来なかったが、それでも港町に行けば魚料理を食べ、獣型の魔物が多いような土地では肉料理を食べ、作物が豊富な村では野菜を食べ、そういった食材を買い込んで料理をする事も少なくはなかった。

 その中には当然甘味や菓子と呼ばれる物もあった。それらを取り扱っているお店の多くは朝から晩まで行列が出来る事が多かったので食べる事が出来たのは極一部だけだったが、それでもタイミングを見計らって空いている時に購入したり、簡単な物であれば自分で作ったりもした。

 だけどそうして色々な料理を食べてきた筈なのに、それらとは全く異なる食感を持つモコモ菓子と呼ばれるこのお菓子はツァーイにとってそれだけ大きな衝撃だったのだ。


「ヴァン爺さん! これ、どうやって作ってるの!?」

「それは企業秘密って奴だ。こればっかりは教えられんよ。」

「そっか……。少し残念だけど、そうだよね。」

「まぁ嬢ちゃんに限らず喜んでくれる人が多かったし、リエも喜んでおったからな。これからも気が向いたら村で売るつもりだから、モコモ菓子が欲しくなったらいつでも来てくれ。」


 ちょっぴり残念といった様子で落ち込むツァーイに対してヴァン爺が笑顔で告げ、ツァーイもまた元気を取り戻したかのように「うん。また来るよ。」と笑った。


「それよりもヴァン爺さん! 僕にも一つ頼むよ。」

「ああ。ちゃんとイラ坊の分も作ってやるから、ちっとばかし待ってな。」


 そう言ったヴァン爺は再び魔道具を使ってモコモ菓子の製造を行い、イラとツァーイは二度目となるにも関わらず不思議そうに棒にモコモ菓子が纏わりついて行く様子を見続けた。

 やがて出来上がった二本目のモコモ菓子を受け取ったイラは一口食べると「本当に甘くてフワフワする!」とツァーイと同じように瞳を輝かせながら二口三口と食べ進め、ツァーイもそんなイラの様子に釣られるようにまだ残っている自分のモコモ菓子を食べ進めた。

 そんな二人のモコモ菓子は、見る見るうちに減って行き、すぐになくなってしまった。

 食べ終わったモコモ菓子の棒は、ヴァン爺が出店の裏に設置していたゴミ箱へと回収され、イラとツァーイがふと気づいたように口を開いた。


「そう言えば、モコモ菓子って幾らなの? 僕達まだお金を払っていなかったと思うんだけど。」

「そうだね……モコモ菓子も、それを作っている魔道具も珍しかったからつい忘れちゃっていたね……。」

「ああ。イラ坊と嬢ちゃんに渡したサイズだと、一本五十C(カッパー)だが、今回だけは無料(タダ)にしといてやるよ。」

「……他の人達からも似た様な事を何回か言われたんだけど、大丈夫なの?」

「そうだよ。他の人達は、ちゃんと払ってるみたいなのに僕達だけ何か特別扱いされてるって言うか……。これでもお祭りで困らない程度には稼いでいるつもりなんだけど……。」


 ヴァン爺の申し出にツァーイとイラが遠慮がちに告げた。

 ここに来るまでにも幾つかの出店を見て回ってきた二人だったが、何度か商品の代金を不問にされたり、サービスだと言って食べ物の量をかさ増しされたりしていた。

 最初は自分達が子供だから甘やかされているのか、或いは他の人達にもそういった事をしているのかとも思って気にしていなかったが、二人が見てきた限りでは同じ扱いをされている人は見受けられなかった。


「ガッハッハ! それだけ皆が感謝しているって事だ。……【強欲のアワー】を討ち倒し、村の平和を取り戻してくれた冒険者様達にな。」

「でもその件なら私達は村長さんから仕事(クエスト)の報酬も貰っているし、私も仲間の皆もこうして村の人達に受け入れて貰えただけで十分だよ?」

「それはそれ、これはこれだ。冒険者である以上仕事(クエスト)の報酬は受け取っておけば良いし、フリーダ村は儂やお前さん達のような行き場を失った者の為に存在しているんだからな。……だが、もしもこの村が滅んでしまうような事があったら、儂らは再び行き場を失ってしまう。そうなったらこの村の者達は、また行く当てのない放浪者となり、明日の生活さえ保障出来ずに、いつ死ぬかも分からない日々に逆戻りするだろう。だから皆感謝しているんだ。」


 遠慮をする二人にヴァン爺がどこか遠くを見つめながら言葉を発し、やがて二人に向き直りながら言葉を続けた。


「それにな、お前さん達がどれだけ強い冒険者だって言っても、まだ子供だ。もう何年か経って大人の仲間入りを果たすまでは、黙って甘やかされていれば良いんだ。それでも気になるって言うなら、お前さん達が大人になった時に出会った子達に返してやれば良いのさ。」

「そっか……。うん。それじゃあそうするよ。ありがとうね、ヴァン爺さん。」

「ありがとう、ヴァン爺さん。次は普通に買いに来るよ。」

「おう! お前さん達ならいつでも大歓迎だ。」


 そう言って二人はその場を後にして、他の出店を探して再び村の中を歩き始めた。

 その後もイラとツァーイは、時を忘れたかのようにお祭りを堪能し続けた。

 普段とは違う村の活気、一年の終わりを告げる特別な空気、出店に並ぶ食べ物や小道具の品々、行きかう人々に自分達が何の憂いも感じずに混じれているという事実。そのどれも二人――取り分けツァーイ――にとってはどれもが珍しいものだった。

 それと言うのも過去の記憶を失っているイラにとっては、お祭りは勿論初めて過ごす年の瀬である。

 一方でツァーイはと言うと、幼い頃から一人で旅をしてはいたが【蒼い疫病】の悪評の影響で人前に出る事を極力避けていた影響で、立ち寄った土地でお祭りを遠く――その多くが宿泊部屋の窓――から眺める事はあっても、直接参加した事は一度もなかった。

 旅に出る前――故郷のアイラ村が健在だった頃に村のお祭りには参加していたが、幼い頃の記憶故に、その多くは忘却の彼方であり覚えている記憶はあまりにもおぼろげなものとなっていた。

 またツァーイにとって故郷の記憶と言えば凶病《サイス》が村を滅ぼした事が殆どを占めており、楽しかった記憶を思い返すという事は、その時間を共に過ごしていた両親や友達の死を追憶する事と等しくなっていた。

 そんなお祭り初心者を拗らせてしまっている二人にとっては、この小さな村のお祭りが凄く珍しい事であり、とても特別な出来事のように思えてならなかった。


「ふぅ……流石にちょっと疲れちゃったね。」

「うん。少しだけここで休んで行こうか。」


 やがてお祭りを楽しむあまり遊び疲れた二人は、出店が集中している村の中央から少しだけ離れた場所にある木製のベンチに腰を下ろした。

 この辺りは住宅が集中している通りとなっていて、普段なら中央に引けを取らない程の人達で賑わっているが、今は二人の他には人っ子一人としていなかった。

 二人が知る由もないが、この辺りに幾つか設置されている木製のベンチや、切り株を模した椅子などはこういった人の集まる場所になる事から立ち話をする人達が現れ始め、それならと落ち着いて話せる場所を用意しようという提案があって設置されている。


「それにしても、もう結構暗いね。仕事(クエスト)をこなしている時もあっと言う間に時間が過ぎている事はあるけれど、こんなに時間の進みが早く感じたのは初めての気がするよ。」


 ふと気づいたかのように呟いたイラの言葉通り、周囲はすっかりと暗くなっていた。

 この辺りには時計が無いので正確な時間は不明だが、日はすっかりと沈み、代わりに優しい月光と村に設置されている街灯型の魔道具による灯りによって照らされている。


「ふふ、そうだね。私もこんな風に遊んだのは故郷を飛び出してから初めてだし、終わっちゃうのが少し寂しい気もするよ。」

「ツァーイ……。」


 少ししんみりとした様子で呟いたツァーイに、イラは心配しながら握った手の力を少しだけ強めながら語りかける。


「……大丈夫だよ。お祭りは毎年やっているって話なんだから、来年も、再来年も、その次も……これから何度でも楽しめば良いんだよ。今はこの村が僕達の居場所で、仕事(クエスト)だって安全そうなものをこなしていけば危険な事だってそうそうない筈だし。だから、その……」

「イラ……?」


 そこまで言ってからイラは言葉を上手く出せない様子でいたが、やがて「すぅ……はぁ……」と深呼吸をすると落ち着いたのか、言葉を続け始めた。


「……ツァーイはさ、僕の想像以上に色々辛い想いをしたり、苦労してきたと思うんだ。僕はあの高原で出会う前のツァーイの事を君の話の中でしか知らないし、そんな僕が何を言った所でツァーイには安っぽく聞こえちゃうかも知れないけど……それでも約束するよ。これ以上ツァーイに辛い思いをさせたりしない。」


「……うん。ありがとう、イラ。」


 イラの言葉に励まされたツァーイは、それからどこか改まった様子でイラに向き直りながら言葉を続ける。


「私ね、この九年間は本当に辛いことばかりだったんだ。最初の何年かは行く当てもなくあちこち放浪するだけだったし、どこに行っても「【蒼い疫病】だ!」とか言われちゃうから旅を楽しむ余裕もそんなにあった訳じゃないし、フードで素顔と髪を隠していても気が気がじゃなった。……でもね、あの時イラと出会ってから旅が楽しくなったの。旅の目的も、毎日の食事も、仕事(クエスト)の内容も、日々の生活は何も変わっていないのに、ただ独りじゃないってだけで胸の奥が暖かくなって、イラが傍にいてくれるだけでとても安心出来たの。」

「……それは、僕も同じだよ。一人だったらきっと何も分からないまま進まなきゃいけなかったし、もしかしたらどこかの街に着く前に行き倒れるか、魔物に殺されるかしていてもおかしくなかった訳だし。……ツァーイが一緒にいてくれるだけで安心出来るし、拾って貰えなかったら魔物や魔法の知識、冒険者としての生き方なんて分からなかったし、気付けたとしてもきっと時間がかかっていたと思う。……こうして何一つ不自由のない暮らしが出来ているのは、全部ツァーイのお陰だよ?」

「それでも私が今幸せだなって思えるのはイラのお陰だよ。……イラが私の事を受け止めてくれたからここまで来れたんだよ。お陰でリベルーチェ(ギルド)も作れたし、仲間だって出来て、旅の目的を果たす事が出来て、帰る場所も作れた。……生活をするのにお金を稼ぐ必要はあるから、冒険者としての生活はまだ必要だけれど……もう一人じゃないし、今までみたいに旅先で行き当たりばったりになる事もないだろうから怖くはないかな。……うん。間違いなく、今の私は旅立ってから一番幸せだな、って思えているよ。」

「ツァーイ……。今が一番だなんて言わないでよ。辛い思いをさせないって言ったばかりなのに……。僕がツァーイをこれからもっと幸せにしてみせるから。」

「え……?」


 不意にツァーイの瞳が街灯型の魔道具の放つ光によって照らされ、僅かに揺れているのが見えた気がしたイラは、慌てたように言葉を綴り始めた。


「ほら、恩返し……まだ全然終わりそうにないし。……それに、ツァーイにはずっと笑っていて欲しい、から。だから、来年も、再来年も、その次の年も、この先毎年ツァーイが去年よりも幸せだよって言えるようにする。……具体的に何をすれば良いのかは分からないけど、もうツァーイが寂しがったり、悲しんだりしないでいいようにするって約束する。」

「……うん、ありがとう。でも恩とか気にしなくても良いんだよ? ……もう十分に返して貰っているし。」

「ううん、まだまだだよ。たまに少しは返せたかなって思えても、すぐにまたツァーイから色々貰って、恩が増えてるんだから全然返したりない位だよ。……右も左も分からない世界で、行く当ても帰る当てもない僕を見つけて、拾ってくれた事……本当に感謝しているんだよ。」

「私だってイラに感謝しているよ? ファングの街から連れ出してくれた事、私が【蒼い疫病】だって知っても受け入れてくれた事、出会ってからずっと傍にいてくれた事……本当に感謝しても、し足りない位なんだから……。」

「……だとしても、僕がツァーイにして上げれる事より、ツァーイが僕に与えてくれたものの方が多いよ。だからさ、何かして欲しい事とか、必要な物とかあったら言ってよ。僕に出来る事なんて限られているかも知れないけど、ツァーイの為になら何でもするから。」

「……じゃあ、そこまで言うなら、お願いしようかな。」


 イラが「うん。何でも言ってよ。」と小さく頷いたのを確認してから、ツァーイは「勿論無理とか、嫌だって言うなら断ってくれても良いんだけど……」と前置きをしながら言葉を続けようとした時――突然広場の方から大きな音が聞こえてきた。


「今の音って……カウントダウンが始まったのかな?」

「多分ね。……どうする? 休憩し始めたばかりだけど、行ってみる?」

「んー……ううん、今はもう少しだけこうしていたいかな。」


 その音はこのお祭りのメインイベントである、所謂年明けへのカウントダウンが広場で行われ始めた事が原因であり、事前に村長や村の住人達からお祭りの内訳を聞いていた二人はその事を察しがついていた。

 けれどツァーイはすぐに向かおうとはせずに、イラの手を握る力を少しだけ強めると、もたれかかるようにイラの肩へと自分の肩をくっ付けた。

 そんなツァーイにイラは「そっか。」と優しく呟きながら、言葉を続ける。


「……それで? さっき言ってたお願いって?」

「んー……やっぱり今は良いよ。」

「えー……遠慮なんかしなくて良いって。」

「別に遠慮なんかしてないよ。……ただ、こういう流れで言うのは卑怯な気がしちゃってさ。私がお(・)願(・)い(・)しちゃったら、イラはきっと後先考えずに「うん。」って言っちゃうと思うし。これはその内、お願いとは別に言う事にするよ。」

「別に一つしかお願いをしちゃいけないって訳でもないし、何かあるなら全部言って欲しいんだけどなぁ。……それとも僕ってそんなに頼りないかな?」

「だからそういうのじゃないんだって。それにイラの事はいつも頼りにしてるよ。今だってこうして一緒にいられるだけで凄く暖かいもん。」

「そうかな……僕よりツァーイの方が体温高いと思うけど……。」

「だからそういう意味じゃなくって……まぁ今はこれで良いかな。」

「ツァーイ……?」


 ツァーイの満足したかのような小さな呟き声に、イラは意味を理解出来ていないように首を傾げながら問いただそうとしたが、それを遮るかのようにツァーイが先に言葉を発した。


「ねぇ、イラ。来年もよろしくね。」

「うん。こっちこそよろしく、ツァーイ。」


 雲一つ無い夜空、満天の星空に照らされている二人は満ち足りたような笑顔を浮かべながら寄り添い合い、年が明けるまで語らい続けた。

某ゲームの発売前に後一本書き上げようと着手し、一月末には投稿する予定だったのに気が付けば二月末に……。

今回文字数も(普段と比較して)やや多めになっているし、何故分割しなかったのか。

リアルの事情も相まって、四月末~五月中旬を目途に第四章を書き上げられるように頑張ります!

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