記憶五十二―気づき、それは誰かに敷かれたレールの上で―
イラが魔法石を取りに行って来ると言ってから数分が経った。
別に戻って来るのが遅いと言う訳でもなかったし、家の中だから特に心配するような事もないと思っていた。
「えええええぇぇぇーーー!?」
だから突然二階の方から響いて来た叫び声に、思わず私はビクッ、と身体が震えてしまう程に驚いた。いや、驚いているのは私だけではなかった。フェアリとファクトもだ。
「今のって、イラさんの声だよね?」
「敵襲……って訳ではないと思うけど、今度は何をやらかしたんだろうな……。いや、イラのアレはどっちかって言うと巻き込まれているって言った方が良いのか……?」
「私、ちょっと様子を見てくるよ!」
三人が三人とも驚いたり、困惑している中で、私はそう言うとイラが向かった筈の倉庫へと向かって駆け足で向かって行った。
心配するような事はないと思っているが、それでも万が一にでもイラの身に何かがあったらと思うだけで胸の奥が不自然に騒ぎ出し始めていた。まるで不安を煽り、逸早く私を向かわせようとしているかのように。
一階にある食卓の並ぶ居間から二階の倉庫へは少しばかり距離がある。ましてや私達が【強欲のアワー】討伐の報酬にと受け取った、このお屋敷は少しばかり――いや、かなり広すぎる。少なくとも記憶の中にある故郷の家でもここまでは広くなかった筈だ。
廊下を駆け、階段を上り、廊下を駆け、曲がってから更に少し進んだ所にある扉を私は勢いよく『バタン!』と開いて――
「イラ!? 何かあったの!?」
「何でええええええええぇぇぇぇぇーーー!?」
――私が心配するイラの名を呼んだのと、イラが再び叫び声を上げたのは、ほぼ同じタイミングだった。
「――それで、あんなに大声で驚いていたんだね。」
「うん……。」
数分後。あれから僕達二人は軽いパニック状態に陥っていた。
僕は両手に持っている魔法石が風と闇の属性に変化してしまった事に。
ツァーイはそんな僕が要領を得ない程に冷静さを失っている状態なのを見かけて、落ち着かせようとするあまり慌ててしまって。
お互いにそこから何とか平静を取り戻した後に、僕は氷の魔法石を生成しようとした結果、何故か風と闇の魔法石を作ってしまった事を話し終える事が出来た。
「ごめんね。魔法石の消耗に気を付けてって話をしたばかりなのに、二つも無駄にしちゃって……。」
「ふふっ。別にそれは良いよ。風の魔法石も、闇の魔法石も、使い道が無い訳じゃないんだから、次に使う時まで取って置けば無駄にはならないし。」
気落ちする僕に対して、ツァーイは本当に何でもないかのように笑った。
「とりあえず魔法石だけ持って下に戻ろうよ。フェアリやファクトも驚いていたし、風と闇なら二人に聞いた方が早いでしょ?」
ツァーイの言葉に「そうだね。」と軽く首を縦に振ってから、新たに二つの魔法石を取り出して倉庫を後にした。
そのまま二人で居間に戻ると、ファクトとフェアリは椅子に座ったまま雑談でもしている様子だった。
「……っとおかえり。それで、さっきのは何だったんだ?」
「実は魔法石に魔力を送り込んだら、こうなっちゃって。」
そう言って僕は持ってきた四つの魔法石の内、風の魔法石と闇の魔法石を食卓の上に置いた。
「これは風と闇の……イラが扱える属性が増えたって事なのか?」
「そうだと思うんだけど……ずっと氷しか適正が見つからなかった筈なのに、なんで急にこうなったのか良く分からなくって……。」
魔力の適正と言うのは生まれ持って定められており、その数もまた種族毎にある程度の枠が決まってもいる。そして魔法石は魔力を通した人の最も強い適正の属性を宿した状態へと変化する。
例えば人間は一から三の適正があり、ツァーイには炎と光の二つの適正が確認されている。この内適正として強いのは炎の方らしく、ツァーイが魔法石に魔力を込めた場合は炎の魔法石が生成される。
ここまではツァーイから魔法を教わった時に聞いた話。けれどどうやらこの話は、魔法石に関する部分が間違っていると言うか、正しくないようだと旅の最中にフェアリから聞かされる事になった。
その時の話は詳しく思い出すと長くなるので割愛するけど、端的に言うと魔法石に関するツァーイの解釈は所謂人間の独自解釈であり、それは不完全なものだと言う事。曰く「適正さえあれば魔法石に込める属性は好き勝手に調整出来るよ? コツはいるけどね。」との事だ。
つまりそれまでの間、ツァーイは炎の魔法石しか生成出来ないと勘違いをしていた訳だけど、フェアリから「コツ」を学んでからのツァーイは炎の魔法石と光の魔法石を生成出来るようになったという訳だ。同様にファクトは雷と闇の魔法石を、フェアリは水と風、地と光の魔法石を生成出来る。
因みに魔法石に関するこの知識も妖精人特有の知識との事で、普通は人間に出回っていないらしい。それにしても僕が何度か陥っている全力解放や、魔力回廊に関する話、フェアリが【強欲のアワー】との戦闘中に使ったという二重魔法や三重魔法と言い、妖精人の魔法や魔力に関する知識は一体幾つあるのか……。
「うーん……でも適正が目覚めたにしては、一度に二つもって言うのは少しおかしい気がするよね。最初から複数の適正が見つかっているって人の話は聞く事があるし、遅れて適正が目覚めるって話も珍しくはないけれど、後から適正が同時に目覚めるって話は聞いた事がないような……。」
食卓の上に置いた二つの魔法石と睨めっこをしながらフェアリが怪訝そうに呟いた。
「……だけどこの魔法石は、どう見ても風と闇のものだ。」
「そうなんだよねぇ……。だからイラさんが風属性と闇属性の魔法を使えるようになっているとは思うんだけど、同時に二つも目覚めたって言うより……むしろ、前々から使えていたのに隠していたって言われた方がしっくりくる気がするんだよね……。」
「いや、別に隠したりはしていないんだけど……。」
「分かっているよ。でもそれ位おかしいんだよ。それにツァーイに魔法石の属性制御をするコツを教えた時だけどさ、イラさんには「氷属性しか使えないなら教えなくても良いよね?」って教えなかったでしょ? だからただ魔法石に魔力を通しただけで、今までみたいに氷の魔法石以外が出来上がっているってだけでも不可解だし……。私がツァーイに教えた後に聞いたって訳でもないだろうし、何かおかしいんだよね……。」
フェアリは知恵熱に悩まされているように「むー……」と小さな唸り声を上げ始めた。
「えっと……つまりイラ自身も知らない内に風属性と闇属性の適正を得ていて、それも最初から使えた氷属性と同等かそれ以上の適正を備えているって事……?」
「うん。状態的にはそういう事……なんだけど、少なくとも私の知る限りではそんな前例がないんだよ。私が知らないだけって話の可能性もあるけど……。やっぱり最初から適正はあったけど、気が付かなかったってだけなのかな……。でもそれなら魔法石が反応するような適正になっているのもおかしいし……。」
そのままフェアリはぶつぶつとああでもない、こうでもない、と様々な仮説を立てては否定し、また仮説を立てては否定するような事を呟き続ける。
魔法の話に関してフェアリ程の知識を持たない僕は、彼女が何を言っているのかは半分も分からなかった。けれどしばらくしてから、ふと気づいたようにファクトがその呟きに割り込んだ。
「……なあ、もしかしてイラの適正は氷しかないままなんじゃないか?」
「え……? でも現に魔法石は風と闇に変化しちゃってるんだよ? 私やファクトが作り置きしたりしている訳じゃないし……。」
「ああ、そう言う話じゃないんだ。例えばの話だけどイラ自身の魔力適正は氷属性しかない、或いは氷属性しか目覚めていない状態だとする。でもどこかのタイミングで風属性と闇属性の魔力適正が増えた。だからイラは風属性と闇属性の魔法を使えるようになっている。」
「ファクト……さっきも言ったよね? そんな前例がないんだよ。眠っていた適正が目覚める事はあるけど、生まれ持っている適正とは違う属性の適正が増えるだなんて事があったら、今頃世界中の人達が八属性全部の魔法を使える世界にでもなってる筈だよ!」
ファクトの考えにフェアリが強く否定した。中の良い二人ではあるけれど、半端者であっても妖精人の血を引いているフェアリは魔法や魔力と言った魔の知識に関しては僕達四人の中で誰よりも通じており、それ故にこの世界での常識とも言えるそれを無視した仮説を許せなかったのかも知れない。
だけどファクトもただ論破されただけではなく、「分かっている。」と言って言葉を続けた。
「確かに普通なら後天的に魔力適正が増えるなんて事はないだろうとは思っている。……だけど俺達は知っている筈だ。普通じゃない力を持っていて、風属性と闇属性の魔法を使っていた敵を。そしてそいつが死んだ途端にイラに異変が起きた事も。」
その言葉に思わず背には悪寒が走り、心臓の鼓動が落ち着かなくなったかのように少しばかり早まった。一方でああ、そうか。そういう事なのか。と心のどこかで納得が出来てしまった自分もいて、どうしてこんな事に気が付かなかったのかと腹立たしくもあり、気が付かなかったのは自分が誰よりもその件から現実逃避をしていて、見て見ぬふりをしたかったという証拠でもあるような気がして、色々な感情がごちゃ混ぜになった闇鍋のように落ち着かない気がした。
「もしかして【強欲のアワー】の事……? でも私達との戦いであいつが使った魔法って風属性だけだったと思うけど……。」
確かに僕達が【強欲のアワー】に戦った時にあいつが使用した魔法は憎み狂う暴風という漆黒の暴風を起こす風属性の魔法だけだった。
その暴風が漆黒の色をしていたというのも闇属性を合わせた二重魔法と言う訳でもなく、恐らくは【強欲のアワー】が強い憎しみの想像を抱きながら魔法を行使していたからだ。
「いや、あいつは魔人だった。」
「それがどうかしたの?」
「俺以外の魔人がもういないと思っていたから話していなかったが、魔人の魔力適正は必ず二つと決まっているんだ。……そしてその内の一つは絶対に闇属性と決まっている。」
「だから【強欲のアワー】も闇属性の魔力適正を持っていた……っていう事? 私達には使ってこなかったけど……。」
「使う必要がなかったんだろうな。あいつは多くの魔人を殺して、その力と魔物化を奪い続けたと言っていた。あれだけ魔物化の種類が多ければそれだけで魔法よりもよっぽど幅のある戦術を取る事が出来る。……それに魔法に長けた魔術操る不死鳥の魔物化を活かすなら闇よりも風や炎の方が効果的だし、竜王の魔物化を使っていた時に波導攻撃を行っていたように魔力を魔法以外に使う事も想定する必要があるだろうからな。」
「だとしても、どうしてイラさんにあいつの魔力適正が……」
「……『強欲の加護』。」
フェアリの言葉に、先程から考えていた――いや、確信していた事を口走ってしまった。それと同時にフェアリとツァーイの視線が僕に向けられたのが分かった。ファクトは少しばかり俯いているようにも見えるけど、多分僕と同じ考えに辿り着いているんだと思う。
そうだとしたら隠しておく意味なんてそれこそなくって、能力欄に『強欲の加護』が増えたりレベルが大きく上昇していた事と比べれば、言ってしまうのは簡単で、決壊したダムのようにその考えが次から次へと言葉となって発する事が出来た。
「【強欲のアワー】を倒した時に黒い球体が僕の中に入ってきたよね……? 多分あの時に『強欲の加護』が僕に継承されて、それと同時に『強欲の加護』が発動して【強欲のアワー】の力と魔力適正を奪ったんだと思う。」
「ああ。俺もそう思う。……最もイラが人間だから、魔人の種族特性である魔物化の代替として魔力適正を奪ったのか、種族特性とは関係なしに魔力適正も奪えるのかは分からないが……とにかく『強欲の加護』には殺した相手の魔力適正を奪う力もあると思って良いだろうな。」
「それって……もしもイラさんが炎、水、土、雷、光の魔力適正を持つ人を手にかけるような事があったら、八属性全部を使えるようになるかも知れないって事……?」
「……絶対にそうなるとは言えないけど、【強欲のアワー】が奪った魔物化の力を際限なく行使していた事を考えるとそう出来ると思って問題ないだろうな。」
フェアリが興味津々といった様子で問いかけた言葉に、ファクトは少し考えたような素振りをしてからそう言った。
魔人が生まれ持っている魔物化の種類を後天的に増やす方法は本来ならば存在しない筈だとファクトは言っていた。
だけど【強欲のアワー】は死神によって授けられた『強欲の加護』という特別なスキルを持っていた。その『強欲の加護』の力によって魔人一人が保有出来ない程の魔物化の種類を得ていたという前例があるのだから、フェアリの言う通り僕が残る五属性の適正を持つ人を殺すような事があれば人間でありながら八属性全ての魔法を操る事が出来るようになる可能性は高いだろう。
確かに全ての魔法を操れるという響きが魅力的にも思えてしまう自分が、心の奥底にいるのも分かる。けれど――
(だからと言って進んで人殺しをしようとは思わないけどね……。)
少なくともその為に誰かを傷つけ、殺すような人間になりたいとは思えなかった。
自らの力を高める為だけに他者の命を奪うような行為をしてしまえば、それは魔物化の力を高めようとした【強欲のアワー】と同じ存在に堕ちてしまうから。
そもそも僕が強くなりたいと思っていたのは、ツァーイを守る為だったり、ツァーイの役に立つ為だ。それが今ではファクトやフェアリに対してもそういう気持ちを向ける事はあるけれど、要するに自分の力を誇示する為ではなくって、仲間の力になりたいというだけの話。
だから【強欲のアワー】の時のように、敵を殺らなきゃ皆や自分が殺られるって状況に陥る事がない限りは誰かを殺したいとも思わないだろうし、思いたくもないし、思ってはいけない。
けれど、それは、裏を返してしまえば、そう言う状況に陥れば自分は躊躇なく相手を殺す事が出来る人だという証でもある。現に僕は【強欲のアワー】に対して明確な怒りを、殺意を向けて戦い、その末に殺したのだから。
この先また【強欲のアワー】のように自分達に対して敵意や悪意、害意に殺意と言った悪感情を向けてくるような人と戦うような事があれば、そうした相手を殺し続ける事になる可能性は高い。そしてその末に『強欲の加護』を介して得た力に溺れたり、驕ったりしないという確証もない。
いつの日か【強欲のアワー】のように他者を厭わない程の力を得てしまったとして、その時に僕が道を踏み外すような事が万に一つにでもあるとしたら?
もしも、そうなってしまったら、その時は――
「イラ、顔色が悪いみたいだけど大丈夫……?」
ふと気づけば隣にいたツァーイに顔を覗き込まれ、心配されていた。
ああ、ほら、また。誰よりも大切な筈の少女なのに、返しても返したりない程の恩があるのに、気が付けば僕が一番彼女に心労を与えてしまっている。
「……大丈夫だよ。少し、考え事をしていただけから。」
「なら良いんだけど……。何か悩みがあるなら、相談してよね。」
「うん。いつもありがとう、ツァーイ。」
咄嗟にツァーイに心配をかけまいと出て来た言葉。それに対してツァーイはどこか腑に落ちないように、心配をしてくれている。
もし、もしも、いつか僕が僕じゃなくなるような日が来てしまったら、道を踏み外して、ツァーイや皆と同じ道を歩めなくなるような事があったら。どうかその時は――君の手で僕の存在と物語を終わらせて欲しいと切に思う。
それにしても記憶喪失に、訳の分からない怒りの衝動、果てには『強欲の加護』によって得ている力。どうしてこうも得体の知れないものばかり増えていってしまうのだろうか。
僕はただ、ツァーイやファクト、フェアリと一緒にいて、皆の力になりたいだけなのに……。ううん、違う。そう強く思っている事は嘘じゃないけれど、本当は僕がツァーイの傍にいたいだけだ。そう思えた理由は数え切れない位に色々とあるけど、ただただツァーイと一緒にいられれば、それだけで満足なんだ。
それなのになりたい自分から、目指していた強さから、気が付けば全然違う方向へと向かわされている気がする。まるで誰かの思惑によって盤上の上で踊らされている駒か、大きな力に操られているのか、そんな気の迷いのような考えが浮かんでしまう程に。




