記憶五十―新しい始まり、それは強すぎる力―
「イラさん、そっちに行ったよ!」
「任せて! せいっ!」
フェアリから伝えられた合図に合わせて、こちらへと向かって来る小鬼をめがけて両手で握りしめている大剣を思いっきり振り回す。
「グギャア!」
するとフェアリの矢から逃れるのに必死だっただろう小鬼は、僕の存在に気付いていなかったのか、それとも気付いながら避ける余裕がなかったのか、どちらかは分からないけど、いとも簡単に真っ二つになり、同時に小鬼の肉体は黒い靄となって消滅する。
代わりにその場には討伐報酬である小鬼の角が現れた。それを拾い上げて、腰に付けている布で出来た小さな袋の中にしまい込む。
「ありがとう、助かったよ。」
小鬼の角をしまい込むのと同時に、白銀の弓を手にしたフェアリが駆け寄って来る。
「うん。どういたしまして。」
「それにしても、イラさん絶好調って感じだね!」
「そうかな。……上手く行きすぎて、逆に違和感を感じる位なんだけど。まるで、自分が自分じゃないみたいって言うか、何と言うか……。」
今日も今日とて元気一杯なフェアリの言葉に対して、僕の口から零れたのは、はにかんだ様な、苦笑いの様な、とても曖昧な声と微妙な笑みだった。
【強欲のアワー】との戦いから一月近くの時間が経過し、僕達を取り巻く環境にも幾つかの変化が表れていた。
その一つがファクトとフェアリの二人がツァーイのギルドである、リベルーチェに正式加入したと言う事。
旅の目的地であったフリーダ村に着くまでは保留にすると言う約束だったけれど、それまでの旅で仲良くなれた事や、二人より四人の方が効率的に仕事をこなせると言う事、【強欲のアワー】との戦いで迷惑をかけた事等々の理由から二人とも首を縦に振ってくれた。
そして一番の大きな変化は旅の目的であった、穏やかに暮らす事の出来る居場所。それを手に入れる事が出来た事だ。
【強欲のアワー】討伐の仕事報酬として、僕達は【強欲のアワー】が不法占拠していたお屋敷を譲り受け、そこで暮らす事になった。
他の街や村では【蒼い疫病】として忌避されているツァーイや、半端者として差別される事が殆どのファクトとフェアリは普通に暮らす事さえも危険が幾つも伴っていた。だから今まではあちこちを転々とするように旅を続けていたのだけれど、フリーダ村では似た様な境遇の人達が多く、そう言った出来事は起こっていない。
個人間の小さなトラブルが全くない訳ではないけれど、少なくとも差別的な言い争いが起きているのを目撃したり、巻き込まれたりした事は一度もない。それ所か村にとっての脅威であった【強欲のアワー】を打ち倒した冒険者として、ちょっとした英雄視をする人達さえもいる位で、僕達四人は村長や村の人達に歓迎される事となった。
そうして晴れて普通の暮らしを手にする事が出来た訳だけど、昨日までは色々と慌ただしい生活を送っていた。
それらの理由は【強欲のアワー】によって破壊された村の復興作業のお手伝いと、手に入れた屋敷の大掃除の二つが主な原因だ。加えて、足りない物資の補充等もあったので、かなり忙しかった。
けれどその甲斐もあって無事にフリーダ村の復興も完了し、お屋敷の清掃も一通り終える事が出来た。
正に順風満帆、全てが上手く行っている。……と言ったような状況なのだけど、そうして久々に協会で仕事を受注して冒険者としての仕事をこなしている中で、僕はある違和感を感じていた。
それがフェアリへの返答にも繋がるのだけど、何と言うか……強すぎる気がするのだ。僕の力が。
とりあえず順を追って、もう一度考えてみよう。
まず僕達がいるこの場所は『小鬼の遺跡』と呼ばれるダンジョンだ。
『フリーダ村』及びその周囲である『迷いの森』にはフリーダ村の住人が結界やら何やらの仕掛けを幾つか行っているようで基本的には悪人や魔物の類は入り込めなくなっている。
『基本的に』と言うのは例外があると言う事で、【強欲のアワー】のように強い力を持った存在が結界等の仕掛けを認知する事で破壊をしてくる可能性があると言う事。最もその前例自体が、【強欲のアワー】の一件のみしかないらしいので、それだけあの男が例外的な存在だったと言う事だろう。
ともかくそんな訳で、平時のフリーダ村や迷いの森では魔物の討伐クエストを行う事が出来ない。じゃあ魔物の討伐はもう行えないの? と言われれば、そういう訳でもなかった。
迷いの森の外側――つまり村から離れた場所には、魔物の巣窟であるダンジョンや、そうでなくても魔物が住んでいるような場所が数か所存在していた。
協会にいるアンナさんから話を聞いた僕達は、久しぶりの冒険者活動と言う事で比較的簡単に仕事をこなせる場所に向かう事にした。
そうして決まった行き先が、この小鬼の遺跡。その名の通り、ここには小鬼系の魔物しか住みついていないとの話で、小鬼と言うのは二足歩行をする魔物の中では比較的、弱い魔物として知られているとツァーイが言っていた。
勿論小鬼系統の魔物の全てが弱い訳ではない。人と同じように武器を持ったり、防具を装備している個体も存在している上に、他の魔物と同様に様々な種類が確認されている。
だから全ての小鬼系統の魔物を一括りに下級魔物だと断定する事は出来ないが、それでも普通の小鬼は下級魔物に位置付けられている。
実際に小鬼の遺跡に来てから何度も小鬼を討伐しているけど、今の所は誰かが怪我を負うような事もなければ、身の危険を感じる様な場面に陥る事もなく、順調に討伐数を稼げている。
但しそれはあくまでも小鬼との戦闘に関してのみの話である。
小鬼と戦い続ける中で気付いてしまったのが、『僕の力が強すぎる』と言う疑念――いや、確信だ。
最初は振るっている獲物が今まで使っていた片手剣ではなく、大剣――両手剣と呼ばれたりもする――になっている影響だとも考えた。
そもそも何で片手剣ではなく、大剣を振るっているのか。答えは簡単だ。【強欲のアワー】との戦いで、二本の金の剣と銀の弓が修復不可能なレベルで損壊してしまったから。付け加えるなら手持ちの矢もほぼ全てが失われてしまっている。
オマケにフリーダ村の村人達は復興作業に勤しんでいた為に、今に至るまで鍛冶屋や武器屋のようなお店で新しい武器を新調する事が出来ないでいる。
最初は『商品を購入する位なら何とかなるのでは?』……とも思ったけれど、武器を取り扱っている人達に相談してみた所、フリーダ村に現存していた武器は一つ残らず【強欲のアワー】の手によって破壊されてしまったので、すぐには無理だと言われてしまった。
おのれ【強欲のアワー】め。強欲などと名乗っている割には、随分と慎重と言うか、回りくどいと言うか、用心深いと言うか。ともかく武器を新たに作るにしても、他所から仕入れるにしても、村の復興よりも優先する事は出来ないと言う話だった。
そして僕の手元に残された武器と言えば、最初にツァーイから貰った銅の剣のみ。
最初は銅の剣で自衛をしながら魔法だけで何とかしようとも考えたけれど、そんな僕を見かねた仲間達からある提案をされる事になった。それがこの大剣――【強欲のアワー】が使っていた物――を使ってみてはどうかと言うものだった。
正直な所、あいつの武器に頼ると言うのは嫌だった。けれどリベルーチェが保有している予備の武器は、どれもが金の剣には程遠い性能しか持たないものであり、まともな武器もないようでは普段にも増して、皆の足手纏いになってしまうという考えもあって使う事に決めた。
営業を再開するまでに時間がかかると言っていた鍛冶屋の人に無理を言って、時間のかからない武器の鑑定だけは何とかして貰えたお陰で、この大剣の事も表面的な性能を把握する事は出来ている。
大剣の名は反逆の大剣。武器としての性能は一級品であり、お店で買い取らせて貰えるのなら百二十Gは下らないと言う。驚く事に、以前見た炎の剣等の売値以上である。
最も今は営業出来る状態ではないから、買い取りも出来ないと言われた訳だけど。けれどそれだけ価値のあるものだったのなら、もう一本も破壊しない方が良かっただろうか等と思わなくもない。最もそんな余裕のある状況ではなかったし、あの時は僕自身がおかしくなっていたから一本だけでも手に入った分、儲けものなんだろうけど。
そして反逆の大剣にそれだけの価値がある所以は、この武器が所謂魔装と呼ばれるものだから。
魔装と言うのは特殊効果が付随された武具の事であり、反逆の大剣に付随されている特殊効果は『重剣』。この特殊効果の効果は、反逆の大剣自体を重くする事だと言う。
一見地味な特殊効果ではあるけれど、剣が重くなればそれだけで一撃の破壊力は増すので単純に攻撃力アップとも言い換える事が出来る。けれどその一方で、当然ながら重くなった武器は振り回し辛くもなる。
最初はそんな武器を扱えるのかとも思ったけれど、両手で振り回す分には困らなかったし、他に選択肢もなかったので腹を括る事にした。だけどそんなちっぽけな覚悟が、実に無意味な事だと思い知る事になったのは、この小鬼の遺跡を訪れて戦闘が始まってからの話だ。
いざ実戦で振るってみると、危惧していたよりも反逆の大剣を軽々と振るえたのだ。流石に【強欲のアワー】のように片手で振るう事は出来ないだろうけど、両手で振るう分には何一つ不自由のない軽さに思えた。
そうして反逆の大剣を振るって小鬼を倒している内に、小鬼が反逆の大剣の一撃だけで討伐出来ている事に気付いてしまったのが、僕の力が強すぎると言う疑念を抱かせた。
幾ら小鬼が弱い魔物だと言っても、それは二足歩行をする魔物の中で。と言う話だった筈だ。人に近い姿形をしている小鬼を、それも武装をしている個体でさえも一撃で討伐出来ると言うのは少しおかしくないか? いや、おかしい筈だ。
同じく大剣である漆黒の大剣を振るっているファクトでさえも急所に入って一撃、それ以外は二撃で倒している。片手剣である純白の剣を振るっているツァーイも剣と魔法を織り交ぜながら大抵は二撃、三撃とかかっていて、一撃での討伐は不意打ち気味に決まりでもしない限りは難しいように見える。
僕より強い二人がその様子なのだから、幾ら反逆の大剣が優れた武器だと言っても討伐には三撃か、四撃か、もしかしたら五撃以上必要なのではないかと思わずにはいられない。けれど現に今討伐した小鬼も(フェアリが追い回していたとは言え)一撃で倒せてしまった。
「……うん。やっぱり、何か変だよ。」
考えれば考える程に何かがおかしいとしか思えずに、気が付けばそんな言葉が零れ落ちていた。
「それだけ、お前が強くなったって事じゃないのか?」
そう言ったのは、前方での戦闘を終わらせたファクト。視線をそちらへと向けて見れば、先程まで前方にいた筈の数匹の小鬼は全て討伐出来たようで、ファクトの後ろからはツァーイも駆け寄って来ている。
「そうだったら嬉しいけど……この所はずっと仕事所か、剣に触れる時間さえなかったんだよ? 腕が鈍って弱くなってるって言うなら分かるけど、何もしていないのに強くなってるなんておかしいよ。」
「そう言われると、そうなんだよね。私も最近は魔法や弓矢を使っていなかったし……。」
「大掃除だの、村の復興作業だので色々と忙しかったからな。俺も昨日になってから少し素振りをした程度だ。」
「うーん……多分だけどイラのレベルが上がってるんじゃないかな?」
僕の悩む様子のフェアリとファクト。そこに合流したツァーイが、首を傾げて考えるような仕草をしながら呟いた。
「ほら、私達が最後に冒険者情報の更新したのって聖なる音の街の出立前日とかだった筈でしょ? もしかしたら【強欲のアワー】を倒した時にイラのレベルが大きく上がってるんじゃないかなって……。それにフリーダ村の復興作業とかも頑張っていたから、レベル以外の冒険者情報も上がっているかも知れないし。」
「確かにフリーダ村に着いてから冒険者情報の更新はしていないけど……でも、そうなら、皆のレベルが上がってるんじゃないの?」
ツァーイの言う通り、【強欲のアワー】を討伐した事によってレベルが上がっている可能性は確かにあるかも知れない。
レベルの低い僕が他の皆より、一レベル単位での上がる速度が速いのは分かる。それに【強欲のアワー】と言う男は、それまでに戦っていた魔物とは一線を画す程に強かったから、レベルが一気に上昇した可能性は否めない。
けれど、それでもこの状況はおかしい気がする。
何故なら最後に冒険者情報の更新をした際のレベルは僕が三十三、ツァーイが五十、ファクトが四十七、フェアリが四十四と大きな差があった。
それまでと比べれば確かに少しばかりの差を埋められてはいたけれど、それでも僕と皆との差は大きいし、この差を簡単に埋められないと言うのは嫌と言う程に分かっている。
そもそも四人で同じ事をしているのだから、経験値の獲得量にそこまで大きな差が生じるとは思えないし、差が縮まる事はあっても、簡単には追い付けない筈だ。
「だけど【強欲のアワー】を討伐したのはイラだろ? 実戦での経験値は止めを刺した人が多めに貰えるって話もあるし、奴は『強欲の加護』とかいうスキルを利用して力を貯め込んでいたと言っていた。その蓄えられた力の一部が経験値と言う形で討伐者のイラに俺達よりも大きく還元されたのだとしたら――」
「僕と皆との差は縮まっているかも知れない……って事?」
「ああ。あくまでもその可能性もあるってだけだけどな。……っと、次の小鬼が来るぞ。フェアリ、援護を頼む!」
「任せ――って、後ろからも!? 私達、挟み撃ちにされてるよ!」
ファクトとフェアリの言葉で周囲を見渡すと、いつの間にか前方と後方からそれぞれ数匹の小鬼が片手剣や棍棒、盾などを手に持ちながら迫って来ていた。
「後ろは任せて! ファクトとフェアリは前の小鬼をお願い!」
「ああ。」
「了解!」
ツァーイの指示にそれだけ答えると、漆黒の大剣を手に持ったファクトは小鬼の集団に向かって駆け出し、フェアリも魔法の詠唱をし始める。
「とりあえずイラの問題はフリーダ村に帰ってから冒険者情報の更新をして確かめるとして……今はこっちの小鬼を何とかしないとね。」
それを確認したツァーイが純白の剣を握りしめ、視線は後方から来た小鬼の集団に視線を向けたまま話しかけて来た。
「うん……。そうだね。」
正直な所、何かモヤモヤしていた。
確かに【強欲のアワー】は強敵だったし、その討伐をした事でレベルが大きく上昇したと言うのなら、それは喜ばしい事だ。
けれど、本当にそうなのか? それだけなのか?
ずっとツァーイとのレベル差を気にしていたし、追いつきたい、追い抜かしたい、そうしていつかは僕がツァーイを守れる位に強くなりたい。そう思っていたし、そう思っている。けれど、もしも【強欲のアワー】を倒したというだけで本当に差を縮められたのだとしたら、それはあの時の、ツァーイを傷つけてしまうような嫌な自分のお陰と言う事になる。
あれは間違いなく僕自身。皆がイラだと呼んでくれる僕がやった事だ。だけど、あの時の行いが、正しかったなんて思いたくはない。
結果として誰かが死ぬような事にはならず、【強欲のアワー】の討伐を果たして、ツァーイが、ファクトが、フェアリが、皆が欲していた普通の日常を手に入れる事が出来た。だけどそれは、あくまでも結果論に過ぎない。
だからあの時の僕が、僕じゃないみたいだとしても、自分でも抑えが効かない程に何らかの異常を発していたとしても、僕がツァーイを傷つけたという事実は消えたりしない。簡単に忘れたり、無かった事になんて出来やしない。だからあの戦いで、そうした行いのお陰で、自分が求めていた力が手に入ったのだとしたら……それは、何か、嫌だ。手放しに嬉しいと喜ぶ事が、出来ない。
「だああっ!」
その後の事はよく覚えていない。
考えている内に何だかムシャクシャして、気が付いたら何かを叫びながら小鬼の群れに突っ込んで、反逆の大剣をデタラメに振り回した事だけは覚えている。
衝動的に動くなんてらしくないとも思うし、雷毒の大蛇や【強欲のアワー】と戦った時に感じたあの嫌な感覚や衝動に襲われてもいない。
それでも戦っている間だけは、戦う事だけに集中する事が出来る。それがとても楽な事のように思えて、何も考えたくなくて、そうしていれば急激に強くなった理由から目を背けていられるような気がした。
そのせいなのか、背後からは「私が前に行く」とか「あーもうっ!」とかツァーイが何か言っていたような気もしたけれど、何故か気にする事が出来なかった。
戦いが終わった後にツァーイから「また勝手に前に出て――」と咎められて、それをフェアリが「まぁまぁ――」と仲裁しようとしてくれて、ファクトも「本当に危なくなったら俺達で――」とフォローしてくれた。
その後も小鬼退治を幾度か行って、気が付くと受理していた仕事分の討伐数を果たす事が出来ていた。
そうして何事もなくフリーダ村へと帰還を果たし、協会で仕事の報告を行った後に予定通り冒険者情報の更新を行う事にした。
協会で働いているアンナさんに証明書を預け、受け取った冒険者用紙を手に取ると真っ白な冒険者用紙に青白い光と共に最新の冒険者情報が書き込まれていく。
今となってはすっかり見慣れた光景となったそれが終わると、まじまじと冒険者用紙を確認しようと読み進めると――
「っ……!?」
――そこに書き上げられていた予想外の内容に、絶句するしかなかった。
―――――――――――――――――――――――――
冒険者情報ステータス
本名:イラ
種族:人間ヒューマン―???―
レベル:63
―――――――――――――――――――――――――
ライフ:76
アタック:79
ディフェンス:78
スピード:91
マジック:72
エデュ:71
ラック:64
―――――――――――――――――――――――――
スキル:マルチウエポン
?????
強欲の加護
―――――――――――――――――――――――――
「…………何、これっ……。」
僅かな静寂の後に、何とか口に出来た言葉はそれだけだった。
胸の内にあるののは、何が起きているのか分からない。と言う事。
そう思った理由は二つ。
一つ目はレベルの表記がおかしいと言う事だ。何だよレベル六十三って。
最後に聖なる音の街で冒険者情報の更新を行った際には、レベル三十三だった筈だけど。と言うかツァーイのレベル五十を追い越している。
幾ら【強欲のアワー】が強敵で、あいつに止めを刺したのが僕だからってレベルの上がり方が狂っているとしか思えない。今までコツコツと頑張って来た事の全てが、馬鹿馬鹿しいと嘲笑われているかのような錯覚さえ覚えてしまう。
そして二つ目はスキル欄だ。
如何なる武器をも操れる『マルチウエポン』と正体不明のアンノウンスキル『?????』。
今までにはこの二つしかなかった筈だ。そもそもスキルが二つある事自体が異常者だと言う話だし、アンノウンスキル――前例のないスキル――を保持している事さえ稀な事だと言う。
唯でさえ元から色々とおかしかった筈なのに、新たに三つ目のスキル――『強欲の加護』が出現していた。
強欲。その言葉からも連想をしてしまえる通り、このスキルは【強欲のアワー】が保持していると言っていたスキルだ。そしてその効果がどういったものかも【強欲のアワー】自身から語られている。
曰く、自らが殺した生命の力を己が物とするスキルであり、魔人である【強欲のアワー】には単純な経験値増加以外にも他の魔人達から種族特性でもある固有の魔物化を奪う為にも使われていたという。
だけど、そのスキルがどうして僕に――
「……イラ? そんなに驚く位、レベルが上がっていたの?」
冒険者用紙を確認してからの様子がおかしい事に気付いたツァーイが、怪訝な表情を浮かべながら横からひょいっと覗き込んできた。
「わっ……え、えっと……。」
思わず冒険者用紙を後ろ手に隠してしまった。
「えっ……本当にどうかしたの?」
僕が取ってしまった行動に対して、ツァーイはショックを受けたかのように顔を曇らせながらも、心配そうにそう言った。
「えっと……その……」
そのままではいけないと思って、何かを言おうとしたけれど、言葉が詰まって出て来ない。
冒険者情報が表記されている冒険者用紙や証明書と言うのは、冒険者にとっては身分証明書と同意義であり、本来の場合は意図的に他人のそれを覗き見すると言うのはあまり好ましい行いではない。
それが分かっているからなのか、それともまた傷つけてしまったのか、ともかく僕が隠そうとしてしまった以上、ツァーイは冒険者用紙を無理やりに確認しようとはしていない。
けれどそう言った行いはあくまでも他人同士での話だ。僕とツァーイは同じギルド――リベルーチェ――の仲間であり、普段から更新した冒険者情報をお互いに確認する事が当たり前だった。
そしてツァーイに恩を感じている僕としては、ツァーイに隠したい事など――ただ一つの例外を除いて――なかったし、その事に何の疑問も持っていなかった。
(どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。)
どうしてこんな事になってしまったのか。
元はと言えば僕が急に上がったレベルと『強欲の加護』の存在に驚いて固まってしまった事が原因なのは明白なのだけれど。
ツァーイはそんな僕を心配してくれただけなのに、急に冒険者用紙を覗き込んで来た事に驚いて、咄嗟に冒険者用紙を隠してしまった。
けれどレベルはともかく、スキル欄に増えている『強欲の加護』の存在を見せても大丈夫なのか不安になる。
【強欲のアワー】との戦いで起こった出来事に関しては、包み隠さず全ての出来事を四人で共有している。だから当然『強欲の加護』が『アンチマジック』と同じく【強欲のアワー】のスキルである事も、それがどういった能力を秘めているのかも、ツァーイは知っている。そもそも【強欲のアワー】の口から聞かされている訳だし。
だからこの冒険者用紙を見せてしまえば、それが何を意味しているのかをツァーイは理解出来てしまう。
スキルその物には善悪の概念など無いのかも知れないけれど、『強欲の加護』を有していると言う事は僕の中にあの男の影がこびり付いているようなものであって、正直な事を言えばツァーイや皆には知られたくないと思ってしまっている。
「ん……分かったよ。そんなに嫌なら教えてくれなくても良いけど、何か悩みがあるならちゃんと相談してよね。」
そんな風にあたふたしながらも、どうにか考えを纏めようとしているとツァーイが諦めたのか、悲し気な笑みを浮かべながら告げた。
「あの、その、えっと……」
違うんだ。ツァーイにそんな顔をさせたい訳じゃないのに。
そうは思っても喉の奥がつっかえたように言葉が上手く発せない。
だって分かっているから。「ツァーイがいきなり覗き込んで来るからビックリした……。」って驚いた顔で苦笑いすれば、きっとツァーイも僕の言葉を信じてくれて、僕が冒険者情報を隠そうとした事は勘違いだったと言う事に出来るって。
けれどそうしてしまったら、冒険者情報を隠せなくなってしまう。
急激に上がったレベルだけなら、皆揃ってビックリするだけで済むかも知れない。もし本当にツァーイ達のレベルを追い越してしまっていたのなら、何か言われるかも知れないけれど、きっとその程度で済む事だろう。
けれど『強欲の加護』の存在が明らかになれば、それだけで済むとは思えない。
自分でも何が起きているのか分からないでいるのに、この事を知られてしまった際に何かが変わってしまう気がして、それがとても恐ろしいように思えるのだ。例えば『強欲の加護』を有している僕に対して、皆が僕に【強欲のアワー】の存在を重ねて恐れられたり、嫌われたり、する、とか……。
特にファクトにとっては、家族や故郷の同胞、果ては同族全ての仇とも言える存在であり、【強欲のアワー】が魔人を集中的に殺し続ける事の原因でもある『強欲の加護』の存在は認め難いものかも知れない。
フェアリにとっては、恋人でもあるそのファクトを目の前で殺そうとした、憎むなと言う方が難しい仇敵だ。
それにツァーイにとっても自分の身柄を要求するような嫌悪感の強い敵だった。そんな悪人の力を宿している存在が近くにいると言うのは、決して気分は良くない筈だ。
そうなってしまったら、皆から嫌われたり、拒絶されたりしたら、もしも一緒にいられなくなるような事になってしまったのなら、僕は生きて行けなくなってしまう。
確かにこれだけレベルが上がって、剣や魔法の腕もツァーイと出会った時から考えるとかなり上達はしている。だから冒険者として生きて行くだけなら一人でも出来るだろう。けど、そういう事ではないのだ。
ツァーイがいて、ファクトがいて、フェアリがいて、皆と一緒にいる事が「僕が生きている」と言う事なんだ。
雷毒の大蛇や【強欲のアワー】の時みたいに大変な事もあるけれど、それでも魔物の討伐をしたり、街中で買い物をしたり、取り留めのない雑談をして、一緒にご飯を食べて、共に笑って、泣いてしまった時には慰め合って、そうやってずっと同じ時間を共有して生きていた。
だから僕には皆が必要で、その中でも特にツァーイは特別で、一緒にいられなくなる事はとても耐え難い事だ。それこそ死と同義だと――いや、それ以上に想像もしたくなかった。
別にツァーイや皆と離れ離れになったとしても僕の肉体が生命活動を終えてしまう訳ではないので、あくまでも、そういう現実的な意味ではなくて、精神論的な意味合いでだけれども。
けれどそれ程大切な存在であるツァーイに、隠し事をせざるをしてしまっている僕の方こそが、彼女を傷つけて、蔑ろにしてしまっているのではないだろうか。
そんな事をするつもりではなかったのに、したくはないのに、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
冒険者情報を公開しても、隠しても、どちらを選んでもツァーイを傷つけてしまうかも知れなくて、自分ではどうする事が一番正しい事なのか、どうすれば今まで通りでいられるのかが分からなくなって――
「隙あり!」
どうすれば良いのか。そんな事さえ分からないで途方にくれていると、突然響いた声と共に勢いよく何かが動く気配を感じられた。
けれどそれ所じゃない程に強く動揺をしていて、更に付け加えるならば村の中だからと油断をしていた僕は、いとも簡単に襲撃を許してしまった。
そうして気がついた時には僕の手から、冒険者用紙がひったくられていた。
「あっ……! フェアリ! 何するんだよ!」
振り返りながら、襲撃者――フェアリに向かって文句を言う。……って言うか今は駄目だよ、本当に。冒険者用紙に書かれている冒険者情報のスキル欄を見られる前にどうにかしないと!
そうして協会の中をあちらこちらと、まるで踊るように軽やかに逃げ回るフェアリとの鬼ごっこが始まった。……あれ? 鬼ごっこって何だっけ? 確か――いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。ともかくフェアリから冒険者用紙を取り戻すんだ。
けれどそうやって追いかけ回しても、フェアリを捕まえる事は出来なかった。
冒険者情報上での数値なら僕のスピードはフェアリを追い抜いている。だからこれが何もない平地での競争だったのなら、僕がフェアリに負ける道理はないだろう。
けれど今はそうではない。
まずここは平地ではなく協会という室内だ。当然ながら全力で真っ直ぐに走ってしまえば、すぐに壁なり家具なりに激突してしまう。だから僕もフェアリも全力では走らずに、ある程度は本来のスピードをセーブしなければならない。
そして一方は逃げる事だけに注力出来、もう一方はその動きを予測しながら追い駆けなければならない。こうなってしまえば状況はフェアリの方が有利となってしまう。オマケにフェアリの立ち回りには迷いがなかった。以前にもこう言った状況があったのかは知らないけれど、妙に手慣れた動作にも見え、追手側の僕は翻弄されるばかりだった。
「ふふん! イラさんがじれったい事をしているのがいけないんだよ!」
「何っ、訳の分からない事を言ってるんだよ!」
「だってそうでしょ? 普段ならツァーイにも、私達にも、すぐに教えてくれるのに。レベルがどれ位上がったとか、スピードが私やファクトを追い越したかもとか。」
「っ……それは……。」
「っと、隙あり! 風よ、ヴァシュルート!」
逃げ回る中でフェアリの言葉が胸の奥にグサッと刺さってしまい、それによって意図せずに僕の動きが鈍った。
その隙を見逃してはくれなかったフェアリは、魔法で弱い風を起こすと僕の冒険者用紙をどこかへと流してしまった。
すぐに気持ちを入れ替え――れる訳じゃないけれど、ともかく冒険者用紙の行き先を視線で追いかけながら一直線に走る。道中にある椅子や机を何度か飛び越えながら、冒険者用紙を追い続ける。
けれど僕が冒険者用紙を手にするよりも先に、誰かの手に収まった。まるで最初からそう収まるように意図されたかのように。いや、風魔法の術者であるフェアリが意図したのか。
「あっ……。」
そうして僕が隠そうとした冒険者用紙を手にした誰か――ツァーイは、驚いたように小さな呟き声を上げた。
幸か不幸か、冒険者用紙は裏側の状態となっていて、まだツァーイは読んでいない様子だった。けれど――
「えっと……はい。何でかは分からないけど、イラは冒険者情報を見られたくないんだよね……?」
そう言って、裏向きになっている冒険者用紙を僕の方へと差し出したツァーイの表情は、やっぱり悲しそうで、寂しそうで、見ているだけで胸の奥が痛くなってきて、見ていられなくて、そんな顔をさせてしまっているのが僕のせいだと思ったら、耐えられなくって――
「……っ、ツァーイは、見たいの?」
「……そりゃあ、ね。私は一応リベルーチェのリーダーなんだし、仲間の状態は把握していないと。……でもそうされるのが嫌だって言うなら無理強いはしないよ。」
「……分かったよ。見ても良いよ。……その上で僕をどうするのか、自由にして。」
――結局は、先に折れてしまった。
分かってた。毎日一緒にいるんだから隠しきれないなんて事。
仮に隠し通せたとしても今日の行いが原因となって、多かれ少なかれ今までと比べてギクシャクしてしまう事も。
だから、これで良かったんだって。そう思う事にしよう。
もしもツァーイに嫌われたり、煙たがられたり、拒絶されたりしたとしても受け入れよう。ツァーイを悲しませてしまう位なら、そっちの方が、まだ、マシ、だから。
「そんな大げさ、な……」
苦笑いをしながら差し出していた冒険者用紙を目の前まで引き寄せて、確認をし始める。するとツァーイはすぐに言葉を切って、顔色を変えた。それは驚いているようにも、怯えているようにも、恐れているかのようにも見えた。
ああ、やっぱり。そりゃあ、ね、そういう反応になっちゃうよね。
僕は両手を握りしめながら、今から突きつけられるだろう現実を受け入れられるように心の準備をしようとした。
大丈夫、とは言えないけれど。
何でこんな事になってしまったのかも分からないけれど。
それでも一緒にいる事が許されないのなら、一緒にいるだけで彼女の心に影を作ってしまう位なら、いっそ捨てられてしまった方が良いのだろう。そうやって無理やり思い詰めて、思い込もうとして、そうする事がツァーイにとって一番であるならば、その方が良いのだろうから。
どれ程の時間が経っただろうか。あまり時間が経っていないようにも、長い時が経過したようにも思える。
けれど沈黙は永遠とはならない。望むと望まないとに関わらず、時の進行を止める術などないのだから。
やがてツァーイは力が抜けたかのように手に持っていた冒険者用紙を落としてしまい、その事に気が付かない様子で口を開いた。
「ねぇ、イラ……大丈夫、なの?」
そう言ってこちらを見据えるツァーイの表情は、悲しみや寂しさではなく、怯えている様子に見えた。
心なしか普段よりも重たい足取りでゆっくりと向かって来る少女に対して、普段通りに視線を合わせる事が出来ない。それ所かその時がこなければ良いのにと、気が付けば俯いてしまっていた。
「大丈夫じゃないのは、ツァーイ……の方、だよね……? 何でこんな事になっているのか、良く、分からないんけど……出て行けって言うなら、すぐに、出て行くから。」
「ぇ……?」
僕の言葉に驚いた様子で、ツァーイは歩みを止めた。
「出て行く……ってどういう事……何を言ってるの……?」
「だって、一緒にいたら、嫌な事を思い出させちゃうから。あの時ツァーイだって怖かったんだよね。なのに僕の中にあいつの――【強欲のアワー】の力があるなんて、気味が悪いよね……。」
「っ……そうじゃない……私、そういう意味で言ったんじゃないよ!」
突然ツァーイに両手で両頬を掴まれて、俯いていた床へと投げかけていた視線を真っ直ぐに正された。当然目の前にはツァーイの顔があって、身長が同程度である僕達は目と目が合う事になる。
不思議と気恥ずかしさのようなものはなくて、ツァーイの蒼い瞳が静かに揺れているのが目に入る。
「そうじゃなくって、私が言いたいのは、どこか痛い場所とか、変だなって思う事とか、何か異変がないかって、私、心配で……!」
泣いてる訳でも、怒っている訳でもない。それなのにツァーイはどこか切羽詰まった様子で、不安に押し潰れそうな表情で迫って来た。
「……別にそう言うのは、ない、よ?」
本当の事を言うのなら、胸の奥がまだ痛い。
チクチクと刺されているような、キュッと握りしめられているかのような、不自然な痛み。
だけどその痛みは、『強欲の加護』の件とは関係のない痛みだろうからか、それともその痛みが意味する事に気付いてしまっているからか、言い出せなかった。
言ってしまえば色んな事が変わってしまうかも知れないから。
彼女に拾われて、沢山与えられて来ただけの僕が、今以上に望んでしまうのは、あまりにも欲張りで、恩知らずだ。だからその痛みには、その感情には、蓋をするって決めている。
「……っ良かったぁ。」
そうしてツァーイの気迫に圧倒されながらも声を振り絞ったように見えただろう言葉に、ツァーイは安堵の表情を浮かべた。
「心配しなくても出て行けなんて言わないよ。……って言うか、一緒にいてくれないと、その、色々と困るし。」
「ツァーイ……? 困るって何が……?」
顔を赤らめながら少しずつ言葉の音量や勢いも減速し始める。けれど未だに彼女の両手で両頬を掴まれて程度には距離が近いからか、どんなに小さな声になっても聞き逃す事はなかった。
「……っ、それよりも冒険者情報の更新作業もまだ途中なんだから、早く冒険者用紙の提出をして来てよ。……って、あれ? イラの冒険者用紙は……?」
「そこに落ちていた冒険者用紙なら出して来たぞ。ほら。」
いつにない位に取り乱している様子のツァーイが、両手を僕の両頬から手放しながら、こちらへと改めて差し出し――た所で今更ながらに僕の冒険者用紙を手放してしまっていた事に気付いたようだ。
そんなツァーイにファクトが声をかけたかと思ったら、そのまま僕の方へと何かを投げて来た。
それを反射的に何とか受け取ろうとするも、視線の正面にはすぐ近くにツァーイがいるので視界が他の場所を把握し辛く、腕だけでも手探りで動かしてファクトが投げて来た物を掴もうとするも、もしツァーイの肩や髪とかに触れてしまったらと思うと、中々思う様に動かせなかった。
けれど投げられた物には、そんな事もお構いなしにこちらへと向かって来ていて――
「……痛っ。」
結局受け取り損ねたそれは、頭上に軽く衝突して、僅かな痛みが走った。
それでも頭上に落ち、そのまま手元へと落下して来たそれを改めて拾うと、それは僕の証明書だった。記載されている冒険者情報は先程の冒険者用紙と同じ物に更新されていて、レベル六十三に強化されている事も、『強欲の加護』がスキル欄に増えている事も、やはり現実だと突きつけていた。




