記憶四十九―取り戻した日常、それはこれからの時間―
朝食を作ると言って慌てて部屋から出て行ったツァーイを追う様に、ファクトとフェアリに連れられて部屋を出た。
どうやら今まで寝ていた部屋は二階のようで、二人に連れられるがままに一階にある居間へと移動をした。そこは結構な広さの部屋で、四人で使うには明らかに大きすぎるテーブルが設置されていた。
そのテーブルの大きさは、目測でも十人分以上の椅子を配置出来そうな事が分かるが、実際に存在する席は四席だけになっている。最初からそうだったのか、或いは多すぎた椅子をツァーイの四次元ポーチか、部屋のどこかに隠しているのかは分からない。
しばらくそこでファクトから「……身体の調子はどうだ?」と心配されたり、フェアリから「さっきはごめんね……。」と何故か謝られたりした。けれど【強欲のアワー】との戦いで暴走した際に(ツァーイとは異なり直接傷つけた訳ではないけれど)二人の事を顧みずに戦ってしまった僕は、申し訳なくって、何だか上手く話が出来なかった気がする。
しばらくするとツァーイが四人分の朝食を運んで来てくれた。
人とは何とも現金なもので、どれだけ落ち込んでいようと、どれだけ胸の奥が苦しくても、痛くても、目の前に置かれた食事を目にした瞬間に強い食欲に襲われて食べずにはいられなくなった。
「そう言えば、僕はどれだけ眠っていたの? フリーダ村に着いて【強欲のアワー】と戦ったのがお昼頃だった筈だし、半日以上は眠っていたって事になると思うんだけど……?」
食事を食べ始めると少しだけ胸の奥が暖かくなった。ツァーイを傷つけてしまったと言う事実への後悔や自責の念が消えてなくなった訳ではないけれど、それでも無意識的にふと気になった事を口にしていた。
「二日だよ。」
「そっか。二日か。……ん? え、二日!? 嘘……だよね?」
「残念ながら、ツァーイの言う通りだ。お前は丸々二日間眠りっ放しだった。」
ツァーイからの告げられた事実に動揺をしていると、ファクトからも肯定の言葉が飛んで来た。その隣の席にいるフェアリもコクコクと数度頷いている。
その会話を皮切りに、眠っていた二日間に何が起きたのかを三人が話し始め、その話は食事を食べ終えてからもなお続き、全てを聞き終えたのは食後から数十分程の時間が経った頃だった。
何が起きていたのかを具体的に話すと、僕と氷漬けになった【強欲のアワー】が空から地上に降って来た後。つまり【強欲のアワー】の討伐と言う仕事を終えた後に僕はツァーイを押し倒して、怒りの丈をぶつけてしまって……その後で意識を失い、死んだように眠り続けていた。
そこまでは僕も覚えているけど、その後意識を失って倒れた僕を心配してくれたツァーイは、何度も治癒魔法をかけてくれたようだ。あんなに酷い事をして、傷つけてしまった僕に対して……本当に優しい人だって改めて思う。
その間に三人の中で最も体力が残っていたファクトが、村長さんを始めとする村の人達の待つ協会へと仕事の完了報告をしに戻った。
魔物と違って討伐報酬を落とさない人の討伐は、本来なら遺体を引き渡すのが好ましいらしいけど、どういう訳だか【強欲のアワー】は魔物と同じく肉体を消滅させてしまったので、それは無理だった。
その事をファクトが話すと、協会の仕事を行っているアンナさんの提案によって【強欲のアワー】が不法占拠していた屋敷の調査をしようと言う事になった。
そこで【強欲のアワー】の姿が確認されず、無事に囚われた人達の救出と奪われた物資の回収を完了する事が出来れば晴れて仕事達成にするとなり、村の人達からも異論は出なかった。
そうしてファクトは、アンナさんと村の代表である村長さん、加えて数人の村人を連れて屋敷まで戻って来た。屋敷へは村長さんの持っていた予備の鍵を使いって侵入。手分けをしながら一部屋ずつ調査をして、無事に囚われていた人達の解放と奪われていた物資の回収を終える事が出来たそうだ。
一方でその間にフェアリは屋敷の周囲を散策し続けていた。
理由は【強欲のアワー】との戦闘中……と言うよりは、僕のせいで行方知らずとなってしまった武器を探す為だ。
捜索を続ける内に純白の剣と漆黒の大剣、二本の金の剣を見つける事に成功。しかし空中であちこちへと吹き飛んでしまった矢の殆どは見つからず、代わりに【強欲のアワー】が使っていた二本の大剣が発見された。
まず戦いの最中で僕自身が壊れてしまった事を確認している金の剣は、当然ながら二本ともが破損した状態で見つかった。
けれど幸いな事にツァーイの純白の剣とファクトの漆黒の大剣は、どちらにも大きな破損を負う事がなかったようだ。落下の衝撃とかは大丈夫だったのかと思わなくはないけれど、この二本は魔装と呼ばれる特殊効果を宿した武器であり、魔装は通常の武具よりも頑丈に創られるようで傷一つなかったようだ。
そして【強欲のアワー】が使っていた二本の大剣。その内の一本は僕が壊したのだから、当然金の剣と同じく破損した状態で見つかった。
けれどもう一本――純白の剣・氷結を用いて凍らせた後に、自らへと迫る氷の浸食を避ける為にアワーが投げ捨てたそれは、凍り付いてはいたものの、剣自体は全くの破損を見受けられない状態で発見されていた。
当初はその大剣を消滅してしまったアワーの遺体の代わりとして協会へと持ち込もうと考えたフェアリだったが、フェアリがツァーイ(と意識を失っている僕)の待つ場所へと戻った時にはファクト達の屋敷捜査が始まっていた。
それが終わった後に協会へとアワーの大剣を持ち込んだようだけど、囚われた人達と奪われた物資の奪還は無事に成功した事と、【強欲のアワー】の姿が消えていた事、周囲の戦闘の痕跡等から【強欲のアワー】討伐の仕事自体は完了と見なされていたので特に協会へ納品する必要もなく、一先ずはリベルーチェで預かり受ける事になった。
そして【強欲のアワー】討伐の達成報酬の一つとして受け取ったのが、【強欲のアワー】が不法占拠をし、かつては冒険者登録をしていた二人組みの少女が住んでいたお屋敷で、今僕達がいるこの家がそうなのだと言う。
元々行き場を失った人達が集っているフリーダ村ではあるけど、村を脅威に陥れていた【強欲のアワー】を打ち倒した僕達は村の人達から英雄視されているようで、半端者であるファクトやフェアリは勿論、ツァーイの事を【蒼い疫病】だと蔑み、傷つけようとする人もいないようだ。
ツァーイ、そしてファクトとフェアリの目的であった安住の地を探すと言う目的はこれで達成された事となり、この屋敷をリベルーチェの本拠地とする事を決定。
そして目覚めないままの僕を連れて屋敷へと入ると、その一室にあったベッドで眠らせた。不幸中の幸い……と言うのとはまた違うのだろうけど、【強欲のアワー】が攫った村の女性達がアワーの命令によって屋敷の掃除をさせられていたようで、前の持ち主が村を出て長い時間が経っていると聞いていた割にはある程度の清潔感は維持されているようだった。
しかし全ての部屋がそうと言う訳ではなくて、掃除が行き届いているのは【強欲のアワー】が使用していただろう幾つかの部屋と、廊下などの移動に使用した範囲に限られていた。つまり奥の方の部屋は何年も手付かずの状態となっているままで、この二日間は仕事を受ける事もなく屋敷の掃除を徹底的に行っていたようだ。
「……と、イラが意識を失っていた間の出来事は大体これ位かな。」
「……なんか、本当にごめん……。ツァーイの事を傷つけた上に、皆が忙しくしている間にずっと眠っていて……。」
「だから、そう言うのは良いんだって。確かに幾つかお説教をしなくちゃいけない点はあるけれど、イラがここにいる事が私にとっては一番大切なんだから。」
「そうそう。それにイラさんがいなかったら、全滅していたかも知れないって位に危険な状態だったからね。こうやって皆と一緒にいられる事が何よりだよ。」
「……それに謝らなくちゃいけないのは、俺の方だ。仇である奴の名を聞いた時に、俺が復讐心に駆られる事なく冷静でいられれば、戦うにしても、手を引いて逃げるにしても、もっと安全な方法を取れた筈なんだ……。」
皆の話を聞いて一層と落ち込む僕に対して、ツァーイが、フェアリが、ファクトが、仲間である三人がそれぞれ励まそうと言葉をかけてくれる。
ファクトに至っては、言葉を続けている内に寧ろ僕と同じように落ち込み始めている。
「しかも結局は奴との決着をお前に丸投げした訳だしな……。本当に悪かった……。」
「別にファクトが悪い訳じゃ――」
「いいや、今回の一件で皆を巻き込んで、傷つけてしまったのは俺の責任だ。……それに人を殺す事に一番難を示していたお前に、その役目を押し付けてしまった……。」
「……それでもファクトのせいって訳じゃないよ。」
例え【強欲のアワー】のような悪人であれど、自分が人を殺した事を気にしていないと言えば嘘になるかも知れない。
だけどあの場ではああするしかなかった訳で、そもそもそれが仕事の内容だった。そして成り行きとは言え、それを受注する事を決めたのも、【強欲のアワー】と戦う事を選んだのも、自分自身の意志だ。だからその事について後悔はしていない。
それに戦っているの中で憤怒の如き怒りの衝動に駆られて、その衝動の赴くがままに【強欲のアワー】を何が何でも殺してやると強く感じていて、実際に討伐を果たした今も「人を殺してしまった」とか「やってしまった」程度の意識はある。けれど、仕事を受ける前にはあれ程渋っていたのにも関わらず、意外な事に、自分でも驚く程に、罪悪感のようなものは感じていない。
結局の所、僕は、ツァーイが大切で、ファクトとフェアリが大切で。それが皆の為になると言うのなら、そうする事で皆を守れると言うのなら、そうしなきゃ皆と一緒にいられなくなると言うのなら、人であろうが、魔物であろうが、敵を殺す事に躊躇いを感じる事さえ出来ないのだろう。
唯一気がかりだった「ツァーイに人の遺体を見せたくない」と言う思いも【強欲のアワー】の肉体が魔物と同じように消滅していった事で杞憂に終わってしまった。
だから今となっては、そんな事よりも僕がツァーイを傷つけてしまったと言う事の方が余程ショックで、胸の奥が凄く痛くて、苦しくて、どうすれば彼女に償う事が出来るのかさえ分からないでいる。
「ああ、もう! 暗い! ファクトも、イラさんも、暗すぎるよ!」
そんなこんなで、僕とファクトが落ち込んでいると突然フェアリが声を荒げ始めた。
「四人とも無事なんだから、誰が悪いとか、そう言うのは、どうでも良いよ! 私も! ファクトも! ツァーイも! イラさんも! 皆無事なんだからそれで良いでしょ!」
右手をビシッと向けながら何かのポーズを取りながら、フェアリは言葉を続ける。
「ファクトが突っ走らなくても私達はきっと仕事は受ける事になっていたし、イラさんが暴走しなかったら今頃四人とも死んでてもおかしくなかったんだから、一々気にしないでよ。……大体反省点を上げるなら、早々に魔力を使い切って足手纏いになっていた私や、【強欲のアワー】の言う事を鵜呑みにして着いて行こうとしたツァーイにもあるんだから。」
「えっ……!? そこでこっちに飛び火するの!? 私、言ったよね! あれはイラに治癒魔法を使う為にそうしただけで、大人しく言う事を聞く気はなかったって!」
「それでも合図も、相談も無しにあんな事されたらビックリするよ! 今だから言うけど、イラさんがああしなかったら、ファクトを奪い返した後で私が強硬策に出てたんだから!」
何故か口論に発展するフェアリとツァーイ。
そんな光景を見て思わずポカンとするファクト。
そして僕は――
「……ふ、ふふっ。あははははっ。」
目の前で繰り広げられる様子に、何故だか笑みを零さずにはいられなかった。
「あっ……やっと笑ってくれたね。そうしている方が、イラらしいよ。」
そう言ったツァーイは、どこか安心したかのように穏やかな笑みを浮かべている。
その微笑みを自分に向けてくれているというだけで胸の奥が暖かくなって、優しい言葉をかけてくれるだけで涙が今にも零れ落ちそうになってくる。
「うんうん。イラさんは、そうでなくっちゃ。」
何かに満足したかのようにコクコクと数度頷いたフェアリも、ツァーイと同じように笑みを浮かべた。
集団のムードメーカーでもある、その高いテンションに釣られて、元気を分けて貰っているような気がするのは錯覚何かじゃない。
「……だな。イラが落ち込んでると、こっちまで調子がでなくなっちまう。」
ファクトがバツが悪そうに苦笑いをしながら、右手で頭の裏を掻きながら呟いた。
普段より少しだけ暗い表情からは、僕と同じように罪悪感に苛まれている事が感じ取れる。けれど、それでもどうにかして普段通りに振る舞おうとしているようにも思えた。
依然としてツァーイを傷つけてしまったと言う事実による胸の奥の痛みが消えた訳ではないけれど、それでも今こうしていられる事が嬉しくて、ツァーイが、ファクトが、フェアリが、皆が傍にいて、お話をしていられると言うだけで胸の奥に痛みとは異なる温もりが感じられて、それがとても大切に思えて仕方がない。
うん。やっぱり僕は、皆の事が大好きだ。
いつまでもこうしていられたら、それはきっと幸せな事なのだろうとも思う。
けれど、大切だからこそ傷つけたくなくて、足手纏いの上に、いつ爆発するのか分からない爆弾のような疑惑まで浮上した今となっては、こうして今まで通り一緒にいても良いのかが分からなくて。
「……まだ、一緒にいても良いのかな。」
そうこうして喉の奥からどうにかして出て来た言葉は、自分のものとは思えない程に酷く不安な言葉に聞こえたような気がする。
「良いに決まってるよ!」
フェアリが椅子から勢いよく立ち上がりながら言葉を発し続ける。
「さっきも言ったけど、イラさんがいなかったらタイガの森の時も、今回も、私とファクトは生きているか分からない位に危険だったんだから。」
「……また、暴走しちゃうかも知れない。」
「それを俺の前で言うのか?」
少しずつ調子を取り戻そうとしているファクトがニヤリと笑う。
「お前、前に俺の魔物化を「ダークヒーローみたいでカッコいい」……とか言ってただろ?」
「そうそう。それに暴走の危険性を抱えているのが一人から、二人になっただけって話だよ。ね、ツァーイ。」
「うん。」
「……だけど、またツァーイや皆を傷つけちゃうかも知れない。それに次は、もっと酷い事をしちゃうかも知れない……。」
「それでも良いよ。」
穏やかで、それでいて落ち着いた様子でツァーイが呟いた。
「さっきも言ったけれど、私は簡単に傷つけられてあげないんだから。……それにね、イラに酷い事をされるよりも、イラがいなくなる方が私は傷ついちゃうよ。」
そう言って困ったような笑みを浮かべるツァーイの表情が、何故だかいつもよりも印象的に見えた。
「……だから、私は……私達は、今まで通りイラも一緒にいて欲しいって思っているよ。」
その言葉を聞いた途端に、とうとう堪える事が出来なくなって、涙がポロポロと零れ落ち始めた。
「っ……迷惑、じゃあ……ないの?」
「今までそんな風に思った事も、これから思う事もないよ。だってイラは……大切な、仲間だから。」
ツァーイがどんな思いでそう言ったのか、僕には何となく察する事しか出来ない。
けれど、記憶を持たず、行く当ても帰る当てもなく、たった一つの大切な居場所で、心の拠り所でもある君がそう言ってくれた事がとても嬉しくて。だから、いつもそれに甘えてしまう。
ねぇ、ツァーイ、本当にありがとう。
あの時僕を拾ってくれた事。
沢山助けてくれた事。
色んな事を教えてくれた事。
毎日の食事や寝床にも困らない生活が出来ている事。
その全てに恩返しをしなくちゃいけないと思っているのに、一緒にいればいる程、僕は君から貰ってばかりで、恩所か、何一つ返せていない気がしてしまう。
それなのにこうして手を離そうと、見捨てようとしないでいてくれる事が、どれだけ嬉しい事か。その優しさに甘え過ぎてはいけないと思っているのに、差し伸べられた手を拒む事が出来なくて、結局は甘えて、頼って、依存して、離れられなくなっていく。
「もう、大丈夫だよ。そんなに心配しなくても、誰もイラを見捨てたりしないんだから。」
泣きじゃくる僕を心配してくれたのか、ツァーイの口から発せられたその言葉によって零れ落ちる涙が止まる所か、少しずつその量を増して行き、泣き止むまでに結構な時間をかけてしまった。
かくして、【強欲のアワー】によるフリーダ村襲撃の一件は落ち着きを見せる事となり、僕達は報酬として手に入れた屋敷の清掃や、【強欲のアワー】によって破壊された村の復興を手伝う事となった。
その間は冒険者としての仕事を少しだけお休みする事になり、フリーダ村は一月と経たずに元の姿を取り戻す事になる。
けれどこの時は、まだ、誰も気づいていなかったんだ。
まるで【強欲のアワー】との接触が幕開けだとでも言わんばかりに、この先に待ち受ける戦い――僕達を巻き込もうとする、或いは僕が皆を巻き込んでしまっている戦禍の存在に。
神々の思惑を知らぬままに、僕達の時間は今日も流れて行く。
今回で第三章は完結となります。
以前にも言いましたが、ここまで――即ち【強欲のアワー】との戦いまでがゲームのチュートリアルのようなイメージとなっており、ある意味では次回の第四章からがスタート地点となります。
そんな第四章は、所謂日常回になる予定です。
これまでの旅の目的でもあった安住の地(帰る場所)を手に入れた四人が、安穏とした日々を過ごしていく物語です。
もし今作にシリアス成分を期待している方がいましたら、続く第五章まで待っていただければなと思います。




