記憶四十七―邂逅一、それは強欲に魅入られていた者―
「ここは……どこ……?」
ふと意識が覚醒すると、暗闇の中に立っていた。いや、立っていたと言うよりは落ちている……? そう、自分の姿以外が何一つ見えない真っ暗な暗闇の中をただ、ただ、落ち続けているような感覚だけが感じられていた。
このままどこまで落ち続けて行くのだろうか?
そう疑問に思ってみても、どれだけ落ち続けても底は見えないままで、終わりの見えない深淵の中を落ち続けて行く。
そもそも僕は何でこんな所にいるのだろうか? 或いはどこへと行こうとしていたのだろうか?
そう考えても、答えは分からない。
それ所か自分が誰なのかさえも分からない。
ただ僕には帰るべき場所があったような気がする。そうだ、大切な誰かの元へと帰らないといけない。
けれどこの暗闇から脱出する術が分からない。
何となくこの暗闇には前にも一度、いや二度だったかも? もしかしたら三度以上……? 何度かは分からないけれど、とにかく以前にもこの暗闇に来た事があるような気がした。
そんな時暗闇の中に別の暗闇が現れた。うん。言葉にすると訳が分からないような気がして、自分でも頭が痛くなったけれど、とにかく暗闇の中から別の暗闇が出現した。
そうして新たに現れた暗闇に向かって、僕の身体は落ち続けて行った。
何せ勝手に落下し続けているのだから、それに抵抗をする術もなかった。
そして新しく出現した暗闇へと落ちた瞬間、脳裏に様々な記憶が思い浮かんだ。
『凶先輩! 聞きましたよ、また大活躍だったみたいじゃないですか!』
『そんな大げさに言うなよな。俺はただ、計画通りに任務をこなしただけだ。』
『また、またぁ! そう言ってその計画も凶先輩が立てたって聞きましたよ!』
そこは見覚えのない建物の中だった。少し薄暗くて、だけど壁にかけられている篝火によって多少は明るくもあった。
その部屋の中では見知らぬ黒髪の男性――いや、どこか見覚えがある気がしたが、何故か思い出せないかった。
とにかくその男性は紺色のスーツを着込んでおり、年下の女性と楽し気に会話をしているようだった。
二人は先輩と後輩の関係のようだったが、二人の表情からはそれ以上の関係を築けているようにも思えた。
そう感じた瞬間に、不意に二人の左薬指に同じ指輪が嵌められている事に気付いた。
『何故だ……俺の計画は完璧だった筈だ……。どうして――』
場面が暗転して別の光景が映し出された。
そこでは先程の男が倒れ伏していた。
いや、ただ倒れているだけじゃない。
男の身体からは大量の血が流れだしていて、その血が染み込んだスーツも真っ赤に染まっていた。
男がもうじき死んでしまう事は明白だった。
何故ならば、その世界には魔法が存在していない。
どうしてかは分からないけれど、疑う余地もないままに、そう思えてしまった。
『信力 凶……義理人情に厚く、所属していた組織にも忠実だった男――』
また場面が変わった。
そこでは死んだ筈の男が暗闇の中に立っていた。
そして男の目の前には別の誰かがいた。
その誰かは人ならざる異形の存在だ。
更には驚くべき事に、異形の存在はド派手なローブを着込んで、ド派手な玉座に座り込んでいた。
一目見ただけで分かるその異形の存在は、言うなればガイコツだ。
頭から足に至るまで全身の全てが骨で構成されており、人や獣のように骨の上に皮や肉が付いている箇所などはただの一つも存在していない、まごう事なきガイコツ。
そのガイコツは一冊の本を読み上げている。どうやらそれは、目の前の男――信力 凶の生涯を綴った伝記や日記と言うべきようなものらしい。
そんなガイコツに対して凶は嫌悪感とまではいかないにしろ、何かしらの憤りと困惑を感じているようだった。
その後凶とガイコツの二人は言葉を幾つも交わし始めた。
『――つまり、オタクは死んじゃったって訳。分かる? 死んだんだよ。』
『ああ。俺が死んだと言う事実を認めたくはないし、ここが死後の世界でお前が死神だって言うのも俄かには信じ難いが……だが、事実なんだろうな。……それで? 俺はお前の言う通り、既に死んでいる訳だが、一体何のようがあるって言うんだ?』
『良いねぇ! 話が早くって! 端的に言うのなら君の散々な人生に心ばかりの労いを……って所だ。具体的に説明をするのなら、異世界転生って奴だよ!』
『異世界転生だと……?』
「そうだ。これから汝には今まで生きていた世界とは異なる世界、『リーネド・ムンリ』に転生をして貰う。そしてその際に君の願いを一つだけ叶え、ついでに我が力の一端を授けようと言うのだ。これで来世はビバ☆チート生活が約束されたって訳だ! どうだい? 嬉しいだろう?」
『……言っちゃあなんだが、お前、胡散臭いな。』
『酷いっ! そこまで疑うって言うのなら、スペシャルサプライズだ! 本来聞き届ける願いは一つまでだが、特別に前世――つまり前の世界に関係する事を何でも一つだけ教えてやろう。』
『……なら、俺が死んだ理由を教えてくれないか?』
『それならさっきも言っただろう。汝、信力 凶は所属していた組織の任務中に敵対する組織に――』
『いや、そうじゃない。俺には任務を絶対に成功し得るだけの計画と自信があった。それは今までの俺の仕事ぶりからも証明されている! なのに、何故あの日に限って……。』
『OK! OK! なるほど! つまりは任務が失敗した理由が知りたいと。ふふふ、当然この我は知っているぞ。』
『本当何だろうな……?』
『何と言っても死神だからな。 汝は裏切られたのだよ。最も信頼する親友と、所属していた組織にな。』
『なっ……』
『そしてその親友は……っと、ほれ。これを見るが良い。』
次々と繰り広げられる信力 凶と言う男とガイコツのやり取りに何故か既視感の様なものを感じていると、ガイコツがどこからともなく液晶モニターのような物を取り出した。
そしてモニターにはすぐに映像が映りだした。
その場所は見知らぬ一室だった。そこでは最初の記憶に凶と一緒に映っていた年下の女性が支えを失ったかのように崩れ落ちていて、涙を流し続けていた。
女性はずっと涙を流し続ける。それがどの程度の時間なのかは実感が湧いてこないが、とにかくずっと泣き続けている。
けれどそこに変化が訪れた。やがて凶ではない見知らぬ男性が現れた。
男性は女性を慰めるように抱きしめながら、何かを囁いた。
それを聞いた女性は更に涙を流し続けながらも、やがて男性に答えるように抱擁を受け入れて、同じように抱き返す。
その途端に男性の口元が悪意に塗れたようなニヤリとした小さな笑みを浮かべ、泣き続ける女性はそれに気が付かない、と言う所で映像は途切れた。
『おい……何だよ、これは……何々だよ!』
僕はその映像からは男性や女性の声を聴く事が出来なかった。けれど、凶はちゃんと聴こえていたようで、先程までの飄々とした態度からは想像も出来ない程に動揺し、怒りを、憎しみをぶつけるかのように叫んだ。
『何、とは? これが汝の知りたかった真実と言うだけの話だ。言っただろう? 汝は裏切られたのだ。まだ理解出来ていないのであれば、語って聞かせよう。』
凶に突きつけるようにガイコツは、凶が返事をしないのを良い事に無慈悲な言葉を続ける。
『汝が親友だと信じていた男は妬んでいたのだ。幼馴染で対等な存在である汝だけが常に数歩先を歩んでいた事をな。勉学でも、身体能力でも、遊びや知識、仕事の出来栄えに至るまで全ての点に置いて自分より勝っている汝をな。』
『それでも親友なのだからと奴は自分の醜い嫉妬心を押し殺そうと必死になっていた。だが自分が愛していた女が好いているのが自分ではなく親友の汝だと知り、その嫉妬心を、妬みを、抑え切れなくなったのだ!』
『そこへ汝を邪魔な存在だと思っていた組織の上層部の者がある取引を持ち掛けて来た。そして汝の親友はその取引に応じたのだ。その結果、汝は所属していた組織の目論見通りに敵対組織との和解の材料として生贄として差し出され、愛していた女を親友に奪われた。……そして今では、女も汝の事を想いながらも男の支えを必要としている。その男が愛していた汝を死地へと追い詰めたとも知らずにな。』
まるでガイコツが一人ではないかのように、言葉は木霊するかのように響いた。
『嘘だ……辛が俺の事をそんな風に思っていただなんて、組織が俺を切り捨てただなんて……それに幸利が辛とだなんて……』
『……信じると信じないとは汝の自由だ。だが、思い出してみると良い。そして考えてみると良い。』
『汝が死ぬ事となった最後の任務を汝に指示をしたのは組織の上層部ではなかったか?』
『そしてそれを受けるべきだと進言したのは汝の友ではなかったか?』
『今まで常に完璧だった汝の計画が、最後の任務ではまるで情報が漏えいしているかのような対策をされていたではないか。その計画の情報を友だと信じていた者を通じて組織から敵対組織へと流されていたのだとすれば、辻褄が合うのではないか?』
狼狽える凶に対して優しく、それでいて追い詰めるかのように響き渡るガイコツの声。
『だが、安心するが良い。死神ハロスの名の下に我が汝に慈悲を与えよう。』
どこかで聞いた事があるような言葉を最後に脳裏に浮かんでいた記憶は幕を閉じた。
「今のは、一体……?」
そして気が付いた時には再び暗闇の中を落下し続けていた。
「っ……! そうだ! ツァーイ! ファクト! フェアリ!」
落下を続ける中で途端に酷い頭痛が生じ、それと共に自分が何者なのかを思い出した。
僕はイラ。帰らないと行けない場所はリーネド・ムンリ――もとい、大切な仲間であるツァーイがいる場所。
それから行動を共にしているファクトとフェアリ。皆の所へ戻らないと。
けれどそんな思いを他所に、身体は落下をし続ける。
落ちる。落ちる。落ちる。落ちる。落ちる。
落ち続けて、落ち続けて、落ち続けて――どこまで落ちるのだろうかと思った時に再び新たな暗闇が出現した。
その暗闇は次第にシルエットを形作り始め、やがて人の姿になった。
けれど暗闇より生じた人は、肉体を持っていなかった。
どこからどう見ても、黒い靄のような物質が人の形状を真似ているだけのようにしか見えない。
『あの後、俺は死神の……ハロスの言葉を信じ、その口車に乗ったんだ。』
そう思っていたから、暗闇より生じた人が唐突に喋り出したのには少しだけ驚いた。
だけど、どこかでその事実を簡単に受け入れている自分もいた。
「お前は……アワー……なのか? それとも、信力 凶……?」
何故なら、暗闇より生じた人の声とシルエットは先程視た記憶の持ち主――『信力 凶』であり、それは同時に先程まで自分と死合っていた【強欲のアワー】のものでもあったからだ。
『今の俺はどちらでもあって、どちらでもなくなった存在だ。何せ凶としても、アワーとしても死んだんだからな。』
けれど暗闇より生じた人は、そんなイラの疑問に対して肯定とも否定とも言えない曖昧な答えを口にしながらも話を続ける。
『……俺はな、奴が叶えてくれると言う願いに対して俺は絶対的な力を望んだ。前世と同じ間違いを犯さない為には、自分一人だけで事を成せるだけの力が必要だった。誰かに頼る事もない、裏切られる事もない、奪われる事もない、逆に俺が全てを奪い、支配し、思うがままに生き続ける為の絶対的な力を欲してな。その願いとして俺に与えられたのが魔人としての新たな肉体、そして奴との契約の証として『強欲の加護』もな。』
凶或いはアワーであった男からは、戦っていた時とは異なり、こちらを見下しているような素振りや敵意や悪意、殺意のようなものは一切感じられなかった。
それ所かまるで何かを悟ったかのように、落ち着きを見せながら一人言を続ける凶或いはアワーに対して、イラもまた戦っている時には感じていた筈の強い怒りや憤怒、殺意を向ける事が出来なかった。
戦っている間はあれ程憎んでいて、殺したいと思っていた筈なのに。
この男の過去に同情の余地があるのだとしても、ファクトを殺しかけ、フェアリを傷つけ、そしてツァーイを奪おうとした事を許せる道理はないのに。
『ああ、そうさ。アワーとして転生してからは、ずっとやりたい放題にやって来たんだ。凶の時には考えもしなかったような酷い事を沢山な。大勢の人を殺して、奪い尽くせる限りの財を奪って、時には殺す前に無理やり女を抱きもした。……だがな、結局はずっと満たされなかったんだ。どれだけ力を喰らっても。奪い尽くしても。女を抱こうとも。決して満たされる事なんてなかった。』
ククク、と狂ったように、それでいて泣き出しそうに凶或いはアワーだった男は笑う。
勿論人の肉体ではなく、黒い靄のシルエットなので彼には笑みを浮かべる口も、涙を流す瞳も存在していない筈なのだが、何故だかイラはそのように感じずにはいられなかった。
『なのに、俺よりも弱者ではある筈のお前が。かつて凶として大切にしながらも、たった一度の裏切りによって見向きもしなくなった……その程度でしかない筈のものを大事に抱えていたお前が俺を倒した。……そして最後の、最後に俺を満たしてくれたんだ。……滑稽な話だろう? 結局の所、俺が――『信力 凶』や【強欲のアワー】がやって来た事は全てが無駄だったって事だ。』
なおも凶或いはアワーであった男が泣き出しそう――いや、涙を流しているのだと錯覚しそうになる程に悲しそうな笑い声を上げ続ける。
「そんなの……ただの自業自得だろ?」
戦っていた時からは考えられないようなアワーの悲し気な様子に、イラは考える間もなく、気が付いたら普段より多少キツメの言葉でそう告げていた。
自分でもその言葉に違和感を感じたが、例え怒りを向ける事が出来なくなっていたとしても、大切な仲間達を傷つけられたこの男に対して全く苛立ちを感じない訳ではない。
言葉使いが多少乱暴になっているのは、そのせいだと思う事にした。そう思わなくてはいけない気がした。
『はっ……そうだな。その通りだ。死神……ハロスによって告げられた信力 凶の死に様が本当だろうと、そうじゃなかろうと、奴の言葉を鵜呑みにして憎しみに支配されて、闇に堕ちた俺の責任だ。最も、その事を後悔する気も、反省する気もないけどな。』
少しだけ元気が出たように飄々とした態度を取り戻しながら笑う男は、そこで言葉を一区切りさせながら改まった様子で言葉を続けた。
『……と言うか、その言葉回しは、お前は地球のジャパンからやって来たのか?』
「地球……? ジャパン……? 何を言って……」
『何だ、違うのか? まぁ同郷の者だろうと、そうでなかろうと、どうでも良い――いや、待てよ? そう言えばお前、戦っている時も自分の事を理解していない様子だったな? もしかして記憶喪失者って奴か?』
「……だとしたら?」
アワーの言葉に答えるべきか、どうか、迷いながらもイラは小さく頷いた。
『そうか。だからか。……にしても、おかしな話だな。テメェも俺達の同胞なら記憶は引き継いでいる筈だし、あの時感じた力は勇者って訳でもないだろうしな。』
「同胞? 勇者? だから一体何の話を――」
「知りたいのなら、教えてやろうか? 文字通り冥土の土産に教えてやっても良いんだぜ?」
凶或いはアワーだった男のシルエットがイラの方へと誘う様に手を差し向けて来た。
その手を取るべきか、否か。イラは考えるまでもなく小さく首を横に振りながら答えた。
「……もしお前が本当に答えを知っているのだとしても、僕達は思い出さない。思い出したくないんだ。思い出したらいけない気がして……。」
男の言っている――そしてアワーが言っていた言葉の真意を知りたくない訳ではなかった。
だけど聞く訳にはいかない。気にはなるけど、聞いてしまったらツァーイや仲間達の下へと戻れなくなる気がしたから。それに聞いてしまったら本来の記憶を取り戻してしまう事だろう。
本来の記憶……? それって何だろう。やっぱり少し気にはなる。けれど頭の或いは心の中から声なき声の警告が聞こえる気がしている。『思い出してはいけない。絶対に××× ×××の記憶を、××達を思い出してはいけない。』と。
『そうか。まぁ、テメェがそれで良いなら、それで良いさ。……さてと。それじゃあ、そろそろ俺は眠らせて貰うとするかね。この魂だけの状態で意識を保っているのも中々にキツクてな。……テメェの欲の行く末をここから拝ませて貰うとするかね。』
イラの言葉に興味のないように、それでいて愉快に感じているようにもとれる笑い方をしながら信力 凶或いはアワーだった男は黒い靄で作られたようなシルエットを暗闇の中に拡散させて消えていった。
「……帰らないと。戻らないと。ツァーイや皆の所に。」
それと同時にイラの意識も遠のき始めたが、そんな事はお構いなしにイラは暗闇の中を落ちて、落ちて、落ち続ける。
やがて暗闇の底に眩いばかりの蒼い光を僅かに視認出来た所で、イラの意識はこの深淵の世界から完全にシャットダウンされた。
信力 凶=【強欲のアワー】の設定に関しては、いつか外伝のような形で描きたいとは思っていますが、現状はイラやツァーイ達の物語を優先して書いて行く所存です。




