記憶四十四―空中決戦一、それは渇望せし闘争―
「くっくっく……七番目の小僧がどれだけ素早くっても、竜王の飛行能力で一方的にいたぶれば問題はねぇ!」
戦いの最中に様子を大きく変貌させたイラに対して、アワーはそれがどんな力によるものなのかを見抜いていた。
その力が恐らくは自分と同種のものだと言う事も、それが事実ならば自分を倒し得る力だと言う事も。けれど力の使い手である当人のイラは憤怒の激情に身を任せて、力任せに暴れるだけの行動ばかりだった。
だからアワーは無数の翼を纏う事によって得る高い飛行能力と、魔力を圧縮して放つ波導による広範囲を対象に出来る遠距離攻撃を合わせ持つ竜王の魔物化を使用した。
戦いを娯楽感覚に少しでも楽しもうとする気質のあるアワーにとって、敵の攻撃が届かない位置からの一方的な戦法はあまり好ましいものではなかったが、それも相手と状況を鑑みれば仕方のない事だ。
何故ならば闘争が娯楽である以上に、敗北と死は絶対的な終幕なのだから。【強欲】の名を冠する自分が奪う事はあっても、奪われる事があってはならないのだから。
「ああ……認めてやるぜ。テメェは『傲慢』や『色欲』みたいに狡い真似はせずに、真正面からこの【強欲のアワー】に力と速さの勝負を挑んで来た。お陰で想像以上に楽しめたが、それもこれでお終いにしてやる。」
誰に聞かせるでもなく自分の思考を纏めるかのように呟く。かつて戦った自分の同類にして、決着をつけられなかった敵達とは、イラと言う人間は異なる強さを持っていた。
その事に心の何処かで娯楽以上の満足感すら感じている事に、思わず笑みすら浮かぶ。それも相手を見下した笑い方ではなく、転生してからは忘れていた心の底から湧き上がる楽しいと言う感情による笑みだ。
出来る事ならもう少しだけ遊んでいたいとも感じてしまっているのかも知れない。けれどイラの力の正体に気付いてしまった今となっては、これ以上は娯楽感覚で戦うと言う選択肢はなかった。だから、終わらせる。
「超黒炎滅波導!」
波導による攻撃は魔力を行使しながらも魔法ではない。厳密に言えば魔物化で得た力――即ち魔物の固有能力や生態行動のようなものだからだ。
その為か詠唱文を唱えて即時発動する魔法とは異なり、波導は発動宣言から実際に攻撃を放てるまでに数秒の準備時間が存在する。
アワーが竜王の力を酷使しない理由の一つがここにもあり、鋼鉄の象や疾走する黄金の獣のように自分の手で戦っている実感が湧き辛いからだ。
加えて空中戦や遠距離攻撃をするだけならば鳥の翼を有しながらも魔力に長けた魔術操る不死鳥等の魔物化も有している。どの道自分の力に匹敵する存在は限られているのだから、雑魚を相手にする分には準備時間のないそちらの方がまだ少しは楽しめた。
しかし準備時間が存在するとは言え、波導のそれは僅か数秒程度。しかも竜王の魔物化ならば、普通の弓や魔法が届かない程の高さから放てるので実際に邪魔をされる事もない上に、万が一届いたとしても魔法はアンチマジックのスキルで破壊する事が出来る上に、竜王の肉体と強欲の加護で奪い続けた力によって普通の弓矢が致命傷に至る事はないと言ってもいい。
そして波導攻撃にも幾つかの種類があるが、その殆どが広範囲に渡るものなので数秒程度の準備時間では走って逃げ切る事も不可能だ。仮に逃げ切るのであれば魔法人の転移魔法や、妖精人並みの風魔法で遠くへ吹き飛ぶか、翼を有する一部の獣人や、アワーのように翼を有する魔物化を行える魔人が範囲外に飛んで逃げるか……他にも幾つか逃げ出す術が無い訳ではないが、今の敵にはそのどれもが不可能だと確信出来た。
ここまでの戦いで半妖精人の女は魔力を殆ど使い切っているから超スピードで逃げ出せるような魔法を発動させるのは不可能。半魔人の男が有する魔物化では、空中や地中を移動する事は不可能。
唯一の不安要素である【蒼い疫病】も魔力こそ残っているだろうが、種族が人間ではたかが知れている。仮に風属性の魔法を有していたとして、加えて逃げると言う判断が出来たとしたとしても、人間一人の魔力では到底逃げ切れまい。
そして七番目の小僧はここまでの戦いで魔法を防御の為に駆使していたし、その扱い方には目を見張るものもある。しかしだからこそ、氷属性以外の魔法を使う素振りがない以上、他の属性を有しているとは思え――
(ん……? 氷の魔法……? そう言えば確か小僧が使った魔法の中には――)
思考の中で自分が何かを見落としている事に気付いたアワーは、その正体を見つける事が出来た。それはイラが防御に使用した魔法――氷壁。
高くそびえ立つ氷の壁とその生成スピードを鑑みれば、或いは――。
(いや、いや、いや。小僧の魔力が大方残っているにしても、流石にこの高さだぞ。まさか――)
しかし思考の片隅に生まれた疑念をアワーは払い落そうとする。あの魔法を防御ではなく、移動に応用すればこの空中へと追って来る事は可能かも知れない。
だが七番目の小僧が幾ら同類だとしても、根本的な問題として結局の所は人間なのだ。
一部の魔人や獣人のように空を自由に飛び回る力もなければ、氷属性の魔法しか使えない以上は高所からの落下を防ぐ術がない。魔法人のように特殊な術で転移したり、衝撃を和らげたりする事も出来なければ、創造人の便利なアイテムを有している素振りも見えない。
たった一撃加えられるかどうかの状態で、その身と命、そして魔力の大部分を投げ出す博打を打って来るとは思えない。いや、思いたくなかった。
これが普通の相手だったならば、その魔法を防御に使った末に波導攻撃によって防御魔法諸共に死に果てるか、魔法を逃走用の移動に使った末に逃げきれずに死に果てるかのどちらかだろう。
(だが七番目の小僧は自分よりも【蒼い疫病】を優先していた。それ故に鋼鉄の象の鋼鉄の身体や、千本針鼠の針にも容赦なく殴りかかってくるような奴だ。……今更自分の命を惜しんだりは――)
思考の片隅に生まれた疑念は考えれば考える程に肥大化していった。やがては思いたくないとさえ感じていた考えが、そうとしか思えないように確信を得て行く。
「うおおおおっ!」
そして遂にその疑念が現実のものへと変わって行く事を知らせるかのような出来事が起きた。
突如として目の前に氷で出来た壁とも柱とも考えられるそれが、地の側からとてつもない勢いで自分よりも高くそびえ立ったのだ。
やがてそれは勢いを制止し、それと同時に七番目の小僧の叫び声が真上から聞こえてきた。波導攻撃が間に合わないと判断をしたアワーは、掻き集めていた魔力が霧散するのを覚悟の上で攻撃を中断。同時に一本になってしまった大剣の剣先を標的へと向けるのだった。
七番目の小僧がとったその行動は、アワーにしてみれば僅かにでも自身の敗北する可能性が上昇する自体の筈だった。しかし、それにも関わらず、剣先を向けるアワーの口元はニヤリと笑みを浮かべずにはいられなかった。
アワーは間違いなく、死神の転生後――或いは前世での裏切りに合って以来――に心の底から喜びと充足感を感じ取っていた。それを自身で認めざるを得ない程に。
「うおおおおっ!」
自らの魔法によって生成された氷の壁に空へと持ち上げられたイラは、アワーの上を取った所で魔法の発動を制止させて二刀の金の剣を構えながら上空から斬りかかった。
不意打ちとして成立する筈だったその攻撃だが、アワーは咄嗟に反応をして何やら行っていた準備を放棄してこちらへと大剣を向けて来た。
けれど不意打ちが決まろうと、対応をされてしまおうと、頭の中が紅い怒りで一杯になってしまったイラにとってはどちらでも構わない事に思えていた。
今の自分の思考を支配している紅い怒りによる衝動。それによってイラが感じている憤怒の如き怒りは殺意へと形を変貌し、アワーを殺す事にしか執着出来なくなっていたからだ。であるならば、止めの瞬間が暗殺者のような不意打ちだろうと、騎士のような正々堂々とした一騎打ちであろうと、そこに違いは一切ない。
振り下ろした双剣は獣牙の如く鋭い一撃としてアワーの肉体を斬り落とし、抉りとる攻撃となり得る筈だった。しかし剣がアワーの肉体に触れるよりも先に『ガキンッ!』と言う音が響いた。
イラの行動に反応を示したアワーが大剣を振るって二本の金の剣を受け止め、弾き返したのだ。
「くっはっはっは! 良い! 良いぜ、七番目の小僧! まさか翼も風の魔法や魔装もなしに、天空まで追いかけて来るとはなぁ!」
殺し合いをしているとは到底思えない程に満面の笑みを浮かべながら、アワーが高らかに叫ぶ。その言葉と表情からは見下して嘲笑をするような意味も、悪意や敵意が込められているものでない事は明らかだった。
それもその筈で、今のアワーは新しい玩具を手に入れた子供の如く、純粋に戦いを楽しんでいるのだ。
けれどツァーイを、ファクトを、フェアリを、大切な仲間達を傷つけられて思考を紅い怒りに支配されてしまっているイラには、その笑い方がとても不愉快に思えてならなかった。
「それで? 次の一手はどうするつもりだ? 見ての通り俺は竜王の力で自由に飛び回れるが、お前には翼も風属性の魔法や魔装もない。このままだと落下の衝撃でお前だけが死ぬ訳だ!」
「その前にお前を殺すだけだ! 魔術付加・氷結!」
空中を落下する感覚に襲われながら、イラが発動させた魔法は攻撃魔法――ではなかった。
イラが初めて発動させた魔法である氷結は対象を氷漬けにして閉じ込める技。それの応用で魔法によって二本ある内の一本である、左手で握っている金の剣に冷気を纏わせたのだ。
これによって普通の武器であった金の剣は一時的に氷の属性を得て、金色の刀身も凍り付いたように薄い透明色へと変色した。謂わば疑似魔装――金の剣・氷結――とでも呼ぶべき存在へと変化を遂げたのだ。
「武器の属性を変える魔法だと? だがこの俺に魔法は――」
「そんな事は百も承知だ! だけど――」
イラは左手の金の剣・氷結を背後へと向けた。アワーは何をするつもりかと訝しんだが、その答えはすぐに出た。
背後へと向けた左手の剣から冷気が噴出され、それがブースター代わりとなってイラの身体が空中に存在しながらも移動を始めたのだ。結果としてイラはアワーへと向かって勢いよく突進をするような格好になる。
「何っ!?」
「落ちるのはお前の方だあああっ!」
左手の金の剣・氷結を用いてある程度の移動手段とし、右手の金の剣でアワーと戦う。予想だにしなかったイラの策にアワーは驚愕をせざるを得なかった。
「本当にどこまでも楽しませてくれるなぁ! 良いぜ。テメェの魔力が尽きて地に叩き落とされるまでに俺を殺せるのか、どうか……試してみろよ!」
氷の剣を使って空中での移動手段を得て向かって来るイラに対し、アワーは再び大剣を構えて剣撃を弾き返そうと決めた。
「待って、イラ!」
イラの下へと駆けつける事に間に合わなかったツァーイ、ファクト、フェアリの目の前でイラは氷属性の魔法を使用して、アワーを追って天空へと向かって行った。
想像もしていなかったその事態にツァーイがイラの腕を掴もうとして伸ばした手は空を掴む事しか出来ず、天へと昇って行く氷の壁を見続ける事しか出来なかった。
「どうしよう。イラさんがお空へと行っちゃったよ。」
「フェアリやツァーイの魔法で追いかける事は出来ないのか?」
そんなツァーイの数歩後ろで言い回しからは想像できない程に慌てた様子のフェアリと、どうにかしてイラの下へと駆けつけられないかとファクトが二人へと確認をした。
「ううん、私の炎や光じゃ届かないよ。氷属性と違って固定化する方法もないから、イラみたいに足場を作って移動するのも出来ないし……。」
「私なら土で足場を作ったり、風で飛んだり出来るかも知れない。……けど、魔力を殆ど消耗しちゃっているから、人一人となるときっと持たないよ。」
「そうか……。俺も雷魔法での攻撃なら届くかも知れないが、アワーにはアンチマジックのスキルがある。援護所か、イラの妨害になる可能性の方が高いか……。」
けれどツァーイの魔法である炎と光は物質として固定をするのが難しいものであり、またフェアリにはその術があるものの先に使用した三重魔法や治癒魔法で再三魔力を消耗している為にイラの真似事さえ出来ないでいた。
そしてファクトの扱える魔法も雷属性と闇属性。この二種ではツァーイと同じく物質を固定化させるのが困難な為にイラを追いかけるのは不可能だろう。雷による攻撃魔法であれば天空の敵にも当てる事は出来るだろうが、アワーに対して攻撃魔法はアンチマジックで破壊され無力化されてしまうので、これも無意味だ。
それ故に三人は心配して空中戦を繰り広げるイラを見守る事しか出来ないと思っていた。だがそんな時にフェアリがポツリと言葉を零したのだ。
「あれ? イラさん、もしかして――」
「フェアリ?」
「イラがどうしたの?」
「えっと……この距離だから勘違いかも知れないんですけど、イラさんの魔力回廊が全力解放に戻っているような気がして……。」
それはイラ本人も意識していない事だった。憤怒の如き怒りに支配されたイラは、魔術付加・氷結を発動させた際に無意識的に魔力に十全の力を込めて使用した。
その結果としてフォレスタウンでフェアリがイラに施した魔力回廊の調整と言う枷が外れてしまったのだ。
そして魔力に敏感な半妖精人であるフェアリは、離れた場所にいるイラの魔力回廊から微かにだが、その様子を目視していた。
「でもアワーに魔法の攻撃は……いや、イラの事だから攻撃以外に使っている可能性が高いか。」
「きっと氷の魔法を使って空中で戦っているんだと思う……。でも全力解放になっているって事は……」
「はい。魔力の消耗量が増大しているので、魔法の使用回数は限られるでしょうね……。それに魔力を使い切ったら魔法での着地も出来ないと思うので、イラさんがアワーを倒したとしても……。」
フェアリの言葉に一同の脳裏に最悪の想像が浮かぶ。それは勝敗に関わらず、魔力を使い果たしたイラが天から地に向けて隕石の如き勢いで身体をぶつけて死んでしまうという光景。
「そうなると俺達がしなきゃならないのは二つだな。一つはイラが魔力を使い切る前にアワーを倒せるように手助けをする事。もう一つはイラが落下してしまった際にどうにかして受け止める方法を考える。」
「でも私の魔力は殆ど使い切ってるし、他はファクトの雷魔法が届くかどうかって言ってたよね?」
「そうなんだよな……。雷の魔法で奴の気を逸らす位は出来るかも知れないが、さっきも言った通り魔法を破壊される以上は決定打にはなり得ないし、最悪イラに当たる可能性もある。」
その後もフェアリとファクトはああでもない、こうでもないと話を進めた。ツァーイはそれを聞きながら自分がイラの為に出来る事を考えていたが、それから程なくして何かを思いついたのかハッとしたように口を開いた。
「ねぇ、フェアリの魔力って本当に全部なくなった訳じゃないんだよね?」
「うん。枯渇をしていたら意識を失っているし、少しだけは残っているよ。でも本当に少しだけだからさっきも言った通り人一人をイラさんの下へ連れて行くような事は出来ないけど……。」
「それなら人よりも小さくて軽い物ならどうかな?」
ツァーイの言葉にフェアリは頭を傾げるが、ファクトはツァーイがしようとしている事に気付いた。
「そうか! その手があったか。それなら確かにイラの手助けになるかも知れないな。」
「ちょっと! 勿体ぶらないで私にも分かるように話してよ!」
「つまりね、私達の武器をイラに届けて欲しいの。フェアリの風魔法で。」
そこまで聞いてフェアリはようやく納得をしたように頷いた。
マルチウエポンのスキルを有するイラはあらゆる武器を使用する事が出来る。普段使っている片手剣、及び片手剣による二刀流は勿論の事、弓矢の扱いにも慣れているし、以前ファクトが暴走をしていた際にはファクトの所有する漆黒の大剣を一時的に振るった事もある。
現在イラの主戦力である金の剣は、銅の剣等と比べれば確かに切れ味が数段上の武器ではあるが、それでも特別な業物と言う訳でもなく、魔装のように特殊効果を有している訳でもない。
けれどツァーイの所有する片手剣――純白の剣や、ファクトの所有する大剣――漆黒の大剣は魔装と呼ばれ、特殊効果宿している特別な武器であり、フェアリの所有する白銀の弓は魔装でこそないものの、かなりの業物だ。
そのどれもがイラの所有する武器とは比べ物にならない程の力を有しており、強力な武器を扱えればそれだけでも戦況は有利になる。
本当ならば自分達が直接イラの下へと行く事が出来れば、それが最善なのだろう。だがその手段が何一つないのが現状だ。だからせめて武器だけでもイラの下へと届けて少しでも早く、イラが全力解放の魔法を酷使して魔力を尽きさせる前に戦いを終わらせようと言うのがツァーイの閃いた策であった。
「なる程ね。分かったよ、ツァーイ。残りの魔力だと絶対に成功するとは言えないけれど、やってみるよ。それじゃあ私の前に武器を置いて。」
言われてツァーイは純白の剣を、ファクトは漆黒の大剣をフェアリの足元から少しだけ離れた場所にそっと置いた。そしてフェアリ自身も白銀の弓をそこへ並べるように置いた。
白銀の矢等の各種矢も本当ならば送りたかったが、矢は剣や弓とは違って、軽すぎるので風に飛ばされた先で散ってしまう事を考えると置けなかったが。
「それじゃあ始めるよ。ファクト、背中を支えててくれる? 魔力の枯渇を引き起こすにしても、その数歩手前で止まれるにしても、どっちにしても立ち眩み程度は起きちゃう筈だから。」
「分かった。」
「お願い、フェアリ。」
言われて背後へと回ったファクトは、フェアリの右肩とお腹に手を回して彼女が倒れても大丈夫なように支えた。そんな二人の様子を目にしながら、ツァーイは天空で戦っているイラを想いながらフェアリに頼み込んだ。
「風よ、ビューっと、道を示して。私達の思いを彼方に届けて! ヴァシュルート!」
そうしてフェアリが魔法を発動させると、それによって発生した一陣の風が不可視の道を辿るかのように綺麗な気流となって吹き荒れた。目の前に置かれた三つの武器――純白の剣、漆黒の大剣、白銀の弓――は風に導かれるかのように天高く舞い上がって行った。
(純白の剣、お願い。どうかイラを守って……。)
風に乗って天へと昇って行く愛剣を見送りながら、ツァーイはただただ大切な仲間の無事と帰還を願った。
「っ……。」
「フェアリ、大丈夫か?」
その傍では残されていた僅かな魔力を使い切って宣言通りに立ち眩みを起こしたフェアリを、ファクトが支えていた。
「う、うん。ちょっと立ち眩みがしただけだから、少し休めば大丈夫だと思うよ。……けどこれ以上は流石に無理かな……。魔力の枯渇はしなくて済んだから意識を失う事はないけれど、今日はもう魔法を使えないよ……。」
「……そうか。」
「それに戦っているイラさんの方が痛くて、辛い思いもしているだろうしね。……でも仲間なのに、この位しか手助け出来ないなんて辛いよ……。雷毒の大蛇の時も、今回も、私達は助けられてばかりなのに。」
「……そうだな。奴を討つのは俺の役目だと思っていたが、結局俺は一人で暴走して、突っ走って、皆を巻き込んで、そして最後の最後でイラに全部押し付けてしまった。……イラが帰って来たら、何て言えば良いのか……。」
フェアリとファクトにとってイラの存在は自分達を救ってくれた恩人で、リベルーチェ(ギルド)に加入こそはしていないが大切な仲間であり、それでいて弟のようなものだった。
イラは冒険者としてのレベルを中心とした冒険者情報が仲間達と比べて低い事を気にしている節があり、ファクトが素振りをしていれば同じように鍛錬を重ね、フェアリに魔法の扱い方や魔力に関する知識の教えを請う事も少なくはなかった。
二人は雷毒の大蛇の一件でイラには借りがあり、感謝の念も抱いていたが、それとは別にイラに対しては好印象を抱いている。
ファクトとフェアリが恋人同士だから……と言う訳ではないかも知れないけど、イラがツァーイに対して仲間や恩人と言う以上に強い感情を抱いている事も(直接聞いた訳ではないが)察する事は出来ていた。
そんなツァーイの為に少しでも強くなろうとして新しい技や魔法を次々に考えては試したり、仕事を行う時には前衛で剣を振るっていようと、後衛で弓矢や魔法を扱っていようと、少しでも多くの魔物を倒して経験を積もうとして……そして着実にイラは強くなっている。
冒険者情報の数値上でこそファクトもフェアリもイラのそれを上回ってはいるものの、その差を縮める速さには目を見張るものがあり、二人はイラが自分達に追い付く(或いは追い越す)時がそんなに遠い未来ではないものだと考えていた。
けれど現時点でのイラは、まだ成長途中の段階であり、実力的にも年齢的にもやはり弟のような存在である彼にこの仕事――いや、殺し合いの全てを背負わせてしまった事は二人にとって重苦しいものを感じさせる出来事となっていた。
「はああああっ!」
「はっ! そんなもんかよ!」
左手の金の剣・氷結から冷気を放出する事で空中を移動し、同時に右手に握られているもう一本の金の剣を振るって斬撃を繰り出し続けていた。
それに対するアワーは大剣でその一撃を受け止め、弾き、それによって生じた隙を狙って一撃を加えようとする。
しかしイラもまた、間一髪の所で左手の剣に宿る冷気を噴出させてあちらこちらへと縦横無尽に逃げ回り回避していた。そして竜王の飛行能力を身に着けているアワーがイラの後を追う。
一見すれば普段とは勝手の違う空中戦を初めて行うにしてはイラの策は効果的に機能していたのかも知れない。だが相手が悪かった。
イラが空中移動に使用している金の剣・氷結は、有限の魔力を使用しているので剣に込められた魔力を使い果たしてしまったら再び魔術付加・氷結を使用しなければならなかった。加えて冷気の噴出だけでは空中を一直線にしか移動する事が出来ず、剣の向きを変えるにしろ、落下での回避を加えるにしろ、イラが移動できる方向はかなり制限されている。
一方で翼を持つアワーは自由自在に移動を行う事が出来る上に、それ自体に魔力のような有限のエネルギーは必要としていない。
幾つもの制限が課せられているイラとしては早急な決着が必要だが、アワーにはそれがないのだ。そしてイラが地に落ちてしまえばアワーは再び波導攻撃で地上のイラ達を一方的に攻撃する事も可能。
そんな状況下にも関わらずイラはアワーに致命傷となり得る一撃を加えられずに、何度となく剣と剣のぶつかり合いの音を響かせる事しか出来ずにいた。
「っ……! あああああっ!」
「はぁっ! どうした、勢いが鈍って来たんじゃねぇの、かっ!」
「そんなっ……!」
そして幾度目かのぶつかり合いの最中にそれは起きた。剣と剣がぶつかり合った『ガキンッ!』と言う聞き慣れてしまった音の後に、『バキンッ!』と言う音が響いたのだ。
それはイラが繰り出した一撃をアワーが弾いた際に、イラが右手で振るっていた金の剣の剣先が砕け散った音だった。砕けた剣先や破片が地に落ちて行く一方で、イラは時が止まってしまったかのように呆然としてしまったが、アワーはその隙を見逃してはくれなかった。
「貰ったぁ!」
「っ、あああぁぁぁぁぁっ!」
主戦力の武器を失ったイラが困惑をしている所へ、アワーがすかさず追撃を繰り出した。狙いはイラの心臓部分。
それに対してイラは思考を支配している怒りの影響もあったのか、すぐさまに意識を戦闘へと戻してギリギリの所で左手に持っていた金の剣・氷結を防御の為に振るった。
それによって再び『ガキンッ!』と言う衝突音が響き、次いで『パリンッ!』と言う聞き慣れない音が響き渡る。嫌な予感を感じながらもイラが左手の剣へと視線を向けると、今度は剣が氷細工のように砕けてしまっていた。
二本の金の剣が壊れてしまった理由が魔術付加・氷結によって付加した魔法に耐え切れなかったからなのか、それともアワーの武器との打ち合いによる耐久値の現象が原因なのか、或いは別の理由があるのか。
思考の大部分を怒りに支配されているイラには考える余地もなかったが、移動手段と敵を討つ為の武器を一度に失ったイラは重力の法則に従ってその身を落下させるしか出来ないでいた。
それでもイラは地に向けて落下を始めると同時に、壊れてしまった二本の金の剣の柄を更なる追撃を加えようと飛んで来るアワーに向かって投げ捨てた。
勢いよく投げられたそれは剛速球の鉄塊となりて向かって行ったが、アワーはその場に一時停止をして大剣を軽々しく振るい、金の剣の柄は更にその身を砕けさせて地へと落ちて行く。
「おっと、往生際がわりぃな。その程度の攻撃で――」
アワーにして見れば一連の動きは悪足掻きでしかなかった。落下して行くイラに対してニヤリと笑みを浮かべかけたが、その時アワーは絶句せざるを得なかった。それと同時に高揚感や期待感と言った充足感にも似た感情が沸き上がるのを感じていた。
「おい、おい、おい! マジかよ……!」
投げつけられた剣の柄に意識を向け終え、再びイラに意識と視線を向けたアワーが見たのは、落下しながら弓矢をアワーに向かって今、正に、射ようとしているイラの姿だった。
柄を投げ終えたイラは咄嗟に背負っている銀の弓をどうにか手に掴み、それと同時に矢筒の蓋を乱暴に投げ捨てて、銀の矢を初めとする数種類の矢を手に取れるだけ掴んでいたのだ。
無論空中を落下している最中にそんな事をしてしまえば、矢筒に残された矢の殆どが空中のあちらこちらへと飛び散ってしまうが、今のイラにその事を考える余地は残されていなかった。紅い怒りに支配されたイラの思考は、怒りをぶつける矛先であるアワーを倒す、いや殺す事しか考えられていないのだから。
「魔術付加・氷結! 十六連撃! 吹き飛べえぇぇぇぇぇっ!」
そうしてイラは手に掴む事が出来ていた全ての矢――その数、十六本――を一斉に射出した。
それもただ射出するのではない。十六本の矢、その全てに魔法で氷属性を付与したのだ。その結果として放たれたものはただの矢ではなくなり、矢よりも少し大きめの氷の弾丸にも等しかった。
けれどその代償は高く付いた。本来銀の矢で同時に打ち込む事が出来る矢の数を大きく超えた一撃だからか、氷属性を付与した為に形が矢のそれよりも大きくなってしまっていたからか、ともかく弓の弦を引いた時点でミチミチとも、ギシギシとも取れそうな弓の悲鳴が聞こえたが、今のイラにそれを鑑みる余裕は存在しない。
結果として十六本の氷の弾丸が頭上にいるアワーへと向かって放たれ、それと同時に銀の矢の弦が千切れ、他の箇所も歪んだり、潰れたり等の破損状態へと陥り、空中落下をするイラは壊れた銀の矢を背に戻す事も出来ずに握りしめる事しか出来ないでいた。
「本っ当に最高だな! 七番目の小僧!」
落下を続けるイラの最後の攻撃に対して敬意すら込めたように吠えたアワーは、自身に向かって放たれた氷の弾丸に対して大剣を構えながら突撃する事にした。
無論アワーにして見れば左右に避ける事も出来たのだが、剣の柄に気を取られてギリギリまで気づく事が出来なかったせいで回避に割ける時間が減ってしまっていた。その為にアワーは確実に全ての矢を避けれるとは思っていなかった。勿論大部分は避けれるだろうし、数本が自分に命中したとしても致命傷にならないと言う自信はあった。
けれどそれよりも、アワーは試して見たいと思ってしまったのだ。七番目の小僧がその身と、剣や弓、魔法と言った全ての力を使い切って繰り出した最後の一撃を感じずにはいられなかった。
それが戦いの中で得る高揚感故なのか、或いは闘争本能によるものなのか、その理由は定かではないが、ともかくアワーはこの戦いで多大なる満足感と充足感を与えてくれた七番目の小僧が残した冥土の土産を味わい、喰らい、その上で殺してやりたいと感じてしまった。
だが、結果的にその興味本位による判断がこの後の展開に大きく関与する事になるとはアワーは思ってもいなかった。闘争の中で得られた満足感と充足感が、戦士としてのアワーの直観や判断を鈍らせたのだ。
やがて十六本の氷の弾丸とアワーの大剣が衝突を果たした。
アワーの保有するスキル――アンチマジックによって大剣が引き起こした斬撃は矢に込められた魔術付加・氷結の魔法を破壊してただの矢へと戻す――筈だった。
「何っ……!? これはどういう事だ……!」
剣と矢の衝突時に破壊出来ると踏んでいた矢に纏わりついた氷が破壊出来なかったのだ。斬撃は数本の矢を払いのけて地へ落とす事に成功したが、それと同時に矢が触れた箇所から大剣が凍り付いてしまっていた。
「ぐおっ……!?」
思わぬ事象に混乱した事と、凍り付いた事によって大剣の重量が僅かに増した事が重なってアワーの動きに僅かな乱れが生じた。それによって続く矢の一部がアワーの両腕と右背中にある翼に命中を果たした。
そしてやはりと言うべきか、矢が突き刺さった箇所とその周辺が凍り付いて行く。それによってアワーの全身が氷漬けになる事はなかったが、想像もしていなかった出来事にアワーは戸惑っていた。
「どうして、どうしてこの俺に魔法が通用しているんだ! 何故破壊出来ていないんだ!?」
アンチマジックのスキルは絶対の効力を発揮し、この世界に転生してからただの一度たりとも破壊出来なかった魔法は存在しなかった。
それはこの戦いに置いても半妖精人が放った三重魔法を打ち破った事も証明している。
確かに武器に魔法を纏わせる事で一時的に魔装のような属性を保有する武器として行使すると言う発想は、アワーにしてみても驚愕に値する事だった。だがだからと言ってそれは三重魔法のような破壊力に長けた魔法でもなければ、言ってしまえば小細工程度の趣向にしかなり得ない筈なのだ。
にも関わらず、アンチマジックのスキルで魔法によって生成された筈の氷を破壊する事が出来ないと言うのは、アワーにとっては信じ難い事だった。
「……まぁ良い。恐らくはそれも小僧に与えられた力の一端って事なんだろうな。その力も今にこの俺の力になるんだから、めでたい事だ。」
氷の弾丸と化した矢の攻撃を凌ぎきった後に、僅かに思考を重ねたアワーが自分に言い聞かせるように呟いた。
普通の人間、いや、この世界の住人であれば起こし得る事の出来ない事象を可能にする力にアワーは心当たりがあるからだ。そして七番目の小僧がその力を有しているのだろうとアワーは確信を得ていた。
その力が具体的にどういったものなのかは未知数ではあったが、ここまでの攻防でその力の正体にも大まかには推測をする事が出来ていた。それでもアンチマジックのスキルで破壊出来ない魔法を使って来るとまでは思わなかったが、もしも落下をしながら再び魔法を放って来た時には、破壊するのではなく避けるか、こちらも魔法や魔力を伴った攻撃で相殺すれば良い。
幸いにも氷の弾丸によって凍り付いた身体は一部に過ぎない。翼の一部が凍り付いてしまった事で飛行能力が一時的に衰えてしまってはいるだろうが、小僧は全ての武器を破損させ、少なくとも空中へと舞い戻る手段は持っていない。だから気にする必要はないだろう。アワーはそう考えていた。
「それじゃあ今度こそ、止めと行こうか。超黒炎滅波導……!」
そうして一度は中止した波導攻撃、その中でも最上級の破壊力を誇る力を再び行使しようと、アワーは体内の魔力を掻き集め始めた。先程とは異なり最早この天空へと挑み、邪魔をする者はいないと今度こそ強く確信を抱きながら。




