記憶四十―強欲の加護、それは神に与えられし至高の力の一端―
【強欲のアワー】と呼ばれ、協会からも賞金首として指定される程に悪名を轟かせている男。通称アワーは自身の命を狙う冒険者の二人組――ファクトとフェアリ――を完全に舐めきっていた。と言うのもアワーはこれまでに多くの人を殺して来ており、自らが奪った命の力を糧とするスキル『強欲の加護』の助力もあって並大抵の存在では太刀打ちが出来ない程の力を得ていると実感をしているからだ。
アワーが死神の手によって転生を果たして第二の人生を得てから既に十五年の月日が経っていたが、アワーはその期間の大部分を戦闘に注ぎ込んでいた。ある時は魔物を相手に、ある時は人を相手に。
転生を果たした直後は前世の世界では存在し得なかった魔物や魔法の存在に驚きもしたが、生前でも身の丈程もある大剣を扱っての戦闘に明け暮れていたアワーは命のやり取りをする事にさえ一切の抵抗心を感じなかった。
より具体的に語るのであれば、アワーとて前世では人を殺す事にもそれなりの抵抗心を覚えていたのだ。けれどアワーの死に際に起きたある出来事と、その裏に隠された事実を死後に死神から聞いた事でアワーの心からは仲間意識や同族意識と言った感情は失われていた。
そして転生の間際に『次は誰にも頼らない』と固く誓ったアワーだからこそ、転生後に人族を殺す事に対しての抵抗心が薄れていても不思議ではなかった。
アワーは次第にこの世界の環境にも順応した。誰にも頼らないと決めた以上は協会に属する冒険者になる事もなかった。前世での出来事が組織と言う存在に対して疑心を抱かせた面も大きいだろう。
それでもアワーは前世から引き継いだ知識や戦闘に関するセンス、死神によって与えられたスキルを元に一人での戦いを続けた。そして遂には自らに宿る二つのスキルや魔法の扱い方を独学で理解するまでに至り、その頃には魔物だけでは飽き足らず人を殺す事も日常的になっていった。
そんなアワーが自身の種族が魔人である事、その種族特性である魔物化に気付く事は時間の問題だった。魔人の最たる力である魔物化を理解したアワーは、闇雲に戦い続ける事を止めて魔人を殺す事を優先事項として定めた。
魔人の魔物化は他種族にはない程の圧倒的な力を操る手段としては十分なもので、アワーが最初から持っていた混沌の竜だけでも常人には抗えない程の強力な力だったが、それでもアワーは満足しなかった。
アワーがそれ程までに貪欲に、強欲に、力を追い求め続ける理由としては、やはり前世での結末が原因だった。しかし実の所、それ以外にも理由はあるのだ。自身を転生させてくれた死神が転生の間際に語った話から、この世界には自分と同質の力を持った存在が他にも現れる事を聞かされていたからだ。
同質の力――即ち神の力を宿す者達。死神はアワーに対して「お前で四人目だ。」と語ったが、最終的には七人の転生者を送り込むつもりだと言った。
別に同じ神に転生して貰ったからと協力する必要はなく、寧ろ転生者同士で殺し合ってくれ、などとアワー自身にも理解不能な事を死神は語っていたが、死神の転生者を殺す事が出来れば相手に与えられている『加護』――アワー自身の強欲の加護のように死神に与えられた特別なスキル――を奪う事が出来ると聞いては放置する訳にもいかなかった。
そしてもう一つ、死神が言うにはこの世界にはかつて女神の寵愛を受けた異世界の勇者が転生を果たしているらしい。かつて勇者だった存在は、転生をした今でも『女神の加護』と呼ばれる強力なスキルを有しており、放っておけば何れ死神の送り込む七人の転生者達にとって都合の悪い事態に陥る可能性が高いと死神は危惧していた。
自身が送り込んでいる転生者同士での殺し合いを推奨しているのにも関わらず、勇者を危険視する意味がアワーには理解出来なかったが、死神は勇者の魂を宿す転生者と出会う事があれば、勇者が自らの正体に辿り着く前に殺して欲しいと強く言い放った。
とは言えアワーにとっては奪う事の出来ない『女神の加護』を有する勇者よりも、奪う事の出来る死神の転生者に興味があった。そして何れ訪れる死神の転生者達との戦いは、常人や並みの冒険者とは異なり一方的な戦いにはならないだろうと言う事も悟っていた。
だからこそアワーは力を追い求め続けた。他の六人の転生者を殺して七つの死神が与えし加護を全て手に入れ、自身の邪魔をするのであればついでに勇者の転生者とやらも殺す為に。
その為に最も手っ取り早い手段が魔人を殺し、魔物化のバリエーションを増やす事だった。純血種でありながら、死神によって与えられた圧倒的な力を有するアワーは魔物化で暴走をする事はなかったし、魔人を殺す事も朝飯前だった。
そうして幾つもの魔人の集落を滅ぼし続け、狂気に塗れたその矛先は冒険者や旅人、自らの正体を隠して他種族の集落に住みついている者にさえ向けられた。
またアワーは自らの力を高めるついでとして、魔人と言う存在を自分一人にする事で、魔物化と言う力を自身だけが所有する唯一無二の絶対的な力へと昇華させようと目論んでいた。やがて自身以外の魔人が絶滅した事を確信し、今では三百を超える魔物化の力が己の中に宿り、素の戦闘能力もかなり強化されていた事を実感するにまで至った。
そして死神に告げられていた通りに、アワーは死神の加護を有すると言う者達と二度出会う事になった。強欲の加護で高め続けた己の力で他の転生者を殺そうとしたアワーではあったが、その目論見は失敗する事となった。
最初に出会ったのは『傲慢の加護』を有する獣人の成人男性。魔物化の力を十全に使っても尚互角の戦いとなり、最終的には丸一日中戦い続けるもアワーが崖から海へと落ちる形で戦いが中断してしまった。
二度目に出会ったのは『色欲の加護』を有する魔法人の少女。そちらは戦いと呼べるものにすらならず、危うく相手の加護によって堕とされかけたが前世で味わった屈辱がアワーを正気に戻し、結果としてアワーはその場から逃げ出し、相手の女もまた追って来る事はなかった。
それ以来他の転生者達と出会う事は未だにないが、アワーはこの二つの戦いで神に加護を与えられし存在の力量を認めざるを得なかった。だからこそアワーは更に力を追い求め続けて沢山の人や魔物を殺して、強欲の加護の力によって自身を強化し続けた。全ては転生者と再び対峙した際に、相手を殺し、新たな加護の力を奪う為に。
そんなアワーが一人旅の最中にこのフリーダ村を訪れたのは偶然だった。次に襲撃をする場所を考えながら当てのない旅をしていたアワーはやがて森林地帯に迷い込んだ。だが自身の餌となり得る魔物の一匹も、旅人の一人も見当たらない不思議な森にアワーは苛立ちを隠せずに暴れ回り、そして偶然にもその行動がフリーダ村を覆っていた結界の一部を破壊する事に繋がり、村を見つけたアワーが襲撃をしたのだ。
人々の集落であるなら村を守る冒険者の一人や二人でもいると思い、そいつらを殺して少しでも自身の力の糧とする為に。
しかしアワーの思惑とは異なり、フリーダ村には戦える冒険者は一人もいなかった。それ所かこの世界を訪れてから初めて見る程に平和ボケをした村人達ばかりしかいなかったのだ。
既に強くなりすぎたアワーにとって、思わず「戦闘力……たったの5か……ゴミめ……」とでも言いたくなってしまうような弱者を村一つ滅ぼす程度では、自身の力を高める事が出来なくなっていた。
ならばとアワーは考え方を変えて、この村を占領しようと考えた。幸いにも村には協会があったので、村を恐怖で支配する事さえ出来れば、協会を通じて嘘の情報を流し出し、報酬に目が眩んだ冒険者達をフリーダ村に誘き出して惨殺し続けようと思い至ったのだ。
元よりアワーが旅をしていたのは魔人を殺して魔物化の力の強化と独占を行う事が目的で、それらは既に達成したかに思っていた。そして死神の転生者達を殺そうにも、同質の力を持つ存在を相手を圧倒する為にも更なる力が必要だったので、餌が向こうから来てくれるのであれば旅を続ける意味もなかった。
それでもアワーにとってフリーダ村の生活は退屈極まりないものだった。村の食料を奪い、女を監禁し、自身の力を誇示する事は易々と成功した。何もかもが思い通りに進んだが、この村の周辺には魔物の一匹も出ないので戦う相手がいなくて暇だったのだ。
そして元より戦う為の力を持たない癖に村人達は、アワーの目を掻い潜って何やらコソコソとしているようだったが、それも不愉快だった。それでも自分を殺す為に強者を連れて来てくれるのであればそれはそれで目的通りだと思ったアワーは、何かあれば見せしめに数人を殺せば良いかと考えて一旦は放置する事にした。
どうせ死神が転生させた他の六人と、勇者の転生者以外では強欲の加護によって圧倒的な力を得た自分には勝ち目などないのだ。ならば自分は餌が来るのを待っていれば良い。
そうこうして現れたのが二人の冒険者。半魔人のファクトと、半妖精人のフェアリだった。
冒険者の集団が男と女の二人組と言うのは多くはないが、決して珍しいと言う程ではない。長い間一人旅をしていたアワーはその事も当然知っていた。それでもこれだけ待ってやって来た餌がたったの二人。それも両方とも半端者と言うのは肩透かしを食らった気がして、やるせなさを感じていた。
それと言うのも半端者という存在はこの世界において冷遇されている要素の最たるものだからだ。
確かに魔人の生き残りがまだいたと言うのには、多少の驚きもあった。しかし半魔人は魔物化の力を扱いきれずに暴走をしてしまう可能性が非常に高く、潜在能力自体が魔人よりも劣るのでアワー的にも餌としての旨味は薄いと感じていた。
一方で半妖精人は妖精人よりも潜在的な魔力は高く、餌としては多少の魅力を感じないでもなかった。しかし半端者と言うだけで半妖精人は妖精人からちゃんとした教育を受ける事が困難な境遇で過ごす事が多いと言われている。その結果として半妖精人が妖精人を上回る程に才能を開花させる事はそうそう起きうる事がないと言われている。
それでも魔物化を完全に独占したいアワーにとって魔人の血を受け継ぐ者は殺すべき対象である。また半妖精人の方も見た目が好みではないが、上玉である事は一目瞭然だった。そっちの方は半殺しに止めて屋敷に監禁し、遊んでから殺しても良い。
どちらにせよこの平穏な村はアワーにとって退屈な日常しか提供をしてくれなかったのだ。この戦いが一方的な嬲り殺しに終わる事は確定事項だとしても、久方ぶりの闘争である事は間違いがないのだから、少し位は楽しませて貰おうとアワーは考えていた。
そして案の定と言うべきか、半端者の二人組みはアワーが苦戦をするような相手ではなかった。
確かにファクトとか言う半魔人の剣捌きは並みの冒険者以上ではあったが、それもアワーより格下のレベルだ。魔物化を中途半端に使用してギリギリと所で自意識を保っているのも純血種の魔人であるアワーからすれば見苦しい事この上なかった。
一方でフェアリと言う半妖精人はより期待外れだと言えた。確かに魔法の使用頻度は目を見張るものがあるかも知れない。だが所詮はそれだけだ。恐らくは魔物ばかりを相手にしていたからだろうが、対魔物戦と対人戦における魔法の使い分けを理解していないようだった。最も主力の攻撃方法が魔法だと言う時点でアワーの敵ではなかった。
ほんの少しの手合わせでこの二人の力量は大まかに把握する事が出来た。殺すのは至って簡単だったが、かれこれ二週間程はまともに戦闘行為を行えなかったのだ。もう少し遊ぶのも悪くはないだろう。
「この爆発鬼以外にも透明な骨の王、死を招く灰の狼、紅目の竜、凍てつく鬼、電撃の一角獣、他にも――」
だから倒れ伏したファクトに対して彼の故郷だと言う魔人の国で自分が殺し、奪った魔物化の力を一つずつ教えてやったのもアワーにとっては単なる暇潰しのようなものだった。
ご丁寧にファクト自身が使っていた魔物化の名前を話の切り口に出してやったのも、「お前の家族を殺したのは俺だ」と煽る為。魔物化を解除する程度には体力を消耗した奴には万が一の勝機はなく、己の無力さと相手の強大さに絶望に歪む表情が見たかったと言う一種の余興。
けれどアワーはその余興の最中に言葉を止めた。周囲から突如として強大な魔力が吹き荒れたのを感じ取ったからだ。
「(これ程の力が、一体どこから……)」
強欲の加護で数多の力を喰らい続けたアワーでさえ、その魔力には多少の危機感を覚えるものがあった。倒れ伏しているファクトから視線を外し、周囲を見渡すとその原因はすぐに分かった。
それは半妖精人のフェアリから発せられていた。戦いの途中――ファクトが魔物化を使用した時――から魔法での援護がなくなっていた事には気付いていた。
けれどフェアリは逃亡の素振りを見せなかったので、アワーは放置する事にしていた。恐怖に足がすくんで動けないのか、何か状況を打破出来る奥の手があるのか、そのどちらでもアワーは構わなかったから。前者であれば仲間の男を殺してから追い詰めれば良し、後者であれば少しは自分を楽しませてくれる事を期待して。
「メテオールオーヴァン!!」
やがてフェアリの口から発せられた魔法の名と共に、複数の小型隕石がアワーの頭上に姿を現していた。
「おいおい、やれば出来るじゃねぇかよ!」
自らを狙って襲いかかる小型隕石達を見上げながらアワーは狂喜した。フェアリが発したメテオールオーヴァンに込められた魔力はアワーの想像を遥かに超える力だったからだ。
それ故にアワーは惜しいと感じていた。久方ぶりに心が躍る程の力を全身で感じていても、それがどれだけ強力な一撃であったとしても、魔法である以上、アワーにとっては茶番でしかなかったからだ。
三重魔法メテオールオーヴァンを放ったフェアリは自身の保有する魔力の大部分を消耗し、戦闘中だと言うのにも関わらず体内から力が抜ける感覚と共にその場にペタンと座り込んでしまっていた。
視線の先では三重魔法の発動により現れた小型隕石が次々と【強欲のアワー】へと降り注がれている。勿論三重魔法により放たれた隕石はただの隕石ではない。隕石を降らせるだけならば土属性だけでも可能ではあるから。
隕石達がアワーや周辺の土や岩、木々に衝突をすると、隕石がパカリと真っ二つに割れて、そこから水と風の刃が次々に現れてアワーへと向かって攻撃をしているのだ。
やがて視界の先には降り注がれる隕石と無数の衝撃波状の刃によってアワーの姿さえも掻き消えて確認が出来なくなった。
「流石に三重魔法なら……」
フェアリは魔法が発動した際に消費した魔力の量に手応えを感じ、やりきった表情で呟いた。通常の魔法を超えた二重魔法。その更に一段階上に位置する三重魔法は、文字通りフェアリの最後の切り札だ。
勿論フェアリの扱える三重魔法はメテオールオーヴァン一つだけと言う訳ではなかったが、三重魔法の発動には通常の魔法よりも長い時間と、膨大な魔力が必要となる。だからこそ今のフェアリでは通常の戦闘時に関して言えば、三重魔法は本来使い物にならない技術だ。
それでも今回に限ってはアワーが自分達を格下だと油断をしていたお陰で発動の時間を稼ぐ事に繋がった。だからこれで仕留めきれていなかった場合に予想が出来るアワーの対応は二つ。
一つは三重魔法で致命傷を与えられた場合に、三重魔法を警戒して自分に魔法を使う隙を与えない。
もう一つは考えたくもないが、三重魔法ですらダメージを与えられない場合。変わらずアワーはこちらを見下し、嘲笑する事だろう。こちらの場合は依然としてアワーが油断をしてくれるかも知れない。けれどメテオールオーヴァンが通用しないのであれば、他の三重魔法を発動させる事が出来たとしてもやはりダメージを与える事は困難だろう。
三重魔法の破壊力を理解しているフェアリは、それをまともに受けて、無事な筈がないと考えていた。しかしながらこれまでに見た事のない程に強力な力を振るっているアワーに対して、そんな最悪の可能性に一抹の不安が心中に過っていた。
だからこそ少し休みたいと訴えている身体に多少の無理をさせ、その欲求を抑え込みながら気力を奮い立たせて立ち上がった。メテオールオーヴァン発動による魔力の消耗とその反動の影響で、フラフラと足取りがおぼつかなかったが、すぐにファクトの姿を見つけると駆け寄った。
「ファクト!」
見つけたファクトは魔物化が解除されて人の姿に戻っていた。しかし地面に倒れ伏して漆黒の大剣を握る手も普段より弱々しく感じ、左足には剣を突き刺された痕跡があり、今も血が流れ続けていた。
自分も魔力の大半を使い切ってしまってはいるけれど、直接的なダメージのないフェアリよりも明らかに満身創痍だと分かる程にファクトは消耗をしていた。
「待っていて、すぐに治すから。――ピカピカっとリフレッシュ! ルミラトゥール《癒しの光》!」
フェアリは自身の体内に残っている魔力を使い、光属性の魔力を使用した治癒魔法を発動させた。メテオールオーヴァンの発動に魔力の殆どを使い切ったとは言っても、普通の魔法を発動させる分には多少の余力が残っていた。
そうして発動した治癒魔法が暖かい光として可視化され、ファクトの全身を包み込んだ。その光によってファクトの身体は癒されて、足の怪我も見る見る内に治っていった。
「ありがとうな、フェアリ。さっきの魔法はお前がやったのか?」
足の痛みが癒え、体力もある程度は取り戻したファクトがお礼を告げながらもフェアリに問いかけた。
ファクトからして見ればメテオールオーヴァン発動の瞬間が、倒れていた自分に向かって歩んでいたアワーに対していきなり隕石が降り注がれると言う、あまりにも訳の分からない状態として見えたからだ。
とは言っても一緒に旅をしているファクトもフェアリが二重魔法や三重魔法の練習をしている事は知っていたので予想自体はついていた訳だが、それらの魔法はフェアリが実践で発動をさせた事がなかったが故の確認だった。
「うん。普通の魔法だと効き目がなかったから三重魔法を使ったの。お陰で魔力はもう殆ど使い切っちゃったけど、でもこれで――」
ファクトの問いに頷きながらも答えていたフェアリだったが、途中で言葉を思わず止めてしまった。突如としてズガンッ! と言う音が聞こえたからだ。音がしたのは三重魔法によって小型隕石が降り注がれた方向――【強欲のアワー】がいた場所からだった。
まさかと思いながらフェアリとファクトはそちらの方を注視した。隕石の落下や衝撃波の攻撃は既に終わっており、目に見えるのは落下して来た複数の小型の隕石の全てがパカリと真っ二つに分かたれている惨状だ。アワーの姿は隕石に押し潰されたからなのか、二人の立ち位置からでは視認出来ない。
けれどズガンッ! ズガンッ! と音は何度も聞こえ、次第に音が少しずつ大きくなっている。
それに対して二人は嫌な予感を覚えながらも身構えていると、やがて割れた隕石の一つが突如としてバラバラに砕け散り、その破片が飛び散っていった。そしてその真下からは鈍い銀色をした太い腕が突き出ていた。
「あれは鋼鉄の象の……まさか……!」
その腕を見たファクトが戦慄をしたかのように呟くと同時に、腕の主が下から這いずり出でるかのように姿を現した。
その姿は腕だけではなく、全身の皮膚が鈍い銀色の光を放つかのように輝いていた。腕だけではなく鼻と足は大きく太くなっており、鼻は伸びてさえいた。口元には白銀の牙を二本携え、耳も大きくなっており、僅かにだが背後に揺れる尻尾も確認出来た。
「よっと、と。いやあ、中々やるじゃねぇか!」
「嘘でしょ……。メテオールオーヴァンを、三重魔法を受けて無傷だなんて……。それにその姿は、まさか……。」
三重魔法メテオールオーヴァンを放った直後だと言うにも関わらず、戦場には場違いな程に陽気な声を上げているアワーの姿があった。
どういう訳か二本の大剣はしまい込まれて再び背負っていたが、それよりも鈍い銀色の異形となって姿を現した事実にフェアリは信じられないと言う心境で呟いた。
確かに嫌な予感はしていたし、不安もあった。だけど本当に三重魔法を受けて無傷でいるなんて信じられなかった。
メテオールオーヴァンの発動が成功したのは降り注がれた隕石の後と、隕石や衝撃波によって抉れた地面や周辺の倒れた木々が証明をしている。にも関わらずアワーには傷一つついていなかった。それはメテオールオーヴァンでさえも無力化された事の証明であり、フェアリにとっての切り札とも言える最強の攻撃魔法が僅かなダメージさえも与えれていない事は、フェアリではアワーには絶対に勝てないという事の証明でもあった。
そしてアワーの異形の姿を見たフェアリは、アワーがファクトと同じ魔人だと理解した。その姿が先程ファクトが呟いた言葉から察するに鋼鉄の象だと言う事も。
フェアリは鋼鉄の象がどんな力を持っている魔物かを知っていた。その名の通りに鋼鉄の身体を持った象型の魔物で、身長は人間の大人男性三人分程でも足りない程に大きい。それも相まってとてつもない重量を誇るその巨体は歩くだけで周囲を揺らす程の振動を発生させ、生半可な武器での攻撃は武器自身が壊れる程の強度な肉体をしている。
確かに鋼鉄の象の身体であれば隕石の落下衝撃にも耐える事は出来るかも知れないし、現に真っ二つに開かれた状態とは言え魔法で作りだした隕石を拳一つで粉々に吹き飛ばした様を見せつけられた。
しかしそれでも無傷と言うのはあまりにも信じ難く、無数の水と風の衝撃波からも身を守ったとなれば尚更おかしかった。
「ご明察の通り、この鋼鉄の象の力で俺を押し潰していた石っころは壊させて貰ったぜ。はーっ、にしても久々に鋼鉄の象の力を使ったけど、やっぱり全身硬いって言うのはそれだけでメリットだよなあ。まあデメリットもそれなりにはあるが、俺の場合は他の魔物化でそれもカバー出来るしな。」
首をコキコキと右に左にと数回ずつ倒しながら呟くアワーは、先程までと変わらずに余裕と言った様子で言葉を続ける。
「……さて、と。お前達二人がどの程度の実力かって言うのは分かったし、そろそろネタバラシをしてやろうか。俺には二つのスキルがある。一つは殺した相手の力を俺の力に還元させる『強欲の加護』!」
「くっ……」
先程そのスキルを教えられていたファクトは同族の力を悪用しているアワーに対して苦虫を潰すように強く睨みつけるが、アワーは怯む所か涼しい顔をしていた。
「そしてもう一つがあらゆる魔法攻撃を力任せに破壊出来るようになる『アンチマジック』! つまり! 魔法による攻撃をどれだけしようが、俺を殺す事は不可能って事だ!」
「なっ……」
そして続けて宣言した二つ目のスキルの内容にフェアリは絶句した。そんなスキルは聞いた事もなかったが、事実として自分の放った魔法は全てアワーに無力化されていた。
それが本当なら自分は思い違いをしていたと言う事になる。最初に剣でローラムやヴァンクーペを大剣の一振りで掻き消された時は剣の風圧で相殺したのかと思っていたが、相殺ではなく破壊されていた。そしてメテオールオーヴァンにより発生した隕石や衝撃波も、アワーに命中しかけたその全てが大剣、或いは魔物化によって強化された身体能力で破壊し尽されたのだろう。
そうであればメテオールオーヴァンを放った後でも無傷だと言う事を理解出来る。だが、それが事実であるのならフェアリは最初からアワーに対しての有効打がないと言う事になる。
半妖精人であるフェアリの最大の武器は膨大な魔力に物を言わせて魔法だ。弓矢や投げナイフの扱いに長けてはいるし、ファクトと出会う以前は細剣も使っていた。だがその全てがフェアリにとっては魔力の枯渇を防ぐ為の補助に過ぎなかった。
自分の魔法がスキルによって壊されているのだとしても、魔物化を使用したファクトが力負けをするような相手にそれらの武器が通用するとはフェアリには思えなかった。
「相手が俺じゃなければ、さっきの魔法は少し危なかったかも知れないが……まあ相手が悪かったと思って諦めるんだな。俺としても残念なんだぜ? あれ程の力を相手にワンサイドゲームで終わるって言うのはさあ! さて、と。久々に暴れられて良い刺激にもなったし、遊びもそろそろお終いにするか。」
その言葉通りアワーは遊び終わった玩具を片付ける子供のような心境でファクトとフェアリに向かって歩を進め始めた。
それと同時にアワーの異形な姿が変化を始めた。鋼鉄の象の力を身に纏い鈍い銀色で覆われていた身体が尻尾も含めて全身から黄金の輝きを放ち始める。そして長い牙は短くもより鋭利な形へ、人の姿よりも膨れ上がっていた手足は人よりも細長くも力強さを誇示していた。
「それは……!」
フェアリは黄金の魔物化がどんな魔物が元になっているかを知らなかったが、ファクトには見覚えがあった。
「魔物化――疾走する黄金の獣! 魔人の国の王から奪った力にして、俺が奪った三百以上の魔物化の中でも最速の力だ!」
「疾走する黄金の獣……? それって御伽話の中に登場する魔物で、実在は未確認の筈じゃあ……」
アワーが告げたその名を聞いたフェアリが震えた声で呟いた。
疾走する黄金の獣とは御伽話や神話に登場する黄金の獣で、物語によってその役割は異なる。
ある物語では勇者を助ける相棒となり、また別の物語では魔王が人をゲーム感覚で狩猟する為に放ったとも言われ、更に別の物語では女神が世界を監視する為に創造した聖なる獣で魔物とは異なる種に属するとも伝えられているが、実在をしたと言う話を聞いた事をフェアリは一度も聞いた事がなかった。
ただでさえ力の差を嫌と言う程に見せつけられ、アンチマジック等と言う規格外のスキルで自分の魔法でダメージを与える事は不可能だと言うのに、加えてそんな伝説上の力の一端を行使出来るのだとすれば自分達に勝ち目は万が一にもないと言う事を突きつけられているにも等しいとフェアリは思った。
「ファクト! 一旦逃げようよ! 魔法も効かないし、あんなのに勝てる訳ないよ!」
「……無理だ。子供の頃に一度だけ魔人の国の王が疾走する黄金の獣の魔物化を使用したのを見た事があるが、あれの素早さは俺達の比じゃない。二人で逃げてもすぐに追いつかれて殺されるのがオチだ。」
「そんな……」
「俺が時間を稼ぐから、フェアリお前だけでも――」
「それは嫌だって言ってるでしょ。二人とも助からないと意味がないの!」
冷や汗を流しながらも漆黒の大剣を構えて自分を後ろに下げようとするファクトに対して、フェアリは強く言い返した。
故郷を追放され、行く先々で半妖精人だと気づかれないように息を殺しながら終わりの見えない旅をし続けて、そんな中でフェアリの数少ない娯楽の一つが恋愛小説の本だった。
《リーネド・ムンリ》において本は非常に高価な代物ではあったが、それでも幼い頃から母が語ってくれる物語が大好きなフェアリは旅の合間に何とかお金を工面すると度々本を購入していた。
最初は冒険活劇や英雄譚等も読んでいたのだが、やがて自分が好きなのは物語に登場するキャラクター達の人間関係だと気づき、試しに恋愛小説にも手を出してみたらフェアリは見事に嵌ってしまったのだ。
それからは購入する本を恋愛小説に絞り、本を一冊、また一冊と読み続けた。元より人肌恋しくなるような境遇だった事もあり、幼いフェアリが恋に恋する少女となるのには時間はかからなかった。
そんなフェアリがファクトと出会ったのは十四歳の時。ダンジョンで暴虐な水龍に襲われて、洞窟で籠城戦をする事になって、もう駄目だって思って一か八かの特攻をしようとした際に自分を助けてくれたのがファクトだった。
ファクトがフェアリを助けてくれたのはただの偶然で、ファクトは別の目的があって暴虐な水龍がそれを達するのに邪魔だっただけと言っていた。
それでも命の恩人であり、自分を半妖精人だと非難をしないファクトがフェアリには恋愛小説の中に登場する王子様や英雄のように思えて――ハッキリと言ってしまえば一目惚れだった。
それからのフェアリは命を助けて貰ったお礼と言うのを理由に、ファクトと行動を共にする事に決めた。当初こそは多少鬱陶しがられたものの、やがてファクトが自分を遠ざける理由が半魔人の魔物化の危険性にあると話してくれた。
実際にフェアリもファクトが魔物化をした際に僅かな驚きを感じなくもなかったが、フェアリは簡単にその事実を受け入れた。恋は盲目だと言うが、正にその典型的な例だった。
それからはファクトもフェアリの存在を容認する事になり、正式に集団を組み、紆余曲折の末に婚約をするにまで至った。
フェアリにとっては、ファクトこそが全てなのだ。相変わらず恋愛小説は好きだし、魔法や弓の腕を磨く事も嫌いではない、けれどそれもファクトが傍にいてこそ。ファクトを一人で死なせる位なら、心中をした方がマシだと思える程に。勿論二人で助かるのが最良だとも考えている。
タイガの森で雷毒の大蛇と戦った際にファクトの指示に従って一時的に戦線を離脱したのは、その地がダンジョンだったからだ。
危険なダンジョンに赴く冒険者は少ないが、逆に言えば実力の伴った冒険者が訪れている可能性が僅かに存在している。だからこそ他の冒険者に強力を仰ぐ事が出来ればファクトを助けて貰えるかも知れないと考えた末の行動だった。
結果として前日にフォレスタウンへと辿り着いていたツァーイとイラさんに出会う事が出来たお陰で、狂暴化した雷毒の大蛇の討伐も達成し、直後に暴走したファクトを助ける事も出来た。
けれど今回は違う。協会まで逃げる事が出来ればイラとツァーイに助けを求める事は出来るだろうけど、四人がかりでも何から何まで全てが規格外の【強欲のアワー】を倒す事が出来るとは思えない。死体の数が二人分増えてしまうだけ。
加えてこのフリーダ村に戦える人が存在しないと言う話を自分達は村長から聞かされたばかりだ。他に援軍が望めない以上は、前のように一人が足止めをしてもう一人が助けを呼ぶと言うのは現実的ではない。
何より私はあの時逃げた事を後悔し続けていた。結果的に助かったとは言え、愛する人を残しているか分からない助けを探すと言うのは本当に心が痛くて、苦しかったから。それに私があの時一緒に戦っていれば、ファクトに暴走してしまう程に魔物化を多用させる事もなかったかも知れない。
「ファクトが逃げないなら、私も逃げないから!」
そう言って私は白銀の弓を咄嗟に構え、背負っている矢筒から白銀の矢を三本引き抜いた。
「三連撃!」
そしてすぐさまに三本の白銀の矢を同時に放った。この技はイラさんから教えて貰ったで狙いをつけ辛くなる、矢の消費量が多いと言うデメリットはあるけど、攻撃力が一本の矢で放った時よりも格段に上がると言ったもの。
イラさんは自分の冒険者情報が私達より低い事を憂いている様子だったけど、私からすれば技や魔法の考案量や発想には驚かされる事も少なくはないし、色んな武器を自由自在に操る戦闘手腕に関しては集団四人の中でも一番と尊敬出来る仲間だ。
興味本位で以前に見よう見まねで試してみたら、確かに三本の矢を同時に放つと言うのは難しい行為で、初めの頃は中々上手く行かなかった。それでも旅の合間に練習をし続ける事で会得する事が出来た。
とは言っても普段であれば白銀の矢の攻撃力が元から高い事もあって、使う機会はそうそうなかったのだけど。
そうして放たれた三本の矢だったが、アワーに命中をする事はなかった。視線の先にいた筈のアワーの姿が急に消えたのだ。
「遅ぇんだよ!」
「フェアリ!」
「えっ……?」
次にアワーの声が聞こえて来ると同時に気が付けば私達の目の前にはアワーがいた。何が起きたのか分からない。だってさっきまでアワーと私達の間にはそれなりの間合いがあったのに。それにアワーが向かって来る様子が全然見えなかった。これが疾走する黄金の獣の力だと言うのであれば、確かに私達は逃げる事もままならない。
そしてアワーは大剣を引き抜かずとも十分だとでも言わんように、細長い黄金の腕をこちらへと突き出していた。
フェアリはその超スピードに対応をする事が出来ず、ファクトの呼び声でハっとした時には手遅れになっていた。
視界に映った光景は自分とアワーの間に割って入ったファクトが漆黒の大剣を盾代わりに防御をしようとし、それに失敗したと言う事実。アワーが最初に突き出した腕の攻撃により漆黒の大剣は吹き飛ばされてしまい、次に目にも止まらぬ速さで同じように繰り出された逆手の攻撃によってファクトの右胸がアワーの腕に貫かれていたのだ。
「がはっ……! フェ、ア……リ、無、事か……?」
「ファク、ト……? 嘘、だよね……。」
貫かれた胸から大量の血が宙を舞い散って、その一部が私の顔や服、靴などに返り血として付着した。それでも流れ出し続ける血がファクトの命の残量を表しているようで、それが今も尚減り続けているようで――
「いやああああああああああああぁぁああぁぁぁぁぁっ……!!!」
「ちっ、ぎゃあぎゃあと煩い奴らだな。安心しな、お前もすぐにこいつの後を追わせてやるよ。その前にじっくりと楽しませて貰うけどなぁ!」
私は気付けば悲痛な叫び声を上げながら大量の涙を流し出し、アワーはそれを見下すかのようにファクトから自分の腕を引き抜くと、ゴミを捨てるかのようにファクトを放り捨てた。
そして三度腕を私へと振りかざそうとしたその時――
まるで勢いよく何かがぶつかり合ったかのように、ガンッ! と言う音が響いた。
「お前! ファクトとフェアリに何をした!!」
「えっ……」
驚いて顔を上げた私の前には疾走する黄金の獣によって全身が黄金の輝きを放っているアワーを怒りのままに素手で殴りつけているイラさんと、それを同じく腕で防いでいるアワーの姿があった。




