記憶三十九―進化する魔法、それは三重魔法《トロワマジック》―
「思っていたよりも距離があるね。」
「うん。ファクト達、どこまで行っちゃったんだろう。」
「無茶してなきゃいいけど……。」
【強欲のアワー】が占拠しているという高原の屋敷は、フリーダ村の外れにある。厳密には村の敷地内と言う事にもなっているらしいが、村の中にある建物を行き来する事に比べると明らかに距離がある。
そこへ先に向かって行ったファクトとフェアリを追いかけて、僕達は村の中を進んでいた。進めば進む程に建物や景色の壊れ方や、荒れ方が酷くなっていくのが目に見えて分かった。
けれどもそんな凄惨な光景に感傷を覚えるよりも、進めど見えない二人の姿に少しずつ焦りを感じている。建物や景色は時間をかければ修復をする事は可能だけど、命は失われてしまったらどうにもならないので、それはある意味では当然の事なのかも知れない。
これから自分達が居つく事になるかも知れない村の様子よりも、仲間の様子が気になっている自分の心は、もしかしたら冷たいかも知れない。けれどそんな事を気にする暇もなく、僕達は仲間を探して走り続ける。
「巨岩よ我が呼びかけに答えて! ズガガーンと、殴られて吹き飛んじゃえ! 岩の一撃!」
魔力を込めて魔法を行使する。今放ったのは土属性の魔法で、魔力で作った巨大な岩の拳に標的を殴るというもの。通常の魔物なら間違いなく一撃で吹き飛ばせる程の威力。
だけど威力が高いと言う事は、比例して魔力の消費量も多くなってしまう。普段のクエストでは討伐数と言うノルマがあるので強力な魔法と言うのは使う機会が殆どない。並みの魔物が相手なら強力な魔法を数度放つよりも、消耗を抑えられる威力の低い魔法を数十、数百、数千と放った方が良いから。
だけど今回はそうではない。ヴァンクーペ《切り裂く風》やローラムと言った小回りが利いて連発出来る魔法よりも、一撃の火力を高める必要があった。
私の持つ魔法属性の適正は、全部で四つ。水・風・土・光の四属性だ。そしてそれとは別に人には魔法の適した使い方というものが個体差で存在する。とは言っても明確に決まっていると言う訳ではない。あくまでも本人の性格や経験則、魔法の扱い方等によって生じる癖のような程度で、本当に僅かな差だけど。
それでも私の魔法にも確かに属性毎に癖はあった。
風属性は威力こそ低いものの短い詠唱でも扱い易くて、結果として短時間で魔法を連続的に行使する事が可能な連射タイプ。
土属性は反対に威力が高い魔法の想像が容易だけど、小回りはし辛くて制御がやや不安定な一撃タイプ。
水属性はその中間で土属性よりは詠唱が短く風属性よりも威力は出る中間タイプ。ただ逆に言えば風属性よりも連射はし辛く、土属性よりも威力は軽いので何かに特化している訳ではないので融通が聞き辛く、相対的に使用頻度も高くはない。
光属性は回復や防御に適している治癒タイプ。だけど詠唱時間は他三属性の攻撃魔法よりも長めになりがちで連発し辛く、一人では戦闘中に使えないのでファクト達との連携が前提になる。それと光属性の攻撃魔法と言うのも当然あるのだけれど、私はそっち方面が少し苦手。使えなくはないけど、詠唱時間と比べて威力が低いから他の三属性を使っていた方が様々な面で都合が良い。
また私達の集団で魔法の属性が被ってるのは私とツァーイの光属性だけ。それでもその光属性の攻撃魔法をするのが苦手な私に対して、ツァーイは苦手意識を持っていないから攻撃面でも使う事がある。その代わりにツァーイは防御魔法を使うのに苦手意識を持っていたり、回復魔法の詠唱時間が私よりも短い代わりに回復量が若干劣っていたりと、こんな感じで癖と言う名の個人差は確かに感じる事がある。
何はともあれ今までの攻防で、普段の魔物討伐の容量で風や水の魔法で援護に徹して動いても効果が薄い事は分かった。だからこそ私は岩属性の魔法を使う事にしたのだ。
そうして発動した魔法は、標的である【強欲のアワー】を捕えた。魔力によって構築された巨大な岩の拳は、確かに振り下ろされて命中をした。
少なくとも私の目にはそう見えていた。――なのに次の瞬間には、本物と遜色のない強度や重量を誇っている岩の拳に亀裂が入り、徐々に罅割れていき、最後には砕け散ってしまった。
「舐めてるのか……? この程度の魔法じゃあ、俺にダメージを与える事なんて出来る訳がねぇだろうが!」
「嘘でしょ……。水や風は別としても岩なんだから、ダメージの一つや二つ入りなさいよ!」
「生憎と俺は頑丈なんでな!」
「一体どうすれば……。」
想定外の光景に思わず怯んでしまう私に、大剣を軽々と振るっているアワーが何食わぬ顔で言葉を返した。さっきと同じ要領で大剣を振るう事で魔法を切り裂いたとでも言うのだろうか。私には剣が振るわれた様子さえ見えなかったと言うのに。
けれどアワーが私の魔法に対処をしている間に、背後からファクトが息を殺しながら骨の腕で殴るように飛び出していた。私はそれに気づいているけれどアワーにはその事を悟られないように、怯み続けているのだと思わせるように怯えた表情を浮かべながら数歩程後ろに下がる。
「そうそう。それと、その程度の襲撃は俺に通用しねぇから、なぁ!」
「ナッ……!?」
「きゃあ!?」
だけどそんな小細工も無意味だと嘲笑うかのように、アワーはクルッとターンをしながら背後に向かって大剣で斬りかかる。
突然のカウンターによって不意打ちをしようとしていたファクトが振るった筈の骨の腕は届かずに、咄嗟に反対の手で握っている漆黒の大剣でアワーの大剣を受け止めて防御を試みた。
だけど二本の大剣がぶつかったままに、アワーがファクトを押し流すようにもう一度ターンをした。その結果としてファクトは私の方へと吹き飛ばされてしまった。それに対して反応を出来なかった私は、受け止めきれずに、ファクトと一緒に勢いよく吹き飛ばされてしまった。
やがて少し離れた箇所にある一本の木に背中をぶつける形で私達の身体は止まってくれた。
「ファクト……! 大丈夫!?」
「アア……。ソレヨリモ、フェアリノホウコソダイジョウブカ?」
「おいおい、こっちはまだまだ遊び足りないんだ。ふわぁ……もうちっと頑張りを見せてくれないか? 最も絶滅危惧種の出来損ないと、一族からも見捨てられた出来損ない程度じゃあ、俺には絶対に勝てないけどな。」
互いの無事を確認しながら私達は再び立ち上がる。それを余裕綽々とばかりに、二本ある内の大剣の一本を片手でクルクルと遊ばせながら欠伸までするアワー。
だけど実際に私達の間には、それ程の力量差があるのだと思い知らされていた。魔物化を使用したファクトがここまで一方的に押されているのが、その最たる証拠だ。あの狂暴化したカレントバジリスクでさえも五分と五分に渡り合い、足止めを出来ていた。けれど今回は私達が二人がかりになっても完全に遊ばれている。
「ヴァンディムヲゼツメツニオイコンダノハ、サタトリュービィヲホロボシタノモ、オマエノシワザダロ……!」
「ん……? 何だお前、魔人の国の生まれなのか? いやーあそこは実に美味しい国だったよ。他の魔人の集落と比べて、餌の数も、その質も、実に良かった! この世界に転生を果たしたばかりの俺にとっては、正に極上の経験値だった!!」
ファクトが吠えるかのように言い放った言葉に対して、アワーは否定をする訳でもなく素直に肯定をした。ファクトの故郷を滅ぼしたアワーと、討伐対象である【強欲のアワー】はやはり同一人物だった。
だけど狂気を称えるかのようにどす黒く濁った輝きを見せるアワーの瞳に、私は恐怖を感じずにはいられなかった。それでもファクトが引こうとしない以上は、私も戦うしかない。どうにかしてこの戦いに勝利しないと私達に未来はないのだから。
「キサマァァァ……!」
「駄目、ファクト! あいつの挑発に乗ったりしたら……!」
何か作戦を考えないと。この状況を変えられるだけの、何かを。けれどアワーの言葉に憤りを感じたファクトは喉が焼き切れるんじゃないかと心配になりそうな位に大きな叫び声を上げながら、向かって行った。
当然ながら私の呼び声は聞こえていないようだった。ファクト自身が以前に魔物化を使用している最中は暴走をしていなくても、好戦的や感情的になり易いと言っていたから仕方のない事ではあるのだけれど……とにかくこうなったら私がファクトに合わせながら、戦いを有利に出来るように動かないと。
そうして考えた私は、普通の魔法が通用しないアワーを相手にある魔法を使う事を決めた。魔力のコントロールが普通の魔法とは比べ物にならない程に繊細で、難しく、今の私では実践的じゃない。けれどこれしかない。今の私が使える最大限の効力を誇る魔法――三重魔法を。
魔法と言うのは通常は八属性の内、『一つの属性で一つの魔法を放つ』ように使用する。体内にある魔力を消費して、現実に火を放ったり、風を起こしたり、光で癒す、と言ったように。
だけどそれはあくまでも通常の魔法だ。魔法には様々な扱い方があり、太古の時代から多くの先駆者達によって多種多様な進化、派生、分岐を起こしていると言われている。そしてその一つが二重魔法。『二つの属性で一つの魔法を放つ』と言うもの。
二重魔法は妖精人の間でのみ伝承をされている技術で、人間を初めとする他種族の殆どはこの技術を知らない。半妖精人として生まれた私は妖精人の集落で過ごしていた時期があるから話に聞く程度には知っていたけれど、半端者として忌み嫌われていた為にその全容を知ってはいない。
けれど故郷を追い出された私は、冒険者として旅をしている内にどうにかして二重魔法を習得しようと努力を重ね続けた。ファクトと出会う前の私は、一日一日の日々を生き抜く為に必死だった。
だけど二重魔法を発動させられるようになったのは、ファクトと出会ってから少しばかりの時間が経ってからだった。それも発動させる事は出来るけれど、二つの属性を一つの魔法に練り上げるのは時間がかかる上に、魔力の消耗も激しくて、オマケに魔法の効力を制御するのが難しいから広範囲に被害を出してしまう可能性もある、と言った様に実践では扱いきれないような、言わば失敗作と呼べるもの。
恐らくは私がきちんと伝承をせずに独学で会得しようとしている影響なのだろうけど、それでも私は二重魔法の制御を諦めようとはしなかった。そして二重魔法の先にある、三重魔法――『三つの属性で一つの魔法を放つ』――の習得にまで至った。
二重魔法も三重魔法も完全な制御には至っていないし、魔法の発動までに時間がかかる事を考えると実戦向きではないから結局一度も実践で使った事はない。
だけど普通の魔法も、魔物化したファクトの攻撃でさえも軽くいなしてしまうアワーを仕留めるには、この危険な魔法を使うしかなかった。
私は体内にある魔力を活性化させながら、風・土・水の三属性を一つの魔法に集約させようと想像を高める。
「ウオオオォォ!」
「はっ、随分と単調な攻撃だな。所詮は半端者って所か。」
勿論その間にもファクトとアワーの攻防は続いている。ファクトの大剣や骨の腕での攻撃を、二本の大剣で軽々と弾き返している様は遊ばれているようにしか見えない。アワーはその言動から私達を敵だとは認識しておらず、玩具で遊んでいるような感覚なのだろう。
だからチャンスは一度だけ。アワーが油断をしている間に三重魔法を放って、一気に仕留める。
三重魔法の発動準備をしている間は、他の動作や思考をする事は出来ない。少しでも意識が逸れてしまえば、体内の魔力は簡単に霧散してしまい、また一から準備をしなければならないから。だからその間はファクトの無事を信じるしかない。ファクトに万が一の事があったらと思うと、気が気ではないけれど、それしか私達が生き残る道はないだろうから。
『降り注ぐ巨石』『割れた破片』『飛び交う刃』『切り刻む水と風』……複数の属性を合わせる事によってどんな事象が起きうるのか、魔法の想像を強く、鮮明に想像する。体内の魔力が複雑に絡み合いながらも一つになっていく状態を思い描く。
「折角の魔人の力も使いこなせてねぇ! 何とも無様な状態じゃあねぇか!」
「ナメ、ルナアァ!」
目の前の男が、俺の故郷や家族、友を奪い尽くした仇がどうしようもない程に憎くて、憎くて、堪らない。魔物化の影響でどす黒い衝動がより一層強くなっているのを感じてはいたけれど、戦っている内に感じ始め、次第に少しずつ強くなっている『俺ではこいつに勝てない』と言う不安を黙らせる為に何度も漆黒の大剣と透明な骨の王の腕を振り回し続けた。
だけどただの一撃も命中する事はなく、その攻撃の全てが軽くいなされ続ける。
「これなら魔人の国で殺し尽くした連中の方が遥かにマシだったぜ! 最も連中が束になっても勝てない程に、俺は強い訳だがなぁ!」
「クッ……」
実際にその言葉通り魔人の国はアワーの手によって滅ぼされた。男も、女も。老人も、大人も、子供も、赤子も。魔人も、半魔人も。生き残ったのは偶然外に出ていた俺一人だけだ。
「ネガティブ・バーストッ!」
何度も当たらない攻撃をし続ける中で、骨の腕で殴る! と見せかけて、闇属性の魔法を放った。無数の闇の弾が宙に現れて、その全てがアワーに向かって飛んで行く。
「だから、魔法なんざ効かねぇんだよ!」
けれどその一撃もフェアリが放った魔法と同じく大剣を一振りするだけで、いとも簡単に打ち消されてしまう。だけど狙いは魔法での攻撃ではなく――
「ウオオオォォォッ!」
放たれた無数の弾の背後から走り込んでいた俺は、そのまま勢いよくアワーに向かって頭突きをするかのように突っ込み、爆発鬼の一本角を突き刺そうとした。
爆発鬼の角は本来なら二本角だが、半魔人であるファクトには左側に一本しかない。だから頭上の左側で相手の左胸――心臓――を狙うように突進をしたのだ。
「はっ! 少しは考えたようだな。だが――」
だがアワーの身体能力はファクトのそれを上回っていた。最小限の動きで角での一撃を避けられてしまい、逆にアワーが左手に持っている大剣をファクトに向けて一刺しした。勢いよく突っ込んでいた状態のファクトにそれを避ける手段はなく、左足に一撃を受けてしまった。
「ガアッ……!」
「お前と俺の力の差って言うのはよお、小細工でどうにかなる次元じゃねえんだよ!」
突き刺した大剣を引き抜きながら、高笑いをするアワー。幸いにもファクトの足は切断されてはいないが、受けたダメージは決して軽いとは言えないものだった。魔法や薬での回復をしない限りは、今すぐに動き回る事は難しいだろう。
だけどそんな状況でもファクトには最後の秘策があった。爆発鬼の角に魔力を集中させる事で、魔力の量に応じた爆発を前方向に起こす事が出来るのだ。最も身体の一部分が爆発をする為に、決して少なくはない反動を受けてしまうのが欠点ではあるが。
「(出来る事なら角を奴の心臓に突き刺した上で爆発をさせて、即死を狙いたかったんだがな……。)」
先程の一撃を避けられてしまった事に心の中で悪態をつきながら、ファクトは爆発鬼の角をアワーに向けたまま、体内にある魔力を角へと集中させた。
「フキ、トベエエエェ!」
瞬間的に爆発鬼の角が紅く輝き、『ドガンッ!』 と大きな音を上げながら爆発が放たれた。それと同時に足にダメージを負っていたファクトは、その場に踏み止まる事が出来ずに反動で後方へと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながら、ファクトは爆発の瞬間に感じた確かな手応えにニヤリとほくそ笑んだ。幾ら奴が強靭な力を身に着けているとは言え、人間である以上はあの爆発を至近距離で受けてしまえば耐えられる筈がないからだ。
先程とは違い、今度は木に衝突をする前に地面を数度転げ回る形で動きが止まった。足に受けたダメージと爆発の反動で戦う為の力は殆ど使い果たしてしまい、魔物化が強制解除されてしまったけれど、辛うじて意識だけは保たれていた。
「っ……はぁ、はぁ。これで魔人の……仇を……」
魔物化が解けて人の姿に戻った事で滑舌も普段通りに戻ったファクトは、アワーが立っていた場所を見据えながら言葉を綴る。その場所は黒煙が立ち上っていて、アワーの姿を視認する事は出来なかった。だがそれでもファクトは勝利を確信していた。いや、勝利を確信したかったのかも知れない。
何故なら今のファクトには戦える術が殆どなかったから。足にダメージを負ってしまった以上、漆黒の大剣を使っての戦闘は踏ん張りが利かずに困難であり、魔法での戦闘も魔力の多くを爆発鬼の角に費やしてしまったので多くは行えない。オマケに魔物化を使うだけの余力もないので、暴走覚悟でも使用は出来なかった。
「ったく、やってくれるじゃねぇか。」
「なっ……」
だからその声が耳に聞こえて来た瞬間に、ファクトは絶句した。これは何かの間違いだと思いたくて、だけど心のどこかで納得が出来てしまっていて。
「……っと、これじゃあ何も見えないな。吹き飛べ、風!」
魔法により発生した風が爆発の名残である黒煙を周囲へと吹き飛ばし、その中から【強欲のアワー】が再び姿を見せた。
但しその姿は先程までとは大きく異なっていた。全身が紅くなっており、頭部には二本の紅い角が生えている。更には両腕と両足がさっきまでの二倍は太くなっており、どう見ても人のそれではなかった。
「そんな、馬鹿な……嘘だ……あり得ない。」
ファクトはその姿に見覚えがあった。だからこそ何度もその現実を否定するかのように、首を左右に振った。何故ならその姿は旅の中で何度か戦った事のある魔物、そして魔人ある父方の祖母が魔物化を使用した際の姿――爆発鬼と瓜二つだった。
「クッハハハハハ! あり得ない? あり得ないって一体何がだよ!」
先程までにも増してより一層と強く嘲笑をするかのように、勝ち誇るアワー。その異形な姿が何を意味しているのか、ファクトにはすぐに理解出来た。魔物化だ。だがそれが意味する事は、かつて魔人を絶滅させた【強欲のアワー】もまた魔人だと言う事。
魔人は種族としての個体数が少ないが、それ故に結束力の高い種族だった。少なくともファクトの故郷であった魔人の国では純血だろうと、半端者だろうと、その家族に別の種族がいたとしても、皆が皆仲良く暮らしていたのだ。それこそ国ぐるみで一つの家族のように。
他の魔人の集落の様子をファクトは知らなかったが、そんな故郷の姿を知っているからこそ、同族殺しをする魔人がいる事を受け入れる事が出来なかった。
何より魔人は魔人を見分ける事が出来るが、ファクトはアワーが魔人だとは見抜けずに、人間だと思っていた。
アワーの黒い髪と瞳は確かに魔人の特徴でもあるが、半妖精人の銀髪等とは異なり別の種族にも表れる特徴ではあるのでアワーが魔人だとは夢にも思わなかったのだ。
「何で……何で魔人を絶滅へと追い込んだ仇が、魔人なんだ! 魔人が同族殺しなんてする訳が……」
「それがするんだよなぁ! 最も俺は他の魔人とは異なる、謂わば異常者って奴だしな!」
唖然とする様子のファクトが地を這いつくばりながらもうわ言のように呟いた言葉に、アワーは傑作だとでも言わんばかりに嘲笑いながらジリジリとファクトへと近づいて行く。
「異常者……だと?」
「ああ、冥土の土産に教えてやるよ。俺は死神の手によってこの世界に送り込まれた異世界転生者なのさ。そして神は俺にあるスキルを与えた! そのスキルとは『強欲の加護』! 俺が殺した相手の力を奪って自らの力へと還元させる!」
得意気に語るアワーは言葉を続ける。奪える力は相手の冒険者情報の一部、魔法の適正属性、そして同族の種族特性の三つであると。
本来魔物化と言うのは個人の血統によって発現する能力が事なる。ファクトは透明な骨の王、爆発鬼、死を招く灰の狼の三種を扱う事が出来るが、これらもファクトの父親やその祖父、祖母達によって受け継がれて来た能力だ。
同様にドラゴン系統の魔物の血を受け継いでいればドラゴンの翼や牙を得たり、バジリスク系統の魔物の血を受け継いでいれば毒の分泌や耐性を得る事が出来る。
血によって先祖の魔物化を全て継承できる訳ではなく、魔法の属性のように受け継いだ魔物化の能力の内、実際に個人が発現するのは一部ではあるのだが、それでも受け継いでいない力を行使する事は本来であれば絶対に不可能だ。
「――つまり俺は、俺が殺した魔人の魔物化を全て使えるって訳だ! 勿論お前の故郷だった魔人の国の連中のもな。」
だがこの男が語っている『強欲の加護』と言うスキルが語る通りの能力だとすれば、自身が殺した魔人の所有していた魔物化の力の全てを自身の物にする事が出来ると言っているのだ。
それに対して半魔人であるファクトは、そんな力もスキル名も聞いた事がないと言う以前に、そんな力があって良い筈がないと言うのが最初の印象だった。そして同時にアワーが何故同族殺しをしたのかを思い至った。
「(こいつは、魔物化の種類を増やす為に、その為だけに魔人を絶滅寸前になるまで、殺し続けたのか……!)」
「この爆発鬼以外にも透明な骨の王、死を招く灰の狼、赤き目の竜、凍てつく鬼、電撃の一角獣、他にも――」
ファクトの内心での怒りに気付いていないのか、或いは気付いている上で嘲り笑っているのかは分からないが、アワーは様々な魔物の名を口にしてファクトに聞かせた。
そしてその全ての名にファクトは聞き覚えがあった。自分が受け継いだ魔物化の魔物も、そうではない魔物も、その全てが魔人の国で家族や同胞が宿していた魔物の名前だ。
子供の頃は大人達が魔物化の力を十全に扱っている様を誇らしく思ったり、いつかは自分もそうなれるのだと信じて疑わなかった。けれどファクトは力の使い方を教えて貰う前に故郷を、仲間を失った。目の前にいる仇敵――【強欲のアワー】が全てを奪ったのだ。
どうにかしてこの男を殺したい。皆の仇を討ちたい。そう言った感情が強まるばかりだったが、身体はボロボロで戦う為の力は殆ど残っていない。力が戻ったとしても、自分とアワーの間には圧倒的な力量差がある。それも強欲の加護によって奪って来た命の力を我が物として振るっているのだから、一体どれだけの差があるのかは測定不能だ。
フェアリは三重魔法発動の為に意識を集中させていた。だからその間に起きていたファクトとアワーの攻防や会話と言うのは殆ど理解していなかった。正確に言うのであれば攻防の様子は見ていたし、何かしらの会話をしていたという事実を分かってはいるのだけど、それがどういった内容なのかは理解出来ていない。
何せ魔力の扱いが普段の魔法よりも複雑で困難なものなのだから、脳が余計な情報を受け付けまいと、勝手に情報をシャットダウンさせてフェアリの思考にまでは回って来ないのだ。
一種のトランス状態に陥っているような虚ろな意識の中で、魔力の流れや魔法の想像だけに集中をしながら魔法を練り上げ続けた。そうしてやっとフェアリは三重魔法の準備を終える事に成功し、後は詠唱を唱えるだけだった。
「降り注ぐ星々……戦場を駆ける刃……三つの輝き――」
通常の詠唱とは異なり、断片的な言葉が次々と零れ落ちる。
「天空より放たれ……大地を穿ち……我らの敵を葬りたまえ――」
半妖精人特有の膨大な魔力の多くを占める割合が一つの魔法へと圧縮され始め、その影響が周囲へと余波として現れて、術者であるフェアリを中心地としながら緩やかな風に膨大な魔力が吹き荒んでいた。
「メテオールオーヴァン!!」
そして発動した三重魔法は、上空から【強欲のアワー】を目がけて落下する複数の小型隕石としてその姿を現した。




