記憶三十八―アワー、それは魔人(ヴァンディム)を滅ぼし者―
アンナさんから借りた鍵を使い、宿泊部屋に入った僕達。部屋の作りは他の街や村で借りた協会の宿泊部屋と比較すると非常に簡素な二人部屋だった。簡素とは言っても必要最低限の日用品は設置されているし、この部屋を借りるだけでも普通の生活を送る事は出来るだろう。
二人部屋と言う事で二つあるベッドの内、僕とツァーイがその内の一つに隣り合わせに座り、もう一つのベッドにファクトとフェアリが座り込んだ。
「……俺はこのクエストを受けるつもりだ。」
僅かな沈黙の時が続いたが、その静寂の中で静かに、それでいてハッキリとファクトが告げた。
僕達の中で唯一人の討伐を行った事があるファクトがその決断を下すだろうと言う事は分かっていた。いやきっと僕だけじゃなく、きっと他の二人――特にフェアリ――も分かっていただろう。
「人を……殺すの……?」
「ああ。俺達は自由に暮らせる居場所を求めて、このフリーダ村を目指して来た。だが村長や村人の言葉が本当なら、この村はもう長くはない。……アワーを殺さなければ、俺達がこの村を目指して来た事も無駄になる。」
未だに決断をしきれない僕とは対極的に、ファクトは一切の迷いを感じさせないように強く断言した。
本当は僕だって分かっている。頭の中ではファクトの言っている事が正しい事なんだって。村長達が【強欲のアワー】と呼んでいる悪人を倒さなければ、このフリーダ村――ツァーイ達が普通に暮らせるかも知れない新天地――がなくなってしまう。そうなってしまえば僕達はまた当てのない旅に戻る事になる。
森で迷っている間にツァーイにも言ったけれど、世界は広いのだから探し続ければいつかはフリーダ村のようにツァーイ達を受け入れてくれる土地を見つけられるとは思っている。だけどそれが一月後になるか、一年後になるか、はたまた数十年後になるかは分からない。
それに村長や村の人達は、今の所ツァーイやフェアリの髪色を見ても【蒼い疫病】や半妖精人だと悪意や敵意を向けてはいない。僕達を受け入れようとしている人達。そんな人達にとっての脅威となっている悪人。どちらかが犠牲になるしかないのなら、自分がどちらを選びたいかは明らかだ。
だけどそれでも人を殺す忌避感と言うのは多少ある。僕達が直接襲われた訳ではないのに、こちらから相手を殺しに行こうと言うのだから尚更だ。いっその事突然襲われて、いきなり戦闘にでもなってくれた方が割り切り易かったかも知れない。選択をする時間があると言うのは、自分達の命を惜しんでこの場を離れるのであればありがたい事だけれど、戦う事が正しいと思える状況下では寧ろ残酷なようにさえ思う。
「……そんな顔をするなよ、イラ。別にお前達にまで着いて来て欲しいとは言ってないだろ?」
「ファクト……? 何を言って――」
よっぽど酷い表情を浮かべていたのか、ファクトに茶化された。けれどその言葉の意味が理解出来なくて、理解したくなくて、問い正そうとした言葉も遮られた。
「俺はこのクエストを、一人で受けるつもりだ。……【強欲のアワー】が俺の知っているアワーと同一人物だとしたら、これは俺の――魔人の問題だ。」
ファクトが静かに発っした言葉からは、もう決めている事だと言う覚悟を感じられた。きっと僕達がどれだけ止めようとしても、ファクトはきっと行ってしまうのだろう。
「そう言えば村長達と話している時も言っていたけど、ファクトはそのアワーって人と知り合いなの?」
僕が何て言えば良いのか分からないでいる内に、ツァーイがファクトに問いかけた。
「ああ。奴は俺達魔人の仇だ。……前に魔人が絶滅しかけていると言ったのは覚えているか?」
「……うん。」
ファクト達と初めて会った時に会話の流れで言っていた事を覚えている。あの時は絶滅の件に突っ込んだら、会話を切られたんだっけ。
「……元々魔人は種としての数が他の種族と比べてかなり少なかった。半端者を含めても、巨人の半分もいるかどうかって位だ。」
巨人と言うのは二~四メートルの巨体を誇る、文字通り巨人のような種族だ。その巨体故に他種族の集落に出入りをする事は少なく、巨人の集落も膨大な空間リソースを必要とする為に、種族としての数はあまり多くないらしい。あくまでもツァーイから聞いた話や、ツァーイから借りた本に書いてあった事だから、実際にどうなのかって言うのは良く分からないけど。ここまでの旅で僕は一度も巨人を見た事がないので尚更分からない。
「そんな数少ない魔人の集落をアワーは幾つも破壊して回っていた。運良く生き延びた生存者が他の魔人の集落に情報を持って行き、その情報がまた他の集落へと伝わった。同族の数こそ少なかったが、それ故に繋がりが強い魔人の間でアワーの情報はすぐに拡散して行った。それこそ子供の噂話にも出てくる程度にはな。……そしてある日、奴は俺の故郷である魔人の国にも攻撃を仕掛け、滅ぼしたんだ。その日の俺は親父に言われて国の外へと狩りに出かけていたお陰で助かった。……だが故郷を失い、奴が戻って来るとも限らないと思った俺は必要最低限の荷物を纏めて旅に出たんだ。」
「そんな事が……。でもどうしてそれがアワーの仕業だって分かったの? 話を聞く限りだとファクトは襲われた時には外にいたんでしょ?」
ファクトが語った話の内容に、同じように故郷を失った経験のあるツァーイが絶句しながらも話の先を聞こうとしていた。フェアリは先程から話を聞いてはいるものの言葉を発さず、僕は相変わらず何て言えば良いのかが分からないままだった。
「魔人の国が滅ぼされた状況が、生存者の話と一致したからだ。……魔人も半魔人も、そうでない者さえ関係なく全ての人が殺されていた。死体は無造作に国中に放置され、建物は原形がない程に破壊し尽されていた。木々はなぎ倒されているか、燃やし尽くされるかのどちらか。川の水は干からびて、地面は抉られて……酷いありさまだった。今でも夢に見る事はあるし、そうでなくても鮮明に思い浮かべる事が出来る位にな。……奴がここにいると言うのなら、俺は魔人として奴を討つ!」
「ファクト……。」
拳を握りしめながら感情的になっているファクトにツァーイは声をかけるが、言葉は続かなかった。人を殺す事に抵抗心があるツァーイだが、故郷が滅びると言う共通点を持つからこそファクトを止める事が出来ないのだろう。
ツァーイの故郷は《サイス》と言う病によって彼女以外の村人が全滅した。元凶が病なのでファクトのように明確な仇が存在する訳ではない。けれど仮に《サイス》が自然発生した病ではなく、何者かが発生させたとしたらツァーイも敵討ちをしたいと思うのだろうか。
「……分かった。ファクトが行くなら私は行くよ。」
「フェアリ……!?」
僕やツァーイがファクトを止める事が出来ないままに、唐突に声を発したのはフェアリだ。
軽く発したようにさえ見えるフェアリの言葉に、ツァーイが驚いた。そんなツァーイに向かって、フェアリはどこか諦めの付いたような顔で愛想笑いをしながら言葉を続ける。
「私だって人を殺すのが良くないって事は分かっているよ。冒険者だからって簡単に割り切ったりは出来ない。だから今までも自分からそういうクエストは受けようとも考えなかった。……でもね、殺すとか、殺さないとか、本当はそんな事、どうだって良いの。私にとって一番大切なのはファクトだから。……それにこの調子だとファクトを説得してここから逃げる方が難しそうだし。だったら傍にいた方が少しは安心出来るよ。」
笑いながらも真剣な表情でそう告げるフェアリの様子が少しだけ眩しく見えた気がした。旅の中でファクトとフェアリが僕達と出会う以前から恋人関係にあるのだと聞かされていた。そしてその言葉通りに二人は互いの事を大切に想いあっているのだと、一緒に行動をし続ける中で何度も見せつけられていた。
そんな二人の様子を見て僕は多少の羨ましいと言う気持ちと、二人には絶対に幸せになって欲しいと言う応援にも似た感情が芽生えていた。
この二人はきっとどちらかが欠けては駄目になってしまうのだろう。ファクトが同族の敵討ちをすると言って聞かない以上は、フェアリも必ず着いて行く。そしてファクトを説得出来ない限りはフェアリも説得出来ず、僕やツァーイがどんな行動を選択したとしても二人は村長達のクエストを受けて【強欲のアワー】との戦いに挑んでしまうのだろう。
ただでさえフェアリはファクトの指示とは言え、カレントバジリスクの時に逃げ出した事を悔いている。あの時は結果的に僕達が助けに向かう切っ掛けにはなったけれど、それでもフェアリは時折気にしている素振りを見せる事がある。
「ああもう! ……分かったよ、もう止めない。だけどその代わりに私も一緒に行くからね!」
「ツァーイ!? 君まで何を言ってるの……。だってツァーイは――」
「うん。怖いよ……。目の前で誰かの死体を見るのは、もう嫌だって思ってる。……だけどファクトや村長の話だとアワーって人が危険な人だって事は確かだし、もしファクトとフェアリが死ぬような事があったら絶対に後悔するから……それなら私が一緒にいた方が少しは勝算も高くなるかなって……。」
そう言いながらツァーイはフェアリと同じように愛想笑いをしていた。止めようとする僕に心配をさせないように。だけどその笑みはフェアリの物と比べてもぎこちなくって、何より普段の笑顔とはかけ離れているのが分かる。身体が少し震えているように見えるのも、気のせいなんかじゃない。
「今までにない危険なクエストになると思うからイラはここで待っていて。クエストの一つや二つ、すぐに終わらせて戻って来るから。」
それでも笑みを浮かべながら告げるツァーイの様子はどこか痛々しく見えて、放っておく事が出来なかった。
「分かった……。ツァーイが決めたなら、もう止めないよ。だけどツァーイが行くなら一緒に行くから。」
「ありがとう、イラ。だけど今回ばかりは――」
「僕が足手纏いだって事は分かっているよ。……でもツァーイに万が一の事があったら、僕はどうすれば良いの……? ツァーイがいなくなったら、僕は生きていけないんだよ?」
ツァーイの言葉を遮って抗議を続ける。実際の所僕の衣食住はリベルーチェ(ギルド)のメンバーと言う名目でツァーイに賄われているのだから、ツァーイがいなくなってしまうと僕一人では冒険者として生きて行くのは厳しい(と思う)。
ただこれはあくまでもツァーイに同行を拒否されない為の言い訳だ。それもとても苦しい類の。本音を言ってしまえば僕の衣食住自体はどうでも良いのだ。今までの旅や魔物の討伐の中で、自分自身の生に対する執着心のような感情が希薄だと言う事は認識出来ている。
いや別に「死にたい」とか、「生きるのが辛い」とか、そこまで思っている訳ではないし、自殺願望があったりする訳ではないよ? 僕にとっては自分の命よりも、ツァーイの方が大切で、優先順位が高いってだけで。それにツァーイだけじゃなく、ファクトやフェアリも大切だ。ツァーイよりは優先順位が下がるかも知れないけど、それでも自分の命よりはずっと大切だ。
それなら危険が付き纏ったとしても、僕はツァーイと一緒にいたい。最後の瞬間まで彼女の傍にいて、彼女の為に戦いたい。その結果として本当に僕が死んだとしても、ツァーイを守れるのならそれで良い。
「それは……」
「お願いだから、ツァーイの傍にいさせて。……それに君が拾ってくれた命なんだから、君を守る為に使わせて欲しいんだ。」
「……私がイラを助けたのは、そんな風に想って欲しいからじゃないよ。私はただ……!」
「分かっているよ。でも僕がそう想うのは、僕の勝手だよ。」
「……イラは本当に言う事を聞いてくれないよね。ファングの街から逃げる時も、カレントバジリスクの時も、今回も。」
「そうだね。だけど考えるよりも、早く勝手に動いちゃうんだから仕方ないよ。僕にとってツァーイは、それだけ大切なんだから。」
「……っ。分かった。だけどその代わり、私の指示には従ってよ。」
「うん。……でもツァーイを置いて逃げろとか、そう言うのは嫌だよ。」
「それはもう諦めてるよ……。だけどカレントバジリスクの時みたいに、無茶はさせないから。」
互いに見つめ合いながら、言葉を交わす僕とツァーイ。これが恋愛小説か少女漫画ならロマンチックなムードでもあったかも知れないけど、生憎とそんな雰囲気ではなく、僕達の間には悲壮感が漂っている気配さえあった。
けれどそうして僕達の決意が固まった頃にふとある事に気付いた。
「……あれ? ファクトとフェアリは……?」
「……もしかして先に行っちゃったとか?」
僕達が話合っている間にファクトとフェアリ姿が見えなくなっていた。真正面にあるベッドの上に座っていた二人の姿はいつの間にか消えていて、出入り口の扉が僅かに開いていた。
「とにかく急いで追いかけよう!」
そう言ってベッドの上から飛び降りて部屋の外へと走り出したツァーイを僕は追いかける。
下のフロアへと移動をして村長達に確認をしてみると、案の定ファクトとフェアリが二人でクエストを受注して屋敷の方へと向かって行ったと教えてくれた。ついでに屋敷の方角を教えて貰った僕達は、二人の後を追って協会を後にした。
「ねぇ、本当にツァーイ達を置いて来ちゃって良かったの……?」
「……さっきも言ったけど相手があのアワーなら、これは魔人の問題だ。……それよりフェアリこそ、協会に戻って――」
俺達はイラとツァーイが口論をしている間に、こっそりと部屋を抜け出してアワーが占拠していると言う高原の屋敷へと向かっていた。村長やアンナさんから正式にクエストを受注して、村人達に見送られながら協会を後にして。
本当は俺一人で行くつもりだったのだが、口論をしていてこちらへの注意が逸れたイラ達とは違い、フェアリの目を盗む事は不可能で、こうして二人で向かう事になってしまった。
正直な事を言ってしまえば魔人を絶滅へと追い込むような相手に半魔人である俺が勝てる確証は何一つとしてなかった。それ位に危険な相手と相対しようと言うのだから、フェアリを連れて行きたくはないのだけど。
「何回も言ってるでしょ? それは絶対に嫌だって! カレントバジリスクの時に私がどれだけファクトを心配したと思っているの!? ファクトが魔物化を使ったとしても、もう二度と離れないんだから……!」
先程から何度もイラ達の所へ戻るように説得をしてはいるのだが、フェアリはそう言って聞かなかった。カレントバジリスクと戦った時にフェアリ一人を逃がした事が原因なのか、あれ以来フェアリは街中や戦闘中に以前にも増して傍から離れようとしなくなっていた。
何度繰り返しても平行線の会話のままに、高原の屋敷を視認出来る位置にまで辿り着いてしまい、結局は俺が折れる形となってしまった。
そのまま屋敷の付近にあった木々に身を隠して、フェアリと小声で行動方針を話しあう。
「それでどうするの? 正面から突撃する?」
「……いや、相手が本当にあのアワーなら恐らく個々の戦闘力は俺達よりも上の筈だ。出来る事なら不意打ちを仕掛けたい。」
言葉では半信半疑だが、俺は村長達が【強欲のアワー】と呼んでいた人物が、魔人の仇であるあのアワーだと確信をしている。その根拠は倒壊した建物の数々だ。
俺達が森を抜けて村に入って来た辺りや協会の周辺は外観だけなら平和なようにも見えたが、協会から屋敷に近づくに連れて景色は一変していた。
かつて家や小屋だっただろう建物の数々が無残な状態へと破壊し尽されており、荒地へと変わり果てていたのだ。そしてその周辺には木や花等の植物が本来の状態で存在する様を見かける事がなかった。倒壊した木々が無残な状態で放置されている様子なら確認出来たが。
屋敷の付近であるこの場に木々が本来の状態で残されているのは、恐らくアワーが自らの存在を誇示する為なのだろう。自分の身の回りには村から奪った大きな屋敷や自然が残されており、反対に村人達の建物や木々が破壊し尽され、荒れ果てている。
かつて魔人の集落を悉く破壊して回っていたアワーが、何故未だに村人を皆殺しにしていないのかは気にならない訳ではない。けれどそんな事は俺達にとってはどうでも良い事だ。今は奴を倒す為にも、屋敷に潜入する事を考えないと。
「それじゃあ敵に気付かれない内に屋敷の中に侵入しないとね。……でもどうすれば屋敷の中に入れるかな? 見た所だと柵も鍵穴もとても丈夫そうだよ。私達は鍵開けとか出来ないし、武器や魔法で壊したら気付かれちゃうよ……。」
「そうだな……。」
折角ここまでアワーに気付かれずに来れたと言うのに、奴の姿を視認する前にこちらの存在を悟られるのは危険だ。かと言って奴が屋敷から出て行った隙に潜入をすると言うのは、村人達の中から犠牲を増やす事とほぼ同義だ。
そんな風に出るに出られない状況に困り果て居る時だった。
「……ったく、村の奴らが何やらコソコソとしていると思ったらこういう事かよ。」
背後から知らない男の声が聞こえたのは。俺達は反射的に武器を構えながら振り返った。
「なっ……お前、いつの間に!?」
そこにいたのは俺よりも身長の高い男。年齢も離れているようで成人して久しくない程度には年をとっているように見えた。そして俺と同じ黒髪で、俺の右目と同じ黒の両目。背には大剣を二本も背負っている。かつて他の集落から生き延びた生存者が魔人の国に持ち帰って来た情報とほぼほぼ一致する男の姿。年齢等の情報もあの時から経過した年日を鑑みれば該当している。
一目見ただけで確信した。こいつが魔人を滅ぼし、俺の故郷を破壊し、家族を殺した男。魔人の仇、そして数少ない生存している同族。【強欲のアワー】なのだと。
「ファクト……この人何か嫌な感じがするよ。」
「……そうだな。」
男を見たフェアリが小さく呟き、俺はそれに対して小さく頷いた。アワーと思わしき男から俺達に対しての敵意は感じられなかったが、今までに感じた事がない程の悪意に満ちた気配を漂わせていた。
まるで絶対的な力を誇る竜が地を這う虫を踏み潰すような感覚。……つまり、俺達は敵としてさえ見られていないと言う事か。
「……お前が【強欲のアワー】か。」
「ああ。そうだ。……おめえらはアレか。村の奴らに唆されて俺を殺しに来た冒険者って所か。」
確信をしてはいたが一応は念の為にと、問いかけた言葉にアワーはアッサリと頷いて言葉を続ける。
「あの連中も雑魚の癖に懲りてねぇようだな……。お前達を殺したら、また見せしめに何人か殺してやるか。」
「そんな事はさせないよ! ローラム!」
他者を殺す事を全く厭わず、さも当然だと言うかのように発したアワーの言葉。それに対してフェアリがひっそりと詠唱を行っていた魔法を先制攻撃として放った。
水の刃を衝撃波として放つ魔法、ローラムだ。ヴァンクーペと同じ遠距離攻撃の魔法だが、凝縮した水圧を放つローラムの破壊力はそれ以上だ。しかし――
「あぁ? この俺に先制攻撃をするとは、本当に命知らずの大馬鹿野郎らしいな?」
「そんな……!?」
「くっ……」
アワーは落ち着いた様子で背負っている二本の大剣の内、一本を手に取って一振りをした。
たったそれだけの事なのに勢いのある風圧が発生し、フェアリの放ったローラムは水しぶきとなって俺達の方へと反射された。魔法としての形状は分解されているのでダメージはない。強いて言えば風圧の影響に耐え切れず、俺達は数歩程ではあるが、後方へと後ずさりをしていた位だ。
「おいおい。この程度で驚くなよなぁ?」
一方でアワー何でもないように笑っていた。一見陽気なようにさえ思える程の笑みとすら感じる。だがその表情や言葉とは裏腹に、視線だけで刺し殺されそうな威圧感を放っている。例え奴にとって俺達が虫けら同然の存在であろうと、逆らう者に容赦はしないという現れのようだ。
「俺に楯突こうって奴が久々に現れたんだ。もうちっと楽しませてくれよ、なぁ!」
そう言って大剣を片手で軽々と構えながら、こちらへと突進してくるアワー。大剣を片手で持っている癖に、その速さは何だよと思わず舌打ちしそうになるのを堪えながら、俺は手に持っている漆黒の大剣で応戦をする。
アワーの大剣と俺の漆黒の大剣がぶつかり合って、ガキンッ! と大きな音が響き渡る。しかしその実力は決して拮抗などしていなかった。
両手で漆黒の大剣を握りしめている俺に対して、片手で大剣を振るっているアワーは反対の手が空いているのだ。オマケに俺の方が押され気味になっていて、防戦になっていた。
「くっ……!」
「ビューンっと切り裂いて! ヴァンクーペ!」
そこへフェアリが魔法で風の衝撃波を放った。ローラムよりも威力は落ちるが、狙いは純粋な攻撃ではない。アワーに魔法への対処をする為の隙を作りだす事だ。
これで隙が一瞬でも出来れば、その間に俺が防御から攻撃に転じて、奴に一太刀を浴びせる事が出来る。戦闘中に膠着状態に陥った際に、俺達が良く使う連携の一つだ。
だがその連携さえも奴には通じなかった。アワーは空いている手で背負っているもう一本の大剣を引き抜くと、一閃。それだけでローラムの時と同じようにヴァンクーペ《切り裂く風》は風圧に掻き消されてしまった。
「……っ! お前、化け物かよ!?」
「おうよ。俺はお前ら出来そこないとは違うからな! 手前らとはスケールが違うんだよ! スケールが!」
そう言いながらフェアリの魔法を掻き消した大剣を俺に向かって振るうアワーの目は、狂気に満ちていた。
俺は後ろに飛び下がってその一撃を避けたが、こんなのは時間稼ぎにしかならない。すぐに奴が再び斬り込んで来る事だろう。しかも今度は二本の大剣を手にした状態で。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。こいつがヤバい事なんてとうの昔から分かっていた筈なのに、実際に剣を交えてみて今更ながらに勝機が薄い事に気付かされる。
故郷が滅んで、一人で旅をする事を決めて、冒険者になって、フェアリと出会って、イラやツァーイと出会って、やっとフリーダ村を見つける事が出来たのに……。ここまでの旅で俺が命を奪って来た人や魔物とは比べ物にならない程にこいつはヤバい。
タイガの森で戦った狂暴化したカレントバジリスク。あの強敵が可愛く見える程の強さに、人としての知性を持っている。そして人間だと言う事は何らかのスキルを持っていたり、身につけている衣服が魔装だとしたら特殊効果も得ていると言う事だ。
そして先程の「出来そこない」という発言。奴は半妖精人の特徴である銀髪を持っているフェアリだけではなく、俺も半端者だと見透かしている。
「出し惜しみをしている余裕はない、か……。」
これまでにない強敵との戦い。それも俺から全てを奪った元凶である仇。そんな男を前にして、俺は決断を余儀なくされた。
「フェアリ! お前だけでも――」
「嫌だって言ってるでしょ!」
「……だよな。」
それでもその決断をする前に、どうにかフェアリだけでも逃がしたかった。けれど「お前だけでも逃げろ」と言おうとした言葉はあっさりと拒絶される。分かり切っていた返答だったが、言わずにはいられなかった。
戦ってアワーを倒すしかない。最初から分かっていた事だが、俺は改めてその決意をより強く固めて、魔物化を使用した。依然として完全に制御出来るのは約二割まで、短時間に限定しても四割までだ。五割以上の力を解放すれば、俺は理性を失って暴走してしまう。
相手がカレントバジリスクのように魔物であれば五割以上の力を躊躇なく使った事だろう。だがアワーはあくまでも俺達と同じ知性を持った人だ。力任せの暴走では力量の差を埋めたとしても、勝機は薄い。
なら魔物化の制御は四割にするべきだ。暴走状態に陥る前に、この戦闘を終わらせる。それが俺達の唯一の勝ち筋だろう。
「はああアアアァァァ……!」
そして俺は意識を集中させて自らの体内に宿る魔の力を解放した。これによって魔物化が発動し、俺の身体は人としてのものから魔物としてのものへと変化を始める。
頭上の左側に爆発鬼の一本角が生え、右腕は透明な骨の王の巨大な骨状へと変化を遂げた。両足は死を招く灰の狼の皮が纏われて獣の足に。
「ヴァンディムノカタキ、トラセテモラウゾ!」
半魔人であるが故に魔物化の制御を出来ない。そしてその影響の一つとして、魔物化の力を行使している間は発する言葉が聞き取り辛いものになる。まるで覚えたての異国の言語を発しているように。
普段は多少の劣等感も感じているけど、今だけはどうでも良く思えた。こんな姿の俺を蔑まずに、受け入れてくれた仲間達と幸せを掴む為に。奴が殺した魔人とその住処、そして俺の家族の仇を取る為に。その為にならこの力を使う事に躊躇はなかった。




