記憶三十七―フリーダ村、それは自由だった村―
ただひたすらに森の中を歩き続けた。この迷いの森では魔物の姿は一度も見ていないので、戦闘を行う事もなく安全な状況が続く。だけど唐突な進展に程度の違いこそあれど、誰もが警戒心や緊張感を抱いていた。
それでも落とし穴や地雷のような罠が張り巡らされている事も、今まで姿を見せていない魔物が現れる事も、その他にも警戒していたような危険な出来事は何一つ起こらない。時折フェアリに魔力の乱れを確認しながら、進み続けるだけだ。そして――
「わっ……!? えっ? えっ? 何が起きたの!?」
今となっては慣れてしまった魔物との戦闘よりも、強い緊張感を抱いていた為に、目の前で起こった変化に強い動揺を覚え、思わず狼狽えてしまった。
今まで通りに森林地帯である迷いの森を歩き続けていただけなのに、急に景色が変わったのだ。ついさっきまでは森に見えていた奥地が、いきなり村へと変貌して見えた。近くには木で出来た家や、レンガで出来た家と言う様に多種多様な建物の数々が雑多に並んでおり、明らかに人の手が入っている道なりも見える。
試しに数歩だけ後ろに下がってみると、村や皆の姿が見えなくなり、先程までと同様に一面の森が広がっていた。そして下がった歩数分だけ進んでみると、村や皆の姿が見えるようになった。
「ここから先に入ると村の姿が見えるようになるみたいだね。外からだとツァーイ達も見えなくなっていたから、建物も人も全部隠せるのかな……?」
「そうだと思うよ。アイラ村(故郷)も少し離れたら全く違う風景に見えてたから……。魔法か、魔道具か、それともそれ以外なのかは分からないけど。」
「それじゃあ……ここがフリーダ村!? ファクト! ツァーイ! イラさん! 私達、やったんだね!」
「ああ……。だが、ここが本当にフリーダ村なのかを確かめないと。もしかしたら全く違う村って可能性も――」
狼狽えている僕の隣で懐かしむように呟くツァーイ。喜びを露わにして興奮しているフェアリ。それとは対極に冷静でいようと努めているファクトも言葉の端々からは同じように喜んでいる様子が伝わって来た。
「とりあえずは協会を――」
「お主達、良く来てくれたな。」
ツァーイが恐らくは協会を探そうと言おうとした時だった。年を取った初老の男性が現れて、話しかけて来た。
「わっ!? しまったフードが……!」
「ああっ!?」
「いや、ここでは大丈夫だろ……。ここがフリーダ村で、噂通りに来る者拒まずの村……ならな。」
いきなり現れた老人に驚き、それと共に今の今まで森を歩いていたので、フードを外したままだった事を思い出したツァーイがパニックに陥り、フェアリがそれに釣られる。そんな慌ただしい女性陣とは対照的にファクトが冷静にツッコミを入れる。
僕達はこのフリーダ村が自分達を受け入れてくれる村だと信じて目指していた。だからファクトの言う通り、ここが本当にフリーダ村ならば他の街や村とは違って、ツァーイ達がフードを被って正体を隠す必要はないのだ。
「ほっほっほ、主の言う通りここはフリーダ村じゃよ。素顔を隠す必要はないぞ。来る者拒まず……と言うのは、ちと曲解もあるが……まあ概ねはその通りじゃ。」
「曲解? 概ねは? ……何かハッキリしないね?」
「まあ何事にも例外はあると言う事じゃよ。例えばどんな種族でも心優しき者と悪しき者が存在するじゃろ? 勿論それは半端者であっても同じじゃ。悪しき者は純血であれ、半端者であれ、この村に入れる訳にはいかんという事じゃよ。」
「つまり悪い事をする人だけは受け入れないって事? それなら私達はオーケーですよね?」
老人の言葉を聞いたフェアリが問い返した。この村を発見してからのフェアリは普段よりもテンションが高くなっているようで、今も食い気味に話している。
「そうじゃな……と言いたい所じゃが、今は問題があってのう。儂と協会まで向かってくれんか。そこで詳しい話をするとしよう。」
フェアリの言葉に顔を曇らせた老人がシリアスな雰囲気を漂わせながら、有無を言わさぬように背を向けて歩き始めた。
「えぇーっ!?」
「どうする? 悪意は感じられないが、タイミングが良すぎる気もする。」
「確かに僕達が村に入ると同時に現れたよね、あのおじいさん。……でも罠って言うよりは、困っているように見えた気がするよ。」
「どっちにしても協会を探す必要はあるし、案内してくれるって言うならついて行こうよ。」
一人落胆するフェアリの横で話し合った僕達はツァーイの言葉でおじいさんに着いていく事にした。そのまま連れられて歩き続け、僕達はフリーダ村の協会へと到着した。村の協会は、街の協会よりも小さい。それでも宿屋や食堂と言った冒険者御用達の施設の幾つかは常備されている。
「村長! 無事にやり遂げたんだな!」
「冒険者様、お待ちしておりました。」
「お願いします! 俺の家族を助けて下さい!」
「冒険者の人達が来たぞ! これで奴に一泡吹かせられる!」
おじいさんと共に協会へと入ると、いきなり二十人程の人々に出迎えられた。けれど彼らの誰もが武装をしておらず、冒険者と言うよりは一般人にしか見えない。また何度見渡しても女性や子供はおらず、僕達とおじいさんを除いて、この場にいる人は全てが成人男性だ。
ただし協会に常駐している受付係のアンナさんだけは別だ。彼女はどこの協会にも瓜二つのソックリさんがいて、この村でもそれは同じようだ。
「皆の者、静まれ。騒いでは彼奴に感づかれるぞ。」
「は、はい。すみませんでした! 村長!」
「えっと、あの……これは一体……?」
沸き立つ男性達を厳格な声で静まらせるおじいさんと、彼を村長と言う人々の様子にツァーイが困惑した様子で尋ねた。ふとファクトとフェアリの様子も窺うと二人も困惑した表情を浮かべていた。僕も何が起こっているのかが分からないので、多分似た表情を浮かべているのだろう。
「実はお主達に儂を含め、フリーダ村一同から受注して貰いたいクエストがあるのじゃよ」
「私からもお願いしますよ! このままでは、フリーダ村が無くなってしまうかも知れないんです!」
おじいさん――村長――の言葉に続けて、協会の奥で震えた様子のアンナさんも頼み込んで来た。他の協会で見かけたアンナさんは仕事一筋のような真面目な人だと言う印象だったけど、フリーダ村のアンナさんは口調が砕けている様子で印象が違うように思えた。
「クエストだって、どうする……?」
「……話を聞いてから、だな。村長や他の人達の様子からして、ただ事じゃない様子なのは伝わって来る。……が、内容も分からないのに受注は出来ない。」
「そうだね。私達に出来る事なら手を貸したいとは思うけど……。」
「そうじゃのう。こちらの都合を押し付けるだけ……と言うのもぶしつけじゃしのう。話を聞いた上でお主らが無理だと判断したら、断ってくれても構わぬよ。……長旅で疲れてるじゃろうし、その辺の椅子にでも腰をかけて、楽な姿勢で聞いてくれんかの。」
村長に促されるがままに、僕達は近くに置かれていた椅子に座る。それを見た村長が語り始めた。
「まずお主達に受注して欲しいクエストと言うのは【強欲のアワー】と――」
【強欲のアワー】……って、また唐突に中二病チックな通り名が出て来たな。話を聞いていて、そんな感想が思い浮かんだが、例によって中二病チックな意味が理解出来なかった。
だけどそれよりも、『また』と言うのが引っかかった。またって何だ? 記憶を失って、ツァーイと出会って、それから今までに誰かの通り名を聞いた事なんて――いや、一つだけある。ツァーイの【蒼い疫病】だ。通り名と言うよりも、ただの悪口だけど。でもツァーイ自身から話を聞いた時には、こんな感想は微塵も思わなかった筈だ。『また』って一体いつの事――。
そこまで考えた所で、唐突に聞こえた大声によって思考が現実に引き戻された。
「アワーだと!? もしかして、そいつは黒髪の男か!」
村長の言葉を聞いたファクトが突然声を張り上げたのだ。その様子に村長や村の人達は勿論、僕やツァーイも驚いて何も言えなかった。ただ一人、フェアリだけが心配そうな様子でファクトに声をかけた。
「ファクト? いきなりどうしたの?」
「……っ、ああ。驚かせて悪かった。何でもないんだ。……それで、どうなんだ? アワーって奴は黒髪の男だったか?」
フェアリの声によって周囲の様子を理解したのか、ファクトは珍しく慌てた様子で謝った。それから一呼吸をおくと村長へと向き直りながら、改めて落ち着いた様子で確認をする。
「ふむ。確かに奴の髪色はお主と似た黒髪だったのう……。もしかして彼奴を知っておるのか?」
「……俺が知っているアワーとその【強欲のアワー】って奴が同一人物なら、な。まさかこんな所で聞く事になるなんて……。」
「訳ありのようじゃが、深くは詮索せんよ。……それで受けて欲しいと言うクエストは、その【強欲のアワー】の討伐。又は捕縛なのじゃ。」
【強欲のアワー】と言う通り名を持った存在。ファクトに似た黒髪の男。クエストの形式が討伐ではなく、討伐又は捕縛。ファクトの反応と村長の言葉からある一つの仮説が僕の中に浮かび上がった。
「えっと……その【強欲のアワー】って奴は、もしかして、魔物じゃなくって人……なの?」
それは今までに行って来た魔物の討伐ではなく、人の討伐――つまり、人を殺す事。
この世界に人殺しを罰する法のようなものは存在しない。だから【蒼い疫病】と悪評が流れているツァーイは人々から忌み嫌われているし、自らの正体が暴かれた際には命を狙われた事もあるようだけど、賞金首として世界中から命を狙われているような事はないと言っていた。
それでも幾つかの例外はある。街や村等の集落では盗人や殺人鬼の処遇が(土地によって様々だが)ある程度は定められている事もあるし、協会が悪人だと断定した人達は魔物と同様にクエストの討伐対象とされる事がある。
「……そうじゃよ。まだ若いお主らに酷な事を頼んでいるのは分かっておるが、彼奴を討伐して貰いたいのじゃ。」
「人の討伐……。」
僕の問いに頷きながら発した村長の言葉に、ツァーイが顔を曇らせる。
旅の途中で人の討伐を行うクエストを見かけ、その時にも尋ねたけどツァーイは今まで人の討伐を行った事がない。自らの正体がバレてしまった時に攻撃的な対応をされた際には、抵抗をする事もあったと言うが正当防衛程度の行いだ。人の命を奪った事は一度もないと言っていた。
あくまでも生きる為のお金を稼ぐ事を目的としているツァーイは、主に魔物の討伐を受注している。それ以外では薬草や鉱石の採取、落とし物の捜索と言ったクエストで十分だと語っていた。元々両親が残してくれたお金や、無数の道具を持ち運べる四次元ポーチを持っているので、クエスト量の少ない村でも特に困る事はなかったようだ。
反対に元手となるお金を殆ど持っておらず、持ち歩ける物資に限りがあるファクトやフェアリは大分苦労していたらしく、集団を組んでからツァーイが四次元ポーチの話をした際には、とても驚いていた。
「――二週間程前に結界や魔道具を突破して、彼奴はこの村に現れた。彼奴はすぐに村の外れにある屋敷を占拠し、そこを足掛かりとして村を襲ったのじゃ。まず最初に見せしめとして幾つかの家や建物を破壊し、自らに逆らおうとした数人の村人を殺した。次に若い女性や子供を屋敷へと連れ去った。更には彼女達を人質として、食料や金目の物を好き勝手に奪い尽くしておる。……彼奴を倒し、奪われた人と物を全て取り戻して欲しい。これがクエストの内容じゃ。……冒険者の方々、どうか儂らを助けてくれんかのう。」
「このクエストは協会としても正規の手続きを行って受理されていますので、皆さんがアワーを討伐しても協会から罪に問われる事はないです。……と言うか、このままだと本当にあの人のせいでこの村が滅ぼされちゃうので、助けて下さい!」
「頼むよ、冒険者様! 俺の嫁と子供を助けてくれ!」
「家のご先祖様が残してくれた家宝も奪われちまったんだよ!」
「結界を補助している魔道具の修理材料も持ってかれたんだ! このままだと次に魔道具が故障すれば、この村を隠しきれなくなる!」
頭を下げて懇願をする村長に続くようにアンナさんや、村人達が次々と心の底から助けを求めている。ある者は村長と同じように頭を下げ、ある者は涙ぐみながら両手で顔を覆い、ある者は不安そうにこちらを見つめている。
ツァーイが顔を曇らせたままどうしようか考え、フェアリも困ったようにオロオロとしている。ツァーイは故郷の人々が病によって全滅をして、当時の幼いツァーイは両親や友達、村の人達と言った親しい人達の遺体を何度も目にしている。だから人の遺体を目にする事にツァーイは今でも恐れを抱いていて、それが人を殺める事に苦手意識を強めているのだろう。
勿論相手が悪人だからと言って、喜々として人を殺するのは無理だ。抵抗心のような物が多少はあるし、少なくとも意思の疎通が出来ない魔物の討伐と同じ感覚で行う事は出来ない。勿論村の人達を助けたいとは思っている。それにここで恩を売る事が出来れば、僕達がここに永住する事を認めてくれるかも知れないと言う期待もある。だからツァーイも、フェアリも、僕も、悩んで、困っている。
ちなみに捕縛は討伐の数倍は困難だとファクトから聞いた事がある。ファクトだけは一人旅をしていた頃に人の討伐を行った事があると以前に話して貰った事がある。その時に「最初は捕縛をしようとは思ったんだが……殺さないように加減をしたら殺されそうになって、結局殺したんだ。」と重々しく語っており、「決して楽しい仕事ではなかった。……だけど報酬は美味しかったし、土地によっては魔物の討伐クエストが少ない場合もあったからな。」とも。
だからこのクエストを受注するとしたら、十中八九は討伐を行う事に同意する事に等しい。その事は実体験をしたファクトは勿論、その話を聞いた僕達三人も理解はしている。
「……クエストを受注するかどうかの前に、幾つか聞いておきたい事がある。」
そんな重苦しい雰囲気に呑まれる中で、口を開いたのはファクトだった。
「うむ。儂に答えれる事であれば、何でも聞くが良い。」
「それじゃあ一つ目の質問だ。俺達は十日以上も森の中をずっと彷徨っていたが、今日フェアリが魔力の乱れを感じるまでの間はずっとこの村を見つけられなかった。なのに村に入ってすぐに村長が現れた。……俺達が森に入っていた時から監視でもしていたんじゃないのか?」
「ほっほっほ、お見通しと言う訳じゃな。では順を追って説明するかのう。……主の言う通り監視と言う訳ではないが、森の中に出入りをする存在がいれば探知を出来る仕組みがあるのじゃ。直接視る事は出来ぬが、森の中でどんな行為を行っているか位は分かってのう。本来ならその仕組みで数日間は観察し、その者が悪人でないかどうかを見極めてから村に誘導をするようにしているのじゃが……。」
「冒険者の皆さんが森に入る前日に村が【強欲のアワー】に襲われて、滅茶苦茶にされちゃったせいで皆さんが森に入ってからすぐに探知出来なかったんですよ。ログも一部が滅茶苦茶になってましたし……。だけど時折剣を振るっているようだったので、皆さんが冒険者だと分かったんです。」
「魔術による結界を彼奴が強引に突破したせいで、復旧にも時間がかかったしのう。お陰でお主達が森を迷っているのに気づいたのは五日前になってしまったわい。それからの様子は彼奴の目を掻い潜りながらじゃが、手の空いている者で交代で観察しておったが問題はなさそうだと言う事でお主らを村に招いたのじゃ。村の魔法人や妖精人の者に魔力をちと弄って貰ってのう。」
ほっほっほ、と笑いながらしてやったりとでも言いたげな村長の様子に釣られてか、周囲の村人達もニヤリと笑みを浮かべている。アンナさんが言っている剣を振っているって言うのは、恐らく僕とファクトが木刀で稽古をしていた時の事だ。
森に入ってからは一度も魔物と戦闘を行っていないので、動きが鈍らないようにと結構な頻度で行っている。とは言ってもツァーイかフェアリが食事当番の時だけだ。僕が食事当番の際にはファクトとツァーイが行っている様子だったし、逆にファクトが食事当番の時はツァーイに一人で剣や弓矢の素振りをしたり、新しい魔法を試したりしている。
ちなみにツァーイと稽古をした事は一度もない。稽古とは言え恩人であるツァーイに剣を向けるのは、気が進まないからだ。ファクトは師匠とか兄貴分って感じがして、胸を借りるつもりで躊躇なく剣を向けられるけど、ツァーイに対して同じように稽古に誘うのは無理だ。最も剣の技量だけで言えばツァーイは(少なくとも魔物化を使用していない)ファクトよりも上なので、仮に一緒に稽古をしても簡単に僕が負けて終わりになる事だろう。
「なるほどな。その言葉に嘘がないのなら、あんた達が罠を張っていたり、何かを企んでいるって事はない。そう考えても良い訳だな?」
「うむ。儂らはお主達に彼奴を倒して、この村に平和と自由を取り戻して欲しいだけじゃよ。……まぁその為にお主らを利用しようとしているのは事実じゃがな。」
「悪意や害意がないのなら、利用されるのは構わないさ。仮にクエストを受けるのなら、俺達も報酬は貰う訳だしな。……二つ目の質問だ。この村に戦える者はいないのか? こうして協会があるんだから、いくら何でも冒険者の一人や二人はいる筈だ。村を隠しておきたいなら俺達を招き入れなくても、そいつらに任せれば――」
ファクトの質問は当然の疑問だった。協会は今までに訪れた街や村の全てに存在していた。ツァーイ達が過去に訪れた場所には協会が存在しない土地も稀にあったようだが、少なくとも僕が訪れた土地には協会がないなんて事は一度もなかった。そして協会には程度は異なれど、常駐している地元の冒険者や、僕達みたいに旅をしている冒険者が確かにいたのだ。
だからこうして協会がある以上は、フリーダ村にも冒険者がいる筈。ファクトの言う通りにこの村に居ついている冒険者や、一時的な滞在をしている冒険者に依頼をすれば僕達は森で迷わせておけば良かった筈。
それとも【強欲のアワー】とやらを確実に倒す為に使える手を増やしたかったのだろうか? 例えばこの村にいる冒険者に力添えをする為に僕達が呼ばれたのだとすれば納得は出来る。仮に村人達にその気がなかったとしても、ツァーイ達が正体を隠す必要がないこの村でなら、こちらから他の冒険者達に協力を申し出る事も可能かも知れない。
そんな期待を抱いたのも一瞬の内に、村長は首を横に振った。
「それが今はいないのじゃよ。……彼奴に占拠された屋敷が空き家になっていたと言ったじゃろ? 以前あの屋敷に住んでいた者達が村で唯一の冒険者の集団だったのじゃ。二人組みの少女達で冒険者と言っても登録をしていただけじゃがのう。」
「皆さんも理解していると思いますが、普段のこの村は受け入れる人を選定していますからね。特に血の気の多い冒険者の方は受け入れる事が難しいんですよ。まあそもそもの話として、冒険者の方がこの村を目指して来る事が殆どないんですけど。」
「……つまりアワーを俺達四人だけで殺せと?」
「そうじゃ。最初に言った通り、無理なら断って貰っても構わぬ。儂らは戦う術を持っておらんが、彼奴が特に危険だと言う事はその気配だけで察する事が出来た。当事者である儂らが戦えぬのだから、部外者であるお主達に無理強いは出来ぬよ。……その場合はこの村が滅ぶ事になるじゃろうが、お主達は彼奴に感づかれる前にこの村から立ち去るが良い。通りすがりの冒険者と言っても、もし見つかったらただでは済まないだろうからのう。」
深刻そうに俯きながらも視線をこちらへと向けて語る村長。村の一大事なのに、僕達の事も気遣ってくれているのだと思うと、この人達を助けて上げたいという思いにも駆られる。
それでも人を殺めると言うクエストの内容を考えると、誰も即決は出来なかった。確かに気乗りはしないけど、それでもいざとなれば僕は人を殺せると思う。例えばツァーイに殺意や悪意、敵意や害意を向ける相手であれば僕は殺せる。僕にとってツァーイが一番大切な存在だから。
だけどこのクエストを受けると言う事は、自分達から殺し合いを始めると言う事だ。経験者だと言うファクトは僕達の中で最も覚悟を決めているだろうけど、それでもツァーイや仲間達の命を危険に晒してでも受ける価値があるのだろうか……。
「……三つ目の質問だ。仮に俺達がクエストを受けたとして、その成功報酬は?」
「報酬は【強欲のアワー】が占拠している屋敷の所有権じゃ。前の持ち主だった冒険者達は数年前に村を出て行ったっきり音沙汰がないから、もう生きておるかどうかも分からんからのう……。もしお主達がこの村に根を張るつもりなら好きに使うと良い。」
「……つまり俺達がここに住まう事を認めてくれると言う事か? それが目的でこの村を目指して旅をして来た俺達が言うのも何だけど、全員が厄介な事情を抱え込んで――」
「ほっほっほ。そんな事にケチをつける輩は、この村にはおらんよ。儂も含めて全員が何かしらの事情を抱え込んでおるからのう。……じゃがその自由と平和も彼奴を倒さぬ限り、この村からは失われるじゃろう……。」
ファクトの言葉を遮った村長は、笑みを浮かべながらも真剣な眼差しで断言した。その言葉を聞いたツァーイやフェアリは、心なしかホッとしているように見えた。
「……それじゃあ俺達がクエストを達成してこの村に住みついたとする。仮にだが屋敷の持ち主だった冒険者が村に戻って来て、俺達が屋敷から追い出された場合はどうだ? 実はその冒険者達が近くにいて、俺達がクエストをこなしたのを見計らって屋敷の所有権を有耶無耶にしようとしている……その可能性を完全に否定するだけの根拠が欲しい。」
「ほっほっほ、疑り深いのう。その慎重さも冒険者には必要なのかのう?」
「ああ、職業病みたいなものだ。報酬が破格だと後で難癖を付けられる事もあったからな……。それに俺達が半端者だと分かった上で直接クエストを頼まれるなんて事は一度もなかったんだ。ある程度の警戒心は多めに見てくれると助かる。」
「なるほどのう。それなら彼女達が戻って来た際には、別の住居を提供する事も約束しよう。あの屋敷と比べれば少し小さくなるが、普通に暮らす分には不自由のない物を約束するよ。それとその他の報酬についてじゃが、儂らの金銭は殆どが彼奴に奪われておる。じゃからそれらを無事に取り戻してくれたら、その中から一部を支払おう。」
「……分かった。それで手を打とう。」
村長の言葉を聞いたファクトは、何かを決心したように静かに告げながらも言葉を続ける。
「……それと質問ではないんだが、少しだけ時間をくれないか? 命に関わる仕事だ。仲間と話し合ってから決めたい。」
「勿論構わぬよ。……ただ彼奴がいつ行動を起こすかは分からん。仕事を頼まれてくれるにしても、断ってここから逃げるにしても、急いだ方が良いじゃろう。」
「分かっている。そんなに待たせはしないさ。……ただ俺達だけで話をしたい。宿泊部屋を使わせて欲しい。」
「うむ、それ位は構わんよ。アンナさん、構わないな?」
「どうぞどうぞ! 鍵を用意しますので少し待っていて下さいね。」
少しだけ待つとアンナさんから一本の鍵をファクトが受け取り、僕達はファクトに促されるがままに宿泊部屋へと向かって行った。
人の討伐。受ける事がないと思っていたクエストが唐突に舞い込んで来た事に、僕達は何も言い出せなかった。




