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人格喪失者、それは記憶喪失を望んだ者  作者: 明進
第二章 偶然の出会い、それは新たな仲間との邂逅
37/64

記憶三十四―イラ育成計画一、それは新しい剣―

 ファクトの誘いに乗っかった翌日。この日も僕達は大量のクエストを受注して四人でタイガの森を訪れていた。既に第一層と第二層のノルマは終えていて、今は第三層にいる。

 木陰に隠れながら、木に手足が生えたような姿の魔物であるウッドリアンの様子を窺っている。目標は三匹だ。


「……イラ、準備は良いか?」

「うん。任せて。」

「一瞬でもヤバいって思ったら俺達を呼べ。すぐに助けてやる。」

「分かってるよ。」

「……よし。それじゃあ行ってこい。」


 やがてファクトの合図によって僕は使い慣れた銅の剣(ブロンズソード)を普段とは逆(・)のファクト曰く今まで「遊ばせていた」左手で握り、いつもは銅の剣(ブロンズソード)を握っている右手には新たに入手した金の剣(ゴールドソード)を握りしめ、突撃した。所謂二刀流だ。

 金の剣(ゴールドソード)は銅の剣(ブロンズソード)の上位互換である銀の剣(シルバーソード)の、更に上位互換の片手剣だ。フォレスタウンの武器屋では、一G(ゴールド)と三十二S(シルバー)で売られている。街を訪れた初日に木の弓(ウッドボウ)を買おうと立ち寄った時は、一G(ゴールド)――つまり金貨――を所持した事のなかった僕にとっては、到底手が出せない代物だった。

 それなのに何故か金の剣(ゴールドソード)が今、僕の左手にあった。いや、何故かと言うような不思議な事が起きたのではなく、普通にお店で金の剣(ゴールドソード)を買ったからなのだが――。


 事の発端は、昨日の帰り道で僕がファクトの誘いに乗ったからだ。そのままフォレスタウンに帰還するなり、協会でクエストの報酬を受け取った後に僕達の宿泊部屋に四人で向かう事になった。部屋に到着するとファクトがツァーイと何かを話し込んでいた。そのままツァーイが急いだ様子で、どこか真剣な表情を浮かべながら報酬の分配を行った。

 クエストの報酬や、討伐した魔物の討伐報酬(ドロップアイテム)の一部を協会側に売って得たお金。それらを一度合計し、それぞれの取り分を計算する。

 元々はリベルーチェ(ギルド)内で『六:二:二』――『リベルーチェ(ギルド):ツァーイ:僕(イラ』)――に決めていた。しかし現在はファクト達と行動を共にしている。そしてファクト達はリベルーチェ(ギルド)への加入を保留にしている為、現在は対等な集団(パーティ)として扱っている。

 だから報酬の分配も『五:五』――『リベルーチェ(ギルド):ファクト達』となっていて、これを細分化すると『三:一:一:二.五:二.五』――『リベルーチェ(ギルド):ツァーイ:僕(イラ):ファクト:フェアリ』――となる。

 当初ファクト達は「お前達への協力は利害の一致もあるが、カレントバジリスクから助けて貰った恩と、俺が暴走をして迷惑をかけたからな」と言って報酬の分配は『七:三』でも良いと言っていた。しかし平等主義者の疑惑があるツァーイがリベルーチェ(ギルド)に加入せずに集団(パーティ)を合併しているような状況だからと、対等な条件下で協力をしようと言って聞かなかったのだ。

 その代わりに(ファクト達が加入しなかったので)当然だが「リベルーチェ(ギルド)側で食費や宿泊費は負担しないから、お金のやりくりはそっちでちゃんとしてよ。」と付け加えて。

 話がやや脱線してしまったが、そんな訳でツァーイがせっせと急いで分配をし終え、取り分である全体報酬の一割を受け取ると同時に、僕はファクトに外へと連れ去られた。

 ファクトは背に大きめのリュックサックのような荷物を背負っていた。中身の全てを知っている訳ではないけれど、宿泊部屋でツァーイから幾つかの討伐報酬(ドロップアイテム)を受け取ってしまっているのは確認出来たので恐らくはそう言った物が幾らか詰め込まれているのだろう。


「……そう言えば、お前は攻撃と防御はどっちが好きだ?」

「え? いきなりどうしたの?」

「……良いから答えろ。直感で構わない。」

「うーん……攻撃かな。ほら、攻撃は最大の防御とも言うし、やられるより先にやれって方が性(しょう)にも合ってる……と思う。」

「そうか。」


 これ何の意味があるんだろうとか思って、聞こうかなとも思ったけれど、結局は言わない事にした。ファクトの提案に乗っかったのは僕の方だし、ファクトにはファクトなりの考えがあるんだろうし、とりあえずは黙ってついて行こうと決めた。

 やがてファクトの歩みが止まると、そこは木の弓(ウッドボウ)&木の矢(ウッドアロー)を購入した武器屋だった。


「イラは、ここで待っていろ。」


 そう言うとファクトは店前に僕を置いて武器屋へと入店して行った。お店の窓越しに中の様子を窺うと、ファクトは剣の売り場へと向かったようだ。しばらくは剣を吟味している様子だったが、やがてそこで一本の金の剣(ゴールドソード)を手に取ると購入場(レジ)へと向かった。よくよく見てみるとファクトが金の剣(ゴールドソード)を持っているのとは逆の手に見慣れた小袋を握っていた。

 慌てて自分のズボンのポケットを確認してみると、大切にしまっていた筈の財布代わりの小袋がなくなっていた。いつの間にかファクトに盗られていたのだ!


「……なあ、おっちゃん。この剣を安くしてくれないか。」


 夜と言う事もあってかガラガラに空いていた購入場(レジ)――お陰で聞き耳を立てれば、会話が僅かに聞き取れた――で、ファクトは店員の屈強な男性に話しかけていた。あろう事かあの店員を相手に値切りをするつもりらしい。


「……この店での金の剣(ゴールドソード)の価格は、一G(ゴールド)と三十二S(シルバー)だ。一C(カッパー)だってまけやしねぇよ。冷やかしなら帰りな。」

「……って言われてもなあ。よく確認してくれよ。逆刃(さかば)の刃毀(はこぼ)れが目立っているし、柄も結構汚れて紋章が見えなくなっているし、鞘の紐もボロボロだ。……これ、不良品だよな?」


 ファクトはそう言うと金の剣(ゴールドソード)を購入場(レジ)に設置されているテーブルの上へと置いた。店員は訝しむような表情を浮かべながら、剣を手に取ってマジマジと観察をした。やがて数分が経った頃に店員は剣をテーブルの上へと戻し、溜息を吐いた。


「……確かにお前さんの言う通りに結構傷んでいるな。通常なら業者に修理をして貰うか、廃棄処分にするんだけどな。……仕方がねぇ、修理に出しても買い手が付くとは限らんしな。処分する位ならちったぁまけてやるよ。」

「……そうか。それで幾らだ? 八十S(シルバー)で良いか?」


 諦めのついた様子の店員に向かってファクトが問いかける。ファクトはフードを被っているので、窓越しでは表情を窺う事が出来ない。それでも不思議とニヤリと悪そうな笑みを浮かべながら勝利を確信しているように思えた。

 だけど店員もファクトが告げた値段を耳にした途端に声を張り上げた。


「八十S(シルバー)だと!? おい、おい、おい。そりゃあ流石に足元を見すぎだぜ! せめて一G(ゴールド)は貰わないと、こっちも採算がとれねぇよ!」

「……いや、八十S(シルバー)だ。その代わり下取りとして『ウッドリアンの小枝』を三十本出す。」

「って言っても、今日の『ウッドリアンの小枝』の下取り代は一本五十C(カッパー)だ。三十本だと十五シルバーにしかならねぇだろ。しめて九十五S(シルバー)じゃ足りねぇな。せめて八十五S(シルバー)とウッドリアンの小枝三十本は貰わないとな。」

「……分かった。それで手を打とう。」


 そう言ってファクトは僕から盗った小袋からお金を八十五枚の銀貨と、リュックサックの中から三十本の小枝を取り出して、それらをテーブルの上へと置いた。

 それから少しすると、ファクトは一本の金の剣(ゴールドソード)を握りしめながら武器屋から出て来た。


「……上手くいった。運が良ければもしかして……とは思っていたが、まさかあの予算で金の剣(ゴールドソード)を購入出来るとはな。イラは運も良いようだ。」

「それよりも勝手に僕のお金を盗って行かないでよ! ファクトの話に乗っかったのは僕だけど、具体的に何をするのかとか、どうすれば良いのかとか、何も聞いてないんだけど!」


 帰り道の最中に僕は少しだけ怒っていた。元々武器を買おうかなと思っていたから武器にお金を使われた事は別に良い。それに不良品とは言え、金の剣(ゴールドソード)と言う良質な武器が手に入った事には感謝もしている。

 だけどそれはそれとしても、財布を盗まれると言うのはやはり不快だ。仲間だとしても、使い道が自分の為だとしても、どうしても不快感はある。

 ちなみに財布――もとい、小袋――は既に返してもらっている。最も金の剣(ゴールドソード)に支払ってしまった為、中身は数えられる程度の銀貨と、数十枚の銅貨だ。予想以上に稼ぐ事が出来た今日の取り分の殆どは消えてしまっていた。


「……それは悪かった。けど説明する時間も惜しかったんだ。あの店の閉店時間が近かったからな。それにあの店の開店時間は昼からだ。今日中に買えないと面倒だった。」

「まあファクトが理由もなしに酷い事をするような人だとは思ってないけどさ。それでも「財布を貸してくれ」位は言ってくれたって良いじゃん!」

「……そうだな、俺が悪かった。次があったら気を付ける。」


 そんな会話を続けながら僕達は協会の宿泊部屋へと戻る道を歩んでいた。金の剣(ゴールドソード)は不良品だったのでファクトが「俺に任せろ」とだけ言って一度預ける事になった。

 そして翌日の朝食時に再びファクトとフェアリが僕達の部屋を訪れた際に手渡された金の剣(ゴールドソード)は、まるで新品のようにピカピカになっていた。昨日お店から出た時に手渡された時とは違って、刃毀れはしていないし、柄に汚れも見当たらないし、鞘の紐も真新しい物に取り換えられていた。


「これでも武器の手入れには慣れているからな。」


 聞いてみると、ファクトはそう言いながら誇らしげにニヤリと笑った。



 そんな訳で、今の僕の手元には金の剣(ゴールドソード)と言う良質な武器がある。

 斬り心地は第一層や第二層でも試したが、銅の剣(ブロンズソード)よりも格段に良かった。銅の剣(ブロンズソード)や木の弓(ウッドボウ)&木の矢(ウッドアロー)では、武器単体の一撃では倒せなかったフォレストウルフが、あっさりと一撃で斬り倒せる程度には切れ味も抜群だ。

 唯一銅の剣(ブロンズソード)と比べて劣っている点は、重いと言う事位だ。銅の剣(ブロンズソード)と金の剣(ゴールドソード)の大きさは同じ位なのに、金の剣(ゴールドソード)の方が少しだけ重く感じる。とは言っても片手剣と大剣程の差ではないし、重さによって振るう際に生じるズレも僅かなものなので気にはならなかった。

 不意打ちとして繰り出した金の剣(ゴールドソード)での一撃が三匹のウッドリアンの内、一匹に命中した。

 ウッドリアンは昨日、一昨日と銅の剣(ブロンズソード)で戦った際には苦戦を強いられた魔物だ。その時は後ろに下がって弓矢での援護に専念したり、少しだけ剣で斬りかかった際にはフォレストウルフよりも更に木に近い硬さによって切ると言うよりは叩くと言う攻撃になってしまっていた。一対一なら勝てるかな? 勝てそうだな。と思える程度の相手だが、一対多になると危険だと感じていた。

 それなのに金の剣(ゴールドソード)の一撃で、ウッドリアンの身体は真っ二つになった。そのまま黒い靄となって消滅し、討伐報酬(ドロップアイテム)であるウッドリアンの小枝がその場に残った。

 残りの二匹が奇襲に気付いて、即座に体制を立て直し、一匹がこちらへと襲いかかって来る。しかしウッドリアンの動き自体はやや遅めだ。その代わり一撃の重さはフォレストウルフやフェザーバードの類ではないが、それでもストーンゴーレムやカレントバジリスクと比べてしまえば弱い一撃だ。

 咄嗟に左手の銅の剣(ブロンズソード)で襲い掛かって来た方のウッドリアンの一撃を受け止めて、同時に右手の金の剣(ゴールドソード)で斬りかかる。

 片手剣二本による二刀流で戦うのは今日が初めて――暴走したファクトを止める際に片手剣と大剣の二本を扱ったが、あれは緊急時だったし例外だ――だったが、スキル『マルチウエポン』の恩恵によってどう戦えば良いのかを知っているかのように、身体を動かす事が出来ている。

 そのまま金の剣(ゴールドソード)の一撃で倒れ伏し、討伐報酬(ドロップアイテム)へと変化した二体目のウッドリアンを傍目にしながら三匹目に意識を向ける。仲間が倒されて狼狽えているウッドリアンは戦うか逃げるかを思案している様子だったが、イラは考える間もなく三匹目のウッドリアンへと間合いを詰めて行く。


「はあっ!」

「ウ・リ・リ・リ……」


 他の二体ど同じように倒そうと金の剣(ゴールドソード)を振るう。だが仲間達の末路を見て学習をしたのか、ウッドリアンは大木の如く人のそれよりも大きな両手で金の剣(ゴールドソード)を受け止めた。もしも防御に回された腕が一本だけならば、そのまま斬り落とせたかも知れない。だが束ねられた二本の腕は切り傷が付いたものの、未だ健在だった。


「(だけどウッドリアンは魔法を使えない。遠距離攻撃をする事も出来ない。なら――)」


 一昨日の段階でフェアリからタイガの森に住まう魔物の情報は知らされていた。魔物によっては魔法で攻撃をして来たり、隠し武器――とまでは行かなくても、奥の手を隠している種は少なくない――を持っている事もある。

 だけどウッドリアンの武器はその身体一つだけだ。武器がその辺に落ちていて、ウッドリアンがそれを扱えるだけの知性を持っているのであれば話は別だが、当然そんな物は落ちていない。落ちているのは木の葉や花びら、木の棒程度なものだ。

 だから金の剣(ゴールドソード)を防御する事に意識を回してるウッドリアンには反撃の手段が何一つとしてないのが分かる。


「太鼓円舞!」


 無意識の内に自然とそう叫び、両手に持っている二本の剣を交互に振り下ろす。一見すればかなり乱暴な振り方をしているように見えるかも知れない。だが見る者が見れば分かるだろう。振るわれている二本の剣がそれぞれ一定の間隔で交互に振り下ろされている事に。そしてどんどんテンポを上げながら、まるでリズムを刻むかのように振るわれている事が。

 だけど太鼓って何だろう? 自分の口からは時折意味不明な言葉が発せられる。それも自然に、無意識に。きっと記憶喪失になる以前に知っていた言葉なのだろうとは思う。言葉に出した瞬間は確かにそう思っていたとも感じている。

 だけど言葉に出して意識を向けてしまうと何故か、それらの言葉の意味を自分でも理解出来ないし、ツァーイに問いかけても知らない、分からない、と答えられるばかりだ。

 だから僕もついつい思ってしまうのだ。言葉の意味が分からないなら、どうでも良い事だと。考えても分からない事なら考える必要のない事なのだと。ツァーイと出会う以前の記憶を思い出したい訳ではないし、思い出したらいけない気がするのだから、必要のない事だと。

 ふと自分の中に沸いた疑問が、そんな風にあっと言う間に氷塊していく。やがて何度も振るわれた二本の剣によってウッドリアンの腕が一本斬り落とされた。そうなってしまえば後はこちらのものだ。金の剣(ゴールドソード)の追撃によってもう一本の腕も斬り落とし、攻撃の手段を失った魔物を一方的に攻撃して、最後には黒い靄となり消滅し、後には討伐報酬(ドロップアイテム)だけが残される。

 敵とは言え、人ならざる魔物とは言え、無抵抗になった相手をいたぶる事に心が痛まない訳ではなかった。だけど相手は敵だ。魔物だ。人ではないし、意思を疎通させる事も出来ない。少しでも隙を見せたら、こっちが殺(や)られる。クエストをこなす為にも、少しでも皆の力になる為にも、ツァーイの為にも、戸惑うという選択肢はなかったし、不思議とそんな自分を受け入れる事が出来ている。


「大丈夫だった? 怪我はない?」


 三体のウッドリアンを倒すと木陰に隠れていたツァーイがこちらへと駆け寄って来て、とても心配そうにしていた。

 実際に昨日まではウッドリアンと一対三になったら、僕は確実に殺されるだろうと思っていた。その程度には僕が弱かった筈なのだ。それなのに不意打ちとは言え、一対三でも倒せた。想像以上にあっさりと討伐する事が出来た。

 だからツァーイが不安そうにしているのもある意味では当然の反応だった。そもそも今日の道中でファクトが「とりあえず各層の最初の戦闘はイラ一人に任せてみよう。どの辺りまでなら闘えるのか見ておきたい。」と言い出した時にツァーイは反対をしていた。

 だけど僕自身も新しい武器を手に入れた事で実際にどう変わったのかを確かめてみたかった事と、ファクトが「イラは危ないと思ったら、すぐに助けを呼べ。その時は俺達が何とかする。」と言葉を続けて最終的にはツァーイが渋々としてはいたが、言いくるめられていた。

 もしも僕とツァーイの立場や力量が、そっくりそのまま逆だったとしたら僕も気が気じゃなくなっていただろうから、内心では「ごめんね。」と呟いて、帰ったらツァーイに謝る事にした。


「うん。大丈夫だよ。問題ない。」

「それなら良かった。だけど怪我をしたらすぐに言ってね。光魔法でも、薬草でも、手遅れになってからじゃ遅いんだから。」

「うん。分かっているよ。」


 だから彼女が僕を気遣ってくれていると言うだけで、胸がとても暖かくなって、満たされていくのを感じる。ただツァーイの反応が少しだけ過剰な気もして、でもそれだけ仲間として大切に思われているのかも知れない等と自惚れそうにもなってしまう。

 実際にツァーイが僕の事をどう想っているのかは分からない。一緒に旅をしているんだし、ツァーイは僕を捨てようとかはしないから、嫌われてはいないと思う。だけどそれはあくまでも同じギルドの仲間としてだ。

 恋人って訳じゃないし、そういう意味では好かれていないと思う。ならば友達程度には親しくなれているのだろうか? それとも手間のかかる弟分とでも思われているとか? やっぱりただの仲間でしかなくって、それ以上にもそれ以下にも思われていないのかな。それでも十分だけど。


「もうウッドリアンも敵じゃない、って感じだな。」

「凄いですよ。あんなにサクサクと倒しちゃうなんて。」

「ありがとう。……自分でも少し信じられないよ。」


 ツァーイに遅れて出て来たファクトとフェアリに褒められて、何だか照れ臭くなってきた。

 その後は四人で第三層でのノルマをこなし、第四層に移動をした。第四層で出現するビッグビーは空中からの襲撃をする魔物で、剣で戦うのは不向きだったので例外として一人での戦闘は一度も行わず、僕はフェアリと一緒に弓矢で援護をする事に専念した。

 第四層でノルマをこなすと、今度は第五層へと移動してマンドラゴラの討伐に励んだ。昨日までは一対一で戦うのはかなり厳しいと思っていたマンドラゴラ相手にも、強力な攻撃力を誇る金の剣(ゴールドソード)のお陰で一対二までなら何とかこなせるようになった。

 ただマンドラゴラは鳴き声がとても煩く、鳴かれてしまうと例え注意をしていたとしても僅かな時間だが怯んでしまうので、戦闘中に一人になるのは危険だ。少しでも油断をしてしまえば、一瞬の隙で死にかねない相手だ。

 そして最後に訪れた第六層では――。


「ゴオオオオォォ!」

「うおっ、と……いや、いや、流石にこれは厳しいって。」


 そうぼやいた僕の前に立ち塞がっているのは、岩のような巨体を持つ魔物、ストーンゴーレムだ。第六層を訪れてからは四人で何度かストーンゴーレムを討伐していた。

 僕自身もあの岩巨人と一対一で戦うのはまだ無理かな。って思っていたので、安心したような、物足りないような、微妙な気分を感じていた――のだけど、偶然にも二.二メートル程――ストーンゴーレムは最低でも二メートルはある――の小ぶりなサイズを見つけてしまった。しかもあろう事にその小さなストーンゴーレムは何故か群れてはおらず、一体(一匹?)でダンジョン内をうろついていた。

 そんな個体を見つけてしまった以上はやるしかなかった。と言うかファクトが「あれなら丁度良さそうだ。」等と言いだしてしまい、やるしかなくなってしまった。結果一人でストーンゴーレムと戦う羽目になってしまった。

 無理だ。こんなのは流石に無理だ。どうしよう、さっきから逃げるだけで何も出来ていないけど、助けを呼ぶ?呼んじゃおうかな。

 一応は助けを呼べば近くの木々に隠れている皆が助けてくれる手筈になっている。まともにやりあったら危険だし、ツァーイだって手遅れになったら回復は出来ないって言ってた。死なない事を優先するべきだ。生きてさえいれば少しずつでも強くなって行けるって、分かっているんだから。

 二メートル越えの巨体から繰り出され続ける岩の拳を何度も避けて、逃げて、防戦一方になっている最中でそんな考えが頭を過る。けれど――


『この展開を望んでいたんだろう? ツァーイやファクトは一人で何体も同時に相手していたじゃないか。フェアリだって魔法の詠唱時間さえ稼げれば一撃で倒していただろ。こ(・)の(・)程(・)度(・)の魔物を一人で倒せないようじゃ、お前が望んだ戦場には永遠に立てやしないぞ。』


 自分の中の好戦的な感情か、ツァーイに恩返しをしたい、彼女に追い付きたいと思い続けている欲求か、強い仲間達を見ていて時折感じる自らへの劣等感か、それとも何か別の感情からか、或いはそれら全ての感情なのか、判断はつかない。けれどそんな声が聞こえた気がした。

 幻聴か、悪魔の誘いか、自らの内なる叫びか、分からない。分からないけれど確かに聞こえた。或いは思ってしまった。感じてしまったのだ。戦いたいと。自らの力を試してみたいと。気が付けば助けを呼ぶと言う選択肢は、自分の中から消えていた。

 逃げるのは止めだ。こんな風に逃げ回っていても、その内疲れ果てるか、足がもつれるかして、どちらにせよ最後には一方的に殴り潰されるか、踏み潰されるかがオチだ。

 そうなる前にはツァーイ達が助けてくれるだろうけど、それに甘んじのは最後の手段だ。倒さなきゃ。一人でこの岩巨人を倒さないと。


「ゴゴゴオオオォン!」

「さっきからやりたい放題してくれて……!」


 決断をしてしまえば、後は身体が勝手に動きだしたかのようにスムーズだった。ストーンゴーレムの一撃を避けると同時に、懐に入り込む。

 近付く程に自分よりも大きな巨体に圧倒されそうになったけど、怯まずに両手の剣を数度振るう。何度も何度も振るって、斬ろうとする。それと同時に踏み潰されたり、拳の攻撃に当たらないように注意をしながら間合いをとり直す。


「オオオォォォ。」


 けれど硬い。とても硬いのだ。岩の様にと言ってはいるけれど、本当にそれ位には硬いのだ。木の様と称されるフォレストウルフやウッドリアンを軽々と切り捨てた金の剣(ゴールドソード)ですら、ストーンゴーレムはあっさりと斬れなかった。

 それでも金の剣(ゴールドソード)当たった箇所が僅かに欠けたり、場所によっては罅(ひび)のような亀裂が走っているようにも見える。全く効いてないという訳ではなさそうだ。

 ただ銅の剣(ブロンズソード)が当たった箇所は何ともなっていない、寧ろ銅の剣(ブロンズソード)の方が刃毀(はこぼ)れする可能性すらありそうだ。強度にこれだけ差があると防御に使うのも厳しいだろう。

 そう思って銅の剣(ブロンズソード)を腰の鞘へとしまい込む。ファクト曰く『左手が遊んでいる』状態になってしまったのだが、盾まで買うお金はなかったし、他に効き目のある武器もないので仕方がない。

 そうして幾度も金の剣(ゴールドソード)で斬りつけて、叩き付けて、その度にストーンゴーレムの身体は欠けていき、罅割れて、少しずつではあるがボロボロになりつつあった。

 反対にストーンゴーレムがこちらへと攻撃をしている時は回避を優先して、攻撃を避けながら間合いを詰めたり、逆に間合いをとる。

 ストーンゴーレムの攻撃方法は岩石のような拳で殴る、落石のような勢いと強度で踏み潰す、又は蹴るの三つだけ。岩の様に硬く、二メートルを超える巨体から繰り出されるその攻撃は確かに強烈なもので、万が一命中してしまえばそれだけで死ぬかもしれないし、そうでなくとも致命傷になるなり、痛みに悶絶して追撃を避ける事が不可能になる事だろう。

 だが攻撃パターンが少なく、その全てが近接攻撃。しかも一対一で戦っている今の構図では、慣れてしまえば単純な作業感覚ですらあった。更に付け加えるのなら装備している魔装――特殊効果(アビリティ)を持つ武具――による恩恵の効力もある。ファングの街で購入した三つの魔装にはそれぞれが身体能力を強化する特殊効果(アビリティ)が備わっている。蒼天の服には着用者の素早さを上げる『スピード+』が、蒼海のズボンには装着者の攻撃力を上げる『アタック+』。そしてコバルト・コートには着用者が他に使用している魔装の特殊効果(アビリティ)を強化する『特殊効果(アビリティ)+』。

 これらの特殊効果(アビリティ)によって生身の状態で戦うよりも自分自身の移動速度と攻撃力が上がっている事もストーンゴーレムの攻撃を避け、その巨体に僅かにでも与えるダメージを増長させる事が出来ている。

 楽勝だとは言わないし、油断をしてしまえば一撃死もあり得る。それでも最初に逃げ回っていた時とは違って、今となってはどう対処をすれば倒せる相手なのかを自然と理解する事が出来ていた。


「ゥゴゴオォォン……。」

「はぁ、はぁ、はぁ……やった……よね?」


 ストーンゴーレムが崩れ落ちたのはそれから約十分後の事だった。幾度も刻み付けた金の剣(ゴールドソード)での攻撃によって、その巨体が遂に罅割れてバラバラの石屑へと瓦解していったのだ。

 その様子に勝利を確信しながらも油断はしない。金の剣(ゴールドソード)は右手で握ったままだし、いざと言う時に踏み込むなり、逃げるなり出来るように下半身にも意識を回し、特に足には力を込めている。

 頼むから起き上がらないで。そう念じながらしばしの静寂の後に、バラバラに砕け散ったストーンゴーレムの身体だったものが黒い靄へと変わり消滅していく。その後に残されたのは討伐報酬(ドロップアイテム)である『ストーンゴーレムの石』だ。

 ストーンゴーレムの討伐報酬(ドロップアイテム)の中では最も価値が低いものだ。だがそれでもファングの街でウルフを討伐していた時とは比較にならない程の値段で買い取って貰える上に、このままでも砥石の代わりとして使用する事も出来る優れものでもある。


「は、はは……。良かった、起き上がったりしないで。」


 その様子に安心すると同時に、足の力が抜けてしまってその場にペタリと座り込んでしまった。肉体的な疲労よりも、精神的な疲労を感じる。

 冷静に対処をすればさほど怖い敵ではなかったとは思うけど、それでも自分よりも巨大な岩巨人に何度も向かって行くのは精神がすり減る思いだった。戦っている間は無我夢中だったし、必死だったけれど、戦闘が終わってしまえば、どうしたって気が緩んでしまうし、怖かったと言う思いが溢れて来てしまう。

 しかも一対一でかかった時間が約十分。今回はなかったけれど、これだけ戦闘時間が長引いてしまえば敵の増援が現れる可能性も考えられる。もしも仮に――あくまでも仮にだけど――仲間と逸れてしまい、一対一でストーンゴーレムとやり合っている最中に敵の増援が来て一対二以上になってしまったとしたら?


「(そうなったら無理……かな。逃げる事は出来るかも知れないけど……。)」


 そう考えるとやっぱり皆との差がまだまだある事を実感させられた。ツァーイやファクトは二人だけで何体ものストーンゴーレムを一度に相手に回しながら、次々と討伐をしていた。恐らく一人でも一対三や四程度なら可能だろう。

 フェアリは二人みたいに大多数の魔物を引き受けられる訳ではないけど、魔法が命中してしまえば一撃でストーンゴーレムを討伐しているので短期決戦が可能だ。

 確かに金の剣(ゴールドソード)を手にした事で戦い易くなったし、戦闘中に出来る事も増えた。確実に昨日までの僕よりも強くなっていると言える。だけどそれでも、一度に受け持てる敵の数、討伐するまでの時間、その他色々な事をひっくるめても僕自身が仲間である皆に劣っているのは明白だった。


「……はぁ。」

「やったな。」


 仲間達の背中が遠すぎて、思わず溜息が零れる。――と同時に、背中が思いっきり――これでも手加減はしているのだろうけど――叩かれる。振り返ると、ファクトがこちらへと手を差し伸べていた。後ろにはツァーイとフェアリもいる。

 僕はファクトの手を掴み取りながら、引き上げられるかのように立ち上がる。一度立ち上がってしまえば、不思議と足腰にも力が入ってきた。少しだけ足元がふらついたけど、それもすぐに治ってきた。


「当分一人でアレの相手をするのは御免だけどね……。時間もかかっちゃうし、もしも敵の援軍が来たら一人じゃ絶対に無理だよ。」

「……それでも想像以上だったぞ。最初の方でお前が逃げ回っていたのを見た時は、すぐに呼ばれるかとも思ったんだけどな。」

「そうだよ。見ていて、気が気じゃなかったんだから。」

「ツァーイさんは凄い心配してたよね。……まあ私も凄くハラハラしていたんですけど。」

「……そんなに心配してくれたの?」

「あ、当たり前だよ! イラがいなくなったら困るんだから……だから危ないと思ったら、無理はしないでよ。」

「う、うん。」


 顔を少しだけ赤らめながら、上目遣いをするツァーイの様子に思わずドキッとして、返事を少しだけどもらせてしまう。そのままツァーイを見つめ続けようかとも思ったけれど、少しだけ恥ずかしくなって腰にぶら下げている水筒を手にとって、中に入っている冷たい水を飲み込んだ。

 ストーンゴーレムと戦っている最中に身体が熱くなっていたし、今は気温も高い季節だし、水分はこまめに取らないと。


「イラ? 大丈夫? 疲れてるなら、ちゃんと言ってよ?」

「だ、大丈夫だよ。うん。まだまだ大丈夫だから。」


 僕が水をがっつくように飲み始めたからか、ツァーイが不安そうな表情でこちらを覗き込んで来た。思わずむせそうになった。幸いにもなりかけただけで、すぐに水を飲み込んで水筒を元の場所にしまい込んだので、本当にむせた訳ではないけれど。


「それじゃあ、そろそろ行くか。まだこの層でのノルマは終わっていないからな。」


 ファクトの言葉に頷いて、僕達はそれからもストーンゴーレムを討伐し続けた。それまでと同じようにツァーイとファクトの二人が前に出て、僕は後ろに下がっているフェアリに近づく個体がいないかを警戒しながら魔法で敵の動きを一時的に鈍らせた。

 但し魔法を連続で使用し続けると魔力(マジック)の枯渇を引き起こす可能性があるので、魔法だけには頼り切れなかった。しかし木の弓(ウッドボウ)&木の矢(ウッドアロー)ではストーンゴーレムにはダメージを与えられず、本当に注意を逸らす程度の効果しかないが、それでも敵の注意を引き付けて、時間を稼ぐ事が出来ればフェアリが魔法で仕留めてくれる。

 魔力(マジック)の量が少なくなってからは、ファクトやツァーイと立ち回りを代わってもらう事もあった。魔法が使用できない、弓矢も効き目が薄いと言う状況下では、前線に立って金の剣(ゴールドソード)を振り回していた方が戦い易くもあるから。少なくとも何もしないで報酬を貰う訳にはいかなかったので、出来る事をしたかったと言う側面が強かったかも知れない。

 けれどこれが思いの外に良い提案だった気もする。何せ前線で戦っている二人は主に剣だけで戦闘をこなし続けていたので、魔力(マジック)はあり余っている。なので少し後ろに下がっても強力な魔法で援護をしてくれた。

 更に言えば土属性のストーンゴーレムに氷属性の魔法は効き目が薄かったけれど、ツァーイなら光属性、ファクトなら闇属性の魔法で相性上の有利を取れるのも強みだ。

 また僕ではストーンゴーレムに決定打を与える事は出来ないけれど、金の剣(ゴールドソード)の強度でならストーンゴーレムの猛攻を凌いで時間稼ぎをする位は問題なくこなせた。そうしていれば後ろの二人が魔法で仕留めてくれるので、一対一でストーンゴーレムを倒そうとするよりも、一対二や一対三でも時間稼ぎをする方が精神的にも楽だと思えた。

 それに前線ではツァーイとファクトのどちらかが一緒にいてくれるので、僕が敵の一部を受け持って時間を稼いでいる間にそっちが受け持っている敵をすぐに倒してくれれば、あっと言う間に加勢をしてくれる事もある。

 正直に言えば他人任せな気もしてしまって、引け目や劣等感に押し潰されてしまいそうにもなった。けれど、今の僕が皆について行こうとしたら、こんなやり方でしか力になれないのだから仕方がない。そう割り切って今の自分が出来る事をし続ける他になかった。

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