記憶二―ウルフ、それはモフモフな毛皮―
ファングの高原で目覚めた僕は何故か記憶喪失になっていて、偶然にもそこで出会ったツァーイの旅に同行をする事になった。
今は高原の麓にあるファングの街を目指しているんだけど、僕が眠っていた場所がどうやら高原の頂だったようでまだまだ街には着いていなかった。
「そう言えばさ、ツァーイがさっき言っていたクエストって何の事?」
「え? ああ、そっか。記憶を無くしてるって事はギルドとか協会の事も分からないよね。」
「うん。サッパリ覚えてないよ。」
なので雑談がてら気になった事をツァーイに教えてもらっていた。
記憶のない僕はとにかく分からない事だらけで、これからの旅の為にも知識不足をこのままにしておく訳にはいかない。
現に話に出ていた『クエスト』『ギルド』『協会』等に関する情報が僕の頭の中には全くない。
どこか聞き覚えはある気がしたので記憶をなくす前は知っていたかも知れないけど、聞き覚えがあるだけでそれらの言葉が何を意味しているのかは全く分からない。
しかしツァーイが少しだけ驚いていたのでこれらの言葉はこの世界で一般常識的なことなのかも知れない。
だとするなら街中で僕が今みたいに何も分かりませんという状態になると一緒にいるツァーイにまで恥をかけてしまう可能性がある。それは嫌だ。
ツァーイは少しだけ驚いていたがすぐに説明を始めてくれた。
「まずクエストは各地にある協会の支部で受注出来るの。内容は色々だけど各地で困っている人達が協会にクエストって形で依頼を発注して、冒険者やギルドがそれを受注するの。そしてクエストの内容を果たすと協会を通して依頼者から報酬が発生するの。」
「まるで何でも屋だね。大変じゃないの?」
「確かに大変だよ。たまに危険なクエストもみかけるし。……でも私みたいな冒険者にとってはクエストでお金を稼がないとやっていけないからね。街から街に移動するだけでも数日かかったりするし、旅道具の調達だけでも結構大変なんだよ。」
話が逸れっちゃったね。とツァーイが微笑んだ。
思っていたよりも旅って厳しいものなのかも知れない。
僕が押しかけちゃったせいでツァーイの負担が増えないように気を付けないと。
「それでギルドって言うのは簡単に言うと複数の冒険者のチームなの。協会がギルドの力量にあったクエストを推薦してくれたりとか、協会の施設を使うのにかかる費用が割引されたりもするらしいよ。」
らしい、と言う事はツァーイはどこかのギルドに所属していないという事なのかな。
聞いた感じだとギルドに加入した方が冒険者として行動をし易そうだけど。
これ聞いても良い事なのかな……
「そうだっ!」
そう考えていると突然ツァーイが両手をパンっ!と叩きながら呟いた。
歩みを止めて瞳をキラキラと輝かせている。
「ねぇイラ、私達でギルドをつくろうよ!」
名案だと言わんばかりにツァーイが言った。
「そうだね。聞いた限りだとギルドに入ってる方が旅をしやすいんだろうし、それがツァーイの助けになるなら僕は良いよ。」
「それじゃあ街に着いたら協会に行って、ギルド設立の申請をしようね。」
そう言いながらツァーイは再び歩き出し、僕もそれに合わせて歩き出す。
隣で笑っているツァーイの表情は可愛らしかったが、それ以上にどこかキラキラしているように感じた。
「うん。ギルド、クエスト、協会の事は何となく分かったよ。……そう言えばツァーイってクエストの途中で僕を見つけたって言ってたよね。今はどんなクエストを受けているの?」
ギルド設立の約束をしてから十数分は経っただろうか。
あの後もツァーイの説明は続き、お陰で冒険者とそれらの繋がり方は概ね理解出来た。
話が一段落ついた所で出会った時にツァーイがクエストの途中だと言っていた事を思い出したので今後の為にも受注しているクエストの内容を聞いてみた。
「途中って言っても殆ど終わってはいるけどね。」
そう言いながらツァーイはクエストの内容を簡単に説明してくれた。
詳細は違うが大まかに言えば街の人が無くした貴重品を探したりとか、高原に咲いている花や薬草の採取をしているようだ。
「残っているのはウルフって下級魔物の討伐だね。」
やっぱりこの世界には魔物がいるのか。
――やっぱり? 記憶がない筈なのにどうしてそんな感想が出て来るんだ?
「灰色の体に四本足の獣型の魔物なんだけど。」
「それってあんな感じの?」
思考の違和感を他所にウルフに関する説明を続けるツァーイの声に意識が現実へと引き戻された。
その瞬間にあるものが眼前に見えて思わず指を指してツァーイに尋ねた。
そこには灰色の狼のような生き物が二匹いた。特徴はツァーイが言っていた通りだ。
「そうそう、あれがウルフ――ってイラ、すぐに戦闘の準備をして!」
「え? 戦闘?」
いつの間にか片手剣と盾を武装していたツァーイが言った。――けど戦闘の準備ってなに!?
いそいそと自分の身体を確認するが鞘に入った剣やナイフも見当たらなければ、銃や弓を持っている訳でもなかった。
「武器なんてないよ!」
「えぇ!? 分かった、私が片付けるからイラは……とりあえず警戒していて!」
思わず声を少しだけ荒げた僕に向けてツァーイが言ったが少しだけ声が遠かった。
いつの間にかツァーイは二匹のウルフへ向かって走って行た。
そしてツァーイとウルフの距離が縮まった瞬間にツァーイは片手剣を巧みに使って一匹のウルフを遠くへ突き飛ばした。
その様子からツァーイが冒険者としてこれまでも戦い続けて来たのだと分かった。
「ごめん、一匹そっちに行っちゃった! ウルフの動きは単調だからこっちが片付くまで避け続けて!」
ツァーイの剣技に感心をしていると一匹のウルフがツァーイをすり抜けてこちらへと向かって走って来ていた。
ウルフは牙を見せつけるように大きく口を開き、噛みつこうとしてきたが――。
「思っていたよりも遅い。これで――どうだ!」
直線状に向かって飛びかかって来たウルフの一撃を咄嗟に右側へ避け、瞬時に左足を軸に回転しながら右足で回し蹴りを繰り出した。
記憶は無いのにウルフが襲って来た瞬間にどう動けば良いのかが分かった。
まるで身体が戦い方を知っているようだ。
もしかして記憶喪失以前にもこうして戦った事があるのかな?
それによってウルフは少しだけ吹っ飛んでバタンと倒れたが、すぐにウルフは立ち上がって再びこちらへと向かって来た。
「よし! この程度なら武器がなくても倒せる!」
その後もウルフの突撃を避けては拳や足技を叩き込む。
――と言うのを五回程繰り返したらウルフは立ち上がらなくなり、その途端にウルフは黒い霧の様なものになって消えて行った。
そして黒い霧が消えて行くとウルフがいた場所には毛皮だけが残っていた。
「これは……ウルフの毛皮なのかな? 触っても――大丈夫みたいだ。」
恐る恐るそれを手に取ってみる。すると両手で抱え込んだそれは物凄くモフモフとしていて触り心地が良かった。――獣臭さがするのが難点だが、それを含めても触り心地の良さが勝っている。
「イラ、大丈夫――ってあれ? それってもしかしてウルフの毛皮!? 武器もないのに倒しちゃったの!?」
そこへツァーイが戻って来るなり驚いた形相で叫んだ。
「うん。動きが単調だったから殴る、蹴るで倒せたよ。そうしたらウルフが毛皮になったんだ。」
驚いたツァーイに向かって満面の笑みでそう告げた僕の腕の中ではウルフの毛皮がモフモフと暖かな手触りで収まっていた。
後から聞いた話だけどこの世界では魔物を倒すとアイテムを一つだけドロップするのだとか。
ウルフを倒した時に入手出来るアイテムは他にもあるが『ウルフの毛皮』はその中ではレアアイテムなようで衣類や毛布を作るのに重宝されているらしい。
そう言えば目覚めた時に手ぶらだったので替えの服とかも持ってないし、どうにかこれで服を作れないかな。――流石に一つじゃ無理なのかな。
そんな事を考えながら僕はツァーイと一緒にファングの街を目指して歩みを進めて行く。
・魔物紹介
『ウルフ』
獣型の下級魔物。地球の狼に似ている。
リーネド・ムンリでは下級魔物の中でも最弱とされており、それほど脅威ではない。
そこそこ素早くて牙を用いた接近戦を仕掛けてくるが、動き自体は単調で避けやすい。
街の周囲には少数だが、ダンジョンの奥地に行く程に群れを成す傾向がある。
ドロップアイテムは『ウルフの爪』『ウルフの肉』『ウルフの毛皮』。




