↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人格喪失者、それは記憶喪失を望んだ者  作者: 明進
第二章 偶然の出会い、それは新たな仲間との邂逅
28/64

記憶二十五―カレントバジリスク、それは獰猛な大蛇―

「やぁっ!」


 目の前に映る巨大な大蛇型の魔物――カレントバジリスク――がこちらへと向かって来る。向かって来たので迎撃をする為に手に持っていた剣を振るう。

 毒や電気を内包するカレントバジリスクに無策で直接触れてしまうのは本来であればとても危険な事だ。だけど魔装でもある私の剣――サンクチュアリ――には持ち主の魔力(マジック)以外のあらゆる物質を通さない特殊効果(アビリティ)が備わっている。故にこの剣を通じて私自身の肉体が毒に汚染される事も、雷でダメージを負ったり麻痺してしまう危険性もない。

 とは言っても、それらはあくまでもサンクチュアリを通さないと言うだけ。当然ながら私自身が毒の牙で噛みつかれたり、雷の魔法を直撃してしまえば毒や麻痺を防ぐ事は出来ないだろう。……だろうと言うのは、私がこの手の敵と戦った際に一度もそういった状況に陥った事がないからだ。

 イラと出会うまでずっと単独(ソロ)だった私は何かあれば簡単に死に繋がる状況下に置かれていた。だから死に直結するような状況下に陥る事だけは避けるように戦っていた。


「ジャーシャー!」


 振るった一撃がカレントバジリスクの巨体の一部に命中する。しかし巨体故にたった一撃だけでは敵の勢いを殺すには至らなかった。

 だけどそんな事は分かっていた。これまでにもストームドラゴンやフレイムタイタンと言った巨大な敵と戦って来た事はあるし、他のバジリスク系モンスターを討伐した事も数度ある。狂暴化という点では一度だけアイスゴーレムとも死闘を繰り広げた。

 だからすかさず次の一手を打つ。


「灼熱の炎よ、仇名す敵を焼き飲め! フレイムウェーブ!」


 炎で出来た津波が敵を飲み込んでいく光景を想像(イメージ)して、炎の魔法を放つ。

 想像(イメージ)通りに発生した炎の波がカレントバジリスクを飲み込んで後方へと退かせる。


「三連撃!」


 その隙を逃さずに後方のイラが一斉に三本の弓矢を放つ。マルチウエポン(スキル)のお陰でもあるのだろうけど、イラの狙いは的確で三本とも命中した――が、硬い鱗に覆われているあの巨体には指先に針が刺さった程度の効果しかないのか、矢は突き刺さらずに弾かれたようにその場に落ちていく。

 あれでは牽制にはなってもダメージを与えるのは不可能だろう。



「そんな、矢が刺さらない……!?」


 第六層までの道中で戦ってきた魔物の中に木の矢(ウッドアロー)を弾き返すような敵は存在しなかった。

 だから今までの魔物とは格が違う程に巨大なカレントバジリスクを見た時も、矢を当て続ければ少しはダメージを与えられると思っていた。

 しかしあの巨大な大蛇には全く効き目がないようだ。

 幸いにもツァーイの剣や魔法はちゃんとダメージになっているようだし、倒せない敵ではないのだろう。けれど、ツァーイが一人で前線に出て戦っているのに自分は後方からの援護もまともに出来ないと思うと嫌気がさした。


「ウッドアローカ。ドレダケウデガヨクテモ、ソノブキデハカレントバジリスクニタイシテ、キカナイダロウナ。」


 すると後方から聞き覚えのないカタコト口調の男の声が聞こえて来た。少し聞き辛い。

 数秒して声を発したであろう異形の姿の男性が自分の少し前まで歩いて来た。敵から目を離さないように、しかしそれでいて僅かにこちらへと目配せをした。

 巨大な骨の右腕、獣の毛皮が生えている両足、頭上左に生えている一本角、そのどれもが近くで見るとより一層の禍々しさを放っていて威圧感を感じる。


「だとしても何とかする……っと、そうだ。一応確認だけど、君がフェアリの言っていたファクトって人であってる?」


 フェアリが駆け寄っていたので間違いはないだろうけど、当人達に確認をしていなかった事を思い出して問いかける。


「アア。オレガファクトダ。ファクト・ライジング。オマエタチハ?」


 良かった。もしもよく似た別人とかだったらどうしようかと思っていたんだ。


「僕はイラ。それとあっちが仲間のツァーイ。」

「イラトツァーイカ。……コノスガタヲミテ、オドロカナイノカ?」

「驚いたよ。ツァーイから教えて貰った他種族の特徴と全然違うし。……本当の事を言うと少し、いや、かなり気になってる。」


 見かけの異形もそうだけど、部分的に見ても骨の腕の感覚がどうなっているのかとか、獣の足は触り心地がモフモフしているのとか、色々と聞いてみたい事は尽きないけど、現在の状況が状況なので言葉をグッと飲み込む。


「ダロウナ。……ナライマスグ、ココカラニゲロ。」

「やだ。」

「ナンダト?」

「フェアリにファクトを助けるって約束したんだ。だから逃げるにしても皆で、だよ。」

「……。」


 フェアリからの話で何となく察しはついていたけど、さてはファクトも頑固者だな。と思った。他者とは異なる異形の姿の影響もあるのかも知れないけど……それでもここまで来たのにファクトを置いて大人しく逃げる気はさらさらなかった。


「それにあの魔物を放っておくと危険なんだよね? だったらここで討伐しておかないと。こっちとそっちで冒険者が四人もいるんだし、協力すれば何とかなるよ。」

「ムゥ……オマエタチハドウシテオレタチニテヲカシテクレル?」

「どうして……って言われても、僕達はフェアリに頼まれただけだよ。仲間を助けて欲し――」

「はい、はーい! ファクトもイラさんも取り込み中の所を悪いけど、とりあえずはアレをどうにかしようよ!」


 食い気味に突如フェアリが会話に乱入してきながらカレントバジリスクを右手の人差し指で指し示す。

 つい先程ツァーイの魔法によって炎の波に押し流されていた筈のカレントバジリスクだったが、自身の体を帯電させる事で炎の波は相殺して掻き消されてしまっていた。


「(そう言えば雷に炎は相性が悪いんだっけ……。)」


 以前にツァーイから教わった属性の相性を思い返す。確か雷の属性は炎・水・風の三属性に強く、土・氷・光・闇の四属性に弱かった筈だ。

 つまりツァーイが操る炎属性の魔法は効き目が薄い。ここまでの道中で確認出来ていたフェアリの風魔法も同様だ。

 それでもツァーイは雷属性の弱点である光属性も扱えるし、フェアリも先程光属性の回復魔法を扱っていた。自分も氷属性の魔法を(回数制限付きとは言え)扱えるし勝算は十分にある筈だとも思う。


「……ソウダッタナ。ハナシハアトダ。」

「と言う訳で、イラさん。私達はツァーイさんとファクトの援護に専念しましょう。」

「分かってるよ。」


 大剣を片手で担いでカレントバジリスクの下へと走り込んで行くファクトと白銀の弓(プラティヌアルク)と白銀(プラティヌ)の矢(フレッシュ)を構えるフェアリを傍目に僕も木の弓(ウッドボウ)と木の矢(ウッドアロー)を構える。


「木の矢(ウッドアロー)は普通に当てるだけじゃ効き目がなかった。……けど、やりようはある筈!」


 狙いを付けて引き絞った弦に力を込めながら、カレントバジリスクに隙が生まれるのを待つ事にした。

 前線ではツァーイとファクトが合流をして二人でカレントバジリスクを引き付けてくれている。ツァーイの力量に関しては疑う余地はないし、ファクトもここでずっとカレントバジリスクの足止めをしていたと言う事はかなりの実力者だと思う。

 だから二人が隙を作ってくれる一瞬を待って、敵の急所を射抜く。いざとなれば魔法もあるし、大丈夫だと自分に言い聞かせながら、その時が来るのを待ち続ける。



「ここから先には行かせないよ。」

「ジャージャー!」 


 後方にいるイラ達の下へカレントバジリスクが行かないようにと、向かって来る敵の真正面でサンクチュアリを振るう。その斬撃が僅かに敵の動きを鈍らせた。

 フェアリの話によれば彼女の仲間であるファクトが一人でずっと戦っていた。そのお陰で実際に目の前のカレントバジリスクは僅かに疲労をしているように見えた。しかし狂暴化の影響なのか、今すぐ倒せるという訳でもないように思う。

 斬撃を巨体で受け止めながらカレントバジリスクは上体部をウネウネと動かしながら首から上だけをこちらへと向けて来た。


「シャーシャー!」


 そしてすかさずに獰猛の牙が見え隠れしている口を大きく開いた。バジリスク系やドラゴン系などの魔物がブレス系統の攻撃を行う際の動作だ。

 このカレントバジリスクも例外ではなく、自身の体内に宿る雷の魔力(マジック)を使って口から雷のブレスを放った。

 魔力(マジック)による攻撃ならば盾で防ぐよりもサンクチュアリで斬り伏せた方が安全だ。物理的な攻撃なら話は別になるが、持ち主である私以外の魔力(マジック)を通さない性質を持っているサンクチュアリは魔法による攻撃を斬る攻撃が出来るから。

 それに私の持っている盾は魔装ではない。何の特殊効果(アビリティ)も持たないただの盾だ。魔法攻撃を防ぐ事には向いていない。

 そう思って放たれた雷のブレスを前にサンクチュアリを構えていたのだけど――


「コントンノチカラハスベテヲノミコム。 カオスホール!」


 ――突如放たれた魔法によって目の前にドス黒い濁った色の渦が現れたかと思ったら、次の瞬間には渦は雷のブレスを飲み込んで互いに消滅していた。

 この魔法は恐らく闇の属性だ。そして相性の上では闇属性は雷属性に強い。


「ダイジョウブカ。」

「……別にあれ位は私一人でも大丈夫だよ。」


 魔法を放った主であるファクトが隣に現れた。先程遠目から見た通り、人とは思えない異形の姿だ。骨の腕を鈍器か何かのように振るってカレントバジリスクの脳天に一撃を与える。

 バジリスク系の魔物の特徴としてブレス攻撃を放った直後は僅かに硬直して隙が生まれる。そこを狙った一撃は外れる事がなく必中し、重い一撃を受けたカレントバジリスクは目眩(めまい)を起こしたようだ。

 しかしそれとは別に、ファクトのたどたどしくて聞こえ辛いカタコト口調が何となく、理由も分からないのだけど、とにかく不愉快に思えた。

 だからだろうか、私はつい素っ気ない態度を取ってしまった。

 勿論自分が【蒼い疫病】と呼ばれている事を知られたくないので相手に深入りをされたくないから、と言う理由もあるのだけど、それを加味しても自分で違和感を感じる程の素っ気なさだ。

 第一フェアリに対してはもう少し(イラに対して程ではないにしろ)自然体で接する事が出来ていた筈なのに。


「ソウカ。」

「…………。」

「…………。」


 そのせいか全然会話が続かなかった。イラと出会うまでの間は協会内でクエストを受注する時とか、買い物をする時等の簡単なやり取り程度でしか会話をしていなかった。だからこういった沈黙は寧ろ日常的な物で慣れていた筈なのに、今は何だか少しだけ気まずく感じた。

 きっと最近はイラとずっと色んな事を話し合っていたからだ。イラと出会って当たり前の事を当たり前に出来るようになった。

 ずっと諦めて、ずっと押し殺して、ずっと出来ないと思っていた事が次々と出来るようになったから故郷で両親や友達と一緒にいた頃の本来の自分が浮き彫りになってきている。

 思えば私が友達と喧嘩をしたり、或いは友達同士の間で喧嘩が起きた時に仲裁に入ったりしていた時のあのギスギスした空気が私はかなり苦手だった。

 だからこの会話が続かない空気も何となく嫌気がさしてしまい、私はどうにか会話をしようと試みた。この嫌な空気が発生してしまった原因の半分は私にもある訳だし。


「……それよりそっちこそ大丈夫なの? フェアリの話では結構な時間を戦い続けてるって話だったと思うけど。」


 だけど口を開いて出て来た言葉は相手を心配しているようで、どこか皮肉めいたような嫌味な言葉だった。

 今度はこんな事しか言えない自分にも少しだけ嫌気がさしてきた。


「サキホドカイフクマホウヲカケテモラッタカラナ。マダタタカエル。」

「そう。」

「…………。」

「…………。」


 ファクトの回答が私とは違って冷静な口調に聞こえる分、私だけに落ち度があるようで増々嫌になってくる。そのせいでまた素っ気ない言葉で返してしまった。

 そして再び会話が途切れてしまう。

 そろそろカレントバジリスクの目眩が治まり、戦闘が再開になりそうだと思ってサンクチュアリを握る手に力を一段と入れた――所で、今度はファクトの方が話題を振って来た。


「……オマエハ、コノスガタガオソロシクカンジルノカ?」


 それは恐らく彼が最も気にしている事に関する質問なのだろう。

 私としてもこの異形の姿が気になっていない訳ではないし、事情を聞いてみたいと言う思いも少なからずある。……けれど【蒼い疫病】だと忌み嫌われ、今も素顔を晒せない私もある意味では同類なのだ。

 出会ったばかりのイラにもすぐに真実を話せずに、今もフェアリやファクトに対して自分の事を何も話さないでいる自分が、人の姿に関してあれこれと問いかけるのは何か違う。


「確かに気にならないって訳じゃないよ。」

「ナラ――」

「けど、私は貴方のその身体が何なのか聞かないから。……だからこっちにも素顔が晒せない理由があるって事位は察して。とりあえずこの場は共闘するけど、お互いの事情には不干渉って事でどう?」


 そもそもの話として、フェアリの妖精人(エルフ)特有の長耳と妖精人(エルフ)にそぐわない銀髪を見た時から私はこれが厄介事だと感づいていた。

 それでも断るのに時間がかかってしまったのは、イラに感づかれる程に出来る事なら助けたいと感じてしまったのは、イラと出会うまでに人から頼られる、人から助けを求められる、と言う事が全くなかった影響もあるのだろうけど、一番の理由はフェアリが必死に見えたから。

 フェアリが良い人だと言うのはこの第六層に来るまでの間に何となく分かったし、そんな彼女の仲間だと言うファクトもきっと良い人なのだろう。それでも私は自分の事を話そうとは思わないし、考えない。

 嫌われるのが怖いから、汚物を見るように蔑んだ瞳を向けられるのが怖いから、そして相手に探りを入れられるのも嫌だった。

 だからこれは私なりに出来る最大限の譲歩だ。

 私はフェアリが半妖精人(ハーフエルフ)だって事も、ファクトの異形の姿も気にしない事にする。なのでこちらの事も気にしないで欲しいと言う我が儘な取引の妥協点。


「……イイダロウ。タダシヤツヲタオシ、コノダンジョンカラダッシュツヲスルマデノアイダダ。」

「うん。それで十分だよ。」


 もしも本当に自分がダンジョンの奥地へ一人で行こうとしたイラの心配だけをしていたのなら、イラを止めたいと思っていたのなら、あの場でイラを気絶させて街へ戻ると言う選択肢もあったのだ。そして自分とイラの実力差を考えればそれは確実に出来た筈だ。

 意識を取り戻した後でイラと喧嘩をする事になるかもと思うと少し気は重かったが、フェアリ達を見捨てればイラがカレントバジリスクという獰猛な魔物に近づく必要もなかったのだから、本来はそうすべきだったとも思う。

 それでも自分がそうしなかったのは、あの時のイラの言葉が図星だったからだ。


『ツァーイがこの人を見捨てる事に本当に何も感じていないのなら僕だってこんな事を言わなかったよ。だけどここでこの人を見捨てて、ツァーイが少しでも負い目を感じるのは嫌だから。……だから、少しだけ怖いけど、ツァーイの代わりに僕が行ってくるよ。』


 私よりも弱いのに、本当は怖いと思っている癖に、なのに私の事を気遣って、目の前で困っていた見ず知らずの人を放っておけないお人よしの記憶喪失者。

 私(・)達(・)のような日陰者とは違って、傍にいてくれるだけで自然と笑みが零れるような明るくて、暖かい人。

 それ故に時折、いや、かなりの頻度で心を揺さぶられている気がする。それが単に私を受け入れてくれた初めての人だからなのか、それとも他に理由があるのかは分からないけど、私は彼(イラ)を失いたくないと思っている。彼に嫌われたくないと思っている。

 だから私は目の前の魔物を倒して、フェアリやファクトも助ける。戦う理由なんてそれで十分だし、寧ろ生きる為だけに戦っていた一人の頃を考えれば理由が多すぎる位だ。


「それと……さっきはああ言ったけど、助けてくれた事には感謝しているよ。ありがとう。」

「……レイヲイウノハコチラノホウダ。アノバケモノヲタオセレバ……ノハナシダガナ。」

「それもそうだね。」

「シャージャーシャー!」


 眼前で獰猛な声を上げて威嚇をするカレントバジリスクに対して私とファクトはそれぞれの武器を手に構える。



 遠目にツァーイとファクトの戦いぶりを見ている内に改めて自分の非力さを思い知らされた。

 当たり構わずに突っ込んでくる大蛇は時に猛毒の牙で噛み千切ろうと、時に雷の魔力(マジック)を利用したブレスや雷撃を放ち、時に変幻自在な動きで標的を自らの身体で絡み取って締め殺そうとした。

 そのどれもが一度でも命中をしてしまえば命に関わるような危険な攻撃だと言う事は自分でも理解出来たが、ツァーイとファクトはただの一度もその攻撃を受けてしまう事のないように戦っていた。

 カレントバジリスクがどちらかを噛み千切ろうと突っ込んで来たら標的から外れている方が斬撃(ファクトは骨の腕を振り回す事もあった)でカレントバジリスクの重心をずらして狙いが外れるようにし、近・中・遠に対応している雷の攻撃はファクトの闇魔法で相殺しながらツァーイが炎や光の魔法でカレントバジリスク本体に攻撃を仕掛ける。そして蛇特有のウネウネとした動きで獲物を捕らえようとしても、やはり一人が囮となっている間にもう一方が剣と魔法を使い分けながら攻撃を打ち込み続ける。

 更にはその間にフェアリがカレントバジリスクに複数の矢を射続けていた。ツァーイやファクトには当たらないように気を使っているのか連射こそはしていなかったが、それでも敵が動きを止める僅かなタイミングを逃さずに百発百中の腕前だ。

 彼女が射る白銀の弓(プラティヌアルク)と白銀(プラティヌ)の矢(フレッシュ)は僕の持つ木の弓(ウッドボウ)と木の矢(ウッドアロー)よりもかなり上質な武器だ。その証拠に刺さりもせずに弾かれていた木の矢(ウッドアロー)とは異なって、白銀(プラティヌ)の矢(フレッシュ)はカレントバジリスクに突き刺さってダメージを与えているように見えた。

 それに比べて僕は初撃の三連撃を除いて未だに矢を放てずにいた。狙いを定めて射るチャンスは何度もあった。けれどアレは普通の魔物とは異なってただ当てただけでは矢が弾かれてしまうので急所(目玉とか口内)だけに狙いを定めた結果、あの巨体とは裏腹に意外と俊敏な大蛇には「今なら当たる!」と言う瞬間が見つけられずにいた。何とも情けない話だ。

 だからだろうか、ツァーイと一緒に前線で戦えているファクトの腕前に憧れや嫉妬とは異なる純粋な羨望を抱いてしまうのは。そんな二人をちゃんと援護出来ているフェアリに尊敬の念を抱いてしまうのは。

 自分だってあんな風にツァーイの力になりたいと思っているのに、だからツァーイの代わりにフェアリを助けようと考えていたのに、結局はツァーイを巻き込むだけ巻き込んで、全部彼女達に任せっぱなしにして、自分は指を加えて見ている事しか出来ないのがもどかしい。

 こうしている今もフェアリの放った一矢がカレントバジリスクに命中をして一瞬だけ動きを止め、その間にツァーイが斬撃を、ファクトが骨の腕による打撃をそれぞれ与えている。

 別に皆が強い事を妬んでいる訳ではないし、ずっと大変な一人旅をしていたツァーイを今すぐに追いつき追い越せると思う程に傲慢ではない。強くなってツァーイの役に立ちたいと思っているけど力だけに執着する程に強欲でもない。僕達の間にある力量差に対して焦らないようにすると約束もした。けれど――


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌ダイヤダイヤァ


 ――何の脈絡もなく、一瞬だけ胸の奥底から訳の分からない衝動が沸き上がってきた。


「(今のは何……!?)」


 時間的に言えばその衝動から解放されたのは本当に数秒程度の一瞬だと言えるような時間だった。だけど一瞬の筈なのにもっと長い時間のようにも感じた。更には自分の物かも分からないような衝動に少しばかりの目眩と足に軽いふらつきを覚える。

 赤子が理由もなく泣き叫び、些細な事で子供が癇癪を起したり、心に傷を負った人がヒステリック気味になるような感覚だったようにも思う。けれどそれが本当に自分の感情なのかと言われれば、そうであるような、そうじゃないような、良く分からない感覚だった。

 だから、今の自分は、きっと、少しだけ、混乱しているのだ。

 そうやって得体の知れない衝動は勘違いだと自分自身に言い聞かせて、弓矢を構えている腕と標的であるカレントバジリスクへと意識を戻す。

 すると、何でそんな事になっているのか分からないけれど、自分が訳の分からない衝動や目眩、ふらつき等に気を取られていた間に、体中に傷を負ってボロボロになっているカレントバジリスクが耳を劈(つんざ)くような悲鳴とも雄叫びとも区別の付かない咆哮を上げながらツァーイへと襲いかかろうとしていた。カレントバジリスクの近くにいるツァーイとファクトにはその咆哮がより煩く響いている事だろう。


「っぁ、やああぁ!」

「ッ……クロキヤイバヨ、アダナステキヲツラヌケ! ブラックランス!」


 二人共が一瞬だけ怯んだ。けれど二人はすぐに態勢を立て直すと、すぐに攻撃を仕掛けた。

 ツァーイが剣を握りしめて左側から斬りかかり、ファクトが魔法で黒い槍を生成して右側から投げ飛ばす。これで決着がつく。何となくだけど、そう思えた。なのに――


 倒せ壊せ撃て斬れ怒れ怒れイカレイカレ


 その光景を見て再び得体の知れない衝動に襲われた。と、同時に嫌なビジョンが見えた。

 怒り狂ったカレントバジリスクがご自慢の猛毒の牙でツァーイを噛み殺している光景。

 そんな事になる訳はない。そんな事が起きる訳はない。これはただの幻覚だ。ツァーイが死ぬなんて事がある訳はないし、終わるのはカレントバジリスクの方だと確信出来る程に戦局は優勢なのだ。

 だけど胸の奥底から湧き上がる衝動が収まらない、背筋が凍りつくような悪寒が治らない。


「イラさん!?」

 

 だからか気が付いた時には足が勝手に走り出していた。後方から聞こえたフェアリの静止するような声を無視して駆けて行く。

 ツァーイの斬撃が命中してカレントバジリスクの鱗が剥がれ落ちて、濁った緑色の体液が零れ落ちる。

 ファクトが投げた魔法の槍が突き刺さり、そちら側からも同様の体液が零れ落ちる。

 それと同時にカレントバジリスクの巨体が崩れ落ちて活動を止める。


「やった……のかな?」

「アア……オソラクハ。ハヤク、トドメヲ……。」

「そうだね。そっちは何だか疲れているみたいだし、私がやるよ。」

「タ、ノム……。」


 それを見てその場に立ち尽くすツァーイと、心なしか苦し気に見えるファクト。ファクトはずっと一人で戦っていたので、フェアリに回復魔法をかけてもらったと言っても肉体的にも精神的にも体力に限界が来ているのだろう。それでも二人は油断はせずに武器を手に構えたままだ。

 カレントバジリスクが倒れたのに二人が未だに交戦状態を解除しないのは、この世界(リーネド・ムンリ)の魔物の仕組みが原因だ。本来魔物は命を落とすと入手(ドロップ)アイテムを一つだけ落として、亡骸は黒い靄となって消滅していく。

 けれどカレントバジリスクの巨体はまだそのままで残っているのだ。つまり、カレントバジリスクは意識を失う程のダメージを負ったが、まだその命は失われずにいると言う事。だからカレントバジリスクが入手(ドロップ)アイテムと黒い靄になるまでは安心は出来ない。

 それに加えてカレントバジリスクが倒れ伏せたと言うのに、まだ僕の中からは悪寒は消えてくれないでいた。湧き上がり続ける衝動を無理やり抑え込み、鈍った思考を無視しながら、弓矢を強く握りしめ、ただひたすらにツァーイの元へと走り続ける。

 先程のビジョンが未来予知で、実は自分にはそのような特殊能力が備わっていたとか思わない。あの光景はきっと自分の中にある不安か何かが見せた白昼夢や悪夢のようなものだ。

 そうと分かっているのに、思い込んでいるのに、不安は拭えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。