記憶二十三―銀髪の少女、それはフェアリ・ライフ―
「それで結局どうするの?」
「どうするって言われても……私の事を知られるのは避けたいし……」
見知らぬ銀髪の少女に助けを求められてから数分が経過した。
銀髪の少女の話は要領を得ずにフワフワしているし、僕達にはツァーイが【蒼い疫病】だと呼ばれている存在だと他人にバレたくないと言う、他人とは極力関わり合いになりたくない理由があった。
けれど目の前にいる銀髪の少女はどこか必死な様子で、助けて欲しいファクトなる人物の事を心の底から心配している事が伝わって来るので無下にもし辛い状況だ。
それらの事情が重なりあった結果として、銀髪の少女の頼みを受ける事も、断る事も僕達は選べずにいた。
それでもそんな硬直状態がいつまでも続く訳はなくって、やがてリベルーチェのリーダーでもあるツァーイは一つの決断を下す。
「……ごめんなさい。貴女が仲間を心配しているのは分かるけど、こっちにもこっちの事情があるの。悪いけど他所を当たってくれないかな。」
「そ、そんなー! 第六層から走ってここまで来て、ようやく他の冒険者を見つけられたのに……。早く助けを見つけて戻らないとファクトが危険なのに……。」
申し訳なさそうに、しかし無情にも放たれた一言を聞かされた銀髪の少女は、ややオーバーなリアクションをとりながら俯いて崩れ落ちていった。
僕達としてもこの少女を見捨てる事に対して後ろめたさを全く感じていない訳ではない。
少女の言葉に嘘偽りがないのなら、この娘は自分の仲間の身を案じているのだ。
僕だってその気持ちが分からない訳ではない。
もしツァーイが何か危険な状態にあったとして、それを自分一人の力だけでは助けられないのだとしたら、きっと目の前の少女と同じ状態に陥っていただろうから。
けれど【蒼い疫病】と言われて迫害され続けて来たツァーイの心情を考えれば、どんな相手かも分からない人の頼み事を二つ返事で引き受ける事は出来ないのも確かだ。
仮にこの少女の頼み事を聞いたとして、その最中に何らかのアクシデントでツァーイの素顔を見られでもしたら、ファングの街でそうなってしまったように少女や少女の仲間であるファクトと言う人がツァーイに酷い事を言う可能性は大いにある。
そうなればツァーイは傷ついてしまう。それだけは絶対に駄目だし、嫌だと思う。
「ツァーイは……本当にそれで良いの?」
だけどその決断はツァーイらしくないとも思ってしまった。
僕の知っているツァーイは困っていたら助けてくれて、知らない事を教えてくれて、とても優しくて、それでいて年相応に普通の女の子なのだ。
そんなツァーイが藁にも縋る勢いである少女の頼み断ったのは世間で悪評となってしまっている【蒼い疫病】の噂話のせいだ。
決してツァーイ本人が厄介事を嫌ったり、関係ないに首を突っ込みたくない等の理由で煙たがっている訳ではなかった。
だって助けを求めているのが銀髪の少女ではなく、僕だとしたらツァーイはすぐにでも手を貸してくれるだろう。当然その逆も然りだ。
だから僕は一度だけ、確認をするように、ツァーイにだけ聞こえる程度に声を潜めながら問い直してしまった。
「良く……ないよ。この人の慌てっぷりからして仲間の人が危険な状態だって言うのは分かるし。私だってもしもイラが……って考えたら他人事とは思えないよ。……それでも怖いものは怖いから。戦闘中にフードが外れるような事でもあったら私は……。」
言いながらその光景を想像でもしてしまったのが、ツァーイの肩と背筋がブルっと一瞬だけ震えて見えた気がした。
ああ、でも安心した。
やっぱりツァーイは本心ではあの少女を助けたがっているんだ。
それなら僕は……僕はツァーイの力になりたい。
「そっか……そうだよね。誰だって傷つくのは怖いもんね……。それならさ、ツァーイは先に協会の宿泊部屋に戻っていて。」
「イラ、何を言って――」
僕の発言にツァーイが困惑をしていたけど、ツァーイの言葉を遮って僕は次の言葉を口にする。
ツァーイと二人だけで会話をする為に潜めていた声を、銀髪の少女にも聞こえるように普段通りの音量に調整しなおして。
「僕が一人でファクトって人を助けてくるから。」
その言葉を発した瞬間、辺りが一瞬の静寂に包まれたような気がした。
そして数秒後にハっとしたツァーイと銀髪の少女の反応は当然ながら異なるものだった。
「イラ……自分が何を言っているのか分かっているの……!?」
「本当に助けてくれるんですか!? ああ、ありがとう! 本当にありがとうございます!」
方や珍しく――魔力の枯渇で倒れた時よりも強く――怒っている様子のツァーイ。
それでも怒り半分と困惑半分と言った感じな辺り、優しいツァーイは怒り慣れていない事が分かる。
そういった感情を向けてくれる辺り、出会った頃よりは信頼されているのかと思うと嬉しさと申し訳なさを同時に感じた。
方や先程までの落胆っぷりとは異なって、これまたオーバーリアクションで喜びを表現してくる銀髪の少女は本当に嬉しそうだった。
そんな銀髪の少女を余所に怒っているツァーイと話しを続ける。
「確かにこのダンジョンの魔物と戦えたのはツァーイと一緒だったからだよ。一人でだったら戦闘中に怪我をしていただろうし、魔物に殺されていたかも知れない。……少なくともクエストをこなせるだけの討伐は無理だったと思う。……それにツァーイの事情は理解しているし、この娘の頼みを断ろうとする意味も分かっているよ。」
タイガの森の魔物を相手にして、あれ程までに簡単に討伐を果たす事が出来たのは、間違いなく高レベル冒険者でもあるツァーイのお陰だ。
もしも僕が一人で訪れていたら当然だが戦闘時間が長くなる。戦闘時間が長引く事はそれだけで敵の攻撃が被弾する可能性が増える事に直結し、ツァーイと比べて格段に戦闘経験の少ない僕は死ぬかも知れない。
更に魔物との戦闘をスムーズに進めていた要因の一つである炎属性の魔法は僕には扱えない。
人間が保有する魔法属性の適正数が一つから三つである事を加味するなら、僕にも炎属性の適正がある可能性はあるが、少なくとも現状で判明しているのは氷属性だけだ。
そして氷属性が戦闘を有利に進められるのは水・雷・闇の三属性だ。このダンジョンで戦ったフェザーバードの風属性に対しては相性上で不利な上に、僕には相性差を埋めれるだけの力量や知識がある訳でもないのだから、ツァーイと一緒の時のように戦闘がスムーズにこなすのは無理だろう。
第一層での戦闘でそう感じたのだ。このまま銀髪の少女の仲間を助けに第二層以降に向かえば、可能な限りの戦闘を避けたとしても、生きて帰れるかは分からない。
「だったらイラも一緒に帰ろうよ! 今のイラが一人でダンジョンの奥地に行くのは危険だし、もしかしたら死ぬかもしれないんだよ! そうなったら私は……!」
「ツァーイがこの人を見捨てる事に本当に何も感じていないのなら僕だってこんな事を言わなかったよ。このまま協会に戻って報酬を受け取って、部屋で休憩をして、夜になったら晩御飯を食べて……それでも良かったんだ。」
多分そうするのが正解なのだろう。
銀髪の少女の頼みを断って、彼女とその仲間を見捨てて、ツァーイと二人で協会に戻れば今日の所はもう宿泊部屋で休むだけだ。
眠るにつくまでの長い時間をツァーイと一緒に過ごす事が出来るし、冒険者やダンジョン、モンスター等の仕事に関する話でも、それ以外の雑談でも、きっと楽しくお喋りを楽しむ事も出来る筈だ。
それに今日の料理当番はツァーイだった。贔屓目を抜きにしてもツァーイの料理は絶品だと感じている僕にとってツァーイの手料理を食べられるというのは、とても楽しみな事でもある。
このまま帰ればわざわざ危険を冒す事もないし、いつも通りの日常に戻る事が出来るのだから。
しかし、それでも――
「だけどここでこの人を見捨てて、ツァーイが少しでも負い目を感じるのは嫌だから。……だから、少しだけ怖いけど、ツァーイの代わりに僕が行ってくるよ。僕一人なら他の人と関わってもツァーイが傷つく事はないしさ。……だからツァーイは先に戻って晩御飯の準備でもしながら待っていてよ。ファクトって人を助けて、すぐに帰るから。」
それでもツァーイに負い目を感じて欲しくはなかった。もしここで銀髪の少女を見捨てたとして、彼女と仲間の安否がどちらに転んだとしても、結局ツァーイは傷ついてしまう。
自分が【蒼い疫病】と呼ばれる存在だと言う事を知られたくないという恐れとは別に、手の届く範囲にいる困っている人を助けたいという思ってしまうだけの優しさと力をツァーイは持ってしまっている。
少なくともツァーイは記憶喪失で『行き倒れていた見ず知らずの人を拾って助ける』程度にはお人よしだと言う事を僕は知っている。
だから僕はツァーイの代わりにこの人達を助けたいと思った。それで少しでもツァーイが感じる痛みが減るなり、なくなるのであれば、それだけで危険を冒す価値は十分にある。
「……っ、どうしても行くって言うの?」
「うん。ツァーイの気持ちを聞けたから。……そんな不安そうにしなくても大丈夫だよ。今日はまだ魔法を使ってないし、剣も手入れをしたばっかり。弓の狙いを付けるのも慣れて来た所だし。すぐに帰るよ。」
どこか怯えた表情で僕を引き留めようとするツァーイ。
そんな顔で見つめられると決意が揺らぎそうにもなるけれど、でもツァーイの本心を聞いてしまった以上は止まる訳にはいかなかった。
「……イラって結構自分勝手だよね。それに前にも言ったけど、頑固だし……。」
「そうかな? でもツァーイが言うなら、そうかも。」
ツァーイの言葉に少しだけムッと(別に怒ったりした訳ではないけれど、少しだけ、ほんの少しだけ)して「でもツァーイだって結構頑固だよね。」とうっかり続けそうになった言葉を飲み込む。
自分の事なんて自分では意外と見えていないものだ。だから目覚めてからずっと傍にいてくれたツァーイが言うのなら、きっと僕はそういう奴なのだろう。
「………………」
するとツァーイは言葉を返さず、その代わりに鋭く刺すような視線でこちらをジーっと見つめて来た。
「ごめんね、ツァーイ。もう決めたから。だからそんな風に睨まれても、無駄、だよ?」
「………………」
ちょっとだけ恐怖を感じてしまい、返事がどこか途切れ途切れになってしまった。
「はぁ……分かった、分かったよ!」
けれどツァーイは観念したかのように溜息を吐きながら、普段通りの表情で諦めの言葉を紡ぎ始め――
「その代わり私も一緒に行くから。」
「うん。すぐに帰るから待って――……って、え?」
――たと思ったけど、それは、僕が望んでいた内容とは違うものだった。
――タイガの森、第三層。
第一層よりも更に深く、濃い森林地帯を僕達三人は歩いていた。
こうなった原因でもある銀髪の少女――フェアリ・ライフ――が前に出て、僕とツァーイがその数歩後ろを歩いている状態だ。
何を言っても僕がツァーイの代わりにフェアリの仲間を助けようと第二層以降に進むのだとツァーイは諦めてくれたのだけれど、「イラを一人で行かせたら本当に死んじゃうから。」と言ってツァーイも着いて来てしまったのだ。
僕としてはこれでは本末転倒なのだけど、ツァーイが諦めてくれたのと同じく、僕もこうなったツァーイはテコでも動かないと言う事を知っていた。
これ以上銀髪の少女を放置気味にするのも流石に悪いとも思って、結局は三人で行動をする事に。
そして僕とツァーイはフェアリから具体的にどうして助けを求めていたのかを改めて問いかけた。
僕達が助力をすると知ったフェアリは少しだけ落ち着いた様子になり、仲間を案じている彼女は第二層の道中を歩きながら語ってくれた。
しかし話の内容自体は(当初よりも分かり易くはなっていたものの)やはりどこかフワフワしてしまっていた。
それでも第二層から第三層へと到達する頃には話の内容を理解する事が出来た。
フェアリは仲間のファクトと二人で集団を組んでいる冒険者で、僕達と同じく二人も彼方此方を旅していた。フォレスタウンに辿り着いたのも六日前の事だと言う。
フォレスタウンに来てからの二人ははずっと受注したクエスト(主に魔物の討伐)をこなす為に、タイガの森に通い続けていた。
最初の一日は様子見として第三層の入り口まで。二日目は第四層の入り口、三日目には第五層の入り口と言う様に一日毎に活動範囲を進めた。
冒険者としての活動期間が長いと言う二人は日々順調にクエストとダンジョンの探索をこなし続けた。
四日目には第六層の入り口まで到達し、五日目になるとタイガの森の最深部である第六層に足を踏み入れた。
そして六日目となる今日は第六層の奥地まで辿り着いてタイガの森を踏破した……しかし第六層の深奥には予想外の存在が座していたのだと言う。
「カレントバジリスク!?」
「……ってどんな魔物なの?」
フェアリが告げた魔物の名前にツァーイは(フード越しではあるけれど)険しい表情を浮かべながら驚愕し、僕は相変わらず無知なままだった。
しかしツァーイの今までに見せた事のないような表情から察するに、危険な魔物だと判断をする。
「カレントバジリスクって言うのは、ビリビリする大蛇型の魔物です。」
「うん? ビリビリするって言うのは電気属性って事かな?」
「そうです。とてもビリビリする電気で攻撃してきます。」
「そっか、ありがとう。」
相変わらずどこかフワフワしたような、少しだけ伝わり辛い言葉で話すフェアリ。
けれどこれから戦うであろう敵の情報を教えてくれるのはとても助かる事だった。
「バジリスク系の魔物の牙には猛毒もあるから噛みつき攻撃だけは絶対に避けてよ。それから拳で殴ったりするのも駄目。カレントバジリスクの鱗には一定間隔で電気属性の魔力が張り巡らされて、それに直接触れるとしばらくの間は身体が麻痺して動けなくなるの。それから他にも電気属性の攻撃は絶対に避ける事。掠り程度にでも当たったらやっぱり麻痺して動けなくなるから。」
「うん。分かったよ。うっかり麻痺しちゃったら、その間に毒の牙で仕留められるって事だね。……死ぬにしても毒死は苦しそうで嫌だね。」
隣にいるツァーイが補足気味にカレントバジリスクの情報を語る。
『カレントバジリスク』、電気属性の魔力をその身に宿す大蛇型の魔物で、ツァーイやフェアリの言葉からして僕が今までに戦って来た魔物とは比べ物にならない程度には格上の相手のようだ。
そんな危険な魔物でもあるカレントバジリスクと出会ってしまったフェアリとファクトは本来のクエストとは関係のない魔物ではあったけど交戦を余儀なくされた。
カレントバジリスクは元から狂暴な性格をしており、一度目を付けられてしまうと逃げ切る事が困難だとフェアリは語る。
しかし以前にも別のダンジョンでカレントバジリスクと戦った事があると言うフェアリは「ここのカレントバジリスクは狂暴化をしていたの。」と続けた。
「狂暴化……?」
知らないのはどうやら僕だけのようだった。
「極稀に発生するイレギュラーな個体で、普通の個体よりも気性が荒々しくなっているの。そして狂暴化した魔物はダンジョンの他の階層への移動だけでなく、ダンジョンの外に出る事もある。……放置したら被害はこのダンジョンを訪れる冒険者だけじゃ済まなくなるの。」
「前に一度だけ狂暴化したアイスゴーレムに街中で襲われて戦った事があるけど……バジリスク系の狂暴化は洒落にならないかな……。」
『魔物の狂暴化』について説明をしてくれるフェアリと引きつった声でボソリと呟くツァーイ。
先程からの二人の反応でカレントバジリスクなる魔物が『かなり危険な魔物』だと言う事は分かったものの、バジリスク系の魔物と狂暴化という現象のどちらも知らない僕には二人の過剰気味な反応が今一ピンとこなかった。
でもツァーイが恐れているような魔物が街に現れたらと想像をすると、尚更放置しておく訳にもいかないなと思えた。
「それで逃げる事も難しかったから、私達は狂暴化したカレントバジリスクを討伐する事にしたの。……でも戦闘を続ける内にファクトは普通に戦っていたら討伐は出来ないと判断して、奥の手を使う事を決めた。そしてその為には私が傍にいると危険だからって逃がしてくれたんだけど……」
「それでもファクトが心配になって、カレントバジリスクの討伐を手伝ってくれる他の冒険者を探していた……って事か。」
「そうです。……でもこのダンジョンはフォレスタウンに定住している冒険者達や周辺の魔物と比べて、手強い魔物が多いから人も殆どいなくって……だからイラさんとツァーイさんを見つけた時は本当に嬉しくて……」
そこまで言いながら涙ぐむフェアリ。
「それにアレを使ったファクトを一人にするのも本当は危険で……恐らくまだ戦闘中だとは思うので一刻も早くカレントバジリスクを討伐して、ファクトを助けたいんです!」
結局奥の手だとか、アレだとか言われている手段が何なのかは分からなかった。
気にはなったので聞こうかとも考えたけど、フェアリが言葉を濁している事から言いたくない事だとは思ったので聞かない事にした。
フェアリの不安通りにまだ戦闘がまだ行われているのなら、行けば分かる筈だとも思えたから。
ともあれフェアリから事の次第を聞いた僕達は少しでも早くファクトを助ける為に、彼がカレントバジリスクと戦っていると言う第六層へと急ぐのだった。




