記憶二十二―ダンジョン、それは魔物の住まう危険区域―
僕達は翌日の朝にはフォレスタウンの外へと出て、複数ある街道の内の一本を道なりに歩いていた。
街に辿り着いた事で冒険者らしく協会でクエストを受注し、目的地へと向かって歩いている最中だ。
正確に言うならクエストを選んで受注したのはツァーイなので、僕は内容をまだ知らない。
受注するクエストをツァーイに任せっきりにしているのはリベルーチェの財布をツァーイが握っているというのもあるけれど、僕が冒険者としての経験値や魔物に関する知識が足りていない事も関係していた。
そんな僕でもファングの街の近くにウルフの生息地である『ファングの高原』があったように、フォレスタウンの周辺にも魔物の生息地となるような場所があって、そこに向かっているのだろうなという事は察する事が出来た。
しかし周辺の地理を知らない僕は結局の所として、ツァーイがどこに連れて行こうとしているのかが全く分からないでいた。
「フォレスタウンにいる間はダンジョンの『タイガの森』で魔物の討伐クエストをしようと思うの。」
「了解。……ってダンジョン? ファングの高原とは何か違うの?」
僕の疑問を察してくれたのか、それまでしていた雑談を一旦切り上げたツァーイが目的地を明かしてくれた。
だけど予想外の言葉に新たな疑問を持った僕はダンジョンについて問いかけた。
「魔物の生息地って意味では似ているけど違うよ。ファングの高原はウルフの生息地ではあったけど、あくまでも普通の高原だったでしょ?」
「言われてみれば、ウルフがいた事以外はただの高原だったね。」
記憶喪失の僕は他の高原を知らないけど、何となくそう思えた。
少なくとも高原に靡く風は気持ちが良かったし、空気も美味しかった。何より高原で食べた昼食は宿泊部屋で食べる食事とは違った趣もあって、個人的には好きだった。
「でもダンジョンって言うのはね、協会に指定されている危険な区域なの。普通の場所よりも魔物の数や種類も多いし、幾つかの階層に隔てられていて奥地に進むだけ危険な魔物が生息しているんだよ。今から行く『タイガの森』も全六層に区分されているから、もし逸れたりしたら間違っても奥には進んじゃ駄目だよ!」
「迷子になったりはしないと思うけど、気を付けておくよ。」
「……とは言っても今日はイラがちゃんと弓矢を使えるかを確認するのと、ダンジョンの様子見がメインだから二層以降には行かないけどね。クエストの討伐対象も全部一層の物を選んで来たし、余程の事がない限りは大丈夫だと思うよ。」
そう言って微笑しているツァーイの様子には場数をこなしている冒険者としての貫禄があるように思えた。
それに僕の事を気遣ってクエストの内容を選定してくれているかと思うと、少し嬉しくもある。
以前のように申し訳なさを感じていない訳ではないけれど、それ以上に彼女の期待に応えたいという気持ちの方が大きくなっていた。
「それで今日の討伐対象は?」
「フォレストウルフを十匹と、フェザーバードを二十三匹だよ。」
「ウルフとバードって事はもしかして……?」
告げられた新しい魔物の名前からファングの高原で幾度と戦った灰色の獣と、フォレスタウンまでの道中で苦戦した黒い鳥の姿が脳裏に過る。
「うん、イラの想像通りだよ。ちなみにフォレストウルフは基本的な行動はウルフと同じだけど、普通のウルフよりも身体が木のように固くなっているから気を付けてね。」
「一撃では倒せないかも知れないって事か……。普通のウルフは一撃で倒せていたけど、戦いが長引くのは厄介だね。」
ファングの高原にいたウルフは拳で殴ったり蹴ったりする分には数回の攻撃が必要であったけど、銅の剣でなら一撃を振るうだけで倒し切れていた。
だから一日の討伐数が多めに設定されていても(疲れはしたけど)連戦を続けて、倒し切る事が出来た。
しかしフォレストウルフがウルフよりも丈夫だと言うなら、恐らく銅の剣でも一撃で倒すのは不可能なのだろう。
ウルフは数匹がかりで出現する事が多かったので、その習性がフォレストウルフにもあるとしたら耐久力が上がるだけでも一回の戦闘時間が長引くのは明らかだし、戦闘が長引けばそれだけ自分やツァーイが怪我を負う可能性も自然と高まってしまう。
「それとフェザーバードはネロバードと同じバード系の魔物だけど、闇属性じゃなくて風属性なの。ネロバードとの大きな違いは風で衝撃波を起こせるって事かな。」
「それじゃあネロバードよりも更に剣が届きそうにないね。弓矢を買っておいて良かったよ。」
あれ程苦戦したネロバードも攻撃方法は鋭い嘴や、切れ味のある翼での接近攻撃だった。
だから敵が接近をして来た時にカウンターの要領で剣を振るえば当たる事もあった――最も殆どの攻撃が空中に逃げられて避けられてしまう訳だが――のだけど、フェザーバードが衝撃波という遠距離攻撃を行えるのなら剣は余程の事がない限りは届きようがないと思えた。
付け焼き刃とは言え、遠距離攻撃の手段である弓矢があるとないとでは大違いだろう。
「私も今朝クエストを確認して知ったから、狙っていた訳じゃないんだけどね。でもイラが弓矢を試すには絶好の相手じゃないかな? もしフェザーバードを簡単に射られるようになったら、もう空中の敵には苦戦する事もなくなるって事だから。」
「そうだね。初めての弓矢で上手く行くかは分からないけど、この街にいる間に少しでも上手に射れるようにはしないと。」
背負っている弓と矢筒に意識を向けながら、気合を入れる。
元々今日は弓矢を主軸に戦うつもりだったけど、明確に剣が届かない敵がいるのであれば俄然やる気も上がると言うもの。
その後も今日の討伐対象ではないけれど協会で募集されていたクエストで見かけた魔物に関する話をツァーイから教えて貰ったり、今日の戦闘に関する作戦を話し合ったり、様子を見て行けそうなら明日以降に第二層にも行ってみよう等という今後に関する話し合いを行った。
そして、そうこうしている間に僕達は目的地であった『タイガの森』に到着した。
鬱蒼と生い茂っている無数の木々の中において、人の手が及んで作られたと思われる一本の道が目に入る。
ダンジョンの入口となっている道の付近には『ここより先はダンジョン『タイガの森』。魔物の巣窟である。戦う術や護身の術を持たない者は引き返せ! 協会より。』と書かれた看板が立てられていた。
これは冒険者や傭兵と呼ばれるような人以外――魔物とは戦えないような一般人――が迷い込んでしまうのを避ける為の物なのだろう。
勿論冒険者である僕達は戦う術を持っているので、看板の横に拓いている入口と思わしき場所から中に入って行く。
「バウッズ!」
『タイガの森』に入って道なりに少し歩いて行くと、次第に開けた空間へと出た。
ややこじんまりとしていた一本道の入口とは異なり、幾つかの道が分岐していた。
始めて訪れるダンジョンだったので僕達は二人共が土地勘を持っていないので、冒険者歴の長いツァーイに進行方向を決めて貰う事になった。
そして最初の分岐点を右折して歩いていると、左右に生えている木々の影から五匹の魔物が現れた。
その魔物は見覚えのある狼に似た四足の獣の姿だったけど、身体の色は記憶に残っている灰色ではなく木々を思わせるような焦げ茶色だった。
パッと見でこの魔物が討伐対象の『フォレストウルフ』だと言う事が分かった。
それでも初見の魔物ではあったので、別種の可能性だと言う事も考慮しながらツァーイに確認をする。
「あれがフォレストウルフだよね?」
「そうだよ。それじゃあ手筈通りにお願いね!」
そう言うと同時にツァーイは剣を手にフォレストウルフの群れへと突っ込んで行く。
その姿を見送りながら僕も手筈――道中で話し合った作戦――通りに木の弓を構え、背中の矢筒から木の矢を一本だけ引き抜いて構える。
狙いは五匹いるフォレストウルフの内、手前から数えて二番目の位置にいる個体だ。
「当たれっ!」
「ギャッ……ウッズ!」
弓矢を扱うのは初めてだったけど、放たれた一矢は狙い通りの標的へと命中した。
弓矢を射ると言うのは当たり前ながら剣や拳を振るう感覚とは全く違うものだったけれど、『マルチウエポン』のスキルのお陰か不思議とどうやって扱えば良いのかは理解出来た。
素人だからと危惧していたような手ぶれやノーコンと言った心配はしなくても良さそうだ。
勿論『マルチウエポン』は目を閉じても自動で百発百中になる……と言うようなチート物ではないので、ちゃんと狙いを付ける必要はあるし、素早い敵を射ぬこうとするのなら腕を磨く必要はありそうだけど。
しかし木の矢が命中したとは言っても、通常のウルフよりも身体が固いとされるフォレストウルフを一撃で仕留めるには至らずに、矢を当てられた個体は標的をツァーイから僕へと変更したように突出してきて、それに呼応した手前から三番目のフォレストウルフも一緒に走りだし始める。
「させないよ!」
けれど僕を狙い始めた二匹が駆け出し始めると同時に、前線にいるツァーイが剣を一振りして相手をしていた最前線のフォレストウルフを吹き飛ばす。
「燃え散って! フレイム!」
そして次の瞬間には僕の方へと向かっている二匹に向かって手をかざし、素早く詠唱文を唱えるとかざした掌の方向へと炎が撒き上がってフォレストウルフを燃やし尽くす。
木の様に硬いと比喩されるフォレストウルフは木の様に燃えやすくもあったので、炎属性の魔法は抜群の効き目を見せた。
それから瞬く間に二匹のフォレストウルフは黒い靄となって燃え散り、討伐報酬だけがその場に残された。
「バウッ! バウッズ!」
「「ウッズ!」」
「逃がさない! 三連撃!」
仲間が倒されたからか、本能的に炎を恐れたからなのか、残っていた三匹のフォレストウルフは一目散にその場から逃げ出そうと僕達に背中を見せて走り出し始めた。
その様子を目視した僕は急いで矢筒から三本の矢を取り出して、殿を務めていた――つまり僕達から見て一番手前にいた――個体へと向かって同時に三本の矢を放つ。
初撃の一本の矢では倒しきれない事が分かっていたので、少しでも威力を高める為に「三本の矢を同時に放てば威力も三倍になるんじゃ……?」と言う単純な思い付きの元に放った攻撃だ。
常人からして見れば「複数の矢を一度に扱うと狙いがぶれてしまう」と言われるような浅はかな考えではあったかも知れないけど、『マルチウエポン』のお陰か三本の矢は特にぶれる事もないままに一匹の標的へと命中した。
しかも放たれた矢が着弾するまでの間には先程ツァーイが放った『フレイム』の残り火があり、そこを通過した三本の木の矢は火矢となっている事も織り込み済みだった。
炎を纏った矢はフォレストウルフへと着弾すると同時に全身へと炎を燃え移していき、瞬く間に先程の二匹と同様に討伐報酬を残して燃え散った。
しかしその間に残りの二匹はダンジョンの奥へと逃げ切ってしまったようだ。
「手筈通りに上手く行ったね。弓矢の使い勝手はどう?……って聞く必要はないかな?」
「うん。バッチリだよ。それに二人とも怪我をしたりしなくって良かった。」
逃げ出したウルフが視界の外へと見えなくなっていき、戦闘終了と判断した僕達は討伐報酬―『フォレストウルフの爪』が二つと『フォレストウルフの肉』が一つ―と戦闘中に使用した木の矢を回収しながら言葉を交わし始めた。
今回僕が弓矢を始めて扱うにあたり、複数体の魔物と遭遇したら最前線の個体はツァーイが牽制をする。そしてそれ以外の個体を僕が弓矢で各個撃破して行くと言うのが作戦の内容だ。
最も弓矢の攻撃力は剣よりも劣る事が常とされているようなので、倒しきれなかった敵はツァーイが止めを刺すなり、万が一僕の方へと向かって来た時は僕も剣で応戦するのも一つの選択肢にはあった。
今回はツァーイが魔法で倒してくれたので、結局僕が剣を抜く事はなかったけれど。
「それで逃げて行った二匹はどうするの? 追いかける?」
「その必要はないよ。タイガの森は私達にとって初めて来る場所だし、土地勘のない状態での深追いは危険だから。もしかしたら逃げ出したように見せかけて、罠を張っているかも知れないし。」
「そっか。……ん? 魔物が罠を張るような事ってあるの?」
倒した三匹分の討伐報酬と木の矢を回収しきった(火矢になった三本は当然ながら燃えきってしまっていたけど)所で逃げ出した二匹についての指示を仰いだけど、その中でツァーイの返答に思わぬ物があったので思わず聞き返してしまった。
今までに戦って来た魔物は本能的な動きが多く見受けられたけれど、罠を張るような知性がある様な素振りを見せた事は一度もなかったから。
「魔物の種別や個体差にもよるけれど、たまにいるんだよ。理由は良く分かってないんだけれど、群れを纏めているような長とか、長生きしている個体とかは他の魔物よりも知能的になっている事があるの。流石に人の言葉を話したりとかはしないけれどね。」
なるほど。そう言えば魔物が逃げ出すって言うのも初めて見たし、動きに違和感や特徴がある魔物に対しては普段よりも警戒心を強くした方が良さそうだ。
「それに他にも同種の魔物はいるだろうから焦らなくても討伐数には困らないし、わざ危険を冒す必要はないよ。」
「了解。それじゃあ他の魔物を探しに行こう。」
安全を重視しているツァーイの言葉に賛成して、僕達は逃げて行った魔物は無視する事にしてダンジョンを進んで行く。
それから少しばかり歩いて行ると、四羽の淡い緑色の鳥を見つけた。
身体の色や翼の形状にはネロバードとの違いが見受けられたが、それら以外の――鋭い嘴や目つき、身体の大きさ等――要素はネロバードとの類似点が多い位だ。
「あれがフェザーバードだよね?」
「うん。まだ相手はこっちに気付いていないみたいだね。」
ツァーイの言う通りに僕達は四羽のフェザーバードが木々に止まっている所を偶然に見かけて、すかさずに敵に気付かれないように離れた位置の木陰に隠れて息を潜めて小声で会話をしていた。
「それじゃあ、折角だしイラに狙撃をしてもらって良いかな? バード系の魔物はウルフ系よりも小さいからね。いきなり空を飛び回られると狙いをつけ辛いかも知れないし、練習代わりにね。」
「分かったよ、任せて。」
会話を切り上げた僕は矢筒から一本の矢を取り出して狙いを定めて、こちらの気配を悟られる前に放つ。
標的が止まっているので狙いを付けるのはとても簡単で、放たれた一矢は驚く程簡単に命中した。
木の矢が着弾をすると同時に標的は木の奥側へと崩れるように倒れ落ちて行き、それ故に目視は出来なかったけど、魔物が死ぬ時に発する黒い靄がチラっと見えたので問題なく仕留められた筈だ。
「(弓って凄い! 前に剣でネロバードと戦った時はあんなに手こずったのに、こんなに簡単に倒せるなんて!)」
剣と弓の役割が違う事も、この一撃が不意打ちだと言う事も重々承知の上だ。
それでも呆気なく墜落して行くフェザーバードを目にしながら、思わずそんな感想を抱かずにはいられなかった。
しかし僕の興奮を他所に、残っている三羽のフェザーバードは仲間が倒れると同時に瞬時に羽ばたいて、空中へと上昇して行く。
やがて周囲を警戒するように空中を旋回し始めた三羽は矢が放たれた方角(つまりは僕達が隠れている)木陰の付近へと迫って来たのだけど。
「私達の居場所が敵に見つかる前にもう一撃お願い。もし外れたり、仕留めきれなかったら私がフォローするから気負わずにね。」
「……うん。」
敵が動いたのを確認したツァーイが僕の右耳へと囁いた。
予期していなかった耳へのくすぐったさにビックリしたからなのか、密着しそうな程に傍にいたツァーイに少しばかりドキっとしてしまったからなのか、あるいはその両方なのか、自分でも良く分からなかったけど一瞬だけ思考が止まってしまい僅かに返事が遅れた。
だけどこれもフェザーバードに音が聞こえないようにという配慮なのだろう。
先程の一部の魔物に知能があるかどうかって話とは違って、魔物は本能的に動く事が多い。だから物音や声音を聞きとられると、その内容を理解出来なかったとしても音そのものに反応をして自分達の居場所がばれてしまう。
「こっちだよ!」
だからツァーイの指示通りに僕達だけが敵を視認しているというアドバンテージを失う前に、ギリギリまで敵を引き付けてから「ここだ!」と思った所で僕は木陰から飛び出しながら矢を放った。
この一撃もやはり不意打ちではあったけど、敵が警戒をしていた事と空中を自由自在に動き回っている事から狙い通りに直撃とはならずに少しだけずれてしまった。
しかしながら不意打ちとしての効果は僅かにあったようで、幸いにも木の矢は一羽の右翼を掠めるように突き刺さった。
結果的には良かったけど、動き回る相手を狙う為にもやはり弓矢の腕前を磨いておく必要はありそうだ。
そんな事を考えている一方で三羽のフェザーバードは敵である僕を確認すると、間合いをとろうと更に上昇をし始めた。
「フレイムボール!」
しかし右翼に怪我を負った一羽だけは上手く羽ばたけないようで、上昇するスピードが他の二羽と比べるとまるでスローモーションになっているように遅かった。
その隙を見逃さなかったツァーイが放った炎球の魔法に直撃して倒れて行き、地上へと落下する頃には討伐報酬となっていた。
「「フェギャー!」」
早くも見つけた時の半数になったフェザーバードは遥か上空から怒ったように声を上げる。
丸みを帯びている柔らかそうな羽を羽ばたかせると、三日月状の緑色の衝撃波がそれぞれ僕とツァーイをめがけて放たれる。
「衝撃波って言うのはこれの事か……!」
道中でツァーイから聞かされていた話を思い出す。
もしも事前に聞いていなかったら何の反応も出来なかったかも知れないが、どういう行動をしてくるのかが分かっているのなら対処は出来る。
咄嗟に矢筒から一本の矢を取り出して衝撃波に向かって撃とうとした時――
「炎よ、護って! フレイムウォール!」
ツァーイが放った魔法によって横に長い炎の壁が僕達の目の前に出現して、フェザーバードが放った衝撃波は二発とも炎に飲み込まれていった。
「(そう言えば風属性は炎属性に弱いんだっけ。)」
フォレスタウンまでの旅中で魔法の練習の際にツァーイに教えて貰った魔法属性の相性に関する話が瞬時に頭を過った。
この世界の魔法は八つの属性に分かたれていて、それらはお互いに相性の良し悪しが決められている。
『炎』・『水』・『風』・『土』・『氷』・『雷』はそれぞれ同属性を除いた七属性の内、相性の良い属性が三つと相性の悪い属性が四つ。
『光』と『闇』は他の六属性とは異なっていて相互を相殺をするように対の弱点同士となっている事もあって同属性を除いた七属性の内、相性の良い属性が五つと相性の悪い属性が三つ。
その中でも炎属性の相性は『風・氷・闇』に強く『水・土・雷・光』に弱いというものになっている。
つまりツァーイの放った炎属性の魔法は風属性のフェザーバードが放った攻撃に相性上で有利だった。更にツァーイの実力が高い事もあっていとも簡単に掻き消したと言う事だ。
ちなみに僕の氷属性は風属性に対して不利な属性だったので、似たような防御魔法を使ったとしてもフェザーバードの衝撃波を防げるかは怪しい所だ。
「当たれっ!」
何はともあれフェザーバードの攻撃をツァーイが防いでくれたので、衝撃波と相殺をさせようと取り出していた木の矢を代わりにフェザーバードに放つ。
フレイムウォールが展開している最中だった事もあって、その炎を纏って火矢として放たれた一撃は攻撃を放ったばかりで硬直しているフェザーバードへと難なく命中した。
また風属性に強い炎属性となった一撃はそのまま隣のフェザーバードにも燃え移り、すぐに二羽のフェザーバードは黒い靄を発しながら消滅して討伐報酬をボトリ、と地上に落下させた。
「何かビックリ。拍子抜け……とまでは言わないけどさ、こんなにあっさりと倒せる相手だったんだね。」
「バード系は空への攻撃手段があれば、そこまで強い相手じゃないからね。空を飛んでいるってだけで戦闘が長引く要因にはなっちゃうし、油断だけはしないように。」
戦闘の終了を確認しながら周囲に散らばった討伐報酬の一つ―フェザーバードの羽―を拾い上げながらポツリと呟いた言葉に、同じく別の討伐報酬―フェザーバードの肉―を拾い上げながら答えた。
「うん。油断大敵だね。……でもお互いに自然と連携出来るようになってきたよね。出会ったばかりの頃はバラバラに戦う事が多かったから、ちょっと嬉しいな。」
「そうだね。こんな風に誰かと協力したり、助け合ったり出来るなんて思ってなかったから私も嬉しいよ。この先も当てにしているからね。」
タイガの森に来てからの戦闘でツァーイと上手く連携をとれている事が嬉しくて自然と笑顔が零れ、それにつられたのかツァーイも笑みを浮かべる。
初めて戦ったウルフ戦を初めとしてファングの高原では僕達はバラバラに戦う事が多かった。
それは僕が接近戦しか出来なかった事や、ずっと一人で戦っていたツァーイが集団戦に不慣れだった事から生じた結果だった。
しかしファングの街を脱出してツァーイが自分の話をしてくれた後からは少しずつだけど戦闘においての連携を僕達はとれるようになってきていた。
ツァーイが以前よりも僕の事を頼ってくれるようになったり、僕も使用回数に制限はあるものの魔法を使えるようになった事等が要因ではあったし、今日からは弓矢での援護も連携を取り易くする為の要因に拍車をかけてくれているようにも感じられる。
何にせよ今みたいに二人で協力し合って戦っている事が無性に喜ばしく感じられるのだ。
その後も僕達は遭遇した魔物を討伐し続け、たまに逃げ出す魔物がいた際には矢か魔法での追撃を一撃入れるけど深追いはしなかった。
『タイガの森』の一層で見かけた魔物はクエストの討伐対象であるフォレストウルフとフェザーバードの二種だけのようで、他の魔物と遭遇する事はなかった。
そのお陰もあってか、僕達がクエストクリアに必要な討伐数に達したのはツァーイの想定よりも早かった。
「これでフォレストウルフが十八匹に、フェザーバードが二十六匹か。必要数よりも少し多めに倒しちゃったね。」
「来る時にも言ったけど今日はタイガの森の様子見がメインだったからね。クエストの受注量も少し控えめにしちゃったんだよ。……でもイラが弓矢に慣れるのも思っていたよりずっと早かったし、帰り道にも後何回かは戦闘になる事を考えると、もう少し多めに受注しておけば良かったよ。」
「それでこの後はどうする? 宿泊部屋(協会)に戻るには少し早すぎる気もするけど。」
タイガの森には無数の木々が生い茂っており、そのせいで僕達の周囲にも日の光はあまり届いていない。
勿論洞窟や地底と言う訳ではないので、多少は光が差し込んでいる。……のだが、街中や街道と比較するとどうしても薄暗く感じる。
だから時間の感覚も少しだけ曖昧に思えたけど、少なくとも昼食を食べるにはまだ少しだけ早い時間のようにも思えた。
ファングの高原でウルフを討伐していた時は用事がない時は夕方前頃までは戦っていたし、用事がある時も昼食を一つの区切りとしていたのに。
「そうだね……タイガの森の様子見をしに来た訳だし、明日以降の為にも二層までのルートは調べておこうかな。それとクエスト自体は終了しているから避けられる戦闘は避ける方向で。勿論避けられないなら今まで通りに討伐するけど。」
すると僕の問いに対して考え込むようにコテン、と首を傾けながら思案を巡らせた様子のツァーイが少しばかりの間を空けて今後の行動方針を決定した。
僕も反対をする理由はないので首を縦に振って、僕達はタイガの森における第一層と第二層の境目を探す為に奥地へと歩みを進め続ける。
その境目が見つかったのは、それから約一時間程の時間が経った頃だった。
クエストの討伐数を稼ぐ為に戦闘に没頭していた時は気づかなかったけど、森林地帯であるタイガの森は非常に迷い易い構造となっているようで僕達は中々境目を見つける事が出来なかった。
迷っている最中に魔物との戦闘が発生したりすると、どっちから来てどっちに行こうとしていたのかが分からなくなる事も一つの要因だろう。
途中でツァーイが同じ場所をグルグルとしている事に気付き、以後は一定間隔毎に地面や木々に印を刻んで虱潰しに別のルートを探すと言う事をし始めなければ、今頃はきっとグルグルと第一層を彷徨っていた事だろう。
「やっと見つかったね。二層の入り口。ダンジョンがこんなに迷い易い場所だなんて知らなかったよ……。」
「私もダンジョンでこんなに迷ったのは久しぶりだよ。普通はもう少しだけ分かり易い筈なんだけど……特に一層や二層みたいな浅い階層は。」
ダンジョンの中で数少ない安全地点だという境目で、森林地帯で遭難するのではと思う程には精神的な疲労を感じていた僕達は昼食を食べる事にした。
ダンジョンに住み着く魔物は階層毎に自分達の領域を定めている。
だから階層と階層の間である境目に魔物が出現する事は基本的にはないとされているらしい。
とは言っても結界が張られていたりする訳ではないので、例外的な事態が過去にあった前例もボチボチあるようだ。
その他にも魔物ではない存在……例えば他の冒険者が通りかかる事等はあるようなのだが、何故かタイガの森を訪れてから他の冒険者の姿を見かける事は一度もなかった。
「そう言えば他の冒険者の姿を見かけないよね? 僕達的には良い事なんだろうけど、何でなの?」
ツァーイにとって人気がない街の外は自分の姿を隠す事なく曝け出せる時間でもある。
しかし髪と瞳の色で【蒼い疫病】だと断定されてしまう事から街道にしろ、ダンジョンにしろ、素顔を晒した状態で誰かとすれ違うだけでもアウトだ。
宿泊部屋を除いた街中ではフードを被り込んで人の目から逃れているが、街の外で位はツァーイに自由でいて欲しい。
だから僕達以外の冒険者がいない事は喜ばしい事……ではあるのだが、協会ですれ違う程度には多くいた冒険者の事を考えるとどうにも不自然に感じるのだ。
「他の冒険者達はタイガの森じゃなくって、イービルの谷に行ってるんじゃないかな。」
「イービルの谷って?」
「ファングの高原と同じでダンジョンじゃないけど、魔物が住み着いている場所だよ。フォレスタウンから少し離れた場所にあるんだけど、ダンジョンよりは安全な場所だから並みの冒険者はそっちに集まってるって訳。今朝にも言ったけれどダンジョンって一応は危険区域に指定されているからね。」
「それでもダンジョンの方がクエストの報酬とか、魔物から得られる経験値や素材が稼ぎやすいから悪い事ばかりじゃないんだけどね。」と続けながらツァーイは手に持っているウルフの肉が詰め込まれているオニギリを口に頬張った。
何でもないように言っていたけれど、妙に実感の込められていた言葉からツァーイが今までに一人で幾つものダンジョンで戦って来た事を想像する事が出来た。
今でこそツァーイはレベルの高い冒険者ではあるけれど、最初からそうであった筈はない。もしかしたらレベルの低い頃からダンジョンに潜っていたのかも知れない。
それに協会から危険区域に指定されているこれらの場所で集団も組めずに、単独で戦い続けていたと言うのは今更ながらに聞いただけで心臓が凍るかと思う程にゾッとする話でもあった。
それでもその事を咎める資格など彼女に拾われた僕には無かった。
あの高原で僕と出会うまでの九年間を一人で過ごしていたと言うツァーイに、ポッと出の自分が言えた立場ではないのだから。
「なるほどなあ。確かに僕達もさっきまで道に迷っていたし、クエストをこなし易い場所が他にあるなら普通はそっちに行くよね。」
だから僕はツァーイを心配するような言葉は飲み込んで、日常話を語るようなツァーイと同じ調子に合わせて会話を続ける事を決めた。
「それにレベルの高い集団が来ていたとしても、大体の場合はもっと奥の階層で狩っているだろうからね。今の私達みたいに様子見をする人達がいないとは言わないけど、そういう集団と同じ日に様子見が鉢合わせる事は滅多にないよ。」
その後も昼食を食べながらダンジョンに関する話を幾つか教えて貰っていると、あっと言う間に完食をしていたのだった。
「それじゃあ今日の所はもう帰ろうか。」
「うん。」
クエストも完了し、第二層の入り口も見つけ、昼食も食べ終わった。
タイガの森にこれ以上長居をする理由もなくなった。
僕達は荷物を纏めてフォレスタウンに戻ろうとした――のだが。
「だ……!……れ、…………けて!」
どこからか声が聞こえて来た気がした。
「ツァーイ? 今何か言った?」
不意に聞こえた声に対して、反射的にツァーイに確認をする。
「ううん。私じゃないよ。……でも何か聞こえたのは確かだよ。イラ、警戒しておいて。」
「うん。」
けれど声はツァーイのものではなかった。
となれば当然僕達以外の人がいるのだろうと警戒をし始めていたツァーイは、いつの間にかフードを覆いかぶさっていた。
これで他の冒険者がいたとしてもすれ違った程度ではツァーイの髪色や瞳の色が蒼色だとは分からないだろう。
そしてツァーイは剣と盾を、僕は弓と一本の矢を手に取って周囲を警戒する。
「……れか! だれ……、た……けて!」
すると先程よりも少しだけハッキリと女の子の声が聞こえた。
凛としている感じのツァーイの声質とは異なり、鈴の音のように透き通っている声だ。けれどもその声は、どこか焦っているような、必死な感じが伝わって来た。
そして声が聞こえて来るのが第二層の入り口の方だと言う事に気付いて、僕達はその方向へと手にしている武器を構える。
やがて声だけではなく、そのシルエットも浮かび上がって来る。
「誰か! 誰か、助けて!」
声がハッキリと聞こえるようになった頃には、声の主である女の子の姿も目視出来るまでに接近していた。
僕やツァーイよりも身長は僅かに高く、ツァーイが着こんでいる物と同種だと思われる白色のフード付きローブを身に纏っている。
しかしフードは外されていて、その素顔は晒されている状態だ。
整えられた顔立ちにエメラルドとトパーズの様に美しい緑と金に近い黄色のオッドアイ、御伽話に出てくる妖精のような綺麗な銀髪、そのどれもが作り物の人形かと見間違うかのように現実離れしているように思えた。
だけどそれ以上に気になったのは彼女の耳が僕達のものとは形状が異なっており、細長い形だと言う事だった。
「(確か耳の形状に特徴がある種族は妖精人と獣人……だったかな。)」
前にツァーイから教えられた他種族の特徴を思い返しながら当たりをつける。
どちらも見た事がないから分からないけど、ツァーイから聴いた話では耳が特徴的な種族は妖精人と獣人の二種だった筈だ。
妖精人は耳が長く、獣人は自らが宿している獣の特徴……つまり猫型なら猫耳、犬型なら犬耳と言った具合に容姿に現れると言う話だった。
しかし目の前に見えるあの少女からは耳所か身体のどこにも獣っぽさを感じられる要素が皆無だ。
ならば妖精人なのだろうか?……とも思えたけれど、妖精人には長い耳以外にも、金髪というもう一つの身体的特徴があると聴いていた。
だが少女の髪色は何度確認しても銀色だ。金色ではない。
「ねぇツァーイ、前に妖精人は金髪だって言ってたよね?」
「うん。あくまで一般常識の範囲ではそうなんだって聞いた事があるだけなんだけどね。」
「それじゃあ、あの娘は? あの耳は妖精人だと思ったんだけど、髪の色は銀だよね?」
「それは多分――」
「ああ! ようやく人に会えた! 誰かは知らないけど、お願い! ファクトを助けて!!」
少女の髪色と妖精人の髪色が違う事がどうしても気になって、僕はツァーイに問いかけた。
ツァーイはその矛盾点について何かを知っている様子だったが、その答えが言葉となるよりも先に言葉を発したのは銀髪の少女だった。
少女は僕達を視認すると、縋りつくかのように声を荒げて助けを求めて来た。
僕達が武器を構えていたからなのか、少しだけ間合いを空けた場所で足を止めてくれたのは幸いだった。
「お願い、助けて! 貴方達が誰でも良いの。私に出来る事なら何でもするから、だからファクトを助けるのを手伝って!」
「えっと……ツァーイ? こういう時ってどうすれば良いの?」
「私も分からないよ。冒険者になってから助けを求められた事なんて一度もないんだから。」
目の前の銀髪の少女は改めて僕達に助けを求めて来た。
それも何かからファクトなる人物を助けて欲しいと言う、何ともフンワリとした内容しか分からないものだった。
しかしその詳細不明な内容よりも問題だったのは、僕達がこういった状況に不慣れだと言う事だ。
冒険者になってから直接的な助けを求められた事がなかったツァーイと、初めて助けを求められた僕。
突如発生した想定外のイベントに困り果てた僕達が咄嗟にとった行動は、銀髪の少女に聞かれない程度に小さな声で相談する事だった。
実は今回の話、プロット段階では僅か三行のみでした。
しかし書いていく内にイラが弓矢を扱う戦闘シーンをしっかりと書きたくなってしまい、戦闘の一部を描く事に。
更にはダンジョン到着、VSフォレストウルフ、VSフェザーバード、第二層の入り口前に到着の各シーンで話を分けるのが中途半端な場所になり、予定通りイラとツァーイがフェアリと出会う場面まで描いた結果文字数が大変な事に……。
最後の方は書いてる途中でPCの挙動が若干重くなり始めてきて、今後は六千~八千文字程度に収めたいと思う今日この頃です。




