記憶二十―二つ目の街、それはフォレスタウン―
「やっと次の街に到着したね。」
ファングの街から脱出して夜の森林でツァーイから昔の話を聞き、その翌日の朝に改めて出立をしてから十三日目の昼前に僕達はようやく次の街の門前へと到着した。
つい先程ツァーイのようにローブを着込んでフードを深く被り込んでいた二人組とすれ違ったけれど、あの人達もツァーイと同じで訳ありの人だったりするのだろうか? それとも何か理由があって、ああいう装備をしているだけなのか。
こちらに視線を向けているような気もしたけれどフードで顔を隠していたので気のせいかも知れないし、何か良く分からない二人組だった。
まあどちらにしても今の僕にとっては、初めての旅路の果てに辿り着いた街に興味津々で重要だった。
「うん。まずは協会の宿泊部屋に空きがあるかを確認しようね。それから時間があったら街の中を少し確認して、それから――」
「協会でクエストを受けなくて良いの?」
「それは明日からだよ。新しい街に到着したらまずは身を整える事と地理を確認する事が大切だからね。それにイラだって少しは疲れが溜まっているでしょ?」
「言われてみれば確かにここに来るまでに魔物との戦闘も結構あったし、少し疲れてるかも。それじゃあツァーイの言う通り、まずは協会だね。」
けれど九年前から旅をしているツァーイにとっては当然慣れたものなのか、この後の予定についてをスラスラと語りながら僕の疑問にも答えてくれた。
ファングの街からフォレスタウンまでの旅路の中で僕はツァーイから様々な事を教わった事もあって、最初の頃は戸惑っていた野営の準備などにも今ではすっかりと慣れている自信がある。
けれど新しい街に辿り着いた時の定石などについての知識や経験に関して言えば、前の街では予めツァーイがそれらを済ませていたと言う事もあって未だにサッパリだった。
まだまだ学ぶ必要がある事は多そうだ。
「そうそう。それからちょっと探したい場所もあるから少し付き合ってね。」
「分かったよ。……でもツァーイは大丈夫なの? その……あまり街中に出ていると色々と不味いんじゃない? 探し物があるのなら僕が代わりに――」
「大丈夫だよ。怖くない……訳じゃないけれど、何かあってもイラが守ってくれるんでしょ?」
初めて出会った時のようにクスクスと愛嬌のある可愛らしい笑い方をしながら朗らかな笑みをこちらに向けて来るツァーイに胸の奥がドキッとした気がする。
この感覚が何なのかは良く分からないけれど、悪くはないと思えた。
「それはそうだけど何もないに越した事はないし、とにかく慎重に行こうね。」
「そうだね。繰り返しになるけれど、まずは協会を探さないとね。」
そうこう話をしている内に僕達は門を通過して、街中へと足を進めて行った。
そして協会の捜索もあっさりと終わり、僕達はリベルーチェの取り分から費用を支払って宿泊部屋を借りる事が出来た。
ツァーイ曰く「一部の例外はあるけれど、協会はどんな土地でも大きな建物なの。だからそれを目印にして進めば大抵の場合はすぐに見つかるんだよ。」との事で、実際にこのフォレスタウンはファングの街より少し広めに感じたのにも関わらず、僅か数分で協会へと辿り着けたのだ。
冒険者が円満な旅をこなすには、どうやら観察眼も極める必要がありそうだと僕は思うのだった。
それと宿泊部屋を借りた際にファングの街で返しそびれてしまった、宿泊部屋の鍵を協会に返却した事も追記しておく。
ファングの街での騒ぎを隣街であるフォレスタウンの協会にも伝わっていると思っていたし、ツァーイが【蒼い疫病】だと呼ばれている事も知られている筈だけれど、どういう訳かそこら辺の追及は特にされなかった。
僕達にとっては助かる事だけれど、協会の人達にとってはツァーイの正体は案外どうでも良い事だったりするのだろうか。
また、驚く事にフォレスタウンの協会の受付係はファングの街と同じくアンナさんだった。
けれど聞く所によればあくまでソックリさんであって、ファングの街のアンナさんとは別人らしい。
名前に関しては同姓同名なのか、偽名なのかは分からないけれど、どちらにしても同一人物のようにソックリさんだったのでちょっと驚いてしまった。
この件に関して冒険者の間では周知の事実であると同時に七不思議の一つとして語られているようで、この世界の協会にいる受付係は全員がアンナさんであるようだ。
「それじゃあついでだし、冒険者情報の更新もしておこうか。」
そんな疑問を頭の中で考えていたら、不意にツァーイが声をかけてきた。
「そう言えば冒険者情報って更新が出来るんだっけ? 結局ファングの街では最初に登録したっきりだったから忘れてたけど……。」
言われてみれば僕は初回だったから『登録』をした訳だけれど、ツァーイは『更新』って言われていた気がする。
ファングの街に滞在していた頃は特に気にしていなかったので一度も更新はしていなかった。
また、今回の旅路ではウルフ以外の魔物とも戦闘をする機会も結構あったので少しは強くなれているかも知れないと期待する部分もある。
早速僕はアンナさんに証明書を預けて冒険者情報の更新をしてもらう事にした。
更新の手続きをお願いしてから多少の待ち時間を挟んで、アンナさんが冒険者用紙を持ってきてくれた。
「それではこちらの冒険者用紙を使用して、冒険者情報の更新をお願い致します。」
「了解しました。さて……レベルが上がっていれば良いけれど。」
期待半分、不安半分と言ったような心境で僕は冒険者用紙の上に掌を乗せる。
すると用紙が青白い光を発しながらこの世界の文字や記号が浮かび上がって、更新された冒険者情報を表記してくれた。
―――――――――――――――――――――――――
冒険者情報ステータス
本名:イラ
種族:人間ヒューマン―???―
レベル:18
―――――――――――――――――――――――――
ライフ:22
アタック:27
ディフェンス:16
スピード:34
マジック:15
エデュ:24
ラック:11
―――――――――――――――――――――――――
スキル:マルチウエポン
?????
―――――――――――――――――――――――――
「ちゃんとレベルって上がっていたんだね。……少しは強くなれているのかな。」
相変わらずバグっている様子ではあったけれど、冒険者情報の更新を終えた僕達は預けていた証明書を返却して貰ってから、何事もなく協会の外へと出て街並みを歩いていた。
そこで初めてのレベルアップ表記に感慨深くなった僕は何気なくポツリと呟いた。
正確には呟いたと言うよりは心の声が思わず声に出てしまったと言う方が正しく、自分でも気付かない程度にはとても小さな声でだけれど。
実践では自分が強くなっているか、どうかってのは中々に分かり辛くて実感し辛い事だったので、冒険者情報がレベルやその他のパラメータとして数値化してくれるのは、自分の成長を知る上で助かる物だと改めて感じた。
ちなみにツァーイは変わらずにレベル46のままだった。
ファングの高原で戦ったウルフは下級の魔物だったし、フォレスタウン(ここまで)の道中で戦った他の魔物も僕は多少手こずったけれどツァーイにとっては軽くあしらえるような存在でしかなかった。
恐らく格下の相手と戦っても経験値の稼ぎが非効率と言うのは、どんな世界でも共通なのだろう。
現にレベルが上がっていない事を悟っていたのか、ツァーイは冒険者情報に変動がない事に落ち込んだりはしていなかった。
「イラもこの街に来るまでに沢山の魔物を倒していたからね。この調子ならレベル30まではあっと言う間に上がって行くんじゃないのかな? 私の経験談だけど、その辺りまでは結構上がり続けてたし。」
すると驚く事に僕の呟きが聞こえていたらしいツァーイが同じように、けれども僕とは違って聞こえやすい音量で褒めてくれた。
「そうかな。うん、そうだと良いな。でもここに来る途中でもさ……ほら、あの黒い鳥の魔物に結構苦戦したし……」
ツァーイの言葉にそうであれば良いな、といった期待と願望が入り交ざりながら返事をする。
けれども思わず僕は道中の中でも最も苦戦した黒い鳥型の魔物を思い出してしまい、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまった。
「ネロバードだね。」
そう、ネロバード。
鳥型の魔物なので当然、翼を羽ばたかせて上空より強襲してくる厄介な魔物だ。
フォレスタウンまでの道中では数種類の魔物と戦闘を行ったけれど、その中でも断トツで僕が手こずってしまった相手だ。
「でもそれは仕方ないんじゃないかな。私達の武器って基本的には剣だから上空の敵には近づいて来た時にカウンターを狙うか、魔法を使うしかない訳だし……。」
苦戦した理由は明確でツァーイの言う通り、鳥型の魔物であるネロバードが上空から地上にいる僕らを強襲してくる所にあった。
剣や拳を使って戦う僕はウルフのように地上を駆け回る魔物の相手にはある程度慣れて来たし、対応も出来るようになっていたけれど、空を縄張りとする敵には剣や拳と言った接近戦の武器や技は基本的には届かずに効力を発揮しなかった。
なら魔法を使えば良いじゃないかと思うのだけど、それはそれで問題があった。
確かに僕はここまでの道中で約束通りツァーイから魔法の練習を学んだお陰もあって、一度や二度の魔法で魔力の枯渇をしない程度には魔法を扱えるようになっていた。
なので戦闘中に魔法を使う事も許されるようになった……のだけれど、それでもツァーイからして見れば僕の魔法は不自然な程に魔力の消耗が激しいらしい。
実際に連発をしていると頭がクラクラしてきて、足元がフラつく事もあったので魔法に頼り切るのは危ないと言うのも自分で理解している。
恐らく魔力の回復を待たずに魔法を酷使してしまえば、初めて魔法を使った時のように魔力の枯渇をしてしまうのだろう。
つまり戦闘の合間を見て適度に魔法を使う分には問題はないのだけれど、ネロバードのように剣や拳が届かないからと言って魔法だけに頼りきってしまうのは今の僕には出来ない事だ。
だから他の魔物の討伐数は僕とツァーイでほぼ同数だったけれど、ネロバードに関してだけ言えば魔法を連発出来るツァーイに任せっきりになる事が多かった。
「せめて魔法のコントロールがもう少し上手く出来るようになれれば良いんだけれど……。」
「うーん。でも魔法に関しては一通りイラに教えた訳だし、後はレベルを上げるなり、魔力の扱いに慣れるなり、実践や感覚的な問題だと思うからすぐには無理だと思うよ?」
無い物強請りをする僕にツァーイが容赦なく厳しい一言を告げる。
基本的にツァーイは僕を褒めたり、応援してくれたり、と甘やかしている節がある。
それでも無理だと思った事や駄目だと思った事はハッキリと言ってくれるので、ツァーイがこういうのであれば僕の魔法に関しては今すぐにどうこう出来る問題ではないのだろう。
だからと言ってネロバードのように剣の届かない相手に対する負担をツァーイ一人に任せっきりにしてしまうのは気が引ける。
いくらツァーイが優れた冒険者であると言っても、今回の旅路は大丈夫だったと言っても、今後も大丈夫であり続ける保証はどこにもないのだから。
問題点に気付く事が出来たのなら、早い内に手は打っておいた方が良いに決まっている。
「(そうなんだよね。ツァーイの言う通り、僕の魔法に関する問題は一朝一夕では解決出来ないって言うのは自分でも分かる。)」
時間をかければいつかは、今よりも魔法を行使し続ける事が出来るようにはなるのだろう。
実際に初めて魔法を使った時の事を考えると、制限付きでも魔法を実戦で使えるだけ成長はしている筈だし。
だけど、そのいつかがいざって時に間に合わない可能性もあるので、やっぱり何かしらの第替え案は必要だ。
「(僕の魔法を後回しにするなら、遠距離攻撃に長けた仲間を探すのが一番手っ取り早い……筈なんだけど、僕達の味方になってくれる人は簡単に見つからないだろうし……)」
ツァーイは【蒼い疫病】と言う謂れのない風評被害を受けている。
しかも彼女の髪と瞳の色が珍しい蒼色と言う事もあってか、素顔を晒すだけでも『ツァーイ=【蒼い疫病】』だと言う事がバレてしまう。
ツァーイ自身の話とファングの街の協会での出来事から、ツァーイと組もうとする冒険者が簡単に見つかるとも思えなかった。
だから本来は定石だと思える仲間探しも僕達には選べない手段だ。
考えれば考える程に八方塞がりな気がして来たけど、だからと言って空の魔物との戦闘の殆どをツァーイ一人にさせ続ける訳にもいかない。
「せめて銃の一丁でもあればなあ……。」
アレは駄目、コレも無理、そんな風に色々と打開策を考えている内に、ふとそんな言葉が零れ落ちた。
銃と弾丸のように素人でも簡単に狙撃が出来る武器があれば、自分だって魔法を使えない時でも空の魔物と戦えるのに。
「ねぇ、ジュウって何?」
「え? 弾丸を込めて遠くの敵を狙い撃つ武器だよ。」
けれどツァーイから返って来た言葉は予想外の物で、どうやら長年旅を続けていた彼女でも銃を知らないようだった。
なので僕は簡単にだけど、銃の説明をする事にした。
「――つまり誰でも簡単に使えて、空にも届く武器なんだね。でも私はジュウなんて武器は見た事も聞いた事もないし……きっと簡単には見つからないと思うよ?」
「そっか……。」
やっぱりツァーイは銃を知らなかった。
各地を放浪していたツァーイが知らないと言うのは、もしかしたら珍しい物なのだろうか?
でも記憶喪失の僕の知識にある程度の知識だし、行く所に行けばあるとは思うけれど……。
「だけど、もしかしたらジュウがある場所にイラの記憶の手がかりがあるかも知れないね。」
「あー確かにそういう考えも出来るのかな……?」
僕としては記憶喪失に困っている訳ではないので、あまり重要ではないのだけれど。
ツァーイと出会う以前の僕に関心が無い訳じゃないけれど、とても希薄な物だ。
それに記憶喪失で目覚めた時から、それ以前の自分の事を気にしてはいけない気がしてならなかった。
「まぁ僕の記憶は一旦置いといてさ、銃が無いとなると流石にお手上げなのかな……。」
ツァーイの負担を減らす為にも何とかしたかったけれど、今の僕にはこれ以上の考えは浮かばなかった。
急がば回れとも言うし、やはり地道に実践を繰り返してレベル上げと魔法に慣れるのが最善と言う事なのだろうか。
「そうでもないんじゃないかな? イラの言うジュウって武器はないけれど、他の武器をイラが使えば良いんじゃないかな? 弓矢なら武器屋には置いてあると思うし、折角だから探してみようよ。」
だけど諦めかけた僕とは対照的にツァーイは名案を閃いたかのように、こちらを振り向きながら声を上げた。
「えぇ!? 弓矢って素人が簡単に使える武器じゃないでしょ? 僕がちゃんと扱えるのか分からないのに買うのは勿体ないよ!」」
確かに他の遠距離武器があるのなら、それを習得するのも一つの選択肢ではあった。
けれど撃つだけなら誰でも出来る銃とは違って、弓矢は扱いに銃よりも時間がかかる可能性が高い。
引き金を引くだけで弾丸を即座に放てる銃とは違い、弓矢は矢を取り出してから射ると言う二段階の準備が必要だ。
更に、弓矢で狙った場所を射るには慣れと練習が必要とされるだろう。
狙いをつけるのが必要なのは銃も一緒だけど、素人が扱う事を考えると弓矢は銃よりも難易度が高いような気がしてならない。
それに魔法に慣れるよりも時間をかける事になったら、本末転倒も良い所だ。
もしかしたら記憶喪失前の僕が実際に使用していた可能性もあるけれど、そうである確証はない。
少なくとも素人が剣を振り回したり、銃を撃ったりするよりも弓矢を射る方が難しそうだとは思う。
それに手持ちの所持金だけで弓矢を購入出来るかは分からないし、買えたとしても扱えなかったら……と思うと少し気が引ける。
しかしツァーイは何事もない様子で僕がスッカリと忘れていた事を口にするのだった。
「え? イラなら弓矢でも使える筈だよ? 『マルチウエポン』のスキルを持ってるでしょ。」
「あっ……そう言えばそうだった!」
使用している感覚があまりにも薄いので、忘れていた。
確かに僕は『マルチウエポン』と呼ばれるスキルを持っていて、その効力は『全ての武器を使用する事が出来る』と言う大雑把な物だった。
初めて剣を使った際にも手に馴染んでいたような気がするし、確かにあの雑なスキルの説明文が正しいのであれば、弓矢も護身程度にはすぐに扱えるかも知れない。
「ふふっ。自分のスキル位は覚えておいてよ。」
「そう言われても意識して使っている訳じゃないから……」
ツァーイの揶揄う様な可愛らしい笑い声を他所に、僕達は歩を進め続けた。




