記憶十八―ツァーイの追憶五、それは一縷の希望と運命の出会い―
【七年前―ツァーイ・ハーツ、八歳―】
私が故郷から旅立って、外の世界で【蒼い疫病】だと謂れの無い迫害を受けるようになってから約二年の時間が経過した。
この二年間の間にも色々な出来事はあったのだけれど、その殆どに明るい話もなければ、私の人生的な意味でのターニングポイントも特にないので省略する。
ともあれその時期になってから私はようやく、とある問題に気付いたのだ。
「(ママとパパが残してくれたお金はまだ沢山あるけれど、少しは稼がないと大人になるまでになくなっちゃうんじゃ……。)」
この二年間は両親が残してくれたお金に頼り切って、そのお陰で私は一人でも生き続けている訳だけど、今のペースでお金を使い込んでいたら……大人になる頃には一文無しになる可能性が非常に高いと言う事に。
急ぎの問題ではないけれど、手持ちの余裕がある内に手を打つ必要があった。
【蒼い疫病】として人間のみならず、どの種族からも忌むべき存在だと認知されていた私は普通の方法でお店に雇ってもらう事が出来ないのは明白だったから。
だから今のうちにお金を稼ぐ方法を模索しなければ、いずれは街での食材や物資の調達、宿屋での宿泊は行えなくなってしまう。
これまでの旅で魔物や生物から食材を調達をする方法も幾つかは知っていたし、野宿にも慣れていたから、お金がなくなっても死ぬ事はないだろうけど、それでもあった方が旅をする上で助かるのは否定出来ない。
そうして私でもお金を稼げる方法がないかと、家から持ち出した書物を読み漁ったり、街の噂話に聞き耳を立てたりとしながら探っていると、その手段はあっさりと見つかった。
正直に言うと雲を掴むような話だと思っていたから、私は拍子抜けをしてしまったのだけれど……私は冒険者になるという、その選択肢を選び取る事にした。
フィフスと言う街の協会で冒険者の登録を済ませた私は、その日から旅の合間に協会でクエストを受注して、少しでも旅費の足しになればと無理のない範囲でお金を稼ぐ事にした。
冒険者としての生き方は思いの外、私には合っているように感じられた。
これまでの旅の中でも自衛の為に魔物の討伐自体は少なからずこなしていたから勝手は分かっていた上に、四次元ポーチのお陰で今までにもあちこちで手に入れていた物資があったから納品系のクエストはその場で済ませられる物も多く、更に冒険者の中にはフードや仮面等で素顔を隠している者も多少はいたので、私がフードで顔を隠している事にも深く聞かれる事はなかった。
最も協会の中に出入りする人の多くが冒険者なので、私のような子供が出入りをしていれば多少の人目を引いてしまうのはやや難点ではあったけれど。
それでもフードで顔を覆い隠していれば誰も私が【蒼い疫病】と呼ばれる存在だと気づかなかったし、私自身の名前は知られていなかったので、協会での名前登録の際にも特には問題視されなかったのも助かった。
けれど、問題がない訳じゃなかった。
「受注していたクエストの報告に来ました。こっちが討伐した魔物から入手した物で、そっちは納品の薬草です。」
「……確かに。クエストのクリアを確認しました。報酬を持って来ますので少々お待ち下さい。」
このようにクエストの報告をする際には多少の待ち時間が発生する。
決して長くはないけれど、私にとっては短いとも思えない、そんな空き時間の間にはどうしても協会内にいる他の冒険者達の会話が聞こえて来てしまう。
その中には有益な情報となる物もあるけれど、情報収集と称して街を歩きながら聞き耳を立てるのとは違い、望まぬとも聞こえてしまう多量の音声に私はあまり良い気分にはなれなかった。
「今日のクエストも余裕だったな!」
「おうよ! 俺の剣技のお陰だな。」
「えー。私の弓と魔法のお陰でしょ。」
「さっきの奴、結構ヤバかったな。」
「ああ。今度ばかりは流石に死ぬかと思ったよ。」
「命あっての物種だとは言ったもんだよな。気分転換に何か美味い物でも食べに行こうぜ。」
「賛成!」
冒険者の多くは集団で行動をしている。
協会に集められるクエストには魔物の討伐、犯罪者の捕縛又は殺害、物資の納品(採集)、落とし物や探し人の捜索、等々色々な物があるけれど、いずれにせよ戦闘技能を要する事が多い。
魔物や犯罪者は言わずとも、採集系や捜索系もその殆どが街中で手に入る物ではないからだ。
それらのクエストも基本的には外に赴く事が殆どで、街の外で活動をするのなら多かれ、少なかれ、魔物との遭遇は避けられない。
勿論討伐系のクエストと比べれば戦闘回数を抑える事は出来るけど、それでも冒険者として活動をする以上は必ず自衛する手段は必要になる。
誰だって死にたくはないのだから、万全を期すのは当たり前の事だ。
協会内で偶然知り合った冒険者を誘う者、お金に物を言わせて傭兵を雇う者、同じギルドに所属する者、集団の組み方は様々だけれど、いずれにせよ単独で行動をし続ける冒険者は稀だった。
けれど私はずっと単独の冒険者として戦い続けた。
理由は言うまでもなく、私が【蒼い疫病】と呼ばれ、忌み嫌われていたからだ。
一時的な集団を組むにせよ、ギルドに入るにせよ、他人関わる以上は私の正体を隠し続ける事が不可能だから。
誰だって素顔や素性を隠している相手に命を預けたいとは思わないだろう。
幸いにも私は他の冒険者よりも冒険者情報が高いようで、故郷を飛び出てからの辛い経験も糧と出来ていたので、単独でも十二分にやっていけた。
だけど協会内で集団を組んで楽しそうにしている他の冒険者を見て、それをどう思うかはまた別の問題なのだ。
両親や友達を失って、故郷を失って、それからずっと独りで行く当てのない旅をしている私は……人の温もりに飢えていた。
私だって本当は冒険者の仲間が欲しかったし、ギルドにも興味はあった。
しかし、どれだけ望んでも、【蒼い疫病】の噂は世界中に拡散されているらしく、どの土地に行っても私が人前でフードを外す事が出来る場所は存在しなかった。
【二年前―ツァーイ・ハーツ、十三歳―】
結局、私はそれからもずっとフードで顔を隠して一人旅を続けていた。
冒険者になりたての頃から年月を重ねて成長をしたお陰で、他の冒険者から注目をされる機会も減ってきた。
十三歳での冒険者は決して多くはないけれど、それでも八歳や十歳と比べればまだ数は揃っている方だからだ。
それと旅を続ける中で何度か死んでもおかしくない経験をした。
砂漠のダンジョンではストームドラゴンに喰い殺されそうになったり、海に面した街では津波に飲み込まれかけたり、夜間にネガティックウルフの群れに包囲をされたり……両手で数えられる程度の回数ではあるけれど、そのどれもが死を覚悟するようなもので、私がそれらから助かったのは旅の間に培った危機管理能力とほんの少し悪運が強かったからなのだろう。
冒険者としての生き方に不満はなかったし、故郷に戻ってた所で何の解決にもならないのは分かっていたから、旅を止めるという選択肢はなかった。
けれど私は【蒼い疫病】と蔑まれる事にも、身を守る為に正体を隠し続ける事にも、命懸けの逆境を経験する事にも、ほんの少しだけ疲れ果ててしまった……。
やがて私は、私が私らしくいられるような安住の地を探し求めるようになった。
今までの旅でそんな場所がある訳はないと分かってはいたけれど、世界は広いのだから、どこか一か所位は私を受け入れてくれる場所があるのではないかと淡い期待を抱いて。
それから更に半月近くが経ち、私が『サイリス』と言う村の協会を訪れている時の事だった。
私が当てもなく求めていた情報の断片が手に入ったのは。
「なぁ聞いたか? 例の逸れ者の村の事。」
「あぁ。確か村の名前はフリーダ村だったか?」
「そうそう。その村だよ。何でも噂じゃあ、来る者拒まずの他種族の村だって言うじゃないか。どこにあるかはまだ分からないらしいけどさ、俺達のような逸れ者にとっては楽園のような場所なんじゃないのか? 一度探してみないか?」
「確かに興味はあるが……悪い事は言わないから止めとけって。逸れ者って言っても俺達のような生粋の人間と他種族……それもハーフの連中とじゃあ、そりが合わねぇよ。」
「そうかな……。俺達の事を嫌っている人間の奴らと関わるよりはマシなんじゃないのか?」
それは例によってクエストの報告をしている最中の空き時間に、偶然にも聞こえて来た噂話だった。
最初は聞き流そうとしていたけれど、『逸れ者の村』と言う単語に私は思わず外界と切り離され、村の外ではハーフの隠れ里と比喩されていた故郷のアイラ村を連想してしまい、聞き耳を立ててしまったのだ。
これまでの旅でも私は故郷のようにハーフを匿っている集落を見つける事が出来なかった。
それは地図に載っている土地で物資の調達を最優先していた、という理由もあるけれど、ハーフを匿っている集落を探す事が容易ではないから。
アイラ村がそうだったように、そういった場所の殆どは結界や魔道具、或いは予想もつかないような方法で外部から場所を認知されないような力が働いているせいだ。
だから人の世に出回っている地図には記されていないし、本来であれば噂話の類も【蒼い疫病】の噂と同じく根拠がなかったり、適当な物だったりするようだ。
実際に私が今までの旅の中で聞いた、隠れ里的な場所の噂と言う物はどれも適当だった。
その上この手の噂話を聞く事は、さして珍しくもないのだけれどその種類は決して多くはなく、話の中身は似たり寄ったりな物だったりする上に、殆どが「そういう場所があるらしい。」と言う場所の特定がほぼ不可能な内容なのだ。
このフリーダ村にしてもサイリスで集まった情報だけでは場所の特定が不可能なレベルでの噂話程度ではあった。
けれど私が意識をしたからなのか、不思議と他の街や村でもフリーダ村の噂話を耳にするようになった。
最初は「またあの村の話をしている」と思っていたのだけれど、いつしか街や村によって流れている噂話が少しずつ違う事に気付いた。
それも他の隠れ里とは違っていて、それぞれの情報を統合して考える事でボンヤリとではあったけど、フリーダ村のある方角を少しずつ絞る事が出来るような内容になっている事に。
サイリスでの噂話を聞いてから半年以上の時間が経ってから気づいた事ではあるけれど、私は期待と不安が入り交ぜながらフリーダ村をひとまずの目的地とする事にした。
本当にそんな村があるのかも分からないし、あったとしても見つけられるかは分からないけれど、元より行く当てのない旅路だったのでその点はあまり気にしない事にした。
もしフリーダ村を見つけられなかったり、見つけても私を受け入れてくれないような土地であったのなら、また行く当てのない旅路に戻れば良いだけの話だから。
私はフリーダ村の情報を少しずつ集めながら手持ちの情報と合わせて、次はどちらへ向かえば良いのかを考えながら、あちこちを転々とし続けた。
【五日前―ツァーイ・ハーツ、十五歳―】
その中で私がファングの街に立ち寄ってイラと出会う事になったのは、それから一年半程の時間が経ってからの事だった。
街の外、それも人気のない場所に限って私はフードを外していたのだけれど、偶然にも昼間に赤い流れ星が落ちていくのを見てしまい、不思議に思った私は流れ星が落ちたと思わしき方向へと駆けだした。
そしてその場所にあったのは流れ星……ではなく、まるで死んだように行き倒れていた同年代と思わしき少年だった。
「ねぇ、起きて。起きてってば。ねぇ、起きてよ!」
人の目を避けていたけれど、両親や村の人達が死に伏せていた姿を少年に重ねてしまい、心配になってしまった私はフードを外している事も忘れたままに気付けば少年に呼びかけていた。
この後の話はイラも知っている通りだよ。
「天使……?」
「まだ寝ぼけてるの?」
「う、うん、まだ少し眠いかな。ふわぁ……」
「こんな所で何をしていたの?」
少年は心配する私を他所に何とも呑気そうに目覚めて、それに影響を受けた私も先程までの心境はどこにいったのか、気付けば故郷の友達と遊んでいた頃のようにイラと喋れていた。
話せば記憶喪失だと言うイラに私は絵本に出て来る勇者を重ねてしまい、行きたい場所も帰る場所も分からないと言うイラにシンパシーを抱いてしまって……。
「うん、決めた。――ねぇイラ、もし良かったら私と一緒に来てくれないかな。」
気づいた時には考えるよりも先に、そう言ってしまった。
記憶喪失のイラは私の髪や瞳を見ても騒がなかったから【蒼い疫病】の事も知らない……いや、忘れているのだとはすぐに思い至った。
けれどいくら記憶喪失だと言っても、真偽は別としても各地に【蒼い疫病】の悪評が伝わってしまっている以上、ずっと隠していられないって事は分かっていた筈なのに……結局、今の今まで隠そうとしてしまっていた。
長かったツァーイの過去編も今回で最後となります。
最近は筆も乗ってきたのか、執筆速度がやや上がり気味になっていますし、第一章も次回で最後となります。
後々外伝的に第一章の時系列で書く事は書くかも知れませんし、書きたいネタ(第一章と第二章の間のイラ視点の話、ツァーイ視点での第一章の追体験、その他etc……)はありますが、次々回からは第二章となる予定です。
そもそもキーワードに『冒険』のタグを登録しているのに、イラ視点だとまだ最初の街でしたからね……。
『日常』や『ダンジョン』の要素も現状皆無と言って過言ではないですけど。




