記憶十七―ツァーイの追憶四、それは【蒼い疫病】の噂―
私が故郷であるアイラ村をから旅立って十日が経った。
家にあった物はほぼ全て四次元ポーチに詰め込んできたお陰で、子供の私でもそれなりに快適な旅を送る事が出来ていた。
以前両親がアイラ村に来る前は旅をしていたと言っていたのだけれど、その時に使った物なのか、簡易式のテントや寝袋、魔物除けのお守り、部分的に殴り書きされている地図、フード付きのローブ、剣や槍などの武器、数十冊の書物等々……物置や押し入れを漁ってみたら旅に役立ちそうなアイテムが次々と出て来たのだ。
また書物の中には剣術や魔法に関して書かれた物も見つかったので、旅を初めてから休憩をする時や寝る前等の空き時間に少しずつ読み進めたり、実践したりとしたお陰で一応護身の術も身に着け始めた。
付け焼き刃ではあるけれど、剣を振るって遭遇した下級の魔物を倒したり、夜に魔法で火を起こして暖を取る程度には扱えるようになった。
唯一の問題点は、残りの食料が少ない事だ。
そもそもアイラ村を飛び出した原因の一つでもあるのが食料が枯渇しかけてきた事なので、これは仕方のない事だった。
残り僅かな食糧を更に少量に分けながら、毎日の飢餓を何とか凌いでいるのが現状だ。
しかし家には金庫型の魔道具に貯蔵されていたお金があった。
金庫型の魔道具は色んな形式のロック方法があるのだけれど、私の両親が使っていた物は設定した持ち主の声に反応してロックを解除する物で、複数の持ち主を登録可能になっていた。
また複数の持ち主がいた際には優先順位を設定する仕組みが備わっており、優先順位が下位の者は上位の持ち主の認証も一緒に必要となっているような作りになっている。
私の家の金庫で言えば、優先順位は上からお父さん、お母さん、私の順に設定されており、私が金庫の開閉を行うにはお父さんとお母さんの認証も必要不可欠と言う訳だ。
けれど私が旅立ちの準備をしている時に金庫を見つけた際にはお父さんとお母さんの設定が解除されていて、金庫の持ち主は私一人だけに設定されていた。
恐らく両親が《サイス》に感染した後で自分達にもしもの事があった時の為に、予め解除しておいたのだろう。
《サイス》に感染しなかった私が、一人になってしまっても生きていけるように。
もしかしたら両親は、その時が来てしまったら私が村を出ていく事を考慮していたのかも知れない。
とにかく金庫の開閉が出来た私の手元には、両親が残してくれたお金があった。
それも結構な金額で、医者である両親は結構稼いでいたみたいだ。
けれど堅実なお父さんと、欲の薄いお母さんは出費を必要以上にしてこなかったらしく、結果として金庫に貯蔵されていた金額が増え続けたのだろう。
少なくともどこかの街や村に辿り着く事が出来れば、食糧や物資を調達したり、宿屋に泊まる事も当面は問題なく行える……筈だった。
その日の夜に私は故郷を飛び出してから、初めて人の街に辿り着いた。
街の名前は『ヘンピタ』と言って、極普通の人間の街だった。
私は街に辿り着くと、真っ先に食事を摂れる場所を探し始めた。
手持ちの食料をケチりながら飢餓を凌いでいたので、お腹が空いていたから。
街に入ってからお店を探す事十数分、私はやっとの思いで見つけた食堂へと入る事にした。
「いらっしゃいませ! ……って、あれ? お嬢ちゃん、一人なのかい? お父さんやお母さんは?」
食堂に入るとお店の人が至って普通の挨拶をしてきたけれど、入店したのが私一人だと言う事に気付くと、心配そうな声音で問いかけられた。
当時の私は気にしていなかったけれど、今にしても思えば六歳の子供が一人で食堂を訪れれば、お店としては冷やかしや食い逃げを警戒するのは当たり前の事だろう。
現に私が後々訪れた街の中には親に捨てられた貧しい子供達がスラム街で身を寄せ合い、盗みや食い逃げをするのが日常として頻発しているような土地も存在していたのだから。
ともかくお店の人に悪気はないのだろうけれど、両親の事を問われた私は瞼の裏が熱くなるのを感じた。
だけど、もう涙は流さなかった。
故郷で散々泣き続けたのだから、旅立ってからは出来るだけ泣かないようにしようと、自分で決めていたから。
「ママもパパはいないし……私一人だよ。でもお金はあるから心配しないでね。」
「そ、そうかい。まぁお金があるなら、お客様はお客様だ。それでは空いている席に座って、注文が決まったら声をかけてくれ。」
それでも私の声は震えていたと思うけど、お店の人は深くは聞いてこなかった。
私は言われた通りに隅っこの方に空いていた、最大で四人まで座れる正方形の席を陣取ると、お店のメニューを確認しながら、何を頼むか数分間の思考の末に、これだと思った一品を頼んだ。
またこのお店では食事の料金は注文時に支払う事になっていたので、私は予め金庫に入っていたお金の一部を小分けにして詰めていた小袋を四次元ポーチから取り出して、その中から料金を支払った。
それから数分後に、私が頼んだ料理はテーブルの上に運ばれて来た。
「御待たせしました。ジューシーなブル肉のミートボールです。」
「わぁ、美味しそう!」
「おう! たーんと食べな!」
それはブルと呼ばれる猪型の魔物の肉から作られたミートボールだった。
旅が始まってからも私は食材を調理する事なく(魔法を覚えてからは『焼き』はしていたけど)食べていたので、それは久々に食べるちゃんとした料理だった。
また両親が他界して以来に初めて食べる肉料理でもあった。
正直な話をすると、この時の味はあまり詳しく覚えていない。
美味しかった事だけは覚えているけれど、空腹だった私はお店の人が軽く引く程度には、目の前のミートボールをがっつくように次々と食べていた。
無我夢中に食べ進めていくと、気が付いた時にはお皿の上のミートボールはなくなっていた。
「すいませーん、ミートボールのおか――」
長らく感じていなかった、お腹の中が満たされたような感覚が全身に伝わってきた。
けれど空になったお皿を見つめながら、私はもうちょっとだけ食べたいと思ってしまい、ミートボールのお代わりを頼もうとしたのだけれど。
「ダンナ、邪魔をするぜ! 注文はいつもので頼む。」
「おう、いらっしゃいませ! 空いてる席に座ってくれ。」
「ああ。……んん!?」
タイミング悪く冒険者……若しくは傭兵や、自警団の類だろうか。
ともかく戦闘に手慣れているであろう、屈強な男が来店をして来た。
お店の人をダンナと呼んで、親しげにしている様子からは男がこの店のお得意様である事が分かる。
その屈強な男がどの席を使おうかとキョロキョロとしていると、私に気付いて何かを確認をするかのように凝視をし始めた。
やがて屈強な男は私の方へと近づいて来て、一言叫んだのだ。
「嬢ちゃん、その蒼い髪と瞳……まさか、最近噂で聞く【蒼い疫病】じゃあねぇだろうなぁ!」
「え……?」
その一言の叫び声と共に夜の食堂と言う事で、あちこちの席で騒いで他のお客さんの騒めきが一瞬で静寂に変わった。
しかしその静寂もすぐに別の騒めきへと変わる事になる。
「【蒼い疫病】って、この近くにあるって噂のハーフの隠れ里を滅ぼしたって言う、あの……?」
「そう言えば少し前から、噂になっていたよな、【蒼い疫病】。……でもあれって作り話じゃないのか?」
「確かにハーフの隠れ里なんて噂話としては在り来たりだしな。実際の所、その滅んだ村って言うのも発見できてないんだろ?」
「だけど【蒼い疫病】に関しては噂の広がり方が他と比べて大きい気もするぞ。」
「それに嬢ちゃんのあの蒼い髪を見るよ。俺は冒険者として二十年近くやっていて、あちこちを転々として来たが、あんな色の髪を持つ者を俺は他に知らねぇよ。」
「それって、あの娘が本当に【蒼い疫病】って事じゃないの!?」
「それが本当なら、あの子の近くにいたら例のやばいって病気にかかるんじゃないのか!?」
食堂中にいるお客の視線が私一人に向けられて、四方から何やら大きな声で話し合っているのが聞こえてきた。
「(【蒼い疫病】って一体何の事……? けど、ハーフの隠れ里と病気って、アイラ村と《サイス》の事? アイラ村の事は外の人は知らない筈なのに、どうして……?)」
お客さんの言っている事の全てを聞き取れた訳じゃないけれど、それでも部分的に聞こえて来た情報からこの空間が自分にとって好ましくない状況だと言う事は何とか理解出来た。
また視界の端ではお店の人達がこの状況を収めようとしていたけれど、少なく見積もっても二十人はいるであろうお客を五人程しか見当たらない店員ではすぐには無理そうに思えた。
「(とにかく逃げなきゃ……!)」
故郷では感じる事のなかった害意や悪意と言うべき、嫌な感じの視線が無数に自分に向けられている……その感覚に耐えられなかった私はその場から逃げ出した。
必死に走っている内に私はいつの間にか、街の外へと脱出をしていたけれど、どこをどう通って逃げて来たのかは殆ど覚えていなかった。
幸いにも追って来る人はいなかったようで、川沿いの辺りで人気がない事に気付いた私は走りつかれた足を休めるように、その場に倒れ込んだ。
「(何だったの一体……。どうして外の人達がアイラ村や《サイス》の事を……いや、それよりも【蒼い疫病】って何の事……?)」
私は食堂での出来事の意味が分からなかったけれど、断片的に聞こえていた情報を整理しながら必死に考える。
そもそもの発端は屈強な男が私の髪と瞳を見て噂の【蒼い疫病】なんじゃないかと言った事が原因だった。
ならばきっと、考えたくはないけれど、【蒼い疫病】と言うのは私の事を指しているのだろう。
そして理由は不明だけれど、外界との接触がないアイラ村や村を滅ぼした《サイス》の事が私と一緒に噂になっているようだ。
物心がついた時から私は鏡に映る自分の髪や瞳の色が好きだった。
自分で言うのは少し気恥ずかしい部分もあるのだけれど、単純に綺麗な色合いだと思えたから。
それに絵本の中に出て来る勇者は何度か身に纏う衣や鎧を変えていくのだけれど、そのどこかには必ず自分の髪色にそっくりな蒼色があったから。
けれど、自分のように蒼い髪や蒼い瞳を持つ人を私は見た事がなかった。
お母さんも、お父さんも、ケディも、カレンも、グレンも、ルリアも、他の村の人達も、さっきの食堂にいた人達も、皆の髪や瞳の色は違っていた。
そしてこの後も続ける事になる長い一人旅の最中でさえも……私の蒼色は天涯孤独と言えるのではないかと思える程に見かける事がなかった。
それは私の髪か瞳を見られただけで、私が【蒼い疫病】と言われる存在だとバレてしまう事と同意義だった。
「(誰かに髪や瞳を見られたら、また【蒼い疫病】だって言われるのかな……。)」
私は四次元ポーチの中からフードの付いたローブを取り出して、身に纏う事にした。
大好きな蒼色を隠してしまうのは嫌だったけれど、それ以上に他人と関わるのが恐ろしい事のように思えたから。
それでもヘンピタに戻るのは危険だと思った私は、とりあえずこの場にテントを張って一晩を過ごす事にした。
結局ヘンピタでは食材や物資の調達を出来なかったけれど、翌日の朝に目覚めると急いで地図を確認した。
アイラ村は地図には書かれていなかったけれど、ヘンピタは地図に書かれていたので、地図を目印にしながら近くにある街や村を探す為だ。
そして周辺の中で一番近くだと思える街に目ぼしを付けると、その方角に向けて歩き始める事にした。
それから五日後に辿り着いた街では、フードで顔ごと髪と瞳を隠していたお陰で【蒼い疫病】だと糾弾される事はなかった。
時折自警団のような人達から不審がられる視線を向けられる事はあったけれど、ヘンピタの食堂で起きた事を考えれば、その位は仕方のない事だと思う事にした。
それからの私は街や村に辿り着く、お店を回って食材や物資を調達する、可能であれば情報を集める、数日間は宿に滞在する、また次の街や村を探すと言う事を繰り返しながらあちこちを転々とする事になった。
人気のある場所では必ずフードで顔を隠すようにはしていたけれど、基本的には人気の多い場所や時間は避けるようにしていたお陰で私が【蒼い疫病】だとバレる事は殆どなかったけれど、それでも時々私の正体がバレる事はあって、その時は死に物狂いでその場から逃げる事にしていた。
また幾つかの街や村を転々とする中で私は【蒼い疫病】の噂話に関する情報も集めていた。
情報を集めていたとは言っても、私は他人に近づきすぎると髪や瞳の色を見られるのではないかと危惧していたので、基本的には人の通りを歩く中で聞こえて来る噂話などの他人の会話に聞き耳を立てる程度の事だけど。
それでも各地で聞く事が出来た情報から察すると、どうやら蒼い髪と瞳を持つ少女(つまり私)がハーフを匿っていた故郷の隠れ里(これはアイラ村)に凶病(《サイス》)を振りまいて、滅亡に追い込んだと言う話だ。
この事に気付いた私は自分らしからぬ程に、物凄く憤慨していた。
確かに私はアイラ村の住人の中で唯一、《サイス》に感染をしなかったけれど、そもそも《サイス》は発生した原因すら不明なのだ。
それを生き残ったと言う理由だけで、私に押し付けられるのは、私が故郷やそこに住む人達を好きだったと言う気持ちさえ踏みにじられているようで、とても悔しかった。
【蒼い疫病】の噂話はその他にも色々な噂が出回っていたけれど、その全てが真実に近く、けれどどこかしら嘘が入り混じった悪質な物ばかりだった。
けれど【蒼い疫病】だと迫害されている私が何を言っても、まともに取り合ってくれる人はいないのだろう。
そもそも「ハーフの隠れ里が滅んだ!」と喜んでいる人さえいる始末なのだから、噂話をする人達にとっては真偽はどうでも良いようにさえ思えた。
この件で唯一の救いは現場であるアイラ村の居場所が知られていない事だった。
故郷を飛び出してから今に至るまで、一度も帰郷を出来ていないけれど、そのお陰で滅んでしまった故郷があの惨劇以上に踏み荒らされる事はないと信じられるのは、それだけで安心出来るのだから。
けれど外界の人が故郷に入ったのでないのであれば、何故【蒼い疫病】だなんて馬鹿げた噂が出回っているのだろうか……と私は考えて、調べたけれど、結局この件については今も情報の出所は分からない。
時間が経つに連れて噂話はどんどん歪曲し、真実からかけ離れたものになっていき、今では殆ど別の作り話になっている物まである始末だ。
あれから時間が経ってしまった今となっては、きっと噂の出所を突き止めるのは不可能なようにも思えた。




