記憶十五―ツァーイの追憶二、それは《サイス》という凶病―
【十年前―ツァーイ・ハーツ、五歳―】
私の両親がアイラ村中に感染した正体不明の病を克服する為の研究を始めてから、早半年が経った頃。
気づけば私は六歳の誕生日を目前にしていたけれど、状況が状況なだけに、誕生日パーティなどのお祝い事をしている余裕がないのは子供ながらに理解していた。
いや、そもそも私自身も誕生日を目の当たりにしながら、『もうすぐ私の誕生日』と言う事に気付いてすらいなかった。
その頃には正体不明の病が完全に村中に感染していたから。
病が発症し始めた頃は元気だった人達も、少しずつ、けれど確実に感染の被害が広がっていき、そして今では全員が感染をしてしまった。
それは、つまり、認めたくはないのだけれど、私の友達や両親も病に侵されてしまったと言う事だ。
そんな中で、何故か唯一の例外として、病に感染をしていなかった、私――ツァーイ・ハーツ――は己の無力感と、この終わりが見えない、日々悪化の一路を辿り続ける状況に、ただただ絶望をしていた。
子供にとっては一大イベントである誕生日や、本来ならあった筈の、その他諸々の村の行事に気付く事が出来ない程に、私の余裕は失われていた。
それでも両親の病に関する研究は僅かではあるけれど、進んでいた。
まず、病原菌が鎌のような形をしていた事から、この不治の病を仮に《サイス》と名付ける事となった。
そして《サイス》に侵された人はやがて激痛に苦しんで死に至ると言う事と、魔法、及び人間以外の種族が持つ特殊能力のコントロールが不安定になると言う事が分かった。
それでも最初の四ヶ月の間に死人が出る事はなかった。
それはこの半年で痛み止めの薬が三度、遅延薬が二度、それぞれに改良が施されて効力の向上が行われた事も関係しているだろう。
だけど肝心の《サイス》の治療薬は未だに完成出来ていなかった。
私の両親が頑張っている事を知っている村の人達は、私よりも不安だった筈なのに、それでも不満を言う事は一度もなく、《サイス》に負けないように頑張っていた。
このお陰でアイラ村の人達は病に侵されながらも、何とか日々の生活を送る事が出来ていた。
しかし五か月目……遂に《サイス》による一人目の死者が出てしまった……。
それを皮切りにと言わんばかりに、今までは薬で延命出来ていた人達が次々と死んで逝った。
その中には私の友達のお母さんや、お父さんもいて……そして三日前には私の友達である、双子のカレンとグレンの二人までもが、ほぼ同時に逝ってしまったと凶報を知らされた……。
今にして思えば病が感染し始めた事に気付いた段階で、私は両親や友達、村の人達に別の街に逃げようと提案をすべきだったと思う。
贔屓目をなしにしても、医者の鏡と言える二人が頷いたとは思えないし、友達の両親や村の人達の誰もが村を捨てる事はしなかったと思うけど……。
それでも……そう出来たのなら、私が皆と死に別れる事は無かったかも知れない。
翌日、私はルリアが逝ってしまったと、涙を流す彼女の母親から聞かされる事となった……。
私の中の絶望が、また少し増大していった……。
【九年前―ツァーイ・ハーツ、六歳―】
カレンとグレン、それからルリアが亡くなって……それから一月程の時間が経過して、私はようやく知らない間に六度目の誕生日が過ぎ去っていた事に気付いた。
三人が死んでから私はケディとも会っていなかった。
私がケディに会いに行こうとしないのも、多分ケディが会いに来てくれないのも、お互いに顔を合わせれば三人の事を考えられずにはいられないからだ。
そうでなくても、私はいなくなった友達を想って、毎日枕を濡らしていたのだけれど、それでもケディと二人きりで会う事が、本当に三人がいなくなってしまった事を突きつけられるようで恐かったから。
それにケディのお父さんも少し前に死んでしまったと私のお父さんから聞いたので、ケディも今は自分のお母さんと一緒にいる時間の方が大切だと思って……ううん、今にして思えば、私はそう思い込んで、ケディを避けていたのかも知れない。
私は家に引き籠って、起きている間は《サイス》の研究をしている両親とずっと一緒にいた。
二人の邪魔にならないように、少し離れた位置にある椅子に座り込んで、《サイス》の治療薬を作ろうとしている両親を応援する事しか出来なかったけれど……。
それでも友達や友達の家族、村の住人達が次々と死んで逝ってしまい、私は一人になるのが恐かった。
少しでも目を離してしまえば、すぐにでも、お母さんとお父さんも病気で死んじゃうんじゃないかって、気が気じゃなかったから。
けれど、そんな私の不安は、呆気なく数日後に現実の物となってしまった……。
「ふわぁ……。おはよう。……ママ……? パパ……?」
ある日私が目覚めると、家の中に人の気配が感じられなかった。
不安で胸の鼓動が早まる感覚を覚えながら、私は《サイス》の研究をしていた部屋を目指しながら両親を必死に探した。
そして、研究部屋で見つかったお母さんとお父さんは……二人共倒れていた。
倒れる直前まで持っていたのだろう、研究道具の幾つかが二人の周囲に落ちていて、中には割れている物や、壊れている物もあって、とてもじゃないけれど、寝ているようには見えなかった。
心配になった私は二人を揺さぶるように、恐る恐ると触れてみたけれど、生気が感じられない程に冷たくなっていて……。
「ママ……? パパ……? ねぇ、起きてよ! 寝てるだけだよね!? ねぇ、起きてよ! ママ!! パパ!!」
私は何が起きているのか理解出来なかった。
いや、頭では両親が《サイス》によって死んでしまったのだと理解していたのだけれど、それでも、当時六歳になったばかりの私は、その光景を認められなかった……。
不安と恐怖と絶望で心が塗り潰されそうになった私は、しばらくその場で立ち尽くした後、靴も履かずに家の外へと飛び出した。
「(誰か……誰でも良いから……私のママとパパを助けて!)」
一人じゃどうすれば良いのか分からなかったから。
村の人に私の両親を助けて貰いたくて、必死で村中を駆け回った。
しかし、どれだけ走り回っても、どれだけ叫んでも、村の人達はいなかった。
いや、正確に言えば人はいたのだけれど、その中に生きている人はいなかった。
村の彼方此方や、窓越しに少しだけ見える家の中、ありとあらゆる場所に、赤子も、子供も、大人も、老人も、全員が両親と同じように冷たくなって倒れ伏せていた。
ただ一人、友達の中で唯一凶報を知らされなかった……ケディの死体だけは見つからなかった。
けれど、この状況でケディが生きているとは思えなかった。
恐らくは私が家に引き籠っている間に、まだ誰かが生きていた頃に、《サイス》によって死んでしまい、誰かに土葬されたのだろう。
自分の知らない間に友達が死んでいて、その葬儀にも出る事が出来なかった私は悲しくて、自分自身を許せなかった。
ルリア達が死んでしまったからとか、両親から離れたくなかったからとか、会ったら辛いからとか、色々と言い訳をしてケディに会わなかった事を、私は強く後悔をする事になった。
それでも村中を走り回って、生きている人が見つからなくって、どうすれば良いのか分からなくて、沢山泣き喚いて、疲れ果てて、そして私は……現実を理解してしまったのだ。
この村の住人は、私以外の人達は、もう、既に、全員が、《サイス》という不治の病によって皆殺しにされてしまっていたという事を。
私の故郷であるアイラ村は滅んでしまったのだと、幼い子供でも悟らずにはいられなかった。
その事に気付いてしまった瞬間、私は村中を走り回った疲労と、両親や友達、知人がいなくなってしまった事への絶望と心労に押し潰されて、私の意識は真っ暗に塗り潰されていった。
「(どうせなら私もママやパパと一緒に逝けたら良かったのに……。どうして私だけ、病気にならなかったの……。)」
意識が途切れる直前、私の心中は自分だけが生き残ってしまった事への嘆きで埋め尽くされていた。
きっとこの時の村の様子を、両親や村の皆が倒れていた、この光景を……私は一生忘れる事はないだろう。
少なくとも、今でも私はこの時の出来事を夢で見てうなされる事がある。




