記憶十四―ツァーイの追憶一、それは故郷での記憶―
【十二年前――ツァーイ・ハーツ、三歳――】
私――ツァーイ・ハーツ――の故郷はアイラ村と呼ばれる、小さな田舎の村だ。
アイラ村の住人は人間、魔法人、創造人の三種族によって構成されている。
他種族、それも三種族によって成り立つ集落はかなり珍かったが、この世界では他種族間に生まれた所謂『ハーフ』と呼ばれる者達が『半端者』として忌み嫌われ、人種差別をされる傾向が強いので極稀に『ハーフ』を匿おうとした者達が身を寄せた結果、こういった他種族間で構成される集落が出来上がるケースがあった。
最もこれらの集落はハーフに排他的な人達に見つけられると滅ぼされる……と言った事も多発しているらしく、普通の方法では探し当てる事が難しいようになっている場合がある。
アイラ村もその例には漏れず、魔法人が保有する独自の魔法によって結界が張られていたり、創造人が創り上げた人避けの魔道具によって外部の人が近づいて来た際に対策をとっていた。
とは言っても住んでいる住人の全てがハーフと言う訳ではない。
そもそも私や私の両親がただの人間だしね。
けれど私を含めて、この村の住人にはハーフだからと言って差別をする人はおらず、寧ろ一枚岩と言って良い程に人間も、魔法人も、創造人も、それらのハーフも、皆が仲良くしている……ある種の理想郷だと言える村だった。
そんな外界とは切り離されたアイラ村ではあるけれど、それ故にとても穏やかで過ごし易い場所ではあったし、私は今でもあの故郷が大好きだ。
当時まだ幼かった私は両親と幸せに暮らしていた。
私の両親はお母さんも、お父さんも、村でとても優しいお医者さんで、小さな村だからか、村のお医者さんは他にはいなかった。
その影響もあるのか私の両親は人望もあって、村の人達からも凄く頼りにされていて、私にとっても二人は大好きな両親であり、いつしか子供ながらに二人の子供である事を誇らしく思っていた。
幼少期の頃の記憶だから決して多くは覚えていないけれど、それだけは確かだった。
それと、私には物心がついた頃から『何でも入る不思議なポーチ』と『勇者が魔王を倒す絵本』を持っていた。
両親に聞いても、それらの出自は一切不明で、小さいながらに私はその事に疑問を持っていたけれど、ポーチも絵本も何故だかとても大切な物だと感じていて、四六時中ずっと持ち歩いていた。
絵本をポーチにしまい込んで、そのポーチをポケットにしまい込むだけなので労力や手間も殆ど必要無かったというのも大きかった。
「ママー、えほん、よんで?」
「良いわよ。ふふ、ツァーイは本当にこの絵本がお気に入りなのね。」
「うん! だってゆうしゃさまってカッコいいもん!」
「あらあら、そんな事を言っていると、またお父さんが妬いちゃうわね。」
だから出自不明の絵本にのめり込んでしまったのはある種のすりこみ的なもので、本能のようなものだったのかも知れない。
けれど当時まだ文字を読む事が出来なかった私は、自分で読めるようになるまでの間、一日に三回はお母さんに絵本を読んでもらう事を日課として、日々の楽しみにしていた。
優しい声音の母が大好きな絵本を朗読してくれる。
たったそれだけの事だけれど、私の心には毎日変わる事のない幸福感が満ち足りていた。
【十一年前――ツァーイ・ハーツ、四歳――】
それから一年程が経ってもアイラ村は平穏そのものだった。
小さな村故に同年代の子供も少なかったけれど、それでも気付けば友達と呼べるだけの存在はいた。
「だるい、つかれた……。わたしはすこし、ねる。」
私と同い年で、創造人の『ケディ』。
面倒くさがりで、一言目には「怠い」、二言目には「眠い」といつもダラーっとしているけれど、なんだかんだで私達に付き合ってくれる良い子だ。
「えーっ! ケディってさっきまで、あんなにねてたじゃん! もっとあそぼうよ!」
「そうだぞ! もっと、かけっこをしようぜ!」
私とは一歳差の年下で、人間と魔法人のハーフ……通称『ハーフ魔法人』の双子である『カレン』と『グレン』。
双子と言うだけあって基本的に二人はいつも一緒にいて、カレンが女の子で、グレンが男の子ではあるのだけれど、その姿は性別差を感じさせない程に瓜二つだ。
それと魔法人の血筋を持っているからなのか、それとも二人が優秀な才能にでも恵まれているからなのかは分からないけれど、去年の私よりもちゃんとした言葉を話せていて、時折少しだけ悔しいと感じる事があった。
「はいはい。代わりに私が遊んであげるから、ケディを少しだけ休ませてあげてね。ツァーイも一緒にお願い。」
最後に私よりも一つ年上で、魔法人のルリア。
年長者と言う事もあって自然と私達の纏め役になっていて、やんちゃなグレンと一緒に行動しているカレンの二人がケディや私を振り回し、それをルリアが程良い具合に抑制するという光景が私達の日常だった。
「うん! ケディもおきたら、いっしょにあそぼうね!」
「ん……。」
私達は五人で良く集まって、遊ぶようになっていた。
遊ぶと言っても小さな村なので、娯楽はそんなに多くはなかった。
それでも五人で遊びを色々と考えたり、お話をしたり、とにかく一緒にいるだけで楽しかった。
大好きな両親がいて、大好きな友達がいて、この小さな幸せが永遠に続いていくものだと、この時の私は信じて疑わなかった。
【十年前―ツァーイ・ハーツ、五歳―】
――けれど、現実はそんなに甘くはなかった。
何の前触れもなく、突如としてアイラ村の平穏は打ち破られる事になってしまった。
別にハーフを匿っている村と言うのが近隣の村や街にバレた結果として戦争になったとか、狂暴な魔物が攻め込んで来たとか、そういう訳じゃない。
相変わらず魔法人特製の結界は機能しているし、創造人の魔道具も機能していたので、そういう外敵とは接触するような事はなかった。
いや、いっそ人や魔物といった生命とのいざこざであったなら、まだ良かったのかも知れない。
だって、原因が形として存在しているのであれば、少なくとも村の皆で戦う事は出来たのだから……。
アイラ村を襲った惨劇の正体……それは『原因不明の病』だった。
とある冬の日にケディのお父さんが体調が悪いと言って私の両親を訪ねて来たのが始まりだった。
「げほっ、ごほっ……先生よぉ、俺の身体はどうなっちまったんだ……?」
そう切り出したケディのお父さんは医者である私の両親と何やら難しい話をしていた。
当時まだ幼かった私は、その内容を理解出来なかったし、私はすぐに両親の仕事の話だと察して、自室に向かったのであまり聞いてはいなかった。
ただその時は、すぐに両親が苦しそうにしているケディのお父さんを治療して、数日後には何事もなかったようにケディのお父さんが元気になっているものだと思っていた。
しかし、そうはならなかった。
思えばこの日から両親の仕事が増え始め、数日後には私や私の友達、それに村にいる他の子供達でも村に異変が起きている事に気付き始める事となった。
結論を言えば、あの日、私の両親はケディのお父さんを治療する事が出来なかった。
ケディのお父さんの病はただの風邪や熱などではなく、原因や治療方法はおろか、病名さえも全てが不明の、医者である両親が今までに見た事も聞いた事もない、不治の病だった。
ケディのお父さんが私の両親を頼って来たあの日に、両親は痛み止めの薬を渡す事しか出来なかったのだ。
そして、それから程なくして正体不明の不治の病は瞬く間にアイラ村中に感染をし始めて、日に日に感染者は増大していった。
私の両親は医者としての使命なのか、性なのか、理由は分からないけれど不眠不休で、仕事をし続けるようになった。
幼い娘の私からしてみても、鬼気迫る勢いの両親の姿は、いつか倒れてしまうのではないかと不安になる程ではあったけれど、そこは医者としての危機管理の意識なのか、両親は身体がふらつくような状態になったら休憩をとるようはしていた。
実際問題として両親にもしもの事があれば、他に医療の知識を持つ者がいない以上、村の全滅は免れないだろうから、そこは本当に気を付けていてくれたようだ。
ともかく、治療方法が不明のこの病に対して両親が取った行動は二つ。
一つは感染者に痛み止めの薬、病の侵攻を遅延させる薬、この二つの薬を配る事。
前者の薬はケディのお父さんに渡した物と同一で、後者の薬はケディのお父さんが早期に両親に会いに来てくれたお陰で、村中に感染をする頃には間一髪で開発に成功した遅延薬だ。
村の緊急事態と言う事もあって私の両親はこの二種類の――あくまでも延命処置にしかならない――薬を村中に無償で配ったのだ。
もう一つはこの正体不明の病の研究をする事。
感染者から採取した病原菌のサンプルと思わしき微生物を研究する事で、病を治療する為の薬を開発する事が最終的な目的だ。
つまり、薬の延命処置で時間を稼いで、その間に病を克服する為の研究を進める。
苦肉の策ではあるけれど、こうして、アイラ村の存亡をかけた病との戦い、絶望的なまでに行き先が真っ暗な……私の両親の二人三脚が始まってしまった。
今回からはしばらくツァーイの過去編です。
いざ書き始めて見ると色々な理由で普段よりもモノローグ形式で進行して行く事になってしまって、キャラクターの台詞回しが少なくなってしまうのが不安な所です。
……とは言ってもここまでついて来てくれた方には分かるでしょうが、このツァーイの過去シーンは後々ツァーイの一人旅が始まって、ツァーイが一人でいるシーンが増えるので止む無しなのです。
ちなみに視点がイラではないですが、本編の時系列ではイラがこの話をツァーイから聴いているという体で進行していますので、一連のサブタイトルに小数点はつきません。
あれはあくまでイラが視点を把握出来てない場合や、そもそもイラが関与していない場合につけようとしてますからね。
そして今回のお話が実は『プロットの一行分すら終わっていない』と言う事実……。
先に言っちゃうと、この過去編のプロット量は六行分なのですが、このペースだとイラが次に出て来るのは一体いつ頃になるのか……(笑)




