記憶十一―勇者の絵本、それは未完結の御伽話―
「んっ……」
意識が浮上し、身体の感覚が戻って来る。
そんな眠りから目覚めた時の感覚を感じながら、どこか気怠さを感じる身体を起こす。
身体の感覚からして僕は何かにもたれかかっているようで、瞳を開けると視界には夕焼けが映っていた。
けれどお昼寝をした記憶なんてないし、思考がどこかボンヤリとしていて眠る直前に何をしていたのかをすぐには思い出せなかった。
現在の状況を正しく認知できていない僕は周囲をキョロキョロと確認する事にした。
するとすぐ隣で本を読んでいるツァーイがいる事に気付いた。
「ツァーイ……?」
「良かった……! 意識が戻ったんだね。」
僕が起きた事に気がつくとツァーイは手に持っていた本を手元に下ろし、安堵をしたような声で心配をしてくれた。
何故だか今にも泣きだしそうな程に、ツァーイの瞳は涙ぐんでいた。
「うん。けど、何があったの……?」
その様子に僕は心配してくれた事への感謝をするよりも、ツァーイの事が心配になっていた。
「覚えてないの? イラが氷の魔法を使ったけど、魔法の規模が大きすぎて、イラの魔力は枯渇しちゃったんだよ。」
その言葉を聞いた途端にボンヤリとしていた思考が晴れるような感覚とともに、意識を失う直前の事を思い出した。
僕は憧れの魔法をツァーイに教えて貰っていて、遂に自分の手で氷の魔法―氷結―を発動させたのだ。
けれど発動した魔法は僕の想像よりも強力になってしまい、目の前に広がる高原の一帯が氷漬けになってしまった。
そして直後に全身から力が抜けたような感覚と共に、倒れて意識を失ってしまったんだった。
「そうだった……。ごめんなさい、色々と迷惑をかけたみたいで……。」
「それから心配もね。……とりあえず色々と言いたい事があるから、そのままの姿勢で良いから聞いてよ。」
「うん。」
ツァーイの表情からは不安や心配と言った感情が読み取れて、本当に迷惑をかけてしまったんだな……と言う実感が一段と強く胸の奥を締めつけた。
強張ったツァーイの声に思わず「お母さんやお姉ちゃんに怒られるのってこんな感じなのかな……?」等と場違いの感想を抱いてしまったけれど、何となくツァーイには言わない方が良い気がしたので黙っておく事にした。
ともかく、僕は背後の木にもたれかかったままに視線だけをツァーイの方へと向けて話を聞く事に徹した。
「まずイラが倒れた理由だけど、魔力の枯渇が原因なの。」
「魔力の枯渇……? 正しい想像をしないと魔法が暴走をして……って話だったよね? 確かに想像以上の効果になっていたけれど、僕が使った魔法も暴走していたの?」
「暴走はしていないと思うよ。ただ、イラが魔法の発動にした詠唱が少し……ううん、かなり長めになっていたのが原因なの。」
神妙な顔つきでツァーイが告げる。
けれど僕は、それがどうして駄目なのかが分からなかった。
「それの何が問題なの……? ツァーイが詠唱を長くすると想像を強めやすいって言ってたから、しっかりと詠唱をした方が良いと思ったんだけれど……」
そう、この世界の魔法は想像を具現化して発動する。
そして詠唱は想像を具体的に強める為の方法。
魔法に慣れれば詠唱はなくても魔法を使えると言う話もあったから、魔法初心者の僕は逆にしっかりと詠唱を行うべきだと思ったのだけれど……。
「確かに言ったけれど、想像を強めるって事は魔法の威力や精度を高める事になるの。より強い魔法を使うとなると、魔法の発動に必要な魔力も増えるし、魔力の消費量が自身の保有量を超えると魔力の枯渇となって、意識を失うの。そして冒険者情報を確認すれば分かるんだけれど、イラの魔力量ってあまり多くはないの。だからあんなに長い詠唱で魔法を発動させるのは危険な事なの。」
つまり、詠唱が長かった影響で魔法の効力が想像以上になって発動してしまい、それが僕の魔力の量を超えていたから、魔力が枯渇して気絶した……と言う事か。
まあざっくりと言えば、「今の僕では長文の詠唱は危険」……と言う事なのだろう。
「そうなんだ……とにかく、迷惑をかけたみたいで本当にごめん。次からは気をつけるよ。」
「うん。私も魔法を使わせる前に魔法の想像や詠唱文を聞いておけば良かったんだけれど、人に教えるのが初めてだからかな……そこまで気が回らなくって、ごめんね。」
「何でツァーイが謝ってるの? 別にツァーイは悪くないよ。それに魔法の詠唱って言ったら、もっとこう……とても長いものってイメージが僕の中にあった訳だし、きっと想像云々の話がなかったとしても、同じ事をやっていた気がするしさ。」
お互いに申し訳なさそうに謝っているのが少し気恥ずかしくって、雑な話題転換をしてしまった。
「いや、普通は練習であんなに長文の詠唱をする人はいないよ。」
けれど、何故だか思った以上に一言でバッサリと切られてしまった。
悪いのは僕なので反論をする気はないのだけれど、何故だろうか、無性に漠然としないのは……。
記憶喪失の状態で目覚めて、ツァーイと出会って以来、時折自分の常識……と言うよりは記憶がないのでうろ覚えの知識や感性的な物が、ツァーイのそれらと微妙にすれ違っているように思える時がある。
けれどその度に記憶喪失の自分が考えても理由は分からない、と思考を停止させてしまうのだけれど。
「とりあえず魔法についてはまた明日か明後日にでも教える事にするよ。今日の所はもう少しだけ休んだら街に戻るからね。」
「分かったよ。……それはそうと、さっきから気になっていたんだけれど、聞いても良いかな?」
だから僕は魔法についてのお話に一区切りがついた事もあり、代わりに目覚めてからずっと気になっていた事を聞く事にした。
「答えられる事ならね。」
「それじゃあ聞くけど、ツァーイが手に持っているのって本……だよね?」
思わずツァーイが両手で大切そうに持っている本を指差しながら、問いかける。
「あっ……!? そ、そうだけれど、これがどうかしたのかな……?」
するとツァーイは「しまった!」とでも言わんばかりに、そそくさと本を背後に隠そうとし始めた。
思わずその仕草に可愛いな、と見惚れてしまいそうになる。
「う、うん。聞いちゃいけない事だったなら諦めるけど、この世界にも本があったんだな、と思って。もし良かったら僕も読んでみたいんだけれど……。」
だからか、多少言葉を詰まらせながらも要件を伝えた。
ツァーイが持っている本を見た瞬間から、何故だか本を読んでみたいという欲求が胸の奥底から湧いてきたのだ。
もしかしたら記憶喪失になる前の僕は読書好きだったのかも知れない。
「別に良いけれど、これ絵本だよ?」
「うん。絵本でも本だよね? それなら読みたいな。」
「……後で笑ったりしない……?」
「ツァーイがそう言うなら、笑わないよ。本の内容がギャグやコメディのように笑わせにきてる物なら別だけれど。」
「そういうのじゃないよ……はい。」
「ありがとう。」
「本当に笑わないでよね!」
「う、うん。」
何故か警戒心が強まっているツァーイから借りる事が出来た絵本を手に取る。
両手にスッポリと収まった本を持つ感覚が妙にシックリとする感じがした。
やっぱり記憶喪失前の僕は本が好きだったのかな、と根拠のない確信が宿る中、視線を受け取った絵本へと移す。
絵本の表紙には主人公と思わしき人物の姿が描かれているが、その姿は後姿で描かれていてどんな人物なのかが分からない。
またその人物が身に纏っている中性的な色合いの蒼い服装から男性なのか女性なのかさえ判別は不可能だ。
強いて言えばその服装がツァーイの髪色に似ているようにも思うけど、多分関係はないだろう。
もしも関係があるとするならば、ツァーイがこの勇者に憧れて髪色を蒼色に変えたとか、その位の筈。
とは言ってもこの世界の人達は街ですれ違う人達を見る限りでは髪色なんて、十人十色、文字通り皆バラバラなので蒼色の髪もそんなに珍しくはない筈――。
(あれ? でもツァーイ以外に蒼髪の人を見た覚えがないような……?)
そこまで考えた途端にツァーイと同じ髪色の人を他に見た覚えがない事に気付いた。
いや、でも、ツァーイ以外の人とは協会のアンナさんや、お店の人以外とは会話もした事がない程度には関わっていない訳で。
(意識していないから覚えてないだけなのかな……?)
何故だか無性に気になってきたけれど、一先ずは意識を絵本へと戻す事にした。
主人公らしき人物以外に表紙に描かれているのはとても大きな一本の樹、それから如何にもな悪者として描かれている漆黒の鎧を身に纏った存在だ。
後者は頭部から二本の角が生えている以外は鎧によって全貌の分からない状態で描かれており、これまた男女の判別は不可能となっている。
また不可思議な事に表紙には本のタイトルが書かれてなく、気になったので背表紙を確認してみたが、やはりタイトルは書かれておらず、背表紙は空白となっていた。
それと同時に同種の違和感に気付きもう一度表紙と背表紙を確認してみたが……やはりと言うか、作者の名前も書かれていなかった、
(タイトルや作者の表記がない……? 汚れたり、傷ついて、欠けた……ようにも見えないし、最初からなかったって事?)
一体どうして……? と不思議に思ったけれど他に表紙から読み取れる情報もなかったので、一先ずはページを捲る事にした。
この本はツァーイが持っていたのだし、読んで分からない事があれば読了後に本人に聞けば良いかな、と思ったから。
結果から言ってしまえば絵本の内容は至って在り来たりな勧善懲悪の英雄譚を御伽話風に描いたものだった。
まずは主人公だけど、この人が所謂デジタルゲームのアバター系主人公の様な存在に思えた。
次の瞬間には例によって『デジタルゲーム? アバター系主人公? それって何だっけ……?』 と、それらが何を意味しているのかが理解出来なかった。
恐らくこれらも記憶喪失前の僕が保持していたボンヤリとした知識や記憶的な物なのだろうけど、中途半端に言葉だけが浮かび上がって、その意味が分からないのは相変わらずモヤモヤして気持ち悪い感じがする。
最も考えた所でこの手の言葉はツァーイも知らないようだし、考えるだけ時間の無駄なので無視する事にする。
話を戻して、表紙の件からある程度は察していたのだが、この主人公は全てのページで後ろ姿で描かれており、性別、年齢、容貌、その他諸々全てが作中のイラストでは描かれていないのだ。
『絵本としてそれで良いのかよ!』 と思わずツッコミを入れたくなったけれど、恐らくは主人公の外見を敢えて描き切らない事によって読者に想像の余地を与える為なのだろう。と納得をする事にした。
僕としてはこの手の冒険譚や英雄譚の主人公は十代の少年~青年辺りが王道で読みやすいと思っているし、ツァーイとしても恐らくは男の人物を想像していると思う。
女の子がこの手の物語を好む場合は恋に恋をするように、作中の勇者や王子様のような存在に憧れるケースが多い……気がするから。
勿論僕は女の子じゃないし、記憶喪失のせいでツァーイ以外には同年代の少女を知らないから、多分そう思うのは記憶喪失前の僕が持っていた知識か、そうでなければ偏見の様な物だろうけど、何となくそう思えた。
話を戻して、その一方で『女の子だって勇者になりたい!』と言うような少女や女性、同様に「可愛い女の子が主人公の方が見栄えが良い!」と言うような一部の大きな友達と呼ばれる人がいるのも事実なのだ。
そう言った人物が読んだ際の事を考えるのならば、主人公の性別や年齢に想像の余地を与える事は決して間違ってはいないだろう。
そんな主人公は冒頭から記憶喪失の状態で目覚めるのだけれど、幸いにも直後に出会った人(人名が書かれてなかったので仮に『仲間A』と呼ぶ)に誘われて小さな街で暮らす事になる。
記憶喪失故に空っぽ同然の彼(彼女?)は日々の生活の中で少しずつ知恵や感情を街の人達から学習していき、平凡で在り来たりな生活を過ごして行く。
けれどある日、伏線も脈絡も無しに突然現れた魔王軍によって街は壊滅。
主人公は仲間Aと共に魔王軍に立ち向かうけれど、記憶喪失で目覚めて以来安穏とした生活を送っていた主人公に戦闘技能などある訳もないのだが……。
主人公はその場に落ちていた農作業用の鍬を拝借して敵軍の剣を弾いて、奪取。
その後は魔王軍から奪った剣を使って次々と魔王軍を撃退していき、敵軍を引き連れていた幹部の一人が撤退するまでに追い込んで……と言うようにファンタジー系のRPGでありがちな導入から始まる。
(やはり『RPGって何だっけ?』 と言ったボンヤリ知識が出て来たけれど、無視する。)
そして魔王軍によって街が壊滅してしまった主人公と仲間Aは打倒魔王軍を掲げて旅立つ事となり、数多くの仲間達と時には出会い、時には別れ、また旅の中で勇者や仲間Aも徐々にレベルアップを重ねて着実に戦力を増していく。
やがて主人公は女神の使いを名乗る存在によって自身が勇者だと告げられ、記憶がないのも物語の冒頭で目覚める直前に創られた、生まれたばかりの存在だからだと発覚する。
そして主人公こと、勇者は自らの使命や役割の重さ、世界のシステムとも言える自身の存在理由に葛藤を重ね、悩み、苦しみ、それでも最終的には大切な仲間達の為に魔王軍を壊滅させ、魔王本人をも倒す事に成功。
物語が無事にハッピーエンドで幕を下ろしました。めでたし、めでたし。……と言う訳であると同時に、それだけではなかった。
確かに勇者は魔王を倒し、また同時に魔王軍も滅びた。これだけでハッピーエンドのようにも思えるけれど、しかし、魔王軍の背後には更なる脅威……死神の存在が見え隠れしているのだ。
勇者が女神に創られた存在であるのと同じく、魔王は死神に創られた存在(作中では死神の使いとして描かれていた)で、言わばこの死神が諸悪の根源なのだ。
けれど勇者はこの事実を知らないままに物語が幕を閉じたのだ。
つまり読者の視点からは死神の存在が見えるけれど、勇者の視点からはその存在を認知出来ていない事が分かるように描かれており、読者視点からすれば非常にヤキモキする内容で終わっている。
もしもこの絵本に続編が存在するならば、きっと勇者とその仲間達が再び立ち上がって仮初の平和を取り戻した世界を守る為に死神との死闘を繰り広げるのだろう……と、これまた想像の余地を残す終わり方ではあるが、流石にモヤモヤする。
けれど、それだけ『在り来たりな英雄譚』だと感じたオーソドックスなシナリオに心がザワついているのは、この記憶喪失系勇者の冒頭の様子が今の自分とダブっているように感じたからだろうか。
ある日目覚めたら記憶喪失(先程も述べた通り勇者は生まれたばかりなので、厳密には記憶喪失ではなかったのだけれど)になっていて、自分を助けてくれる人がいた……と言うのは今現在の僕とツァーイの関係にも置き換える事が出来るから……。
……と、ここまで考えて、少し自意識過剰だったかな……と思考を止める。
実際問題として自分には時折妙な言葉が脳裏に浮かぶボンヤリとした知識的な物がある訳で、それは糸の様にか細くて、しかしながら確かに自分に『過去』が存在した事を証明しているとも思える訳で……。
だから自分は『勇者』なんて大それた存在ではない筈なのだ。
そんな思いを胸にしまい込みながら読み終えた絵本をパタン、と閉じて最後に裏表紙を一瞥する。
やはり表紙や作中のイラストと同じように主人公、もとい勇者の後ろ姿が描かれているが、それだけだ。
勇者の素性を予感させる物はあくまで身に纏っている衣類に限られている。
その衣類さえも物語の中で二転三転していき、最初は表紙通りの蒼い服装だったが、この裏表紙では魔王との最終決戦時に装備していた純白の鎧に蒼色のマフラーらしき物を身に着けた姿となっていた。
「あのさ、ツァーイ。」
「う、うん。」
そして読み終えた絵本をツァーイへと手渡しで返却し、一呼吸を置いてから問いかけた。
本を借りた時とは逆にツァーイは期待半分、不安半分、とでも言わんばかりに動揺をしている様子だ。
「この絵本ってこれで終わりなの? 続編はないのかな?」
「え……?」
僕の問いにまるで『何の話?』 とでも言わんばかりにポカンとするツァーイ。
「だからこのお話に続きはあるの? って話だよ。このお話は勇者が魔王を倒した所で終わっているけれど、元凶の死神は倒せてないからさ、何かモヤモヤするって言うか……。」
そんなツァーイに読了後に感じたヤキモキとしたモヤモヤ感を伝える。
「あっ……そこはやっぱりそう思っちゃうよね。」
「だよね! これがシリーズ物の長編物語なら続編で勇者が死神を対峙するとか、死神が創った第二、第三の魔王が再び世界を脅威に陥れようとする……とかそんな話を想像できる余地があるだけにさ、先の展開が気になって余韻に浸れ切れなくって……。」
「そうだよね。私も気になって探してはいるんだけれど……その本ってタイトルも作者も分からないから、続編の有無以前に同じ本を見かけた事もないんだよね……。」
「あー確かに……。続編や関連作を探そうにも手がかりゼロだもんね、この絵本……。」
タイトル不明、作者不明、おまけにツァーイ自身が何故か人目の付く街中を避けている。
この世界において書物がどれだけ流通しているのかが不明だけれど、これだけの悪条件が重なっていると続編以前に同じ本や作者の他作品を探し出す事もかなり困難だろうなぁ……。
だけど、それならば、このタイトルと作者が欠落している絵本をツァーイは一体どこで……?
「それじゃあツァーイはこの絵本をどこで手に入れたの……?」
「それが分からないの。私が物心ついた時には持っていたんだけれど、それより前はどこにあったのか……。」
気になって聞いてみたけれど、ツァーイは何でもないように答えてくれた。
けれどその言葉には聞き覚えがあるような気が……? あ、そうだった!
「そっか……。ん? それって確か四次元ポーチと同じ……?」
「そうだよ。ポーチも絵本も私が物心ついた時から持っていたんだけれど、いつ、どこで、どうやって、手に入れたのか覚えてないの。」
「……覚えてないなら仕方ないね。」
僕自身が記憶喪失だから分かるけれど、思い出せないものは思い出せないので仕方がないと割り切るしかなかった。
僕も就寝前の時間等に一応昔の記憶を思い出そうとしてみる事はあるけれど、どれだけ意識を集中させても家族や友達といった親しい人達、ツァーイと出会う以前に見た風景、僕自身の趣味、嗜好、好きな物、嫌いな物、その他etc……何一つ、その予兆さえもが脳裏に浮かぶ事はなかった。
唯一の例外は例の時折連想的にボンヤリと浮かぶ意味不明の言葉の数々だけれど、これに関してもツァーイの絵本と同様に意味を調べる手段がなかった。
調べる為の手段が分からない、と言う点ではツァーイの絵本と僕の言葉は似通っていた。
「そうなんだよね……。お陰で長い事旅をしているのに、この絵本に関する情報は全く集まらなくって……。ただでさえ本を取り扱っているお店は少なくって、お店を探すのも一苦労だしね。」
「大変だろうね……って、うん? ……この世界の本屋って少ないの……?」
僕とツァーイの奇妙な類似点に少しだけ感傷的になっていたけれど、ツァーイが少しだけ間を置いてから話を続ける。
軽い愚痴を呟くように、しかしそれでいて、今までの苦労が少しだけ滲み出るような言葉には落胆の感情が少しだけ込められているようにも感じた。
そしてサラリとツァーイが呟いた言葉に、僕は何かが引っかかった様な違和感を感じて一瞬の思考の後に思わず聞き返してしまっていた。
「そうだよ。絵本に限らず書物はどれも貴重な品物だから高級品なの。だから小さな街や村だと本屋は無い場合が殆どだし、たまに見つけても置いてある数が極端に少なかったりする事もある位で――」
そんな僕の問いに対してツァーイは当たり前の事だと言わんばかりに説明をし始めてくれた。
本が高級品とかとんでもない事を言っている気がするけれど、それ以上に気になってしまったのが本屋の軒数に関する話。
だって本屋は小さな田舎町でも一件は絶対にあるし、都会にでも行けば数軒単位で固まっている場合もあった気がするんだけれど……。
ツァーイが嘘を吐いているとは思わないし、考えられない。
ツァーイを疑う位なら、寧ろ記憶喪失の自分のボンヤリとした知識を疑うべきだとも思う。
だけど……けれど……それじゃあ、この、認識のズレとでも言うような違和感は何なのだろうか……。
ツァーイと出会う以前の記憶を何一つとして思い出す事が出来ないのに。
昔の事なんて何一つ知らない筈なのに。
それなのに僕は、今のやり取りの中で本屋が沢山あって当たり前の事だと思って――いや、信じ込んでいた。
まるでどこかで見て来たかのように。
隣でこのこの世界での本や本屋に関する話をし続けてくれているツァーイの話を聞きながら、僕は背もたれにしている木により深く背中を押しつけるようにもたれかかった。
きっと魔力の枯渇をしたせいで、僕の頭はほんの少しだけ混乱をしているのだと自分に言い聞かせながら、ツァーイの話に時々相槌を打ちながら意見をする。
何か気付いてはいけない事に気付いてしまった……。
そんな胸の奥底がザワつくかのような感覚に見て見ぬふりをして、無視を決め込んで、まるでソレから逃げるかのように僕はツァーイとの談笑を楽しみながら休憩を続けた。
結局、休憩を終えてファングの街に戻る事になったのは夕日が八割程沈み切った頃と遅めになってしまった。
その時間になってようやく僕の身体から気怠さが(多少ではあるけれど)消え始め、ツァーイ曰く必要最低限の魔力が回復したからだと告げられた。
どうやら魔力の回復は身体を休める事で少しずつではあるが、回復していくようだ。
本当は眠るのが一番良いらしく、魔力の枯渇で意識を失ってしまうのも、身体が枯渇した魔力を求める事が原因との事。
また、魔力は目には視えない血液のようなもので、常に体内を駆け巡っている。
つまり魔力の枯渇は言わば、魔力版の貧血とも言える状態だ。
だから自身の魔力を超えるような魔法は使用厳禁、と言うのが冒険者に限らず、魔法を使用する全ての者の共通事項となっているのだ。
後日、僕はツァーイから改めてこういった魔法や魔力に関連する話をタップリと教え込まれる事となるけれど、それはまた別のお話。
そんな訳でまだ多少は身体がフラフラとするけれど、僕達はファングの街へと歩を進める。
隣にツァーイの姿がある事を確認しながら、僕は昔の事が気にならない訳じゃないけれど、思い出さずにこのままでいたいと考えるようになっていた。




