記憶九―防具屋(プロテラーデン)、それは魔装との出会い―
今日のクエストは合計四十二匹のウルフを討伐する事と、昨日よりは比較的簡単な仕事内容だった。
どうして討伐数が昨日の半分以下にまで減ったのかと言えば、理由は二つ。
一つ目は昨日のクエスト数はギルド『リベルーチェ』の設立を喜んだツァーイが張り切りすぎて多くの依頼を受注していたのだけれど、討伐数の都合でどうしても時間がかかってしまったのと、僕の疲労っぷりを見て数を減らそうと思ったのだとか。
後半部分に関しては我ながら情けないとも思ったけれど、昨日は結構キツかったので何とも言えない……。
ツァーイ自身は息一つ乱さずに平常通りだったので、いつかは僕もツァーイに劣らない体力を身につけたい。
二つ目は昨日の夜に言った通り、僕の衣服に関して。
記憶喪失の状態でツァーイに拾われた僕は衣類に関しては身に着けている一式しか持っていなかった。
宿泊部屋には衣類を洗う箱型の道具(魔道具と言うらしい)が置いてあり、これに衣服を入れて使う事によって一時間でピカピカにしてくれる。
今まではこの箱型魔道具のお陰で入浴時に衣服を洗っておく事で同じ服を使い回す事が出来たので、衣服が一式しかなくても清潔感を保つ事が出来た。
しかしツァーイ曰く、数日後にはこの街を出て次の街に向かう事になると言う。
更に次の街に着くまでにも数日間はかかる見通しになっているらしい。
そうなってしまっては今の衣服だけでは清潔感を保つ事が難しくなるし、そうでなくても色々と不便と感じる事もあるだろう。
そんな訳で今日は受注するクエストの量を少な目に設定して、それらのクエストをお昼頃には終わらせてファングの街に帰還した。
まず帰還して最初にした事はクエスト完了の報告。
後回しでも良いような気はしたけれど、これを済ませないと報酬が受け取れないので、殆どの冒険者は滞在している街や村などに帰還すると真っ先にこれを済ませるようだ。
次に昼食を食堂で買ってから宿泊部屋へと戻り、少し遅めの昼食を二人で食べながら、この後の事について話し合って、今は新たな衣服を求めて街の中を歩いている。
初めてこの街に来た時もそうだったけれど、街中ではツァーイは僕の手を引いて数歩先を歩いて行く。
街の外であるファングの高原や、街の中でも落ち着ける宿泊部屋などではしないのだけど、何故か街の中限定でツァーイは僕の片手を軽く握りながら、引いて行く。
何度か聞いてみようとも思ったけれど、街の中でツァーイの様子が普段と変わるのは聞いてはいけないツァーイ曰く「色々ある」に原因があると思われるので聞いてはいなかった。
またツァーイは街の中が苦手な様子なので昼食の際には「部屋で休んでいても良いよ」と言ったのだけど、「お店の場所は知っているから」とか「イラは騙されやすそうだから」などと言って一緒に着いて来てくれた。
僕にとっても今までの街中は協会の宿泊部屋とファングの高原を行き来する際に通過するだけの道だった。
なので正直な所お店の場所も知らない所か目ぼしもついていないし、正直不安な気持ちもない訳では無かったので一緒に着いて来てくれて嬉しいし、助かっている。
けれど街中では相変わらずツァーイはフードを深く被っていて、時折ツァーイの方へ顔を向けるとぎこちない表情を浮かべていて、心配になる。
結果的には僕が街中に連れ出しているせいでツァーイに嫌な思いをさせている、それなのにツァーイが一緒に来てくれた事を嬉しいと感じてしまっている……。
この件に関しては、いつかツァーイが話してくれるまでは心配をするだけに留めると約束をしたけれど、あの高原で彼女と出会って以来ずっと助けられてばかりで、自分からは何も力になってあげられないのがとても歯痒くて、やるせなかった……。
そんな事を思考の片隅で考えながらも、時々ツァーイが街中にある建物やお店の事を話してくれたので、それらに関する雑談をしながら歩き続けた。
冒険者用の武器屋や、一般人の雑貨屋、はたまたその両者から必須とされている食材屋や薬屋などの見分け方、中でもファングの街では街の外にウルフが多数生息しているのでそのドロップ品を活かしたお店が少なからず存在する事、など様々な事を教えてくれた。
ツァーイの口ぶりから察するに、それらは決して珍しい知識ではないのだろう。もしかしたら一般常識や基礎知識に該当する当たり前の事なのかも知れない。
それでも記憶喪失の自分にとっては見る物、聞く事の全てが新鮮に思えた。
数度の雑談を重ねながら、幾つかの通りを進んだり、曲がったりしていると、ツァーイが徐々に速度を落としながら立ち止まった。
「ここが目的のお店だよ。」
目の前にあったのは武骨なデザインがカラフルに描かれている看板を掲げたお店だった。
具体的に説明をすると堅苦しい感じのフォントで『防具屋』と書かれているのに、それが七色で目に眩しい程に色付けされていて、どこかズレているミスマッチ感を醸し出していた。
「……って僕が探しているのは防具じゃなくて、服だよ!」
「大丈夫だよ。冒険者用に防具の機能を備えている服も売っているから。」
いつの間にか繋いでいた手を放していたツァーイが僕の背後から背中を押してきて、お店の中に連れられていった。
それから数十分後――。
「うーん……この赤い服も髪の色と合っていて似合いそうだけれど、こっちの青色の服も瞳の色に合っているし……」
僕はツァーイに押されるがままに通常の男性用衣類に似通っている防具がズラーっと並べられているコーナーへと連れて来られていた。
最初は僕も目新しい衣類の数々に目を輝かせて、あれや、これや、とあちこちを確認していた。
このコーナーに並んでいる衣類は見た目こそ通常の衣類と同じ物が殆どで上着から下着、半袖も長袖も数多くの種類が取り揃えられている。
そしてそれ以上に目を惹くのはツァーイが着ているようなフード付きのローブ、隠し武器やアイテムをしまう為に内側のポケットが多数用意されている全身を覆い隠す程に巨大なコート、果ては色んな色のマント等も存在する。
更にはこのお店の衣類(防具)には何かしらの特殊効果が備えられているようで、商品の値札部分に『ディフェンス+』や『火属性軽減』、『潜伏』等と一つは書かれている。
ちなみに人が持つ能力を『スキル』、武具等の道具が持つ効果を『特殊効果』と言うのだと、ツァーイが教えてくれた。
『スキル』は人が生まれ持った能力で、一説には魂に紐づいている……との考えもあるようだ。
そしてスキルはアンノウンスキルのように詳細不明の能力が後々判明する事象はあっても、一部の例外を除いて基本的には後からスキルを習得したり、変更したりと言った事は不可能。
それに対して『特殊効果』は武具等に付け加えられた能力であり、特殊効果を持つ物を総じて『魔装』と呼ぶ。
特殊効果を与えて道具を魔装にする事は誰でも出来る訳ではなく、一部の例外を除いて創造人と呼ばれる種族のみが行える技術である。
スキルと特殊効果に関して『一部の例外を除いて』と言ったが、これは『スキルを分け与えるスキル』や『スキルを増やすスキル』と言った『スキルを増減するスキル』が極稀に存在するらしく、これらのスキルによる例外が過去にあった為らしい。
それと同様に『特殊効果を付与するスキル』と言った『魔装を制作出来るスキル』も、これまた極稀にあるようで、これによって創造人以外の他種族でも魔装を制作出来る人がいるかららしい。
これらの事が「らしい」と曖昧なのは教えてくれたツァーイ本人も実際にこれらの例外的なスキルを見た事がないからで、あくまで「そういうスキルもあるらしい」と言う程度の噂話レベルでしかないからだ。
また、僕(冒険者用紙や証明書の表記がバグっているので本当は違うかも知れないが)やツァーイは人間と呼ばれる種族であり、人間や創造人以外にもこの世界には幾つかの種族が共存しているようだ。
他種族に関しての話はまだ詳しく聞いていない(創造人に関してもついさっき、特殊効果の話をする為に軽く教えてくれた程度)ので分からないけど、ツァーイの話ではこういった人間のお店で売られている『魔装』は三種類のルートによって製作されているとの事。
方法その一は人間が製作した道具を創造人によって魔装に仕上げて貰う。
方法その二は創造人が創り上げた魔装を直接仕入れる。
方法その三は前述の例外的なスキルによって自分で創り上げる。……最もこれに関しては前述したようにそういったスキル自体が希少な物なので、ツァーイもそう言った人とは出会った事がないようで、実在するのかも怪しいようだ。
ともかく、生まれ持ったスキルとは異なる特殊効果を装備するだけで得られる魔装は冒険者だけでなく、一般人にしても護身用等とありがたいアイテムと言う認識のようで、この世界では超便利なアイテムとして日々の生活に溶け込んでいる。
その説明をツァーイから聞いた僕にも魔装はとても魅力的なアイテムだと思えた。
なにせ購入して装備するだけで特殊効果を得る事が出来るので、それだけで今よりもクエストをこなし易くなる可能性が高くなる上、所持している魔装の特殊効果によって生死が決まってしまう……なんて場面に今後出くわさないとも限らない。
この街の周辺やファングの高原にはウルフしか魔物が存在しないと聞いたけれど、逆に言えば今後旅をして行けばウルフとは比べ物にならない程に手強い魔物と戦う事になる可能性もある。
ともあれ、僕もこれらのファンタジー色の強い数々の魔装……もとい、衣類や、特殊効果の類に心を奪われ、目を輝かせていた……筈だったのだけど、途中からツァーイがウズウズとした様子で商品から幾つかの衣類を手に取って、僕をお人形のように着せ替えし始めたのだ。
それが嫌な訳ではないし、ツァーイが僕の為に色々と考えてくれていると思うと寧ろ嬉しいとさえ思う。
けれど、新しい玩具を見つけた子供の如く、熱心すぎる程に熱心なツァーイの様子に僕は圧倒され、自分で衣類や特殊効果を確認する余裕を失っていた。
「でもこっちの服だと特殊効果があまり良くないし、防具としての性能も少し微妙だね……この服は防具としてはそこそこ優秀だけど、通常着として考えると少しデザインが……この服は似合っているけど特殊効果は『土属性強化』か……まだ魔法を教えてないからイラがどの属性を使えるのかは分からないし……」
などと、ツァーイは今も両手に様々な衣服をとっかえひっかえに持ち替えながらブツブツと呟いて、時折幾つかの服を持って来ては僕に試着させている。
「ねぇ、ツァーイ……? そんなに――」
「うん? どうしたの、イラ?」
僕としては衣類の数を増やしたいだけだったので、「そんなに熱心に考えなくても良いんだよ。」と言おうとした。
確かに特殊効果は魅力的だし、どうせなら格好良いと思える衣服を着てみたいという欲もあったが、それ以前に所持金の問題もある。
なので現状は安くて、それなりに着心地の良い衣服を買うのが優先すべき条件だったから。
だけど、両手に大量の衣服を持ちながら振り向いたツァーイの表情に思わず言葉を飲み込んでしまった。
フードの下からで少し影がかかって見辛かったけれど、確かにツァーイがとても楽しそうな笑みを浮かべているのが見えたから。
街中でのツァーイがこんなに楽しそうにしているのは初めての事だった。
僕を助けてくれた恩人が笑っていられるなら、このままもう少しだけ彼女の着せ替え人形でいるのも悪くはないと思えてしまう程に。
「――ううん。その蒼い服が少し良いなって思ったから値段と特殊効果を見せて欲しいなって思って。」
だから言おうと思っていた言葉とは別の言葉を咄嗟に口にした。
それが全くの嘘と言う訳ではなかった。ツァーイの勢いに圧倒されていて周囲の衣服をじっくりと見る事は殆ど出来ていなかったが、先程から視界にチラついていたその服が気になっていたのは本当だ。
最も気になっていた理由は服の着心地が良さそうだとか、デザインが好みなどではなく、ツァーイの髪色である空色に近しい蒼色だったから。
それが記憶喪失で目覚めてから最も視界に映っていた色だからなのか、行く当てのなかった自分に居場所を作ってくれたツァーイに対する安心感からなのか、それとも他の理由があるのか……何が理由なのかは分からないけれど、とにかく気がつけばその蒼色の服が気になっていた。
「えっと、値段は3Sと20C。特殊効果は『スピード+』だよ。」
「結構するんだね……。」
今日のクエスト分はまだ配分をしていないので受け取ってはおらず、本日の予算は昨日の稼ぎ分である『3Sと56C』のみだった。
ズボンや下着等の他の衣類も買い合わせる事も考えると予算オーバーな買い物の気がしてならなかった。
「お金の事は私に考えがあるから、今は気にしなくても大丈夫だよ。」
「え? でも……」
僕の呟きから何を考えているのかを察したであろうツァーイの言葉の意図が読めずに、思わず聞き返した。
不意に聞き返してから、もしかしたらツァーイがお金を払ってくれるのかと思い至ってしまったが、それは駄目な気がする。
ただでさえツァーイにはお世話になり続けてしまっているのに、これ以上僕の為にツァーイに出費をさせてしまうのは気が引けるし、例え後日借りた分を返して欲しいと言う条件での前借りであったとしても。
「それにこの特殊効果ならしばらくは使い続けれるだろうし、デザインや色合いも悪くはないね……。うん、気になったなら一回試着してみようよ!」
けれど僕が言葉を続ける前に、ツァーイはそう言うや、否や、お店に入った時と同じようにツァーイが後ろから僕の背中をグイグイと押していき、僕はされるがままに連れられて行った。
「言われた通りに着てみたけど……」
ツァーイに連れて行かれたのは店内にある試着室の一つで、先程の蒼色の服を僕に試着させる為だった。
またそれと同時にツァーイから上着となる明るめの紺色をしたコート、淡い青色をしたズボンを手渡され、それらも一緒に試着するように言われた。
蒼色の服について僕がコメントをする前には明らかにツァーイの両手には存在していなかった、それらの衣類を一体いつの間に確保していたのかが気になるけど、移動中に蒼色の服に合わせて選び取っていたのだとしたらツァーイの目利きの良さが頼もしくもあり、ちょっとだけ恐ろしくもあるような気がした。
とにかく、言われた通りに僕はそれらの衣服を身に纏っていた。
ツァーイ程じゃないけれど、傍から見たら僕の全身がとても蒼っぽく感じる事になっていると思う。
「うん。私の見立てた通り、結構似合っているよ! 特殊効果の組み合わせも悪くはないし、早速買いに行こうか?」
「そうしたい所だけど、これって完全に予算オーバーしているからね!?」
試着の際に服以外の値札も目に入ってしまったが、完全に予算(3Sと56C)を超えていた。
具体的に言うと蒼色の服が3Sと20C、淡い青色のズボンが3Sと16C、そして最大の問題である紺色のコートが16S……合計で22Sと36Cだった。
少しだけ予算をオーバーしたとか、そんな次元の話ではなく、全くお金が足りなかった。
それに問題なのがこの紺色のコートだ。
確かにカッコいいコートだと思うし、ツァーイの見立ても彼女自身の言う通りだと感心しているけれど、とても高価な上に、上着であるコートは別になくとも困らない物なので、衣類を増やす目的からも少しズレていた。
それに下着の類も買わなければならないので、服やズボンもより安価な物を探す必要がある。
仮にまだ配分前である本日の稼ぎ分から後払いをする事をツァーイが許してくれたとしても、ウルフの討伐数的に報酬金は昨日より少ない筈なので結局の所、この服とズボン+下着類を一緒に買う事も無理な筈だ。
「言ったでしょ? お金の事は気にしなくて大丈夫だから。」
しかしツァーイは金銭事情を心配している僕を気にせずに、試着したままの僕の手を引いて歩みを進めて行った。
そして途中で下着を幾つか適当に僕に選ばせてから、辿り着いたのはお店の購入場であった。
「おう、らっしゃいませ! 要件は何だい?」
購入場にいたのは衣類の上からでも分かる程にムキムキなマッスルボディの『おっちゃん』だった。
かつては歴戦の冒険者だったのかと思わせる程の覇気を醸し出しており、その手には無い筈の斧が幻影のように見える……ような錯覚さえ覚えた。
「彼の試着している防具を買い取りたいんです。」
「そ、それとこれもお願いします。」
そんなおっちゃんに全く動じていないかのようにツァーイが要件を述べ、僕も手に持っていた下着類をお店のカウンターへと乗せた。
ちなみに僕が持っていた下着類は『パンツ』と『靴下』が各三点ずつだ。
流石のツァーイも下着の着せ替えには興味がなかったようで、予算オーバーをしている僕は安物(それでも一つ20Cはしたけど)をせっせと見繕ったのは余談だ。
「『蒼天の服』と『蒼海のズボン』、『コバルト・コート』に下着類が三点ずつ……締めて23Sと56Cだ!」
やっぱり予算オーバーしているよ!
おっちゃんに告げられた金額に対して、内心でオロオロとしながらも小さなツッコミを発した事を知る者はいない。
「そう言えば、その風貌……お前さん達は冒険者か。素材の下取りはあるのかい?」
するとこちらの心情を察してなのか……は分からないが、おっちゃんが問いかけて来た。
え? 下取りって何の話……?
「はい。ウルフの毛皮が二十三と、ベアーの毛皮が二でどうかな?」
内心でより一層とオロオロとし始めた僕を他所にツァーイがポーチから取り出したのであろう、大量の毛皮をカウンターへと置いた。
一体いつの間に取り出していたんだろう……。
そしておっちゃんはと言うと、差し出されたそれらを一つずつ確認をし始めた。
そのままツァーイとは慣れたようにおっちゃんと話を続けて行き、僕はその様子をポカン、と言う様子に見つめていた。
「今の相場だとウルフの毛皮が80C、ベアーの毛皮が1Sと8Cだな。それなら下取り分を差し引いて……っと、3Sだ!」
「えっと……これで大丈夫だよね?」
「おう、まいどあり!うちの店は色んな町や村に店舗があるからな、何かあればまたよろしく頼むぜ!」
それからすぐにツァーイとおっちゃんの話は纏まったらしく、おっちゃんが要求してきた金額は先程までの予算オーバーした物ではなく、予算内で収まる金額となっていた。
手持ちの小袋から銀貨を三枚取り出して、支払うとおっちゃんから僕が元々来ていた衣類と購入した下着類をそれぞれにしまい込まれた二つ分の袋を手渡され、購入したばかりの衣類……もとい、防具を身に纏ったままツァーイにお店の外へと連れ出された。
――ファングの街の協会、宿泊部屋。
お店を出て宿泊部屋へと戻った後でツァーイに教えて貰った事なのだけれど、幾つかのお店では魔物のドロップ品などの店ごとに決められた素材を渡す事で購入の際に値引いてくれる『下取りシステム』が存在する。
魔装と言っても特殊効果を付与される前は普通の衣服や鎧であり、魔装製作の際にはまずベースとなるそれらが必要となる。
なので防具屋では衣服や鎧の元となる素材を下取りしており、ツァーイがポーチの中に貯め込んでいたウルフやベアー(熊型の魔物で普段はのっそりとしているが、怒らせると狂暴……らしい)の毛皮を下取りに出してくれたお陰で、僕の低予算でもあれだけの衣類を購入出来た……と言う訳だった。
「でも本当に良かったの……? 僕達が出会ってから入手した量よりも多く渡してたし、協会で買い取って貰わずに持っていたって事は、本当はツァーイが自分の服や防具を買う為の物だったんじゃ……」
「別に気にしなくても良いよ。イラが倒したウルフから入手した分もあるし、元々持っていた分も特に使い道を決めていた訳でもなくて、どこかで良いなぁって思える物があった時の為に残しておいただけだから。」
申し訳なく問いかけた僕に対してツァーイは問題なし、とでも言うように微笑んだ。
昨日ツァーイから初めての報酬金を受け取った後に聞いたのだけど、魔物から入手したアイテムは僕やツァーイと言った個人の物ではなく、リベルーチェ(ギルド)の物として扱う事になった。
そうなった理由は幾つかあるんだけど、食事当番や報酬の配分からも分かるようにツァーイは「対等」や「平等」を好んでいる節がある。
そんなツァーイ自身の意向によってアイテムはリベルーチェ(ギルド)の物としてツァーイの持っている四次元ポーチに一度纏めて、必要な時にそこから使って行く事になったのだ。
ちなみに素材を買い取りに出した場合は、受け取った金額をクエストの報酬と同じ方法で分配する事になった。
いずれにせよ、ツァーイが僕よりも強い事もあってツァーイにとってのメリットが見当たらない気がするのが本当に申し訳なく感じている。
具体的に言うと僕はツァーイが居なければ満足に稼ぐ事が出来ないだろう。
一日三食の食費を稼げるかも怪しいし、恐らくこの宿泊部屋の代金を払う事さえ出来ないと思う。
だけどツァーイは僕がいなくても同等の額を稼ぐ事が出来るし、時折考えてしまうけれど、僕が足手纏いになっているのだとすれば二人で行動をする以上に稼ぐ事も出来ると思う。
それに僕がいなければ魔物から入手するアイテムやクエストの報酬金を二人で分け合う事も必要ない上に、宿泊部屋の代金を二人分払う必要もない。
僕がいる事で唯一発生しているメリットは『リベルーチェ(ギルド)』を設立・維持する為に二人以上の冒険者が必要だと言う事だけだった。
ツァーイ曰く、リベルーチェ(ギルド)を設立したお陰で協会内の施設(宿泊部屋や食堂など)を利用する際に幾らかの割引が発生するようになったらしい。
しかし元々ツァーイ一人分の金額を払っていたのに対して二人分を払う事になったので、その割引分でツァーイの懐が少しでも潤うようになっているのかは疑問がある。
結局の所としてツァーイは僕に色々と与えてくれるけれど、僕はツァーイの力や助けになれていなかった。
記憶喪失で行き倒れ同然の状態だった僕を拾ってくれたツァーイに少しでも恩返しをしたい。
そう思っているのに僕はツァーイに助けられてばかりだ。
「でも……ツァーイからは貰ってばっかりだよ。僕も君に何かして上げたいのに。」
「私が渡しているのは必要だと思った物だけだよ。それにね、私もイラから色んなものを貰っているよ。ギルドを創って、一緒にクエストをこなしたり、お話をしながら食事をしたり、今までずっと……ずっと一人で旅をしていたから凄く新鮮で……。今日だって誰かと一緒に買い物に行ったのも初めてで、イラの服を選ぶの凄く楽しかったんだよ。だからね、イラがそこまで気にする必要はないよ。」
そんな事を頭の中でグルグルと考えていたら不意に呟いてしまった言葉に対して、ツァーイが微笑みながら優しい言葉で返してくれた。
優しい声音から、その言葉が僕をツァーイの本心だと感じられる。
けれどその言葉と表情の節々からは寂しさや悲しみのような、喜怒哀楽の『哀』から来ている感情を感じたような……。
ツァーイと出会ってからずっと気になっている事がある。
自分と同じ位―記憶喪失なので僕の年齢は分からないけど身長が同じなので年齢は近い筈―の女の子が一人旅をしている事だ。
協会の中を移動中に他の冒険者達を横目にする事はあったけれど、単独の冒険者と言うのは一度も見かけなかったように思う。
彼ら(彼女ら)の多くは二人から四人程度の集団(それが一時的な協力なのか、ギルドのメンバーなのかは分からないけど)が大多数だった筈だ。
他の街の様子を知らないし、記憶喪失の自分の考えなので見当違いかも知れないが……それでも年端のいかない少女が一人で旅をしているのは異常な気がした。
それに以前にもツァーイは「ずっと一人で戦っていたから多対多での動きに慣れてなくって……。」と言っていた。
しかしその一方で「もし私がギルドをつくれたらこの名前にしようって昔からずっと考えていたんだ。」とリベルーチェ(ギルド)の名を考えていた素振りもあった。
もしかしたらツァーイは好きで一人旅をしている訳ではなく、そうするしかない理由があるのだろうか……?
それも他人(他の冒険者)の助けを借りる事も出来ないような理由付きで……。
これは僕から見た印象だけど、ツァーイは明るくて、優しくて、ちょっと頑固で芯が強くて、初対面の時にとても気軽に話してくれた辺りから人懐っこいのだと思う。
少なくとも一人が好きで一人旅をしているのであれば、偶然出会っただけの僕(しかも記憶喪失なんて面倒な)を拾おうとはしない筈だ。
それなのに街中ではローブに付いているフードを深く被りこんでいる……まるで人目を避けるように、本来の自分を押し殺すかのように。
それに「ずっと一人で」「昔からずっと」……って一体いつから……?
恐らくこれは聞いてはいけない事……ツァーイが話したがらない話題に含まれているのだろう。
この件に関してツァーイとは話してくれるまでは聞かないと約束をした。
心配をするだけに留めると。
だけど、もし……ツァーイの冒険者になった経緯と、冒険者になってからの日々が僕の想像も及ばない程に過酷な物だったとすれば……ツァーイが話したがらないのも納得が出来る気がする。
そうであって欲しくはないと、自分の考えすぎだと、そうであれば良いと思うけれど……
「ねぇ、ツァーイ……」
「さてと、そろそろ晩御飯に……ってどうかしたの?」
一度思考の中に浮かび上がってしまった疑念から思わずツァーイに呼びかけてしまった。
しかしその言葉は同じくツァーイから発せられたものと被ってしまった。
「……ううん、何でもないよ。」
「そう? なら良いけど……。」
「それより晩御飯の準備だね、また食堂で買ってこれば良いのかな?」
「うーん……晩御飯はイラに料理をしてもらおうかな。ウルフの肉がまだ余っているし、調理の方法を教えるからお願いね。」
結局は約束の事もあって、ツァーイに問いかける事は出来なかった。
けれど、晩御飯の準備中に四苦八苦をする僕の隣で指示を出したり、調理器具の扱い方を教えてくれるツァーイは満面の笑みを浮かべていた。
だから今はこれで良いのかも知れないと思ってしまった。
今はまだツァーイの力や助けになれていると思えないし、ツァーイも話してくれない事はあるけれど。
それでも彼女の言葉通りに僕がいる事でツァーイが楽しいと言ってくれるのなら、笑っていてくれるのなら、今はこれで良いのだと。




