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戀天の川。
「あの歌は、原典にはないものだが、それでもよく言い当てているものだな」
JS学園の中央にある図書棟、その一角にある個室で篠塚桃花は前に座って頭をかいている日比野警部に応じる。
「恋心の姫と天草の若君、二人の恋物語だからな。あの偽物の暗号を作ったのは伊崎園子なのだろうが、よく研究している。もしかしたら、古川教授より進んでいたのかもしれないが、それが失われたというのは残念なことだ。それに、恋心の姫が、佐根の川に身を投げたのは原典に残る事実であろうし、それで一時的であれ記憶を失ってしまったのは、真実であろう。その二人をつなげて恋天の川、レテの川と読ませたのは、きっと、彼女が忘れてしまいたかったからだろう。菫お姉さまは何と言っていた?」
日比野は首を振る。
「となると、気が付いていたが、あえて言わなかったのだろうな。菫お姉さまは、そんな人だ。伊崎園子があの暗号を作った。つまり、彼女は、本気で、千堂祐次のことを好きになってしまったのだろう。だが、彼女は忘れなければならなかった。その思いを、込めた暗号であろう。だからこそ、あの暗号を自ら解くことができた。そして、暗号を解いた先に星の輝く場所があり、そこに川があった。その暗号を解かれることがこの事件の真相に近づくことであると、彼女にも分かっていたはずだ。佐根の川にもつながる支流であろうが、あれは別の場所に彼女を運んだ」
そこで篠塚は首を一度だけゆする。
「私の、過ちであったな」
「なぜ、あなたの?」
「お前も、すでに聞いているのだろう? あの凶器は以前の事件で使われたもの、最初はK
田妙の自殺。K林は、その凶器も持ち去り、Kカンパニーの愛人のもとへ走った。私は、K林が愛人を殺したのだろうと、推理したが、その証拠がなかった。何といっても、凶器が見つからなかったのだからな。Kカンパニーの誰かが、その凶器を持ち去ったのだろう。そこから導かれるのは、K林が本当にその愛人を殺したのか、ということだ。もっと深遠な関係があったのかもしれない。そもそもK林の愛人というのが真実なのか」
篠塚は唇を噛みながら続ける。
「だが、菫お姉さまが追っている組織が、この事件の背後に本当に存在するのか、あやしいものだ」
「あまりにもお粗末すぎる、て?」
個室の入口に、その芹沢菫が腕を組んで立っている。半袖のワイシャツの胸元は大きく開き、短いフレアスカートの先から、長い足が伸びている。髪を後ろにまとめていて、相変わらず派手な化粧だ。
「たとえ存在していないとしても、それとも本当に存在しているのだとしても、どちらでも関係ありませんわ。存在しているのかもしれない、それだけのことで、私は行かなくちゃならない」
「だが、危険だ」
「桃花ちゃん、あなたも、私と同じ立場に行こうとしているのではなくて?」
「さあな。だが、もう隠れるのも飽きた」
「もしそうなのだとしたら、あなたの大切な人を巻き込むことになるかもしれませんわ」
「ここにいる限り安全だ」
「そうね。それだけの設備がここにはあります」
「それに、私はまだ学生だ」
「あと4年のうちに、答えを出すのね」
「十分すぎる時間だ」
「それなら無駄にしないことね」
「菫お姉さま、一つだけまだ謎のまま残っていることがこの事件にある」
「だれが銃をあの島に持ち込んだのか」
「答えは一人しかいない」
「あら、安楽椅子探偵でそこまで推理できるものなの?」
「客観的に見ているからこそ分かることもある。もちろん、菫お姉さまも答えは得ているのでしょうけど」
「千堂美影」
「その通り。彼女は自分が殺される凶器を自分でこの島に運んだ」
「桃花ちゃんと同じ結論ということは……」
そこで菫は言葉を止める。篠塚も唇を噛む。けれど、すぐに顔をあげて続ける。
「菫お姉さま、あなたの家はここよ」
「あらどうしたの?」
「帰ってきたくなったら、いつでも来たらいい」
「殊勝ね」
「勘当なんて、お父様ができるはずがない」
「気が向いたらね」
手を一度だけ振ると、菫は個室から離れようとする。その口が、もう一度だけ小さく開かれる。
「ありがとう」
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。VRの話なので、どうにか今年中に、と思っていましたが、間に合いました。最後に、謎が謎のままたくさん残っていますが、次の次の話で収束する予定です。悪魔で予定です(たぶん、きっと、おそらく)。




