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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第八章 レテの川に身を寄せて
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 5

 仮の捜査本部に残されているこの研究施設側の人間は、あと4人しかいない。三人のプログラマーと、主治医。芹沢菫は、再び席に着くと、その左手側に座っているメンバーに、順に視線を送る。

 一番手前にいるのが、北原朋彦。主治医として雇われた人間だ。自分から売り込んで、このKカンパニーに来たのではない。だが、当時からこの殺人が予定されていたわけではない。偶然居合わせただけかもしれない。

 第三プログラマーの浜島佐登留。プログラマーとしての能力は他の二人に比べてはるかに劣る。形式にこだわりすぎている点もあるだろう。調べたところによると、おそらくは、能力の開花のために、自ら立候補してこの仕事をしている。

 第二プログラマーの有田百合。プログラムを解析する能力にだけしぼれば、第一プログラマーをしのぐ能力があるだろう。彼女は、矢口誠一らが仕組んだいたずらプログラムに気が付いていた。

 第一プログラマーの矢口誠一。プログラムの能力は彼が一番高いだろう。独自の言語を開発していて、それだけで、すでに一生遊んで暮らせるほどのお金を稼いでいるはずだ。それが、Kカンパニーに与しているのには、何か、理由があるのか。

 正面では、日比野が、困った様子で立っている。彼は、もっと能力が高いと感じたが、それは誤りだったか。それとも、菫をもだまそうとしているのか。すでに彼は、篠塚桃花を、かなり深いところまで見つけている。

 視線をテーブルの右に移していく。

 笠倉岬。不幸な女性だ。別件で容疑者だった人物だ。それを日比野が救い出したがために、彼に傾倒しているようだが。留学中に巻き込まれた事件が、彼女に深い影を落としている。その事件もまだ、完全な解決をしていないし、その事件もまた組織が関わっているかもしれない。

 日達瑠璃、以前、妹の芹沢雅の家庭教師をしてくれた子だ。子、何て言っているが、確か菫と同学年。8月の雅の誕生日にも来てくれていた。お姉さんぶっているが、それは彼女の仮面。もっとわんぱくな姿が似合う。

 そのボーイフレンドの久住照好。一見、わんぱくをそのまま具現化したかのような少年だが、おそらく彼がもっともこの研究施設で働くのにふさわしい。まだ院生のはずだが、彼が作り出す論文は、すでに国際的な評価を得ている。そして、あの暗号を解くだけの柔軟な頭も持っている。

 古川順也、佐根の伝説を研究している民族学者。古いタイプの人間だ。本島での研究に行き詰まりを感じていた彼は、まんまと、この島に来た。そう、まんま、と。この島には、そもそも佐根の伝説など存在しない。それどころか、ここに残されているという遺跡も、どれもが偽物だ。少し観察すれば、すぐに分かりそうなものだし、彼も気が付いた。

 古川直也。順也の息子で、あのいたずらプログラムの犠牲となったかわいそうな子だ。本人は平気を装っているが、北原から睡眠薬を貰って、ようやく眠っているという。人見知りが激しいようで、まだ、ほとんど言葉を交わしていない。

 さて、この中に、あの拳銃を持ち込んだ人物が、本当にいるのかどうか。手がかりはほとんどない。千堂祐次の証言が真実だとすると、当日の昼過ぎに島に来たモニターの被験者側には、不可能なことだ。それから北原朋彦も、その時は薬を買いに本島にいた。そうなると、プログラマーの3人しか、候補は残らない。

 それとも、この3人の中にもいないかもしれない。その可能性は排除できない。あるいは、彼らのうち誰かが、拳銃を祐次に渡したかもしれないが、最悪な場合は、その人物がそれを拳銃だと把握していないときだ。ありえないことじゃない。けれど、拳銃からは誰の指紋も見つかっていない。




「あの、聞きたいことがあるんですけど」

 おずおずとした様子で、向かって右側に座っていた瑠璃が手をあげる。どうぞ、と菫は答える。

「いえ、菫さんにじゃなくて、ここの、たぶん三人の誰かだと思うんですけど、どなたが、私にメールをくれたのか」

「ああ、例のメールのことですね」

「はい。どう考えましても、研究施設の人だと思いますし」

「私よ」

 左側の真ん中に座っていた、百合が答える。

「私が三回、あなたにメールを送った。まあ、誰宛でもよかったのだけど、誰かに送っておかないと、一人で抱えていたくないことだったから」

「確かあのメールでは……」

 日比野が、一度だけ瑠璃に視線を送ってから続ける。

「警察の人間として、そのメールを拝見させていただきました。内容はすごく刺激的でして、今、この場ですべてを説明するのは難しいものです。ですが、悪い刺激ではない。あなたが、どうして、あの情報を知りえたのか。日達さんが知りたいのは、まさにそのことでしょう」

「メールの内容は聞いていない。どんなメールなの?」

「細かい内容は覚えてないけれど」

「私の携帯に残っています。読みますか?」

「貸して」

 菫は、琉璃の後ろまで歩くと、彼女から携帯を預かる。もらったメールは3通とのことだ。それを順番に開き、内容を読んでいく。




 日比野が、刺激的だと、そう表現したのはその通りだ。菫は改めて百合を見てから、どうしてそのようなことを知りえたのか聞いた。

「答えるのは難しい。私としても、そのオートマチックが、前の事件の凶器だと知っていたわけではないし、そもそも、前の事件を詳しくしらなかった。けれど、千堂主任のメールを少しトレースしていてね。ああ、他意はない。私も、矢口や浜嶋と同じで、千堂主任の不能さを嘆いていたから、何か問題でも起こしていないか、調べていたんだ。そうしたら、物騒なメールを受け取っていて。だけど、私にはそれが誰から送られたメールなのか分らなかった。プロテクトが高すぎて、下手に手を出すと、こちらの素性がばれかれなかったから」

 百合は続ける。メールの交換はそれほど多くなく、ほぼ終わりの所からトレースしただけだったから、詳しいことは分らなかった。が、別の事件で使われたオートマチックをこの島に運ぶこと。それはKカンパニー幹部が関わっている事件だということ。それで、千堂美影を殺すことが、書かれていた。客観的に見ていて、あれは、不要人物を消すことを目的としていたようで、不倫だとか、嫉妬という感情とは無縁に思えた。とにかく、本当であれ、嘘であれ、モニター活動のときに、事件が起きるだろうことは予想できた。それから以前の事件を調べ、K田博士が関わっていることを知った。彼の理論は、プログラムの世界でも十二分に通用するものであったし、百合のよく知る人物だったこともある。いずれにせよ、一人で抱え込むには、重すぎた、というのが、現状の正直な感想だ。

「それに、迷惑メールとして、そのまま開かれることなく消されてしまったとしても、仕方がないと思って送ったものにすぎない」

「いつ、オートマチックがこの島に来たのか、ご存じですか?」

「そんなやりとりはなかった。たぶん、結構早いタイミングだったんじゃないかな」

「もしそれが当日だとしたら?」

「別にありえない話じゃない。けれど、私じゃない」

「千堂美影が殺されたとき、あなたは、誰が、殺したか分かっていた?」

「もっとも可能性が高いと考えた。けれど、方法が分らなかった。だから、メールにもあいまいにしか書けなかった」

 菫がにらんだところで、すぐに尻尾を出すような連中が相手なら、すでに菫は勝負に勝っている。けれど、そう易々いかない相手だということは分かっている。他の二人に視線を送るが、どちらにも、あやしいそぶりは見られない。

 この3人は無関係なのかもしれない。

 となると、考えられる可能性は多くない。すでにその人物がいない、というのが正解だ。



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