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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第八章 レテの川に身を寄せて
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 映像も止まり、静かになった部屋に制服を着た警察官が走りこんできた。そのまま警察官は、権藤警部のもとへいき、耳元で何かを告げる。

 それに驚いた表情を見せた権藤が立ち上がり、何ぃ、と声を上げる。

「それは、間違いないのか?」

「はい、どう調べましても」

 日達瑠璃は、その様子に不安を感じ、隣に座っている久住照好の手を握る。壁際に立ったままの芹沢菫が、どうしたの、と権藤に聞く。

「今、洞穴を調べさせていた警官から報告がありました。ええ、大変残念ながら、洞穴からこの研究施設につながる道はない、とのことです」

「あらそう」

 事もなげに菫は続ける。

「でも大丈夫よ。もう彼は伊崎園子の殺害を認めていますから。故意であれ、正当防衛であれ。あとは拷問でもして本人から方法を聞き出せばいいだけだもの」

 菫は歩きながら、千堂祐次主任のもとへ移動し、その肩に置く。が、その肩が縦に揺れ、祐次は笑い出す。

「そんなこと、言ったかな、記憶がないな」

「録音してありますわ」

「はん、だったら、言い間違えたのだろう。この施設と洞穴がつながっていなければ、俺には犯行は不可能だな」

「洞穴から研究施設につながっていないだけです。研究施設から洞穴につながっています」

「同じことだろう。洞穴から入れなければ、研究施設からも出られない」

 肩に乗せていた手を、菫は離すと、テーブルにこぶしを叩きつけた。

「全然違うよ。あんたが殺ったんだ」

 今までと全然違うトーンの声に、室内の空気がピンと張りつめる。

「あれはプログラムを走らせていなければ、機能しない。それだけのことだ。あの体感装置はそれだけのもの。そもそも、あれだけの体感を作り出すのに、部屋全体を動かす必要がない。座っている椅子さえ、動けばいいんだ。部屋が動いているのは、別の理由。あの部屋についている唯一の扉を、別の角度に持っていくためだけの、だ。さらに、それはこの研究施設を作った時から計画されていたこと。くだらん、逢引のための、秘密の抜け道なのだからな」

 菫の瞳が、真横から祐次を睨みつける。

「あんた、私が、そんなことさえ気が付いていないとでも思ってんのか?」

 祐次は答えない。菫の豹変ぶりに、先ほどまでと打って変わって小さくなっている。菫はすっと背筋を伸ばして立ち上がると、警官に首を捻って笑顔を見せる。

「そういうわけですので、プログラムを走らせながら、部屋の様子を調べてください。椅子だけは、激しく動き回りますので、部屋の中心には近付かないようにしていただいて、ええ、扉のすぐ近くにいれば、数分もすれば、もう一つの、おそらく洞穴から見つかった壁につながるはずですわ。おそらく、その壁自体もカモフラージュがされていて、そこを通ろうとすると、深い穴があいているはずですが、それは、あの部屋が回転するために必要なスペースです」

 警官はハッと応え、敬礼をする。そして、そのまま部屋を走って出ていく。

「以上で、この事件のあらましは終了です。おおかた、不倫がばれて、どちらも殺したくなったってところでしょう、私は動機に興味はありません。あとはそちらで取り調べてください」

 誕生日席側にいた権藤が、祐次のところへ行き、彼の手に手錠をかける。彼は抵抗することなく立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。

「最後に一つ、確認があります」

 ドアの手前まできた祐次を菫が呼びとめる。

「凶器となった銃は、どこで手に入れたのですか?」

「……」

 つながれた両手を祐次は上に向け、天井を指さす。

「贈り物だ。ただ、これを使えという指示があっただけだ」

 ダンという音とともに、日比野が机を叩きつけた。

「ふざけるな。そんな言い訳が通じると」

「それはいつのことかしら」

 日比野の怒声を、菫の透きとおった声がかき消した。

「当日の昼過ぎだったかな」

「ありがとうございます」

「へぇ、疑わないのか」

「彼らは、表の事件しか見ていませんが、私がこの島に来たのは、その指示を出した組織が相手ですから。あなたは、属していなかった?」

「いない。ただ、アドバイスをもらっただけだ」

「誰から?」

「さあ。誰か、何てわかるはずがない。何重にもプロテクトが掛けられていて、俺じゃあ解く気も起きない」

「けれど、それをこの島に持ち込んだ人物がいる」

「おそらく、その中にな」

 祐次は一度だけ部屋を振り返った。


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