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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第五章 凶器からは何も得られない
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 4

 重い頭をふり、有田百合はベッドに寝転んだまま時計を見る。18時。すっかり昼の間眠り過ごしたようだ。もともと夜型で、徹夜したところで普段なら昼過ぎには起きられるというのに、昨日はしかたがないことだ。モニターの初日でもあり、ひどく健康的な生活時間帯に合わせていたし、それに、夜……思い出しても腹立たしい。

 私は被害者だ。

 それなのに、何だってあんなに無駄な時間を過ごさなければならないのか。人がかわるがわるやってきて、同じことを質問する。答えて、メモを取っているのに、また別の人がやってくる。さっき教えたというのに、くどくどと同じことを説明させる。

 起き上がり、立ち上がったままのパソコンの画面を確認する。いくつかのログを確認しながら、昨日のモニターのプログラムを確認する。

 三組目の被験者のときに矢口誠一が、余分なプログラムを挿入していた。百合はそのプログラムに気がついていたし、起きるであろう事も予想していた。そして、案の定ことは起きた。

 だが、今そのプログラムは消されている。まるで最初からそこに存在しなかったように。誠一が消し去ったのだろう。あるいは、初めから事後に消えるようにプログラムしてあったのかもしれない。彼のプログラミングはランダムで、時々独自な言語を挿入してあるので、百合にはそこまで分からなかった。時間があれば解読はできただろうけど、本来の仕事である、転送のプログラム修正と、過去のやり方への変更も進めなければならなかったから、時間が足りなかった。

 メールソフトを立ち上げながら、もう一つの、起きるべくして起きた、殺人事件を思い出す。「誰が」「誰を」までは百合には予測がついていなかった。だが、Kカンパニーが手に入れた銃の存在を百合は知っていたし、それが今この研究施設にあることも知っていた。もっとも後半の銃がここに来たことは偶然だと思っている。とは言え、誰かの意図が働いていたのは明らかだろう。「誰が」の「誰」の意図が働いていたのだとしたら、これほど恐ろしいことはない。「誰を」が、もしかしたら自分かもしれなかった。だから、保険を掛けておいた。日達瑠璃に送ったメールを、後日警察が目にすることになれば、銃について詳しく調べられることになる。せめてもの、反撃、だ。

 被害者は千堂美影主任補佐。百合には、どうして彼女が主任補佐なんて役職が与えられているのか理解できない。だが、それは殺したいほどの感情を彼女に持ち合わせていないのと同じだ。

「計算された結果を超えたかしら」

 メールを打つ。

「ほら、事件が起きたでしょう。そして、もう一つの事件も起きた。もう、知っているでしょう? あなたが二番目の被験者になってくれたことを感謝するし、これで少しは私のことを信頼してもらえるかしら。K田博士なら、きっとこんな事態になったとしても恐れることはないのでしょうね。誰が誰をなんてことは予測の範囲内。だけど、私には分からない。だけどそれもすべて終わり。起きるべきことが起き、この島は包囲された。だから安心して、あなたには何の枷もない。もしかしたら過去のメールはもう警察に見せたかしら。遠慮しなくていい、まだならこのメールも一緒に見せてあげて。きっと少しは事件の手助けになるだろうから。警察なら、このメールの発信源も見つけられるかしら。ちょっと複雑な処理をしているけど、事件の関係者だってことは分かるものね。まあ、余計な話はもし彼らが私にたどり着いたときにでも。凶器がどうしてこの島に渡ってきたのか、どうしてそんな情報を知りえたのか、そのヒントくらいなら、メールで充分かしら。つまり、過去の事件の一つは、警察が世間に発表したものと事実がかけ離れているということ。警察がどこまで意図しているのか分からないけど、その事件の犯人が単独ではないということ。そして、その事件にKカンパニーの幹部クラスの人間が関わっていること。そして、Kカンパニーとして、それを使わなければならない理由があったということ、かしら。私は深く入り込むつもりはない。けれど、今回の被害者が、もしかしたら、Kカンパニーの秘密を知っていたのかもしれない。そう、すべては計算された結果なの」

 考えながら百合はメールを打つ。千堂主任補佐が着いている役職は、彼女をそこに縛るためのものなのだろう。そして、彼女は何か秘密を握っている。だから、消された。情報こそが重要なのだ。笠倉岬が大学で専攻している情報とは種類が違うものかもしれないが、関わりがあるものだろう。

 百合は首を振る。

 メールを送信してから、もう一度プログラムを確認する。本当にきれいに消えている。これなら、たとえ警察の専門のものがこのプログラムを解析したところで、あのいたずらプログラムの存在に気がつくことはないだろう。

 けれど、おかしい。

 ここまで完璧なプログラムだったというのに、どうして、座標がずれてしまったのか。

 プログラムを挿入することでずれてしまうとしても、それを修正するくらいの能力は誠一にはあるだろう。浜嶋佐登留では無理だとしても……百合はプログラムをもう一度確認する。

 座標がずれてしまう、ということは、誠一が挿入したプログラムによって、想定していなかったことが起きた、ということか。そして、私もそれを想定していない。もちろん佐登留もだ。そんなこと、あり得るだろうか? 当然私たちだった神ではないのだから、つまらないミスをすることもある。が、その手のミスならば、想定できることだ。私たちにとって想定できなかったこと。それはつまり、このリアルで起きた事件と同じくらいのインパクトのある事象だ。

 逆に考えれば……。


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