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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第五章 凶器からは何も得られない
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 夜の8時過ぎ、それぞれの部屋で夕食を食べた後で、笠倉岬たちは警察に呼ばれて昨日夕食をとった、少し広めの部屋に集められた。岬と日比野重三がその部屋に入ったとき、すでに日達瑠璃と久住照好と古川順也は椅子に座っていて、二人は彼らの隣に順に腰を掛けた。小声で挨拶すると、古川直也はもう部屋で休んでいるとのことだ。

 テーブルの反対側にはプログラマーの三人、矢口誠一、浜嶋佐登留、有田百合と、秘書の伊崎園子が座っている。誕生日席には、日中桟橋で見かけた恰幅のいい警察の人が立ち、腕を組んでいる。他にも数名の警官が部屋の隅に立っていて、いかにも、厳戒態勢といった感じだ。一応まだ公式には話を聞いていないので、おそらくその話なのだろう。腕を組んだ男が一度だけ咳払いをする。

「私は、今回この事件を担当することになりました権藤と申します。どうぞお見知りおきくださいませ。ええ、ここに皆さんが集まってもらったのは他でもありません。昨日の事件についてでございます。およそ皆さんの耳には入っていると思いますが、改めて簡単に説明させていただきたいと思います」

「待って下さい」

 園子が礼儀正しく手を上げて声を出す。権藤は言葉を止めると、何か、と同じように礼儀正しく答える。

「どうして私たちが集められているのか、私には理解ができません。それに、全員が、というわけでもありませんし」

「全員、というのは昨日のモニターに参加した、ということでしょうか。古川直也くんに関しては、ご了承いただけると思います」

 はい、と園子は頷く。

「千堂祐次氏は、体調がよろしくない、ということで、部屋で休んでいます。その原因は、これからお話しすることの主題となるところです。彼一人では不安ですから、主治医である北原朋彦氏についてもらっていますし、もちろん警察の保護も入っています」

 もう一度、はい、と園子は頷く。

「問題は、このメンバーだけが集められている、ということでしょうか。率直に申し上げて、この施設に勤めているほかの30名ほどの方には日中に説明をしてあります。特に皆さんには、昨夜長々と手を煩わせてしまいましたので、日中は控えていたというのが主な理由です。それに、全員集まってもらったほうが、効率がいい」

「ですが、わたしたちには」

「ええ、分かっています。分かっているから、個別ではないんです」

 アリバイのことを言っているのだろう。園子は納得したのか、もう一度頷くと静かになった。

「他に、何かありますか? いいですか。それでは、簡単にお話をさせていただきます。事件は昨晩起こりました。被害者は千堂美影、千堂祐次氏の妻になります。ちょうどあなた方が、この隣の部屋で実験をしていたときのことです。時間的に限定するなら、8時半の前後30分と言ったところでしょう。あなた方は全員お互いの見える範囲にいたことを私たちは知っています。8時半に被験者の入れ替わりがあったということですが、途中の階段に抜け道のようなものがないことは分かっています。ですから、あなた方はお互いにアリバイが成立しています」

 そこで言葉を切り、権藤は部屋を一通り見渡す。8時半ごろといえば、最初の被験者である瑠璃と照好の組と、岬たちが入れ替わった時間だ。確かに、ただ一本の階段でつながった部屋でしかないので、抜け出ることはできない。それに、二人ともすぐに上に現れたし、私たちが下に降りたとき、モニタールームには園子も祐次もいた。モニタールームは上の部屋からモニターを通して鳥瞰できるし、そこからいなくなればすぐに分かる。それからすぐに私たちの実験が始まった。

「被害者の千堂美影は、旧制栗林美影。Kカンパニーに入ってまだ数年しか経っていないということで、千堂祐次氏と結婚をして、その後この島に来てから、主任補佐という役職についたそうです。千堂祐次氏がそれを条件にこの島での仕事を引き受けたとのことでした。能力的には、とてもこの島での仕事に耐えられるものではなかった。けれど、足手まといというわけでもない。まあ、口を出すことがなかったから、と証言する人もいました。Kカンパニーにとって、それほど重要な人物ではなかった、というのが大勢の意見になりますし、実際そうなのでしょう。となると、ここで問題になるのは動機です。どうして彼女が殺されなければならないのか。他の人に聞いても、千堂美影との関わりはあまりにも薄い。薄すぎて、私どもはそこで止まってしまった。ですから、皆さんの意見を伺いたいわけです」

「俺たちも、それほど親しいわけじゃない」

 浜嶋佐登留が首を振りながら答える。

「ですが、他のメンバーに比べると話す機会が多い。それも10倍以上の機会です。ささいなことでも構いません。彼女のことで気になることがあれば教えていただきたい。今はちょうど、千堂祐次氏もこの場にいない」

 岬はぞっとする。日比野に対して、本領を発揮しているときに感じるものと同じ種のものだ。祐次が今この場にいないことは、あらかじめ決められていたのだろう。

「どこで、彼女は、その、殺されたのですか?」

 隣で瑠璃が、遠慮がちに声をあげる。

「千堂美影の部屋です。入ってすぐのところでした。おそらく彼女が扉を開けて、次の瞬間すぐに殺されたのだろうと、警察は考えています」

「凶器は? 素手じゃないのでしょう?」

「犯行に使われたのは、小型のオートマチックです。特殊なものでして、一般には流通していません。それは部屋の中に、千堂美影のすぐ側に捨てられていました。残念なことに、指紋は残っていませんでした」

「流通経路を見つけることが出来れば、犯人は特定できるのではないでしょうか」

「それは、非常に難しいと、考えます。いえ、これは私個人的な考えですが、おそらく遠からず、でしょう。そうでなければ、凶器を残していく理由がありません。もちろん、その経路を部下に探らせていますが、期待はできない」

「部屋から、何か盗られてないのか」

 誠一が椅子から体を半分落としながら声をあげる。

「千堂祐次氏に確認してもらいましたが、特になくなっているものはなかった、ということです。金目のものもそのままでしたし、部屋の中に荒らされた様子がなかった。それに、部屋の入り口で彼女が倒れていたわけですが、その状態で中に入ろうというのは非常に難しい試みです」

「だとしたら、残るのは怨恨か」

「待って下さい」

 誠一を遮るように、園子が礼儀正しく手を上げる。

「何か、思い当たることが?」

「もしかしたら、の話です。直接のもの盗りではないとしても、他のものを盗んだのかもしれません」

 ほぅ、と権藤は声をもらす。

「モニターの参加者には、日中退屈しないようにと紹介してあるのですが、この島自体に伝わる古いお話があるんです」

 それから園子は、佐根姫の話をゆっくりと、順を追って説明する。そして、彼女が残した暗号と、財宝が眠っているかもしれないこと。そして、もしかしたら、その美影が解いていて、その秘密を奪おうとしたのではないか、ということを。

「あなたがその謎を彼らに提示したわけですが、あなたはその答えを知っているのですか?」

「いいえ、分かりません。ですが、興味深いお話だと、私は思います」

「古川さんは、その道の専門とのことですが」

「はい。わたしはむしろそちらをメインの目的として今回のモニターに参加しました。ですが、正直申し上げて、まだ何の成果もあげていない。その話に関しては、いくつか考えるところもあるが、それは関係がないと、思う」

 岬も、その話に関しては考えるところがある。いや、その話に関していないかもしれない。この島に残されたいくつかの遺跡について、だ。特にあの張子岩や、近くのストーンサークルに関して、岬は懐疑的だ。あれは、古代の遺跡ではない。近代の人間、あるいは現在の人間が作り出したものだろう。直也も、同じように考えているのだろうか。日中に彼と出会ったのは、ちょうどその張子岩のところだった。

「他に、何かご意見のある方は見えませんか?」

 権藤は静かに、部屋を一通り見回す。その目は鋭く、ぞっとする。

「分かりました、ありがとうございます」


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