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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第五章 凶器からは何も得られない
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 3

 久住照好は、日達瑠璃を連れて北側の海岸に来た。先ほど日比野重三が言っていたほどの風もなく、波も高くない。けれど、ここに来る途中、研究施設の入り口で、日比野が制止した意味を理解できた。

 入り口のホールは地階に止められており、中空にある入り口へとしっかりとした階段があった。いちいちホールの上下をしていては手間がかかるだろうということで、階段を設置したのだろう。急ごしらえのように思えたが、しっかりとした作りだった。防災上必要な設備なのかもしれない。

 多くの人がそこにいた。ここの施設に勤めているのが何人ほどいるのか分からないが、もしかしたらそれ以上の数の警察が、そこに溢れていた。

「あいつらは、知ってたんだな」

「彼らもさっき知ったところなんだって。ほら、私が部屋で休んでたこと知ってるから、あの場で教えるのを止めたんだって」

「でも、何だってこんなに警察が? 俺は経験ないけど、こんな数が集まるなんて、単純な事件じゃないのか?」

「岬ちゃんが言うには、これだけの数が必要な事件だったってこと」

「おいおい、誰か殺された、とか、そんな感じか?」

 照好の言葉に、瑠璃は返事を返さなかった。振り返ると俯き、砂浜を足でもてあそんでいる。それでは、そうです、と言っているようなものだ。

「このまま逃げちまうか」

 北の海の遠くを見ながら言う。澄んでいれば、おそらく本島の陰くらい見えてもおかしくない。あるいは、天候が異常なら蜃気楼で、まるで移動する大陸かのごとく、ゆらめく本島を拝むことが出来るだろう。

「水着のまま? 大丈夫だよ。私たち、別に何も悪いことやってないんだもの。普段どおりにしてるのが一番だと思う」

「ならさ、お前がこの間会ったっていう、なんとかって子に連絡するとか。昔の教え子の誕生日会のときだったっけ」

「そうねぇ、連絡できるなら連絡したいけど。ほら、迷惑掛けられないし。それに、二人とも携帯持ってないんだもの。芹沢さんも持ってないし、あの学園に通ってるんだもの、私たちと住む世界が違うのよ。連絡の基本は手紙なのよ、あそこの人たちは」

「まあ、俺たちには関係ないんだから、普通にしてるのがいいよな。モニターはどうなるんだろう。昨日のは練習のようなもんだろうし、ハプニングがあったとはいえ、1週間もここにいるんだから、このまま強行するかな。てか、俺的には、もう少しやりたいんだけど。研究課題にも参考になるし」

「うへぇ」

「でも、できないものはできないで仕方がない。お前は、もう一つのアトラクションのが興味あるだろ。目の色が違ったもんな、昨日」

「ばれてた?」

「お前、本当分かりやすすぎだものな。じゃあ、あっちをメインにしますか」

 顔を上げて笑っている瑠璃を見て、照好は安心する。朝よりも遥かに顔色がいい。瑠璃は大丈夫だとよく口にするが、顔を見れば本当に大丈夫なのかどうかくらい、照好にだって分かる。昼にはだいぶ顔色も良くなっていたし、今の表情はかなり明るい。お姉さんぶっているけれど、瑠璃はひどく子どもっぽい。そのギャップがまたいいのだけど、本人は多分気がついてないのだろうな、なんて、照好は考えながら海岸を数歩歩く。

「まず気になるのはレテの意味だな」

 千古の時の、残り香の、佐根の川の山に立ち、ゆると流れる岩清水、先の見えない闇の中、星の星の御光て、しじまに木霊すレテの川、失い、忘れし、かの思い、ならばなにも要らぬとて、すべてを捨て置き、その身だに、すべてくべて何もなし、残るは星の下の数多の残り香残り香。

 昨日暗記した、暗号と思われる文だ。

「佐根姫ってのが、そもそもいつの時代の人か分かんないけど、やっぱギリシャ神話のレテがこの文に現れるなんておかしいよな」

「レイテイとか、他の言葉の間違いなのかな」

「レイテイって言葉もよく分からんが。川の名前なのは確かっぽいけど。古川さんは、それの専門なんだから、ちょっくら探りを入れたいな。だけど、昨日この文を必死に覚えていて思ったんだけど、何だってこんな分けの分からない文章にしたのかな」

「それは隠した財宝をすぐに見つけられないようにするためでしょ」

「暗号なら、どんな一般的な暗号にしてもだけど、誰かが解くことを前提としてるだろ。解読のキーがあってしかるべきだと思うんだ。見る人が見れば、この暗号の意味なんてすぐに分かる」

 佐根姫は悲しい伝説だと言っていた。愛する人の記憶を失い、最期に身を投げてしまう。国は滅び、他の国の人がその最深部に入ったとき、あるべき財宝はなかった。

 順番がおかしい。

 佐根姫の伝説については、照好の聞き間違いかもしれない。愛する人の記憶を失ったのなら、身を投げる理由がない。身を投げたのが先なら、国が滅ぶことなど分かっていないはずだから、財宝を隠す必要がない。

 愛する人と引き裂かれてしまったから、身を投げる。その理由が、国が滅びてしまいそうだったから、その前に、財宝を隠す。

 普通はこうだ。

 あるいは、佐根姫が身を投げたのは、別の理由だった。身を投げたが、それで佐根姫は死ななかった。

 考えようと思えば、いくらでも考えられる。

 いつかの再興を願い、暗号を残す。佐根の国のものであれば、あの暗号を解くのは易しい、ということか。

「うーん、考えてても、分からないわ。こういう時は動くのが一番」

 瑠璃が元気よく言い、照好の腕を引いた。その顔は、さらに輝いている。本当に可愛い奴だ。


 遺跡をいくつか回り、途中にあった洞穴にもいくつか入った。洞穴はどれも短いもので、ほとんどが数メートルの奥行きもなかった。最初に伊崎園子に案内されて入った洞穴が最も長い。そこにも立ち寄り、奥の研究施設の壁に突き当たるところまで行った。

 島の南西にある、三日月形の入り江に降りようと思ったが、そこだけは瑠璃に頑なに拒否されたので、行かなかったが、それでも島のほとんどのところを見て回ることができた。

 研究施設に戻ってくるころには太陽は少し傾き始め、照好のお腹もいい感じに減ってきていた。

 結局暗号についての考察はあれ以上進まなかったが、自然の中を瑠璃と二人で回る普段経験できないデートを堪能できたのでよしとしよう。それに、瑠璃もずっと楽しそうだったから、文句の付けようもない。

 照好は満足しながら、玄関ホールへ続く階段を下りた。


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