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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第四章 その凶器を追い権藤は神名島へ
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 6

 日達瑠璃はベッドに寝転んでいた。もう大丈夫だと何度言っても久住照好が許してくれない。彼は今、隣の部屋でテレビを見ている。時折笑い声も聞こえてきて、それが一層さびしい。それなら一人にしてくれたほうがずっと心が休まる。かえって気を使わせてしまっているのが悔しい。

 応接室でめまいに襲われて、笠倉岬と日比野重三が外に出て行くのを見ていた。古川順也と直也は、二人で部屋に戻っていった。それからしばらくして、順也だけが戻ってきて、彼も外に向かった。照好にどうするか聞かれ、午前中は休むと答えた。その結果これだ。ここまで本格的に休むつもりはなかったのだけど。お姉さん的には、ひどくショックだ。これではいつもと立場が逆じゃない。

「あーぁ、こんなとき彼女がいてくれたら何て言うかしら。私なんて眼中にないから、相手もしてくれないかも。そうねぇ、彼ならきっと心配してくれて、必要以上に優しくしてくれるんだろうな。もう、二人はお似合いね、なんて、私何考えてるのかしら」

 一ヶ月ほど前に参加した芹沢雅の誕生日会で知り合った二人。篠塚桃花、ゴシックの似合う小さな女の子、何て言うと本人きっと怒るだろうけど。そのお相手の甲斐雪人。瑠璃的には結構ストライクなんだけど、それは腐った考え。

 とにかく今二人はいないのだから、自分でできることを考えて行動しないといけない。せっかく昨日の夜、あの日比野という警部に相談できる機会だったというのに、あの時はどう説明したらいいのか分からず、何も言えなかった。何も言えなくても、まずはあのメールを見てもらえばいい。それだけでもずいぶんと楽になれる。だけど、それを照好に知られたくない。彼に余計な心配を背負わせたくない。彼は器用じゃないし、無駄に心配性だ。今の状況を考えてみれば、その通りだ。

 とにかくまずは行動だ。照好に元気だ、ということをアピールしなければ。

 考えながら瑠璃は起き上がる。隣の部屋の戸は閉められていたけれど、それを小さく開いて、照好に背中から声をかける。

「照ぅ、そろそろお昼だけど、どうする?」

 驚いた様子で彼は振り返ると、瑠璃の表情を見る。

「大丈夫なのか?」

「もう、大丈夫っていうのは、何度も言ってるでしょ。心配性ね。お昼、リクエスト、ある? 作るけど」

「ありあわせのものでいいよ」

「ありあわせのものしかないよ。冷蔵庫にはたくさん入ってたけど、ちょっと、ね。昨日の夕食が特別だったみたいで、これを用意してくれた人のセンスが気になるくらい」

「それなら、本当に何でもいいけど」

「分かった」


 冷蔵庫から適当に食材を取り出し、キッチンで料理を始める。瑠璃の暮らしているところよりも広いキッチンだ。そもそもコンロが3つもある。夕食がメインになるだろうから、昼は軽めにするため、きのこのスパゲッティに、サラダ、以上。

 テレビを見ながら二人で並んで食べる。

「午後からは、どうする?」

「うーん、そうねぇ。それなら海に行きたいな。いいでしょ?」

「そりゃ構わんが。なんか、お前昨日のレクリエーション? だっけか、あれに興味持ってなかったか?」

「ばれてた?」

「ばれてた」

「興味はあるわ。でも、まずは海。私の水着姿見たいでしょ」

「海の家なんて、気のきいたものなかったから、ここから水着を着てくことになるぞ」

「全然問題ない」

「あっそ、それならいいけど」

 せっかく彼女が勤めている店の隣にあるショップでセパレートの可愛い水着を買ったのだ。瑠璃だって、こういう水着が着られるのもあと数年だと分かっているし、それに、趣味に走るのはその後でもいいじゃない。どうぜ財宝が見つかるなんてこと、有り得ないだろうし。

 照好が食べ終わったのを確認すると、皿を持ってキッチンに戻る。いい感じだ。十年後もこんな関係が続くなら、ストライクじゃなくっても全然いい。

「何か飲む?」

「コーヒー、ある?」

「ある」

 二人でコーヒーを飲んでから、寝室で水着を着ると、上から服を着てから一緒に部屋を出る。短い廊下を歩き応接室に入ると、ちょうどもう一方の扉も開く。

 三人、岬と日比野、それに順也が険しい表所をして応接室に入ってくる。

「あら、皆さん、もうお帰りですか。外の天気、どうです? これから海に行こうかなって思ってたんですけど」

 瑠璃が顎に指を当てながら首を倒すと、最初に椅子のところまで来ていた岬が、日比野を振り返る。

「海は、ちょっとよくないかもしれないですよ。天気はそこそこですが、風が思ったよりあります。今北の砂浜を歩いてきたんですけど、昨日見たときよりも波が高かった」

「えーそうなのぅ。お肌を焼くくらいなら大丈夫かしら。ああ、でも、それには季節じゃないわねぇ。あ、そうだっ」

 瑠璃はひらめいた様を装って、岬の手を取る。それから、照好と日比野を交互に見てから。

「ちょっと、岬ちゃん借ります」

「はぁ、お前、突然何言ってるんだよ」

「ちょっとだけ。女だけの秘密会議だから、聞きに来ちゃだめだからね」

 岬は驚いた表情をしているが、瑠璃は目でお願いと送る。通じたのか分からないけれど、岬は日比野にも来ないでね、と言ってから、瑠璃の部屋に来てくれた。

「部屋の作りは、同じだね」

 ちらちらと部屋を見ながら岬が場を繕う。

「ごめんね、いきなり連れてきちゃって」

「全然いいけど、目が、お願いって言ってたし。あ、いい匂いがする。お昼?」

「ちょっと早いけど。よければ、食べる? 少し残ってるよ」

「うーん、ごめん。そんなことしたら、重ちゃんが後で困るからいい」

 テレビの前にあるソファーに岬を座らせると、瑠璃はその正面のフロアに直接座る。

「その、重ちゃんのことなんだけど」

 瑠璃は言葉を選びながら続ける。

「本当に、その、岬ちゃんの恋人、なの?」

「信じてないの?」

「そういうわけじゃないけどぉ、岬ちゃんと知り合うきっかけが知りたいなんて、思うんだけど」

「岬ちゃんは、被害者だから……秘密ってほどでもないんだけどね。夏休み前に、私少し事件に巻き込まれて。うーん、重要参考人だったわけ。そのとき担当してくれたのが彼だったんだけど。それから、ほら、色々あったわけ」

「……彼が、警察ていうのは、本当なの?」

「警部って言ってたかしら。よく分からないけど」

「彼の、携帯、私に教えてもらえない?」

 瑠璃は、俯いたまま言った。岬に心配をかけさせたくないけれど、直接よりそのほうが瑠璃としても打ち明けやすい。岬はソファーに座ったまま体を低くして、瑠璃の顔を覗き込む。

「悩み?」

「ちょっと、このモニターで気になることが、あって。うまく言えないんだけど、最悪なことも考えておかなきゃいけなし。だから、先に相談したほうが、後に、ことが起きてからより、いいと思うの」

「何か、起きるの?」

 瑠璃は答えない。応えてしまうのは恐かった。しばらく岬は瑠璃を覗き込んでいたが、ソファーに座りなおすと、分かった、と通る声を出す。

「でも、携帯は教えられない。念のために教えたくないってのもあるし、それに、ここの建物の中、電波が届いてないし。だから、今から彼をここに呼ぶ。私も同席する」

「でも」

「ことは、もう起きちゃったから」

 びくんと、瑠璃の体が縮み上がった。


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