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人の動きが多い。波止場に、多くの人が集まっていて日比野重三は驚いた。
否、彼は予想していた。普通じゃないことが起きた可能性はあった。だが、ここまでのこととは、さすがに予想できていなかった。だから、少し、驚いた。
人は、ほとんどが警察の人間だ。
「何事?」
それを笠倉岬が隣で口を開けながら見ている。
「警察、ですね。やはり、何か起きていたよう、です……ちょっと待っていて下さい」
日比野は知った顔を見つけ、波止場にいる彼の元へと走った。権藤警部だ。彼が指揮を取るとなると、やはりかなりの事件のようだが。
「権藤!」
突然声を掛けられ驚いたのか、彼は数刻経ってからようやく応える。
「お前、日比野じゃないか。何やってるんだ、お前。て、お前、なんて格好してるんだ」
短いセンテンスのなかに、お前、が三回。彼にとって日比野の登場は想定外だったようだ。
「それはこっちが聞きたい。何かあったのか?」
「見れば分かるだろう。何かあったんだ」
「何だよ」
「お前は何をしてるんだ。それが先だ」
「俺は、Kカンパニーのモニターに参加中。今は自由時間で島を散策してたんだが」
「モニター? はあ、お前が六人のうちの一人ってわけか。それなら問題ないな」
それから権藤は日比野が現れたところに立っていた岬と、古川順也を見る。日比野は二人もモニターの参加者だと説明し、権藤は二人に聞こえないように配慮するためか、波止場の奥へと日比野を連れて行く。
「殺人事件だ」
「いつ?」
「昨日の夜」
「知らないぞ」
「そうだろう。お前らがモニターに参加していたときに起きた」
「誰が?」
「被害者は千堂美影。頭を、おそらくは銃で一発、だ」
「知らないぞ」
「モニターに参加していた人間は、その時間のアリバイが完璧にあるからな。それに、Kカンパニーの配慮で、モニター参加者には昨日の時点で事情をまだ聞いていない。まあ、難しくない事件だから、お前らの証言が必要になることはないだろうが」
「その割りに人が多くないか?」
「それにはそれなりの理由がある」
「これは秘密か? 秘密というのは、彼らに伝えても大丈夫なのか。と言っても、この状況をどう説明すればいいのか、窮するところだが」
「まあ伝えてもらっても構わん」
日比野の予想は的中した。それも、最悪な形でだ。できれば、このモニター活動は完全なオフのつもりでいたが、どうやらそれはできないようだ。もしかしたら、上がこのモニターに参加することを許可してくれたのは、この事態を想定していたのかもしれない。初めはだめだと言われたのだが、突然態度が変わり、許可が降りたのだから。
「ありがとう。手伝えることがあれば、手伝う」
「そのときは頼む」
日比野は一度頭を下げてから、岬たちのもとへ戻る。これで日比野が知っているだけで岬が殺人事件の近くにいたのは3度目だ。日比野のような職業であれば、このような短期間に連続して関わることも珍しくない。けれど、彼女は普通の学生にしか見えない。彼女にとってはせっかくの気分転換の機会だったというのに、申し訳ない気持ちになる。
「で、何だったの?」
岬はそんなことを感じさせない様子で、むしろ好奇心に瞳を輝かせて日比野を覗き込んでくる。日比野は一度順也にも視線を送った後で二人を連れて歩き出す。警察の人間は、最初彼らが案内されたように、木に囲まれた道を選んでいるようだから、日比野は海岸線の、北にある砂浜に続く道を進む。
「何と言っていいのか……」
歩きながら話そうとするが、うまく言葉が見つからない。やはりこの状況をごまかすだけの技量を日比野は持ち合わせていない。それに、施設に戻れば警察がたくさん出入りしているのだ。それなら、日比野の口から伝えたほうがいいだろう。
砂浜まで来たところで、日比野は立ち止まる。
「二人には、伝えておきます。ですが、これを直也君に伝えるかどうかは、古川さんが判断して下さい。それに、日達さんと久住君に伝えて大丈夫なのかどうかも、私には判断しかねます。もし二人が近くにいるなら、伝えたほうがいいと考えます。ですが、もし二人が今部屋で休んでいるのだとしたら、知らせないほうがいい」
「もう、重ちゃん、回りくどい」
「殺人です」
岬と順也の表情が固まる。
「昨日の夜、私たちがモニターに参加していた時間に、事件が起きたようなのです。私たちはモニターが終わってからすぐに部屋に戻りました。それに、私たちはモニターの最中互いに見張りあっていた。だから、アリバイという点では完璧にあります」
「ということは、この施設に勤めている人間が殺されたのだな」
「そうです。被害者は千堂美影さん。昨日の夕食のとき、千堂祐次さんの隣に座っていた女性です。彼の奥さんでしょう。伊崎さんが昨日眠っていない理由は、おそらく昨日のうちに警察を呼んだのでしょう。その対応と証言をしていた。私たちモニターの被験者のアリバイも証言してくれているはずです」
「誰が、やったんだ?」
「それが昨日のうちに判明していたとしたら、今日これほどの警察が来る必要もないでしょう。それに権藤警部……先ほど私が話していた相手ですが、彼がこの島に来ているのも気になる。詳しくは知らないが、別の件に彼は掛かりきりだったはず」
「そう」
岬が元気なく頷く。状況が状況だけに、予想はしていたのだろうが、それでもこれが普通の反応だろう。
日比野は砂浜を見渡す。昨日までは、否、南側の湾の下に降りた時だってそうだ、あんなにきれいに、美しく感じたというのに、今の印象はまるでちがう。寄せては返す波でさえ、不協和音に聞こえてくる。
きっと、このままでは終わらないだろう。これほどの警察が来て事件が続くことはないだろうが、日比野に何かが警告をする。
気をつけろ。




