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朝9時を30分ほど過ぎても秘書である伊崎園子は応接室に現れない。すでに応接室にはモニター参加者の6人ともが集まっている。日達瑠璃は一番遅くに現れた古川順也と直也親子に話しかけた。
「くやしいなぁ。最後の最後にあんな強敵用意してるなんてさぁ。あとちょっとで完全クリアだったのに」
子どもの直也のほうは何の気もなくそう応える。一方父の順也は思い出したのか、顔を一瞬しかめる。
あの謎の携帯メールの警告文にあった通りだ。もし瑠璃が3番目の被験者であったとしたら、どう感じただろう。あらかじめ警戒していれば対処できたかもしれない。けれど、もし何も知らずにあの映像を、リアルな目で見たとしたら……考えて、頭を振る。
隣に立っていた久住照好が、瑠璃の頭を二回撫でる。不器用だけど、こういう心配りが優しい。彼の今日の服は、昨日とは違うものの非常にラフなものだ。島の探検を舐めているとしか思えない。裏山を駆け回ったことがある瑠璃からすると、命綱を付けずにバンジーするようなものだ。だから、今日はあまり危険なところにはいけないだろう。おそらく照好も同じ考えだ。まだ外の景色は見ていないが、晴れていることはニュースで知っている。今日は大人しく北側の海岸で遊ぼうか。
「そのコサージュ、可愛いね。昨日の色違い?」
向かいに座っている笠倉岬が話題を変えるように瑠璃の頭へ視線を注ぐ。可愛いねという彼女も大きく胸の開いたカットソーに、今はテーブルの下で見えていないが青と白の短いフレアスカートをはいている。胸元がさびしくならないように、シルバーのハートをあしらったネックレスをしていて、そのままファッション雑誌にも載ってしまいそうなほどキュートな格好をしている。そのお相手の日比野重三は、半そでのワイシャツの前をはだけるようにし、中のティーシャツには外国の新聞のようなものがプリントされている。袖から伸びる腕は非常に太く、よく鍛えられている。
「うん、そうだよ。こういうワンポイント、大好きなの。岬ちゃんのそれも可愛いね」
「ありがと」
嬉しそうに岬が顔を横に傾ける。お互いのファッションを褒めあってると、バタバタという音こそなかったものの、慌てた仕草でドアが開け放たれた。
「す、すいません、遅れてしまいましてっ」
本当に息を切らした状態の園子が、そこに立っている。髪は昨日より一層乱れていてもはやシャギーだと言い訳ができる状態ではない。厚いめがねが少しずれていて、ここからでも分かるほどに目の下にくまができている。
「大丈夫ですか?」
日比野がすぐに園子に駆け寄る。ノースリーブのシャツは、おそらく昨日と同じものだ。胸元に揺れていたリボンがなくなっている。
「ええ、大丈夫です。昨日に続いて今日までも予定の時間に遅れてしまいまして、なんとお詫びを申し上げたらよろしいか」
すぐに姿勢を直すと、園子は一度深く頭を下げた。それから順也、直也を順に見て二人とも体調に異常がないことを確認する。
「どうかされたのですか?」
「ええ、まあ、昨日予定外のことがありましたから……ええ、そうですね、黙っていたとしても、すぐにばれることでしょうから白状しますが、昨日は本当に申し訳ありませんでした」
今度は順也に向かってまっすぐ頭を下げる。
「驚きはしましたが、問題ない。息子もむしろ面白かったって言っているほどだ。もともとモニターなのだから、多少予定外のことが起きることは計算済みだったのでしょう?」
「もちろん、不慮の事態に対してすぐに対処できるように矢口に見てもらっていたのですが、彼がこのいたずらを仕組んだ犯人でして」
少し言いよどんでから園子は続ける。
「少なくとも二人は、今回のハプニングに加担していたようなんです。昨日の午前中には、今回組んだゲームのプログラムでエラーが出ることが分かっていましたから、昨日は中止にしてもっと原因を探るべきでした」
三度目、園子は頭を下げる。
「それで、今日は?」
照好が尋ねる。
「こちらの問題の解決を最優先させますので、基本的に皆さんには自由にしてもらって構いません。特にここから外に出られる限りは何の制限もありません。ですから、先にアトラクションに集中してもらえると、こちらとしても助かります」
「はぁ……」
「分かりました。そうさせていただきます」
照好がため息をつこうとしたのを制するように、日比野が大きな声で返事をする。どういうわけか、日比野は園子をねぎらうようにあしらい、それから部屋から追い返した。
「おいおい、何だよ、おっさん」
瑠璃が照好のお尻をつねるより先に、日比野が振り返る。迫力がある。目に、力があるといえば分かってもらえるのではないだろうか、それだけで他の誰も声を出すことが出来なくなる。先ほどまでの温和な表情とはまるで違う。
「ああ、皆さんすいませんね、勝手に返事をしてしまって。ですが、どうやらよほどの事態のようです。それがどれくらい大変なことなのか、想像しかできませんが、おそらく私の仕事でいうところの、殺人事件くらいでしょうか。それほど厄介なことが起きたようです」
「重ちゃん、どういうこと?」
「彼女は明らかに昨日眠っていません。服装も同じでしたし、顔も疲れていた。私以外にも気がついた方はおられるでしょうが、それほどの、ことです。それもあの疲れかたは、望んだものではない。興奮して眠られないのとは違う。あのプログラムが予定外のことだったのか、あるいは、それ以外のことが起きたのか……」
日比野のその言葉に、ようやく瑠璃はメールの内容を思い出す。
そうだ、
あのメールに警告があったではないか。
日比野は今、殺人事件と言っただろうか。
例えで言ったのだろうが、あるいは実際に起こったのかもしれない。
すべては計算された結果なの。
世界が回る。
照好が撫でてくれる手でさえ、曲がって見える。
ああ、
私は、
知っていたのに……




