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とりあえず時間まで。
宮殿の床掃除でもしようか、と、最奥の姫巫宮に向かう。
慌てていたのでベタベタになってしまっている。一旦着替えないと風邪をひきそうだ。
人目を避けるように祠の横を抜け、巫女宮の入り口まできたショウリンは、こっそりと裏口に回って。
ギイ
硬くなった裏口の木戸を開ける。
「小凛様。どうしたんですかそんなにずぶ濡れになって」
体も拭かず着物を羽織ったので、灰色の着物までがぐっしょりと濡れてしまっていた。
「ごめんなさい。ちょっと慌てていたので……」
「しょうがないですね……。小凛様はお身体が丈夫じゃないのですから、お風邪をひいてしまったら困りますのに」
「身体、丈夫だよ? 丈夫じゃないっていうのはそういうふうに言っておけって唯月がいうから……」
「唯月様も唯月様ですわ。もっと良い方法があったでしょうに」
「ごめんね、咲夜。それより、服の替えはある? 小一時間もしたらまた湯殿に戻らないといけないんだ」
「本当に。こんな粗末な着物を着て出歩くだなんて。お母様がお知りになったらどう思われることか……」
「でも。こうでもしないと、私は……」
咲夜が新しい服を用意してくれている間、宮殿の玄関先の床を磨く。
こうして床を磨くのは、好きだ。
一心不乱に磨いていると、世間の嫌な気がすーっと消えてくれる。
◇◇◇
湯殿に戻ると、そこはまた無人の園に戻っていた。
入り口のたて看板はちゃんと横に倒されていたから、花蓉妃は入浴を終え宮殿に戻って行ったのだろう。
「予定より、随分と時間が過ぎちゃった、早く掃除終わらせないと……」
お昼時になれば手の空いた女官や中宮妃らが入りにくるかもしれない。
ショウリンは、手早くブラシを動かすと、(綺麗になあれ)と心の奥で唱え。
ふわっと金色の粒が周囲を覆う。
「ふふふ。今日もありがとうね」
後宮には、闇の澱が溜まりやすい。
だから、綺麗にしないと。
自分にできることは、それくらいだから。
世界には色がついている。
小凛の目には、他の人とはちょっと違った光景が見えていた。
そのことに気がついたのは物心がついた頃。
人の心や感情、そして悪意。
そういったものが、色として見えて。
悪意の黒よりももっと黒い、漆黒の闇が見えた時。
小凛は、その闇が怖くて怖くてどうしようもなくて、なんとかして欲しいと泣き叫んだけれど、大人たちは誰もそれを把握することもできなくて。
心の奥底に願ったのだ。
闇よ、消えて。と。
それ以来。
自分で触れた場所。掃除をした場所。そこだけは闇を消すことができるようになった。
時には、それを金色の精霊たちが手伝ってくれる。
他の人にはいっさい見ることも感じることもできなかった闇と金色。
小凛にだけわかる、そんな感覚を信じてくれたのは、咲夜と唯月だけだった。
だから――。




