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第四章 成長 第六十一話 祖父の宝物

第四章 成長 第六十一話 祖父の宝物


「蒼也君も知っているけれど、私の家に古い蔵があるの。」


放課後の静かな廊下を歩きながら、楠木さやかは隣を歩く神代蒼也に向かってそう切り出した。夕陽が校舎の窓から差し込み、二人の影を長く伸ばしている。さやかは少し恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうな表情で言葉を続けた。


「その蔵にはね、私の祖父がかつてあやかしを退治するために使っていた道具や、膨大な記録書類がずっと保管されていたの。でも、昨日その整理をしていたら、奥の隅から見慣れない古い金庫が出てきたのよ」


蒼也は興味深そうに耳を傾ける。さやかの祖父は町でも名の知れた資産家だった。そんな人物が大切に隠していた金庫だ。当然、中には莫大な価値のあるものが入っていると誰もが期待するだろう。


「ダイヤル式の頑丈な金庫でね。でも、誰の誕生日を試しても、思い当たる数字を並べ替えても、結局開けることはできなかった。父は、祖父がかつて残した株券や銀行の通帳、あるいは価値のある骨董品が眠っているんじゃないか、と目を輝かせてね。すぐに父の兄と弟、つまり私の伯父と叔父を呼び寄せたのよ」


集まった親族たちの様子を想像し、蒼也は思わず笑みをこぼした。金庫を囲む大人たちの姿は、まるで少年の頃に戻ったような期待に満ちていたに違いない。


「伯父さんは金庫を見るなり、『ああ、これなら見たことがあるぞ』と懐かしそうに言ったわ。『親父はよく、酒を飲んでは嬉しそうにこの金庫を開け閉めしていた。間違いなく、一族の家宝に値するすごい宝物が入っているはずだ!』なんて豪語しちゃって。結局、我慢しきれずに高名な鍵師まで呼ぶことになったの」


事態は急展開を迎えた。一族の遺産相続にまで話が及び、さらにはトラブルを避けるために弁護士まで同席させるという、物々しい状況にまで発展したという。


「みんな、金庫が開く瞬間を固唾をのんで見守っていたわ。弁護士も親族も、これから手に入るはずの『祖父の隠し財産』を想像して、誰もがワクワクしていた。鍵師が作業を始めてから、1時間くらいだったかな。ついに『カチッ』という乾いた音がして、重厚な扉が開いたの」


さやかはそこで一度言葉を切り、少しだけ目を細めた。当時の光景をありありと思い出しているのだろう。


「扉が開いた瞬間、みんな一斉に金庫の中を覗き込んだわ。でも、そこに詰め込まれていたのは、きらびやかな宝石でも、膨大な数字が書かれた通帳でもなかったの」


金庫から取り出されたのは、色あせた一枚の算数の答案用紙だった。大きく「百点」と書かれた、伯父が小学生の頃のものだ。


「まだ、持っていてくれたんだ...」叔父は、思わず涙ぐくった


次に現れたのは、父が中学時代に賞をもらった読書感想文の表彰状。父は言葉を失った。


そして最後に、一番年下の叔父が初めての給料で祖父に贈ったという、安物だが思いの詰まったネクタイが出てきた。


「みんな、言葉を失って金庫の中身を見つめていたわ。高価なものを期待して集まった大人たちが、一気に恥ずかしさと、それ以上に言葉では言い表せないほどの温かい感情に包まれたの。結局、祖父にとっての本当の宝物っていうのは、私たち家族の成長の記録や、思い出の品ばかりだったのね」


さやかの声は、夕闇の中で一層優しく響いた。金や株券よりも、孫や子供たちが一生懸命生きてきた証を残しておくこと。それが、気難しい顔をして妖と戦い続けた祖父の、本当の優しさだったのだ。


話を聞き終えた蒼也の胸の奥には、じんわりとした温かい空気が広がっていくのを感じた。金庫の中に詰まっていたのは、誰にも売ることのできない、何物にも代えがたい「愛」という名の財産だったのだ。


夕暮れの静寂の中、二人はゆっくりと駅へと歩き出した。さやかの家にある古い蔵が、少しだけ特別な場所に思えた。それは、単なる道具置き場ではなく、一族の絆が色あせることなく眠る、大切な記憶の宝石箱だったのだ。


今日という日は、二人にとって忘れられないエピソードとして、心に刻まれていくことだろう。祖父という人物の生き様に触れ、蒼也は家族というものの尊さを改めて噛み締めていた。


この優しい物語を教えてくれたさやかに感謝しながら、二人は家路を急いだ。


第六十一話 了

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