第四章 成長 第五十六話 朝日
第四章 成長 第五十六話 朝日
新宿の夜、雨上がりのビル街。
中学一年生の神代蒼也は、母・レイカと一緒に、妖を探していた。
「蒼也、あそこにいるわよ」
母が指差した先には、公園のベンチでポツンと座っている女の子だった。
その子は、蒼也と同じくらいの年齢に見えた。でも、彼女の背中からは黒い影が澱んでいた。妖である。
彼女の隣には、蒼也の隣のクラスの生徒である伊藤隆がいた。
「どうして…隆君が妖と一緒にいるんだ?」
蒼也が慌てて近づくと、二人の会話が聞こえてきました。
「もうすぐ行かなくちゃいけないの。私の故郷に帰る時間が来たから」
女の子が寂しそうに言うと、隆君は彼女の手をギュッと握りしめた。
「嫌だよ。ずっと一緒にいてくれよ。たとえ君が妖だって、僕は全然気にしない」
二人は恋人同士のように寄り添っていました。
彼女は、隆君を傷つけるどころか、彼の冷えた手を温めるように、自分の妖力を優しく分けてあげていた。
「ダメよ、隆君。私がここにいたら、あなたの体調が悪くなっちゃう」
女の子は泣きそうになりながら、隆君を突き放そうとする。
「そんなの構わない! 君と笑っていられるなら、僕はそれでいいんだ!」
その純粋な叫びに、蒼也は呪符を投げる手を止めてしまった。
母のレイカも、物陰から静かに二人を見守っていた。彼女の銀の拳銃も、今はホルスターに収まったままだった。
「……蒼也、今は手出し無用ね」
母が小声で言いました。
二人はそのまま、夜通し語り合いました。
隆君は、彼女が好きだと言った公園の草花の写真を撮って見せたり、彼女は隆君に、妖の世界の綺麗な星空の話を聞かせたりした。
やがて、夜が明け始めた。
空が白く染まり始めると、妖である女の子の体は、朝の光に溶けるように少しずつ透けていった。
「行かなくちゃ……」
「また会えるよね?」
「うん。……あなたの心の中に、ずっと私がいるから」
彼女は最後に隆君の額へ、そっと口づけした。「ありがとう」
微笑んだその瞬間、朝日が二人を包む。
指先から光となって溶け始めた彼女は、最後まで、隆君だけを見つめていた。
「さようなら」
声だけが春風に乗り、彼女の姿は朝日に溶けて消えていった。
隆君は、誰もいなくなったベンチで一人、ポツンと座っていた。
その表情は悲しそうでしたが、どこか満足そうでもあった
「…...隆君?」
蒼也が声をかけると、隆君は驚いたように顔を上げました。
「あれ、蒼也君? 僕、どうしてここにいるんだろう……。でも、なんだかすごく温かい気持ちなんだ」
彼は、女の子のことを忘れてしまったようだった。でも、彼の心には、何かとても大切な思い出が残っているようで、彼は優しく微笑んだ。
蒼也は、何も言わずにその場を離れました。
母のレイカは、蒼也の頭をポンと叩いた。
蒼也は空を見上げた。
中学生の蒼也にとって、その恋は少しだけ背伸びをした大人のお話のように感じた。でも、隆君の温かい笑顔を見て、蒼也もなんだか少しだけ、優しい気持ちになれた。
新宿の街に、今日も朝日が昇る。
蒼也は、これからも妖と戦う。でも、妖をただ「倒すべき敵」とだけ思うことは、もうないかもしない。
彼の懐にある呪符が、昨日の夜より少しだけ重く、そして温かく感じられた朝だった。




