第四章 成長 第五十五話 カウントダウン
第四章 成長 第五十五話 カウントダウン
神代蒼也が学校から帰宅した際、玄関の扉に奇妙な文字が書かれていることに気がついた。
「参」――。
墨のような黒い塗料で、乱雑に記されている。近所の子供の悪戯だろうと高を括り、蒼也はその夜、気にせず眠りについた。
翌日、学校から戻ると、昨日の文字は消え、代わりに「弍」が刻まれていた。
これは悪戯ではない。確信した蒼也は、夕食の席で両親に打ち明けた。しかし、父も母も玄関を確認したが、「何も書かれていない」と首をかしげるばかりだった。
蒼也は、家系的に人並み外れて霊感が強い。両親に見えないものが見えているのだとしたら、事態は深刻だ。蒼也は庭へ回り、母が丹精込めて手入れしているガーデニングを確認した。やはり、土の上に異様な痕跡があった。人間の靴ではない。獣ともつかぬ、歪で不気味な足跡が、玄関へと向かって続いている。
事の次第を話し、両親と共に緊張感を持って警戒を始めた。
そして翌日。扉には「壱」と書かれていた。
明日は休日だ。これ以上ない好条件だと自分に言い聞かせ、蒼也は夜通し警戒を続けた。我が家には、家族で作った強力な結界が張られている。どれほど凶悪な妖であっても、物理的に侵入することは不可能なはずだ。
夜が明け、蒼也が玄関先で見張っていると、遠くの霧の中から巨大な黒い影がゆっくりと近づいてきた。影は玄関の前で止まり、扉に「零」と書き記すと、満足げにその場を去ろうとした。
「終わったのか……?」
父と母が安堵の息を漏らし、家の中へと踵を返した瞬間だった。
――バリバリッ、と不快な音が響き、家を覆う結界が青白く発光した。
影は去ったのではなかった。カウントダウンがゼロになった瞬間、結界という「障壁」そのものを喰らい尽くそうと、牙を剥いたのだ。
「来るな!」
蒼也は叫び、玄関を飛び出した。黒い影は結界を押し広げ、家内へ侵入しようと異形の手を伸ばしている。蒼也は反射的に懐から取り出した呪符を、影の核心へ向かって叩きつけた。
「南無角大師慈恵大師元三大師!急急如律令!」
力一杯の叫びと共に呪符が黄金に輝き、影を包み込む。悲鳴のような風の音が吹き荒れ、黒い影は陽炎のように霧散した。
静寂が戻った玄関前で、蒼也は荒い息を吐きながら結界を確認する。今夜の恐怖は去った。だが、あの文字は何だったのか。カウントダウンは本当に「零」で終わったのか。蒼也の背筋に、冷たい汗が伝った。




