表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/57

第四章 成長 第四十二話 絆

第四章 成長 第四十二話 絆


 深い山々に囲まれたその村には、古くからの言い伝えがある。

山が怒る夜、宵闇から這い出す「影」が村人を食らうという伝承だ。


 神代蒼也は、十三歳の中学一年生だった。

全国の中学生剣道大会で優勝を果たしたその腕前は、並みの大人を凌駕する。

彼に備わった力は、霊力を込めた呪符による「封印」と、卓越した剣技。

そして、妖を「視る」瞳。


 神代家の縁側には、いつも先客がいる。

九尾の狐、葛の葉。

彼女は戦う術を持たぬ居候だが、妖を判別するその瞳は、神代家の誰もよりも鋭い。


「蒼也、右の藪に二体。……あの個体、急所は左の眼球の裏側ね。

そこを突けば、核ごと砕けるわ」

 葛の葉がゆったりと尻尾を揺らして告げると、蒼也は背中の竹刀袋に手をかけ、

母・レイカと視線を交わした。


「わかった、ありがとう葛の葉。母さん、行くよ」


「ええ。任せなさい」


母・レイカには霊力も特殊能力もない。

しかし討魔庁で鍛え抜かれた射撃技術だけは、一流だった。


しかし、彼女が両手に握りしめているのは、妖を射抜くための二丁拳銃。

丹念に手入れされたその銃口からは、妖力すらも削り取る冷徹な殺気が放たれていた。


 森の奥。暗闇から、巨大な獣の形をした妖が飛び出した。


 レイカはその姿を見ることすらできない。

 しかし、葛の葉から受け取った「急所」の情報を、彼女は絶対の信頼を持って行動に移す。

乾いた銃声が二度、夜気を切り裂く。

霊弾は葛の葉の言った通り、妖の守りが最も薄い一点を穿った。

しかし、今回の妖は今までとは違った。

銃弾を霧のように散らし、レイカの肩を鋭い爪で切り裂いた。


「母さん!!」


 銃を取り落とし、倒れ込むレイカ。

妖の影が、無防備な母に最後の爪を突き立てようとする。


『蒼也、ダメ! あそこへ行っては……!』


 絶望的な光景の中、倒れた母の周囲に、黄金の光が渦巻いた。

葛の葉だった。彼女は戦う力を持たない。

けれど、その身を投げ出すことで、母を守るための強固な結界を展開したのだ。


 妖の攻撃を全身で受け止め、葛の葉の白い毛並みが血に染まる。


「葛の葉!!」


蒼也の霊力に応えるように、竹刀袋の奥で眠っていた神剣が共鳴する。


 蒼也の瞳に、怒りを超えた絶望的な決意が宿る。

背中の竹刀袋から、古の神威を放つ刃――「草薙の剣」が顕現した。


「母さんも、葛の葉も……傷つけさせない!!」


 蒼也が踏み込んだ。全国優勝の極限の集中力が、神剣に宿る。


『蒼也……そこよ……!!』


 葛の葉が血を吐きながら叫ぶ。

彼女が見抜いた、妖の心臓の鼓動が止まる瞬間の綻び。

その一瞬を、蒼也は逃さなかった。


「――断ち斬る!」


 黄金の閃光が夜の闇を物理的に焼き切り、草薙の剣が弧を描く。

蒼也の剣筋は、葛の葉が見抜いた「一点」を、寸分狂わず貫いた。


 神剣が、妖の怨念を根源から消滅させる。

凄まじい衝撃波が森をなぎ倒し、妖は断末魔すら上げられずに光の塵となって消えた。


 夜明け前、神代家には、いつもの静寂が戻っていた。


 二人がボロボロの姿で、血を流す葛の葉を抱えて帰宅する。

布団の上で、葛の葉は小さく息をしていた。


「葛の葉、どうして……あんな無茶を」


 蒼也が涙を流すと、葛の葉は弱々しく目を開け、ふっと微笑んだ。


私は千年以上生きてきた。


 でも…誰かを家族と思えたのは初めてだった。


 レイカは震える手で葛の葉を抱きしめる。


「ありがとう、葛の葉。貴方がいてくれたから、

私たちは今、こうして生きているわ」


 蒼也は、全国優勝のメダルよりも、この母と、命を懸けて導いてくれる葛の葉との絆こそが、

自分にとって何よりも尊いものなのだと、改めて悟る。


 闇は去り、空は白み始めている。

神代家の古民家は、今日も穏やかな朝を迎えた。


 葛の葉の呼吸が整うのを見届けながら、蒼也は強く誓う。

この日常を守るために、自分はこれからも剣を振るい続けると。


 その絆が続く限り、二人の前には決して消えない光が灯っている。

それは、どんな闇をも焼き払う、母と息子と狐の、不屈の物語の、始まりに過ぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ