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第9話 無自覚の罪

第九話はアネモネとアイリーンとの一幕です。

アネモネは転生前のアイリーンについて訊ねます。

まさに悪役令嬢といった振る舞いをしていたアイリーンの意外な面を知ることに……。

 全くと言って良いほど、呪いに関しての進展はなかった。




 数日前、ジャックとともに庭園を散策したあの日から。




 城内を歩き回り何か情報はないかだろうかと。


 アイリーンは至る所を見てみたが、何も進展はなかった。




 アイリーンが立ち入ることを許される範囲。


 他の貴族の寝室等を除いて、大小さまざまな部屋、厨房、果ては馬小屋まで。




 アイリーンは思いつく場所を巡るめぐる訪れてみた。




 しかし……。


 何も分からなかった。




 まあそれもそのはずで。


 この世界に転生してからと言ううものの、極力余計な情報収集を避けていたアイリーンにとっては。




 手に取るもの触れるものほとんどが彼女の知識の範疇の外にあった。




 どこかで見た記憶はあるけどね……。




 うろ覚えというやつである。


 分かるような分からないような。




 あれだ、きっと何かのテレビ番組や本とか、美術館で見たことがあるとかそういうものだろう。




 迷探偵アイリーンにとっては、推理云々の前にまずこの世界での欠如した知識をどうにかして補わなければならなかったのだ。




「あの……」




 さらに悲しいことには。




 アイリーンは近くにいた貴婦人に声をかける。




「つかぬことをお聞きしてよいかしら? これって……」


「ア、アイリーン様!? す、すみません。私達ちょっと用事があるものでして」


「あ……」




 アイリーンは手を伸ばす。


 伸ばした手は去っていく彼女たちに届くことはなかった。




 ま、待って。


 この手の置き場はどうしたら良いの?




 ……そう、彼女は悪役令嬢だった。




 悪役令嬢とは常々疎まれるものである。


 愛理がどういう性格であるかは関係がない。




 今までの小説の主人公『アイリーン』の行いが今こうして愛理を苦しめているのだ。




「はあ、またサラに訊くことが一つ増えたわ」




 アイリーンはため息をつく。




 こうして何か分からないことがあると立ち止まって、頭の中にメモをして、自室に帰った時にまとめてメイドのサラに質問する。




 一歩進んで二歩下がる。


 ……いや、一応進んでいるか。0・2歩くらい。




 アイリーンがそんなことを考えながら腕組みをしていると、柔らかな声がアイリーンにかけられた。




「アイリーン様ですか?」




 アイリーンが振り返ると、そこにはアネモネがいた。




「あら、アネモネじゃない」




 日差しの中で笑顔が咲いていた。




「アイリーン様どうされたのですか? こんなところで」


「ああ、天気が良いものだからちょっと散歩をね」




 まあ、とアネモネは手を合わせる。




「私もです。こんなに天気が良いものですから。厩舎の近くまで歩いてきてしまいました」


「奇遇ね」




 アイリーンも笑いかける。




「良かったら私と一緒に少し歩かない?」




 つぼみから満開へ。


 いや今までも花開いてはいたか。




 アネモネの笑顔がふわりと花開く。




「良いんですか? 私なんかで良かったらお供します!」




 ぱぁっと。




 アネモネの笑顔にアイリーンの心も温かさを取り戻す。




 アネモネ、何て良い子……!


 アイリーンは心の中で涙を流す。




「ありがとう……」




 ありがとう、ありがとう……。




 この城内で初めての友達かもしれない。




「ところでアイリーン様。なんでそんなものを手に持っているんですか?」


「ああ、これ?」




 アイリーンはそれを見やる。




「これ、何かしら? そこらへんにあったのだけれど」


「それは給餌に使う……きゃあ!?」




 言いかけて。


 突然アネモネが宙に浮いた。




「え、え?」


「アネモネ!?」




 驚くアネモネのスカートの下から馬の顔が現れた。




 ――ヒヒーン!





 アネモネは放牧された一頭の馬に図らずも乗馬することになると。


「降ろしてくださーい!」




 そのまま道の向こうに消えていった。




「あ、こら! ゴールデン!」




 厩舎の世話人が追いかける。




 ゴールデン(馬の名前だろう)に追いつける者は誰もいなかった……。





「ひ、ひどい目に遭いましたわ……」


 


 アイリーンは涙目になっているアネモネの肩をたたく。




「災難だったわね……」


 


 しばらくゴールデンは走り回った後。


 


 満足したのか城の外れでアネモネを解放した。


 アネモネの白い服も、アイリーンのドレスも土まみれだ。




「「ふふ……」」




 どちらからともなく笑い声が漏れた。




「でも、ちょっと楽しかったです」




 アイリーンとアネモネは目を合わせると、声を出して笑った。




「私も久しぶりにあんなに走ったわ」 


「あはは……あ、私ったらこんなに笑ってしまって……」




 アネモネは、ぱっと、手で口を覆う。




「申し訳ありませんアイリーン様」


「構わないわ、全然。私も…友達ができたみたいでうれしいの」




 アネモネは視線を宙に泳がせる。


 


 あわあわと。




 まるでそんな擬音語が似合いそうな仕草をすると。


 手で口を隠しながら言った。




「私がアイリーン様のお友達なんて……そんなのはいけないことですわ」


「なんで? 私と友達になるのは嫌?」




 アネモネは首を大きく横に振る。




「そんなことはありません。ただ……」


「……やっぱり嫌なの?」




 アイリーンはもちろん心から不安で聞き直しているのだ。


 しかし。




 聞きようによってはパワハラに聞こえなくもない……。




 私の事嫌いなんて言えないわよねえ、的な。




 アイリーンはふとこの前のジャックとの会話を思い出す。




 部下に接する上司ってこんな感じなのかしら……。




 でも本当に不安なんだもの。


 アネモネと友達になれないことが私にとって。




「じゃあこうしない? 友達じゃなくても良い。ただ」




 ただ。




「私といるときはもっとリラックスしてほしいの」


「リラックス?」


「ええ」




アイリーンは笑って言う。




「実を言うとね、私堅苦しいの苦手なの。なんでか皆私と話すと、緊張した顔するのよね」




 アイリーンが口をとがらせて言うと、アネモネは困った顔をした。




「仕方ないことです、アイリーン様。だってアイリーン様は……」




 アネモネはごにょごにょと口ごもる。




「ねえ、アネモネ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」




 アイリーンはそんなアネモネに言う。




「……私って、どんな人間?」


「えっとそれは……」




 アネモネは言葉に詰まる。




「こんな質問するのも変だけど……。みんな私の事を避けるの。私今まで何をしてきたんだろうって」




 アイリーンは自分があまりにもおかしなことを言っているのに気が付いて、慌てて手を振る。




 こんな質問、本来なら自分が一番よく分かっている筈なのに……。




「変な意味じゃないの! 記憶がないとかそう言うのじゃなくて……他の人の意見も聞きたいなあって」




 アネモネは顔をうつむける。




 ゆっくりと心の中の図書館から。


 彼女は言うべき言葉を選んでいるように見える。




「アイリーン様は……その……」


「正直に話してちょうだい。覚悟はできているわ。どうせ私、悪役令嬢だから」


「アクヤクレイジョウ?」




 アネモネは目を白黒させる。




「な、何でもないわ、こっちの話」


「そ、そうですか」




 こ、こっちの話だから……。




「アイリーン様は……その、皆様から少し、ほんの少し、距離を置かれています」




 ……それはそうだろう。


 意地悪な人を好きになる人なんていない。




「皆様、アイリーン様のことを怖がっているのです」


「意地悪だから?」


「そ、それは」




 アネモネは言い淀む。




 再びアネモネは心の図書室へと潜り込んだ。


 二人の間にわずかな沈黙が訪れた。




 何を考えているのだろうか。


 アイリーンには分からなかったが。




 アネモネは本棚から取るべき本と。


 そのままにしておくべき本を選び取っている。




 そういう風にアイリーンには感じられた。




「……確かにアイリーン様は少し意地悪かもしれません。でもそれはアイリーン様の一部分にすぎないのです」




 しかし、アネモネは逡巡の後、はっきりと言った。




「意地悪であると同じくらい、アイリーン様は優しくもあるのです」




 アネモネは今までになく真剣な顔をした。




「アイリーン様はお忘れになっているかもしれませんが、私、アイリーン様に助けられたことがあるのです」




 アネモネの目を見る。




 やばい。




 全然記憶にない。




 昔のアイリーンのしたことだろう、全く身に覚えがないぞ……。




「下級の生まれである私は、この城に来たばかりの頃、いじめられていました。そんなある日、アイリーン様が私を助けてくれたのです」




 アネモネは胸に手を当てて言った。




「あなたたち恥ずかしくないの? 人は生まれを選べない……そんな選ぶことのできないものに何の価値があるの? 大事なのは生まれじゃなくて、選び取った行いではなくて?」




 でも、その行いが意地悪で悪役令嬢になったんじゃ……。




 なんてアイリーンは思ったが、アネモネの言葉の続きを待つことにした。




「そして、『今後この子をいじめたら、あなたたちも徹底的にいじめるから……』って言ったんです」




 そっか……。




 思ったより悪役じゃなくて安心した……。




「その後、特にアイリーン様と会話をすることはなかったのですが、私はこのことを忘れることができませんでした」




 アネモネは笑顔を見せる。




「アイリーン様は優しさも持っているお方なのです。それがあまり表からは見えないだけ……私にはそう思えます」


「そう、だったのね……」




アイリーンは息を吐く。




「私、皆と仲良くなりたいの……。いろんな意味でね。どうしたら良いかしら? どうしたら皆私に心を開いてくれるかしら?」




 アネモネは、ふふ、と笑う。




「きっと簡単なことです。アイリーン様ならできます。アイリーン様の心の赴く方へ……。アイリーン様から心を開けば、皆様きっと分かってくれるはずです」




「……そうね」




 アイリーンは柔らかく微笑むアネモネを見て頷いた。




「これからはそうするわ」




 花がその花弁を開くように。




 心がほどけていくのをアイリーンは感じていた。




「ちなみに、私の意地悪な行いってどんなのがあった?」




 それが一番聞きたかったことなのよ。




「それは私の口からは……」


「もし機会があったら謝りたいの」


「それはもしかしたらバーバラ様などの方が良く知っているかと……」




 ああ。


 それもそうかも。




 確かにバーバラなら喜んで教えてくれそう……。


 次会った時訊いてみよう。




 そう考えるアイリーンであった。





「もう一つ聞いて良いかしら?」




 アイリーンが尋ねると、アネモネは、はい、と言った。




「城の呪いの噂の事なんだけど……知っていることがあったら教えてほしいの」


「呪いの事……ですか」




 アネモネは暗い顔になる。




「アイリーン様、お辛いですよね。愛する王太子様にまで呪いが及ぶなんて」


「それは……そうね。正直なところね」




 って愛するって何?




「え……? アイリーン様と王太子様は相思相愛だという話だと伺っているのですが?」


「そ、そうなの? いや、そうだったわ。相思相愛だったわ」




 そうだったの!?




 みんな私に話しかけてこないから全然知らなかったわ……。


 サラも話してよね。




 ってサラも私が転生してきたことなんて知らないか。




「アイリーン様たちのような上級の高貴なお方は知らないと思いますが、私達下級の者たちの間では、もっぱら前王の呪いだと噂されています」


「前王の呪い?」


「ええ、私も詳しくは知りませんが」




 アネモネは囁く。




「今のリチャード王の先代、ノックス王の遺体はいまだ見つかっていないのです」




 そして、この城のどこかにその遺体はあるのではないか。




 はたまた実はまだノックス王は「生きている」のではないか。




 そう噂されていると。


 


 アネモネは小さくアイリーンに言った。

第十話はバーバラとの一幕。

バーバラに積極的に話しかけるアイリーンの真意とは?

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